花束の夢と、沈んでいく心と。
それを振り払ったのは、やっぱり笑顔。
ある朝の光景を、もう一つの視点から。

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#22前半部分、千夏先輩視点です。
あの花束にどんな意味があったのか、無かったのか。
それは、誰も知らない事です。


アオのハコ #22 sideB

 夢を、見ていた気がする。どこか不吉な夢を。

 でもその内容は、スマホのアラームに掻き消され跡形もなくなってしまった。覚えているのは不吉さと、手にしていた花束の形だけ。

 私は誰に、あの花束を渡そうとしていたのか。或いは、誰かに渡されたのだろうか。

 何にせよ、目覚めの頭には良くないものだ。普段はアラームを止めて暫く微睡んでいるけれど、そんな気分にはなれない。

 ――起きよう。今日は、戦う日だ。

 

 県予選は、もう明日で終わる。今日負けてしまえば、そこでなにもかも終わってしまう。

 また来年、なんて思えない。思ったとしても、私にそんな時間はない。

 ミニバスの頃は、自分が成長し続けてる実感があった。今日の私は昨日の私より上手くなっていて、明日の私はきっと今日より上手くなっている。そう考えていたし、実際そうだった。

 でも、中学に上がる頃。自分が、思った速度で成長していけなくなった事に気付いた。気づいてしまった。

 中性的だった身体は、少しずつ「女」になっていく。シンプルだった心は、どんどん澱みを溜め込むようになっていく。

 そんなことを意に介さず、伸び続ける天才も世の中には存在する。

 でも、私は天才じゃない。

 私にはそもそも、才能と呼べるものは無かったのだ。それでも努力を重ね、なんとか一歩一歩地道に上へと登ってきた。

 でも、もう。それはもうじき、破綻する。伸び代は使い果たされ、衰退が始まる。そしてそれは、今日明日の事かも知れない。

 今、この瞬間しかない。私が私でいられる、この短い間にすべてを決めなければならない。

 ああ、――苦しい。バスケが好きで、それで続けてきて。それが、苦しい。

 子供の頃に戻りたい。自分を疑うことさえなかった、あの頃に。

 

 下へ降りておばさんに挨拶していると、不意に聞き馴染みのある旋律が耳に入った。

 懐かしい、ラジオ体操の曲。昔は練習前にやったりもしたけど、すっかりご無沙汰だ。

 音を追って行くと、そこは猪股家の庭で。大喜くんが、朝日を浴びて真剣にラジオ体操をしていた。

 随分と健康的な……。

「千夏先輩、おはようございます! なんか、じっとしてられなくて!」

 私に気付いた大喜くんは、爽やかに笑っている。確か大喜くんも、これから県予選だ。今日は針生くんと組んでダブルス、明日はシングルス。どっちにしても、大舞台には変わらないだろうに。

 ――去年の私は、こんな顔が出来ていただろうか。一応これまでの経験もあって、一年生ながらレギュラーとして県予選には出たけれど。出たけれど、私は――。

「私もやるっ」

 大喜くんの隣に立ち、曲に会わせて体操に途中参加。

 試合前にこんなに沈んでいてどうする、気持ちで負けたら勝てるものも勝てない。そんな簡単な事を後輩から教わるような、見下げ果てた先輩のままじゃ格好つかない。

 身体を動かしながら、二人。

 これから戦いの場に出る御互いを、鼓舞しあうように。

 短く、言葉をかわしあう。

「明日、ですね」

「もう、明日だよ」

 勝っても負けても、明日。明日、色んな事が決まる。

 それはきっと、思い通りにはいかないだろう。でも、それは終わりじゃない。明後日も、その先も、ちゃんと「ある」。それが続く限り、私は終わらない。

「千夏先輩。明日勝っ、……明日が終わったら、一つ質問して良いですか」

 大喜くんが一瞬言い淀みながら、真剣な顔をする。勝っても負けても、聞きたいことがある、というのだろうか。

「今じゃなくて?」

「あ、……はい」

 さて、なんだろう。大喜くんから私に。……まさか「俺の事どう思ってますか」みたいな、告白的なアレだろうか。だとしたら、それはまぁ――素敵だな。

 でも、大喜くんには蝶野さんがいるしね。二人はお似合いだから応援したいけど、大喜くんがもし――。いやいや。さすがにそれは。

 まったく、試合前なのに。こんな浮わついてて良いのやら。

 ま、良いか。明日のオタノシミだ。試合が終わってからの予定、考えておいてもいいだろう。後輩くんが何をする気なのか、じっくり期待しておこうかな。

 いつの間にか膿んでいた心は、すっかり軽くなっている。ラジオ体操の効果か、それとも。……それとも、の方だな。

 全部、楽しもう。私はずっと、私だから。

 

「大喜くん、バドって応援の掛け声とかある?」

「へ? んー……一本、とかですかね」

 なるほど、なるほど。

 六月の朝は青く、澄み渡っている。

 どこまでも広く青い、この空に届くように。

 気合いを入れて、――腕を振り上げて。

「大喜、一本!!」

 彼の行く先が、幸せなものであるように。

 そこに笑顔がありますように。

 願いを込めた私の声は、青空に吸い込まれていった。




#22は大喜くん祭りでしたね。
大喜くん、ずーっと可愛かったです。

でも兵藤さんが高校生なのはおかしいと思います、アイシルの峨王力哉でもあそこまでじゃなかったですよ。


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