紫煙くゆらせ、彼女は笑う。
どす黒い思いを、隠しながら。
さて、どうすればいいものか。俺は度々、そう思ってしまう。バカで突っ走るだけの友人をたしなめたり、バカで外面だけいい友人に愚痴られた時とか。
特にひとつ上の先輩が、煙草を咥えたまま体育用具室で寝転がっているのを見掛けた時なんかは、特にそう思う。
色々と言いたい事はあるが、とりあえず。
「校内は終日禁煙です、千夏先輩」
口元から煙草を引き抜き、完全に踏み消してからポケットに隠す。……汚れるけど、まぁ良いだろう。
「英明のスーパースターが、咥え煙草で寝てないで下さいよ。見付けたのが俺以外だったら、どうする気ですか」
「匡くんはお堅いねぇ、私は優等生だから大丈夫だよー」
ケラケラ笑う千夏先輩には、罪悪感の欠片も見えない。こんな優等生がどこにいるんだ、と思うが確かに表面上は優等生なんだよなこの人。成績優秀眉目秀麗。そして女子バスケ部スーパーエース。
しかしもし見付けたのが大喜だったら、どうなってたことか。まぁあいつだったら、全力で庇うだろう。本人の意思は関係なく。
「ねーぇ匡くーん、おいでおいでー」
反省の色が全く見えない千夏先輩が、横たわったまま手招きしている。緩められた制服からは、その色気がこぼれ出ていて。まったく、この人はいつもこうだ。
俺の友人である猪股大喜が憧れる、完璧な先輩。それがついこの間までの、千夏先輩の印象だった。大喜は千夏先輩に末期的な程お熱で、結婚したいだのなんだのと言うほど。俺としては友人として生暖かく見守ってやっていたが、つい先日。諸々の事情により、千夏先輩は大喜の家へと転がり込む事となっていた。色々と事情が事情とはいえ、一つ屋根の下に高校生の男女が過ごすんだから、それは結局そうなるもんだろう。
……と思ったのだが。気が付けば先輩は、どういうわけか先輩は、俺とそういう関係になっていた。経緯は全くもって分からない。だが先輩は、……俺といてくれている。俺は数多くの「初めて」を先輩に捧げたし、先輩も……多分そうなんだろう。俺にはよく分からないが。
元々、物事を取り繕うのは得意な性分だ。先輩が無防備過ぎるせいでいらない苦労ばかりさせられているが、それも含めて周囲には完璧に隠している。隠しきれている筈だ。特に大喜には、些細な違和感さえ抱かせないように出来ている筈だ。猪股家での千夏先輩がどんななのかは分からないが、少なくとも純情バカの大喜が全く反応していない辺り大丈夫なんだろう。
俺としては罪悪感こそあれど、自分から千夏先輩を拐かしたわけではない。千夏先輩が、こういう人なのがそもそも悪いんだろう。そう自分に言い聞かせている。
すぐに声を上げたがる先輩にヒヤヒヤしながらも、恙無く逢瀬を終えて。煙草の味が残るキスをしながら、改めて思う。
先輩は、自分自身が大嫌いなんだと。家庭の都合か本人の資質かは分からないが、千夏先輩は過度に内罰的で不幸体質な面を抱えている。それを徹底的に隠している辺り、取り繕う才能は俺よりずっと上だろう。肌を合わせてようやく、この人の本質が見えてくる。なんにせよ、この人は輝く笑顔の果てに真っ黒な臓腑を宿しているのだ。
だからこそ、嬉々として破滅に向かう。身体を壊すと分かっているから、煙草を止めない。愛されたくないから、自身を貶めようとする。
いつか大喜が気付いて幻滅してくれるように、俺を選んだ。好きでもない男に身体を壊されたいから、俺を選んだ。
千夏先輩は一度として、避妊を求めた事がない。もしそうなれば、そうなってくれれば、決定的な破滅を迎えられるから。築き上げられた全てが瓦解し、なにもかも失う事を腹の底で願っているから。この人は、危うい。
俺は千夏先輩にとって、無関心な存在でなければならない。感情が動かない、外面だけで接する「他人」でなければならない。そうでなければ、千夏先輩の破滅願望は満たされない。
だからこそ、俺は願う。
俺の心が、千夏先輩に届かない事を。
苦いキスの後味を噛み締めながら、ただ俺はそう思った。
先輩と煙草は似合いそうなんですよね。誰か描きませんかねぇ