気が付けば、夕暮れの生徒会室。
そこには心配そうな彼女がいて――
短編、一話完結。続きません。
コレジャナイ感あったらすみません。
大好きを伝えるのがコワイ。だってまた否定されるかもしれないから。
「ごめんね。私ね、君の事、好きじゃないんだ――」
その言葉は今でも覚えている。あの時、あの子が見せた表情の細部まで鮮明に思い出せる。
そして、夢の中のあの子の顔は次第に大好きなあの子に変化していく。
まるで今僕の中にある、大好きな気持ちを否定するかのように。
………
………
………
「――大丈夫ですか?」
夕暮れの生徒会室。彼女の声で我に返った。
嫌な過去を思い出していた。トラウマみたいなもの。できれば思い出したくないものだが、頭にこびりついて離れてくれない。
ただそれは一度、頭の隅っこに置いておく。目の前の彼女に向き合う。
「ぼーっとして……ひょっとして体調悪いんですか? それなら無理しないでくださいね?」
顔を近づけて心配そうに見つめてくる。彼女の瞳はどこまでも澄んでいて、美しいと呑気に思った。
「いやいや大丈夫。ただぼーっとしていただけだから」
心配する必要はないってわかるように慌てて元気アピールをする。それを見て、彼女も安心したのか、ほっと息を吐いた。
「よかった……。話しかけても心ここにあらずという感じでしたから」
「心配かけてごめん、中川会長」
俺がそう言うと中川会長はむぅっと頬を膨らませて子供みたいに不満そうにした。なんでなのかわからない。
「――せつ菜」
彼女は呟いた。彼女の、もう一つの名前。
「二人っきりの時はそう呼んでくださいって言ったじゃないですか」
生徒会長中川菜々のもう一つの名前――優木せつ菜。彼女のスクールアイドルとしての名前。そっちの名前を俺に呼んでほしいみたいだった。しかも苗字のほうじゃなくて名前のほう。
「えぇ、優木さんじゃダメ?」
「駄目です!」
即答された。反論する余地も挟ませない、早さ。
「本当は普段も中川じゃなくて菜々と呼んでほしいんですよ?」
「そうなんだ……」
「そんなんです!」
はにかむ笑顔と朗らかな声で中川会長――じゃなくてせつ菜はそう言った。
「ほらっ、呼んでください!」
「……せつ菜、さん」
いつだってこの瞬間は照れてしまう。大切なその音を噛み締めるように口にした。
「さんは余計です」
「…………せつ菜」
「はい!」
最後の抵抗も虚しく、僕はせつ菜と彼女の名を呼んだ。呼ばれた瞬間、嬉しそうな顔をするからズルいなと思った。花が咲くようなという表現がピッタリな眩しい笑顔。直視するのも目を逸らすのもどちらも難しかった。
最近共学化された虹ヶ咲学園の生徒会室にて。僕とせつ菜は二人っきり。彼女の生徒会業務をいつものように手伝っていた。
思う。彼女はどうして僕にこんなに眩しい表情を見せてくれるのだろう。それとも彼女に対して僕はなんらかのバイアスをかけて見ているのだろうか。どちらなのか、あるいは両方なのか。
きっかけはいつだったか。ふとしたお節介から生徒会を手伝うようになった。彼女の生徒会業務を手伝っているうちにもう一つの彼女の姿を知った。そこから僕たちの距離は近くなって、今みたいに気安い関係になった。
そして、僕はいつの間にか彼女のことを――
「それで、どうしてぼーっとしていたんですか?」
会長席に腰をかけてせつ菜は少し乗り出すようにしながら、放心していた理由を訪ねてきた。
「……もしかして、言いにくいことですか?」
なかなか僕が口を開かなかったから彼女は気まずそうな顔をした。
「……ちょっとだけ、嫌なことを思い出しただけだよ」
なんてことはない。そんな調子で返した。
本当になんてことはない。ただそれだけのこと。思い出したくない記憶なだけだ。残念ながら頻繁に思い出してしまうけど。
「…………」
それを聞いた彼女は少し考え込んだ。そして口を開いた。
「あの……よければ、私に話してもらえませんか?」
「え」
「あなたの力になりたいんですっ」
せつ菜の言葉に今度は僕のほうが黙り込んでしまった。
「あなたの顔、苦しそうです」
「…………」
「話して楽になることもあると思うんです。……駄目、ですか?」
上目遣いでせつ菜に見つめられる。純粋に僕のことを心配する瞳。
その瞳から目が離せなくなる。あまりにも綺麗すぎて、ずっと見ていたくなる。
「……ほんとに大したことないよ」
「それでも、です!」
「…………わかったよ。話すよ」
せつ菜の言葉があまりにも真剣で、僕は気圧されしまった。誤魔化すことを諦めてしまった。縋りたくなってしまったんだ。
「ほんとに大したことないよ。それでもいい?」
「はいっ、大丈夫です! 話してみてください!」
一度息を吸って吐いて、覚悟を決めた。自らの女々しさを誰かに伝えるのは無理をしなきゃできない。
「簡単に言うとさ……昔好きな子に告白して、フラれた思い出のことだよ」
勇気を出して伝えたが、相手には今まで通りのままがいいと言われた。
彼女にとって僕は恋愛対象じゃなかったのかもしれない。舞い上がっていたのは自分だけだった。空回りして宙ぶらりんになってしまった。
それからだ。好意を示すことが怖くなったのは。振った彼女の顔が悪夢のように思い出してしまうのは。
要は臆病になったのだ。
「……そう、ですか」
せつ菜は僕の話を最後まで黙って聞いていてくれた。そしてその最後にその一言で締めくくってくれた。聞くに堪えない話だっただろうにありがたい。
……彼女には悪いことをしてしまった。その真剣で、沈痛な面持ちのせつ菜を見て、そう思わずにいられない。
「まあ、気にしないで。今の話は忘れて――」
「――気にします!」
僕の言葉は続かなかった。彼女の大きな声が遮ったからだ。いつもよりも力強い声に驚いてしまう。
「あっ……」
僕のそんな様子に彼女は自分の行動に気が付いたようだ。おそらくさっきのは無意識だったのだろう。
「ごめんなさい……。つい、興奮して」
「いや……」
彼女は悪くない。謝る理由なんてない。だからその言葉になんて返せばいいかわからなかった。
でも、とせつ菜は続ける。
「大好きな気持ちを抑える必要なんてないと思います!」
申し訳なさそうにしながらも、せつ菜は僕を真っ直ぐ僕を見つめてそう言った。
「好きって気持ちは叫んでいいんですっ!」
彼女の言葉が不思議と胸の中に染み込んでいく。それだけで救われた気になった。
それでも怖さは消えてくれないけど。過去は変えられない。大したことないトラウマも身体の中に埋まったまま。
「まだ怖い、ですよね……?」
せつ菜は席を立って僕に近づくと、僕の手を取ってぎゅっと包み込むように握りしめた。
「……私が」
打って変わって細い声。少しだけ怯えが混ざった、彼女の言葉。
言葉を切って、彼女はなにか決意したかのようにごくりと一度息を飲んだ。
「それでもまだ大好きな気持ちを伝えるのが怖いなら……私があなたの背中を押します。怖くなった時には私が側にいますからっ」
僕の手を包み込むせつ菜の手は暖かくて安心できて、彼女の言葉が信じられるものだと思えた。
「あなたが苦しそうだと、私……っ」
せつ菜はそう言いかけて、止めた。眼鏡越しの瞳が少し潤んで見えた。
彼女がなにを言いかけたのか、気になった。彼女がなんで僕に「側にいる」と言ってくれるのか、気になった。
見上げる。せつ菜の瞳に視線が吸い込まれる。魅了されたかのように、目が離せなくなる。心臓の鼓動が訳もわからず速くなる。
「…………」
「…………」
ゆっくりと、彼女の顔に近づいていく。引き寄せられていく。せつ菜の、透き通るような頬の肌が上気して赤く染まっている。
「……!」
我に返る。動きを急停止させる。
「……ぁ」
せつ菜も気付いて動きを止めた。彼女の小さな声が聞こえた。
「……ごめん」
「いえっ、こちらこそすみませんっ」
僕は恥ずかしくなって顔を背けた。彼女も同じようにした。
僕は今なにをしようとした。せつ菜は今僕になにをしようとしたんだ。
「…………」
「…………」
僕たちの間に今日何度目かの沈黙が訪れた。
だけどそれはすぐ終わることになる。
「――あなたのことが好きなんです」
その静寂を破る言葉が聞こえてきた。
誰の声か理解するのに数秒かかった。間違えるはずがない。せつ菜の声だ。
顔を背けている場合じゃない。せつ菜を見た。当然の如く、顔は茹蛸のように真っ赤だった。必死な彼女の表情に冗談ではないとすぐわかった。わかってしまった。
「私があなたのことを気にするのはっ。私があなたの側にいたいのはっ。あなたのことが大好きだからなんです!」
せつ菜は言葉を続ける。勢いは止まらない。洪水のように言葉が溢れ、ぶつかってくる。
「だからっ、もしも、できれば……あなたの大好きの相手が私であってほしいですっ」
身体の芯から熱くなる。心臓の鼓動が激しくなる。じっとしているのがもどかしい。
「どう、ですか……? あなたの大好きは私、ですか? 私の大好きをあなたは受け止めてくれますか?」
ただ不思議と。せつ菜の、真っ直ぐな瞳が、言葉が。胸の奥にがつんと届いて叩きつけられて。
「あなたの正直な気持ちを、私に聞かせてくださいっ!」
呼吸を忘れるぐらい、彼女のことを綺麗だと思った。美しいと思った。彼女のことを、菜々のことを、せつ菜のことを好きだと思った。誤魔化すことなんて、もうできない。
「僕も」
自然と僕は口を開いていた。
「あなたのことが好きです」
自分でも驚くぐらいにするりとその言葉が出てきた。落ち着いているわけじゃないのに。今も心臓は暴れ狂っているのに。
「あなたの大好きを受け止めさせてください。それで、よければ、僕の大好きも受けて止めてくれませんか?」
せつ菜は、菜々は目を大きく開き、驚いた表情を見せた。それも一瞬のこと。すぐに大輪の花のような笑みに変わる。
「……はいっ! もちろん!!」
せつ菜のその眩しい笑顔で。僕の大好きを君に捧げることをこれから先後悔しないだろうと、そんな予感を抱いた。
お目汚し失礼致しました。
ありがとうございました。