ご注文はチノくんですか?   作:岩ノ森

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オトナチノ君とオトナリゼ

 「ふぅー」

 今日もラビットハウスでバイト中だ。昔からやってることなのでとっくに日常の一部になっている。そんな私は商品の在庫運びをしてるんだけど。

 (さすがにこれ、一人で運ぶのは無理があったか)

 ちょっとだけど荷物が重い。女だてらに力には自信がある方だけど流石に限界というものはある。

 「荷車はどこだったかな」

 面倒だけど荷車を探そうと倉庫に向かおうとしたその時。

 「これ、運べばいいんですね」

 いつも聞いている声が私の耳に届いた。

 「よいしょっと」

 そいつはいとも簡単に私が運べなかった荷物を持ちあげた。

 「珍しいですね。リゼさんが運べない荷物があるなんて」

 「お前、私を何だと思ってるんだ」

 ちょっとふてくされたような表情をわざと作る。これくらいの軽口は叩き合える仲だ。昔からの付き合いだからな。

 本当に長い付き合いだけど、そいつは変わった。

 「チノ、いつの間にかたくましくなったな」

 「ええ、リゼさんに鍛えられましたから」

 昔は女の私より小さくて、力も弱かったのに。

 そいつはいつからか私でも持てない荷物を持てるようになった。

 「あっ、ごめんなさい。やっぱり重いかも・・・」

 「さっきの威勢はどうした!?」

 前言撤回する必要があるな。

 

 

 「チノ、また背伸びたんじゃないのか」

 「そうですか?」

 「そうだよ。いつの間にか追い越されたな」

 リゼさんもこのラビットハウスで長く働いてくれている。だからかいつの間にか僕が背を追い越していたことに気付かなかった。

 「昔はリゼさん、とても背が高くて大きい人に見えたんですけどね」

 「おいやめろ。頭の上に手を置くな」

 僕はリゼさんの頭の上に手を置いて撫でまわす。口では嫌がってるけど、全力で抵抗しようとはしていない。

 「今じゃまるで妹みたいです」

 「・・・ココアみたいなこと言ってるな」

 ココアさんとも長い付き合いだったから伝染っちゃったのかもしれない。ココアさんが高校生の時は同居もしてたし。

 「チノとココア、いつも一緒にいたもんな」

 「もしかして拗ねてます?」

 「拗ねてない」

 そうは言うけど明らかに拗ねている。昔はクールで厳格な人と思ってたけど、付き合いが長くなるにつれ、意外とそうでもないことに気付いた。

 「でもラビットハウスにはリゼさんが一番最初に来てましたから」

 「・・・・・・・・」

 「初めて一緒にお仕事する仲間でしたから、とても印象的でしたよ」

 「そんなこと言われて喜ぶと・・・」

 「顔に出ています」

 「うぅ・・・」

 リゼさんは本当は感情豊かでよく顔に出る。マヤさんやモカさんに褒められたときなんかも顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。

 「良かったらまた今度お家にお邪魔させていただきます。また執事になってお手伝いさせてもらいますから」

 「べ、別に、そんなことしてもらわなくても・・・」

 「いいんですか?」

 「頼む・・・」

 あと意外と寂しがり屋だ。僕とココアさんが同居してるのを少し羨ましがってたと聞いたことがある。

 「良かったらここに住んでもいいんですよ。リゼさんの家より少し小さいですけど」

 「ココアじゃあるまいし・・・。それにいきなりだと迷惑だろ」

 「でも僕としてもリゼさんのナポリタンがいつでも食べられるのは嬉しいので」

 「うぅ~・・・! 私をたぶらかすな!」

 「待ってください!銃は向けないでください!」

 こういうやり取りは変わらないな。

 

 

 「先生になるための勉強はどうですか?」

 「ああ、色々と覚えることが多くて大変だよ」

 リゼさんは学校の先生になりたくて大学で勉強中だ。学校の先生なんて大変だろうに、自分でその道を選べて歩けるなんてすごいと思う。

 「リゼさんは意外と優しい先生になりそうですね」

 「そ、そうか・・・? いや、待て、“意外”とって何だ?」

 リゼさんは昔から教官染みたところがあった。僕もリゼさんがバイトに入ってきたとき、リゼさんの方が後輩なのにいろいろと教えられた。教え方は結構スパルタだったけど、ところどころに優しさが見え隠れしていてそんなに苦ではなかった。

 「優しい先生に・・・なれるかな・・・・・」

 「リゼさん・・・?」

 「・・・実はちょっと不安なんだ。先生って道を選んだことが」

 教師という仕事は色んなことを幅広く行わなきゃいけないから大変らしい。授業のための資料集めや部活の指導なんかもしなきゃいけないので休みも少ないとか。なにより生徒という子供の生活の一部を預かるので色んな責任も重大ということだ。

 「ニュースとか見てると色んな学校の事件とかが流れてくるからさ、それを見るたびに不安になるんだ」

 「・・・・・・・・・・・」

 「私のせいで生徒がとんでもないことになったらどうしようとか、職場の同じ教師とうまくやっていけるかとか、悪い事ばかり考えてしまうんだ」

 「・・・・・・・・・・・」

 夢に向かうって楽しい事ばかりじゃない。

 どんな夢のある仕事にも辛いことは必ずある。

 「ああ、すまん。辛気臭くなったな。さあ、仕事に戻ろう」

 「大丈夫です」

 「え?」

 「リゼさんは普段からみんなのことよく見てましたから、絶対いい先生になれますよ」

 「・・・そうかな?」

 「昔リゼさんが作ったノート、僕たちのまかない料理からお客さんの好みまで細かくまとめてありました。ずっと昔から、みんなを引っ張る努力を欠かしてなかったですから」

 昔からリゼさんはみんなを先頭でずっと引っ張り続けてくれていた。ココアさんに自転車の乗り方を教えたり、千夜さんと一緒にマラソンの練習に付き合ったり、シャロさんにはずっと憧れの先輩として先を走り続けた。僕も歌や球技大会の練習に付きっきりで付き合ってもらったことがある。そんなリゼさんなら絶対大丈夫だって確信があった。

 「それに辛くなったら、僕やみんなの所に戻ってくればいいです」

 でもそんなリゼさんにも辛い時はある。だからそういう時には今度は僕たちが手助けしてあげればいいと思う。

 「先生だからって、何でも一人でしなくていいと思いますよ」

 「チノ・・・」

 「甘え方を教えるのも先生の役目だと思いますし」

 「・・・・・」

 「リゼさんはずっと年長者でしたから、しっかりしすぎてたんですよね。たまには僕たちを頼ってくれても・・・って、ええっ!?」

 「ありがとう・・・っ。ありがとう・・・・・っ」

 リゼさんが泣いてました。急にだったのでビックリしてしまいました。

 そうですよね。リゼさんにだって泣きたい時はあるだろう。

 「今、お客さんいないですから」

 「うっ・・・。ぐしゅっ・・・」

 「ちょっとくらいなら大丈夫ですよ」

 「うぅっ・・・うぇぇぇぇぇん」

 リゼさんは僕の胸に体を預けて泣いていた。胸を貸す、というけれど貸し方がこれで合っているかが少し不安だった。

 僕はリゼさんより大きくなった。だから今度はリゼさんの好きにさせてあげたい。そう思いながら僕はリゼさんの体をそっと抱き寄せた。

 

 

 「す、すまない・・・。見苦しいところを見せた・・・」

 「大丈夫です」

 泣き終わったリゼさんは顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。普段通り凛と振舞おうとしているけど目がぐるぐる回っている。

 「珍しいリゼさんが見れたので、少し得した気分ですし」

 「・・・お前、意地が悪くなったな・・・・・」

 なぜか大人になってからよくこういうことを言われる気がする。でもそれだけ心に余裕ができたということかもしれない。みんなと一緒に長い年月を過ごした経験によるものだろうか。

 「お返しだ」

 「?」

 

 ポンッ

 

 そう言ってリゼさんは僕の額に何かを押してきた。早速自分の額を鏡で確認する。

 「これって」

 僕の額には眼帯をしたうさぎマークのスタンプが押されていた。よく見知った、かわいいご褒美だ。

 「懐かしいご褒美ですね」

 「流石に今の年じゃあ子供っぽ過ぎるか?」

 「はい♪ そうですね♪」

 「お前の可愛いもの好きも相変わらずだな」

 そのスタンプを見て僕は思わず笑みが溢れていた。可愛いものが好きと言うのもあるけれど、昔みたいにリゼさんにご褒美をもらえたことが何よりうれしかったから。

 「僕も押してあげます」

 「いや、私は・・・」

 「僕の方もお返しです。それに先生にだってご褒美はいるでしょう?」

 「うぅ・・・・・」

 「人を喜ばせた数だけ貰えるんでしたよね?」

 僕も同じく、リゼさんの額にハンコを押した。

 

 

 「そろそろバイトの上がる時間ですね」

 「今日はバータイムのシフトは入っていなかったな」

 ラビットハウスは夜はバータイムになる。僕も父さんを継ぐバーテンダー見習いとしてよく練習させてもらっている。リゼさんも女性バーテンダーのバーメイドとしてたまにバイトに来ている。

 「チノ、この後良かったらさ」

 「はい?」

 「ちょっといい感じのバーを見つけたから、そこで飲まないか?」

 リゼさんからお酒のお誘いを受けた。僕ももう飲める年なので問題はないけれど。

 「ラビットハウスのバーじゃダメですか?」

 ラビットハウスのバーは特集が組まれるほど評判がいい。それにどうせすぐそばにあるんだからそこでもいいような気がした。けれど。

 「いや、別にそれでもいいんだが・・・」

 「?」

 「身内がいたら、話しにくいこともあるだろう・・・?」

 「・・・・・・・・・・・・」

 リゼさんはやっぱり大人だ。

 子供のままじゃこんな誘い方はできない。

 「分かりました。じゃあこの後で」

 店の跡取りとしてはいけないんだろうけど、僕は喫茶店の就業時間を今か今かと楽しみに待っていた。

 

 

 

 「・・・・・・・またなんて夢を」

 朝起きたらこの間みたいに汗まみれだった。当然、顔も火が出ているようにカッカしている。

 この間のココアさんみたいにリゼさんを好きにしすぎです。あとボクはあんなにキザじゃありません。

 でも、夢の中のリゼさん、すごく綺麗だったな・・・。

 それに、先生を目指すなんて大変なのは間違いないでしょう。

 「長く働いてくれるといいな」

 夢の中でのリゼさんはそんな大変な勉強をしながらも、ラビットハウスに来てくれていた。とっても嬉しかった。

 また、正夢になるといいな。

 

 

 「なあ、ココア・・・。今日のチノ、なんだか態度が違くないか・・・?」

 「えっ、そうかな?」

 「なんというか、しきりに私を甘えさせたがると言うか・・・。年長者のような振る舞いをするんだ・・・」

 「そうなの・・・?」

 「おいやめろ。そんな目で見てくるな・・・」

 

 

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