それでは、どうぞ。
窓から青い光が差し込む部屋、その中に備え付けられたカウンターの向こう側に、一人の青髪の優男が立っていた。彼が棚に並べられたコーヒー豆入りの瓶を整理していると、その部屋に誰かが入ってくる。
「お邪魔します。」
「誰かと思えば君だったのかエノク。いらっしゃい、何か飲みたいものでもあるかい?」
「貴方のおすすめでお願いします、出来ればクッキー等に合う物で。人形さんが沢山焼いてくれたのでケセドさんにもお裾分けを。」
「これは……バタークッキーか、ありがたく貰うよ。うちの司書補達にも人気だからね。」
入って来た中性的な青年……エノクから差し出されたラッピングされた沢山のクッキーを受け取る優男……ケセドはそれを一先ずカウンターの端に置くとコーヒー豆を選び始める。その後ろ姿を見ながら席に座ったエノクはその背中に向けて話しかける。
「イキイキとしてますねケセドさん。」
「ん?そりゃあこうしてコーヒーをわざわざ飲みに来てくれる人が居るからね。この良さを語り合える相手が居るって言うのは結構嬉しい物だよティファレト。カーリー……いや今はゲブラーか、彼女とかローラン、それにアンジェリカとか裏路地出身の人らは眠気覚まし位にしか考えてなかったし。」
「味わって飲むのは少数派ですもんね。」
「自分としては外郭出身の君達と話が合うとは思ってなかったよ。なんならあの研究所で一番話してたのエノクとリサだったかも知れないし。」
「それは流石に言い過ぎですよ。」
話しながらも作業を止めず、挽いたコーヒー豆をドリッパーへと移しそのまま淹れ始めるケセド。その後完成したコーヒーをエノクへと差し出した。
「はい、ブルーマウンテンのハイロースト。ブラックで良かったかい?」
「えぇ、ありがとうございます。」
「そういや、彼女が一緒じゃないなんて珍しいね。」
自分用に淹れたコーヒーを啜り味わうケセドからの問いにエノクは思い出したかのように告げた。
「リサならゲブラーさんの所に寄ってます。人形さんの新しい料理が酒の肴になるタイプだったので。多分ローランさんとネツァクさんも一緒ですよ。」
「ローランはアンジェリカに怒られないと良いけどねぇ。」
「むしろあの人ならパジョン作って参加しますよ。ノリがいい人ですから。」
「それもそうか。」
そうケセドが納得した所でエノクは視界の端に妙なものを見つける。
「…………ん?」
「どうかしたかい?」
「ケセドさん、この封筒は?」
「?……あれ、なんだこれ。」
差し出されたのは、黒い封筒であった。
「いつの間にこんなものあったんだろう。」
「貴方の物では無いんですか?」
「知らないよ、わざわざこんな物々しい黒い封筒を寄越してくる奴なんて知り合いに居ないし。見た感じ図書館への招待状に少し似てるけどそれだと俺に送られる理由が無い。」
「それもそうですね……。」ペリッ
「躊躇いもなく開けたね君………。」
「即死トラップの類いでも無さそうでしたし僕は図書館とは別口の力で死ねないので適任でしょう?。」
「確かに君が死ぬ所なんて想像出来ないけど……そんな事言ってたらリサにどやされるよ?」
「その時はその時です………所で一つ質問なのですが。」
苦笑いを向けられながら中身を確認していたエノクであったが、ふと疑問が浮上してくる。
「ケセドさんは『ナイトレイブンカレッジ』という場所をご存知ですか?」
「うーん………いや、都市にそんな名前の施設あったっけなぁ。少なくとも僕は知らないよ。君がよく読んでる本の文字っぽいけど学校かなにか?」
「入学許可証と書かれてるので恐らくは。」
言葉を交わしながら不審物を見ていたエノクであったが、狩人時代に使っていた英語で書かれたそれに違和感を覚えたのか眉をひそめる。
「ただ、これ名前の欄が白紙なんですよね。流れ着いたにしてもここにある理由がありませんし。」
「案外、君のかも知れないよ?」
「確かに学校に通った事はありませんが……リサと離れるのは嫌なので。」
「冗談だよ、相変わらずお熱いね。」
「そろそろ貴方も身を固めてはいかがですか?」
怪しい封筒を他所に冗談を交えて話す二人だったが、不意に封筒の中身が輝いた瞬間、
ガチャッ
「「………は?」」
ギィィ
突如エノクの背後から棺が現れ、そのまま閉じ込めようとし始めた。ターゲットとなったエノクは座っていた椅子を蹴り飛ばし、その蓋が閉じる前に自らの力を用いて抗い始めた。
「エノクッ!?」
「ッ!大丈夫です、それより館長に連絡を!」ギギギギッ
「それどころじゃ無いだろ!どっから出てきたこの棺!」
「死んだ蝶の葬儀の物とは違うので多分あの封筒関係かと!」
ケセドは外からこじ開けようとするも、内側から強大な力を持つエノクが押しているにも関わらずその棺の蓋はびくともしない。正直、本気を出せば破壊できるエノクであったが、啓蒙によってこの一つを退けたとしてもまた復活する事が分かってしまったため、仕方なしにその力を緩めた
「………すいませんケセドさん、リサと皆さんに「3日後までには連絡する」と伝えて下さい。」バタンッ
「ッ、おい待ってくれ!」
ドポンッ!
ケセドの制止も間に合わず、エノクが入った棺は瞬きした瞬間にら跡形もなく消えてしまっており、残ったのは倒れた椅子位であった。暫くの間呆然と立ち尽くしていたケセドだったが、直ぐに行動を起こす。
「消えた……?いや、それよりもアンジェラに知らせるべきだな。俺だけじゃ手に負えない………エノクが居なくなってリサが暴走しなきゃいいんだけどなぁ。絶対俺が問い詰められるよなぁ………。」
そうこぼす彼の背中にはこれから起こる苦労がのし掛かっているようだった。
「ッ!エノク?」
「どうしたんだいきなり、アイツに何かあったのか?」
「…………エノクの気配が図書館から完全に消えた。多分都市にも居ないと思う。」
「………なぜそんな事が分かる?」
「愛。」
ガタンッ
(っと、そろそろ目的地に着いたかな。まさか次元を越える羽目になるとは思わなかったけど。)
図書館から連れ去られたエノクは暗い棺の中で意識を保ちながら思案していた。途中、狩人時代に召喚された時と同じ感覚があったため、遠くか別世界かに飛ばされていることは知覚したが如何せん狭い棺の中であるため周囲の状況把握は済んでいなかった。
(強いて言うなら、カインハースト行きの馬車の感覚に似てるかな。今回も招待状的なのを貰った訳だし。)
ガタガタッ
「……おっと、誰か来たか。」
『やべぇ、そろそろ人がきちまうゾ。早いところ制服を………。』
と、外から何か呟く声が聞こえてきた。その声の主はエノクの入る棺を開けようとしているが結果は乏しいようだ。
『うーん!!この蓋、重たいんだゾ!』
明確な目的は分からないが、一先ず次元の狭間のような危険な区域ではないこと、話した内容からして目の前の声の主以外人が居ないことを察したエノクは狭い棺の中で体をひねり、
「こうなったら……奥のt
バコンッ!!
って、ふ、ふな"~~~~~!?」
加減すること無く棺の蓋を殴り付けた。棺の蓋はその力に対抗できずひしゃげて蝶番ごと壊れて吹き飛んで行った。エノクはようやく入って来た光に目を細めながら縁に手をかけて右手に仕込み杖を持ちながら棺からゆっくりと出て、伸びをした。
「んー、十数時間ぶりの外だね。」
「お、お、お、お前何なんだゾ!?」
エノクはそこでようやく声の主の姿を視認する。そこにいたのは耳の内側に青い炎が宿り、しっぽの先がトライデントのように三叉になっているグレーの毛並みに胸にイカムネ状の白い毛を携えた少し大きな猫のような生き物だった。そのシアンの瞳は驚きによって見開かれている。
「おや初めまして、僕は"図書館"で自然科学の階の司書を務めているエノクと申します。貴方のお名前は?」
「名前?オレ様のか?オレ様はグリム様だぞ!」
微笑んでいるエノクから話しかけられた猫みたいな生き物……グリムは割と話が通じると感じたのか、多少あった怯えも無くなり小生意気な様子で自己紹介をする。
「っと、そうだった……おいニンゲン!さっさとその制服を寄越すんだぞ!」
「制服?あぁ、この服でしたら構いませんよ。」
「何っ!?本当か!?」
まさかの色好い返事を貰えるとは思っていなかったのか、驚きと共に喜びの声を上げるグリム。それを他所に、エノクはいつの間にか身に纏っていた黒いフード付きローブから司書としての服に着替えてローブを一度しまうと、次の瞬間には左手に二周り小さいローブが出来上がっていた。
「少々お待ちを。はい、君サイズに直しましたよ。」
「じゃあ早速………おぉ!オレ様にピッタリなんだゾ!良い仕事するじゃねぇかニンゲン!……ふな?お前のその服なんなんだゾ?」
「これですか?まぁ仕事服ですよ。」
「ふーん……ま、別に気にする事でも無いな!これで大魔法士に一歩近づいたんだゾ!」
ウキウキのグリムはその場で飛び回り喜びを全身で表しており、その様子をエノクは微笑ましげに見ていた。
「似合ってますよ、グリムくん。」
「当然なんだゾ!なんてったって、オレ様は将来大魔法士になるグリム様だからな!」
「なるほど、それは凄い………さてと、じゃあ僕は行きますね。」
「行くって何処にだ?」
「探索ですよ。僕はこの場所の事を全く知りませんからね。君も来ますか?」
「探索?……要するに探検だな!ようし、折角だからオレ様もついていってやるんだゾ!」
「な、何ですかこのひしゃげた棺は!?それに、中に居るはずの新入生の姿まで無いじゃないですか!」
どこかで胡散臭い大人が悲鳴を上げている頃、二人は人もいない伽藍とした校舎を歩いていた。
「所でグリムくん、君はどこからいらしたんですか?」
「ふな?うーん……わかんないんだゾ。オマエこそ、さっきの棺をどうぶっ飛ばしたんだ?」
「そこはまぁ、純粋な腕力で。」
「怪力だな、オマエ。」
そんな調子で会話しながら一人と一匹は歩を進める
「中庭ですね。」
「おぉ~昼寝には丁度良さそうなんだゾ!」
「教室……で良いんですかね。あまり見たことの無いような感じの造りですけど。」
「オレ様も学校は初めてだからよく分かんないんだゾ。」
「ここは……おや、図書室ですか。」
「げっ……本にはあまり興味無いんだぞ……。」
「学校に通うなら、勉強は欠かせませんよグリムくん。」
「ふなぁ………。」
いつの間にかエノクの腕の中に収まっていたグリムのしっぽがテンションの下降と共に大人しくなる。そうして目線を下げたところで、グリムはようやくエノクが金属でできた杖を持っているのに気がついた。
「そういやエノク、オマエなんで杖なんか持ってるんだゾ?足悪いのか?」
「あぁ、お気になさらず。ただの護身用の武器です。」
「オマエ武器なんていらねぇだろ。」
「まぁ大抵の物は殴り飛ばせますけど、それだと手加減がしにくくて………勢い余って相手の一部消し飛ばしそうなんですよね。その点杖だと最悪千切れるだけで済むんですよ。骨は確実にイカれますけど。」
「…………ちょっと離して欲しいんだゾ。」
急に抱き抱えられているのが怖くなったグリムはそのまま地面に降りるとそのまま探索を続けようとしたが、突然エノクに呼び止められる。
「グリムくん、ちょっと止まって下さい。」
「んお?なんだゾ?」
「シッ!」
バチンッ!
「ふなぁっ!?」
「えっ。」
エノクが振るった仕込み杖はグリムに向けて放たれていた魔法を弾き、霧散させる。防がれると思っていなかったのか、放った本人である仮面を着けた胡散臭そうな男は呆けた様子で固まっていた。しかし、エノクが警戒した様子で仕込み杖を構えたのを察したのか慌てた様子で口を開いた。
「どちら様ですか?」
「ちょ、ちょっと待ってください!私はディア・クロウリー!貴方を探してたこの学校の校長ですよ!なのでそれを向けるのを止めてもらえますか!?」
「なら何故グリムくんに攻撃を?」
「攻撃ではなく拘束です!貴方逃げ出した使い魔を捕まえに来た新入生でしょう!?他の皆さんはもう寮分けを終えて、あとは貴方だけなんで早く来てください!」
「あぁ、その事ですが……。」
「だったらオレ様を入学させろ~!」
エノクが説明をしようとしたところで固まっていたグリムが話を遮って自分の意見を訴え始めた。それをスルーしようとした男……クロウリーだったが、グリムが例のローブを着ている事に気が付くと仮面に隠れた瞳を見開いた。
「え?ぇ?何故使い魔が式典服を?というか、貴方式典服はどうしたんですか!?」
「グリムくんにあげましたけど。」
「あ~もう!勝手なことをしないで下さい!ほら、さっさと行きますよ、使い魔の狸くんは私が預かっておきますから!」
「ふなっ!?おい、離すんだゾ~!?あとオレ様は狸じゃねぇ~!」
空中にいたグリムを捕まえ、捲し立てながらそのまま行ってしまう。その後ろ姿を見ながらエノクは微妙な目線をクロウリーへと寄越す。
「カラスか……羽は兎も角顔は腹立つなぁ。」
「何か仰いましたか?」
「いえ、何も。」
入学の意思はないがとりあえず情報が欲しいエノクは大人しく従うことにしたのだった。
エノクとリサは鴉羽は狩人狩りアイリーンの印象もあってか嫌いでは無いのですが、烏自体はヤーナム時代に貪られたり抉られたりしたせいで大っ嫌いです。
と言うわけで、ツイステ世界への転移とグリム、学園長との会合でした。エノクの獲物となるのは理性を失くし意味もなく人を襲う獣(けだもの)や敵となった者であるため、グリムはまだ対象外です。なのでもしグリムが火を吹いて襲いかかっていた場合、仕込み杖で再起不能にされてました。