熾烈な天の神との戦いを終え、無事に二年生になった樹は勇者部の部長を務めながら歌手としても少しずつ仕事をもらえるようになり、充実した毎日を送っていた。
ところがそんなある日、担当プロデューサーから歌手として本格的な指導を受けるために、部活動を控えるよう要求される。
将来を決める大事なオファーだが、勇者部は姉から受け継いだ大事な役目、そう簡単に手放すことはできない。
悩む樹を見た風は「悩んだら相談」の精神を忘れるなと樹に告げるが…

1 / 1
大満開の章が放映開始され、以前から抱いていた夏凛と樹の交流を描いた二次創作を作ってみたい、という要求が抑えられなくなりました。


樹の悩み 部長と歌手

「それじゃぁ、これでこどもの日のステージの予定を詰めておくわ」

 そういうと林さんは私のぐちゃぐちゃのノートとは全然違う、書面も紙束も整理されたバインダーを鞄にしまった。中を見たことは無いけど、きっと鞄の中身もきれいに整っているに違いない。きれいに(のり)付けされたスーツを着て、颯爽(さっそう)と歩く林さんはまさにデキる女という雰囲気が漂っていて、お姉ちゃんとはまた違った意味で私の憧れの存在だ。

「はい、今日もありがとうございました。リハーサルまでに貰った新曲、しっかり歌えるようにしておきます」

「お願いね。それと、もう一つ…ちょっと厳しい話になるのだけど…」

「はい?え、歌のこと…じゃなさそうですね。服とか?もっと普段から可愛いの着た方がいいですか?」

「私服はむしろ目立たない方がいいわよ。そうじゃなくてね。部活…勇者部、だっけ?新学期から部長も務めてるって言ってたわよね」

「はい!お姉ちゃんが作った勇者部を、もっと盛り上げていくのも私の目標です!」

「そうね。貴女にとってお姉さんがどれほど大きい存在なのかは、一次選考のテープを聞いて知っているつもりだけれど…」

「お姉ちゃんがどうかしましたか?」

 ちょっと林さんの話題が芸能活動、と言うにはまだ余りにもささやかだけれど、とはかけ離れた所へ広がって目を白黒させてしまった。今まで学校生活に関することで指摘されたのは、成績が下がると学校から芸能活動を辞めるように勧告されるかもしれないから、勉強はきちんとしておきなさい、という物だった。そこへ行くとボランティア的な活動が中心の勇者部は先生たちからも好意的に受け止められていて、全く心配ないと思ったのだけど…

「いいえ、お姉さんでなくて貴女自身のこと。私もプロダクションも貴女には大きな才能があると思っている。でも、貴女は今まで楽しく歌うだけで正式に歌の勉強をしたことは無いわよね?」

「え、はい…ひょっとして、誰かプロの方から指導を受けられるんですか!?」

「声学について基礎から学び直してもらいたいと思っているわ。でも部活動と並行してこなすには時間が足りないと思うのよ」

「それは…そうかもしれません…」

「勇者部というのへの熱意は今も聞かせてもらったわ。貴女が歌手を目指す理由がそこに根差しているというのも判っている。だから両立を諦めるのは辛いかもしれないけど、貴女の歌手としての将来のために、せめて部長は他の人に譲ってレッスンに時間を割いて欲しいのよ」

「え、でも…それは…勇者部は、本当に私にとって大切で…でもレッスンは…」

「ごめんなさい、今すぐに結論を出せと言う話じゃないわ。でも結論は早ければ早いほどいい」

「…はい、しっかり考えます。それじゃぁまた」

「ええ、大事なことだからしっかりね。それじゃ、また詳しいスケジュールが固まったら連絡するわ」

 そう言うと林さんは会計伝票を手にしてさっと立ち上がった。いつもなら私もすぐに後ろに続いて、店を出た所で別れる。でも今日はすぐに立ち上がる気になれなくて、林さんが放っておいてくれるのに甘えて、溶けかけのメロンソーダの氷をストローで突っついていた。

 思えば。私は周りに甘えていたのかもしれない。毎日のように活動内容が変わる勇者部の部長と、まだ駆け出しとはいえ学生との両立の芸能活動。まだ一か月程度とはいえ曲がりなりにも心身に負担なくこなせていたのは、宣言通り卒業後も頻繫(ひんぱん)に顔を出してくれるお姉ちゃんや東郷さんがスケジュールを綿密に調整してくれるからだし、林さんは今日の話を本当は担当になった最初の顔合わせで切り出しても良かった(はず)だ。

 そうやって周囲の厚意に甘えて、深く考えずにきたツケが回ってきたのかもしれない。確かに今後本気で歌手として一人前になるのなら、今は何もかも振り捨てて音楽の勉強に打ち込んだ方が良いのだろうか。

 でも、勇者部にはお姉ちゃんの魂が込められている、と私は思っている。裏では大赦(たいしゃ)に命じられて友奈さんと東郷先輩にとって近しい存在になるという目的が有ったけれど、勇んで人のためになる事をする、というスローガンは決しておためごかしでもなんでもなく、お姉ちゃんが本気で目指したものだと思う。夢と現実の板挟みに()ったお姉ちゃんが苦悩の果てに生み出した勇者部を、温かな笑顔で皆を幸せにする友奈さんでも、誰もが認める才媛の東郷さんでも園子さんでも、しっかり者の夏凛さんでもなく、下級生の私に(ゆだ)ねたのは、お姉ちゃんの想いを私が一番深く受け止められると思ったからに違いない。そのお姉ちゃんの気持ちを無にするのなら、結局夢を追いかける事でお姉ちゃんの隣を歩いて行けるようになる、という私の目標は叶わないのではないか。

 そんなことが頭の中をグルグルして、結局そのまま何も決めることができなかった。

 

 

「ごちそうさま」

「ん~?あんた半分近く残してるじゃない。どうかしたの?」

「ごめん、お姉ちゃん。なんか食欲無くて」

「ひょっとして林さんに何か叱られた?それともゴールデンウィークのステージ中止になっちゃった?」

「ううん、そんなんじゃないよ、ただちょっと調子が悪いだけ…」

 その日の夕食、悩みから食事を残そうとすると、直球で言い当てられてぎくりとした。慌てて否定したけど通用しなかったみたいで、お姉ちゃんはお椀を脇に寄せると真剣な顔でこちらを見る。

「樹、勇者部六箇条一つ?」

「…悩んだら相談…」

「わかってるのね。それならいいわ」

 お姉ちゃんに今日の事を話したら、きっと歌手になるための勉強を優先しなさいって言ってくれちゃう。私が楽になる代わりに、お姉ちゃんは私が勇者部を手放すという痛みを抱え込んでしまう。どうやって話したらいいんだろう、そんな風にこわごわと返事をすると、お姉ちゃんはそのままお椀を取って食事に戻ってしまう。

「え?話さなくていいの?」

「あんたももう何でもかんでもあたしが世話を焼く歳じゃないって知ってるしね。どうしても解らなくなったら、あたしじゃなくても良いから相談すんのよ」

 そう言うとお姉ちゃんはカッコよくウィンクを決める。お姉ちゃんにだけは言えない、そんな気持ちを分かってくれたんだろう。やっぱりお姉ちゃんは凄い、そう思った。

「お姉ちゃん、ちょっとだけ散歩してくるね」

「ん…あんまり暗くなる前に帰ってくんのよ」

 答えを出すのは自分でも、それを手助けしてもらうのが悪いことじゃない。お姉ちゃんに言われた通り、誰かに話を聞いてもらおうと決めて、そして誰に聞いてもらうかを決めて、その人が居るだろう場所に散歩がてら出掛ける事にした。

 

 

 いつもは自転車を押しながら横目に歩いていくだけの砂浜に降りていくと、その人はやっぱり木刀を振るっていた。一度、もう戦いは無いのにどうして訓練を続けるのかと聞いてみたら、もう習慣なのよ、とため息混じりの返答が返ってきたことがある。

「夏凛さん、こんばんは」

「樹じゃないの。こんな時間に散歩なんてよく風が許したわね」

「えへへ、ちょっと…夏凛さんに相談があって」

「ふぅん、風の誕生日プレゼントって雰囲気でもないわね~。良いわ、今日はこれで終わり!」

「すいません」

 私が相談を持ち掛けると夏凛さんは型を止めて石段に置いてあるバッグに向かって歩き出す。いかにも渋々といった態度だけど、それがポーズだってことを私はよく知っている。入部した当初こそツンケンした一匹狼みたいに振舞っていたけど、夏凛さんはとても世話焼きで優しい。もっとも面と向かって言おうものなら顔をトマトみたいに真っ赤にして怒る…ふりをして()ねてしまうけど。今も、石段にハンカチを敷いて私の座る場所を作ってくれた。

「それで?」

 あくまで言葉はつっけんどん。視線もすでに沈んだ太陽の残滓(ざんし)に向いている。でも私は知っているのだ。その耳は決して私の独白のような訴えを聞き逃したりはしない。

「実は今日…」

 だから私は安心してうまく言葉にならないモヤモヤを吐き出す。何が有ったのかという単なる事実だけでなく、その時何を感じたのか、本当はどうしたいのか、何故そうできないでいるのか、話は行きつ戻りつして、理屈も無茶苦茶だけど、とにかく話し終えた。

 そうすれば何か教えてくれると思ったけど、予想に反して沈黙が続いた。夏凛さんなら導いてくれると思ったけど、いくらなんでもわがままが過ぎただろうか。そんな不安に囚われていると、にゅっと手が差し出される。

「ん」

 見ると、夏凛さんの好物の煮干しが指先に挟まれている。

「いただきます」

 正直に言って煮干しをそのまま食べるのは苦いだけだといつもは思っているけど、このタイミングでそんな事も言えず、受け取って(かじ)ると予想とは違った芳醇(ほうじゅん)な香りが口の中に広がる。

「美味しい…」

「鍛錬の後は栄養が必要だからね。高級煮干しよ」

 なんだかふふん、と鼻息の聞こえそうな雰囲気で夏凛さんが言う。でも思わず美味しいと言ってしまったのでぐうの音も出ない。

「もう一本、どう?」

「いただきます…」

 そんな訳で好意で差し出されたおかわりをありがたく頂戴(ちょうだい)する。心の中のぐずぐずした悩みを吐き出した清々しさと、鼻に抜ける(かお)り高さが二人の間の沈黙を彩る。二本目を大事にちびちびと食べ終えた後、なんとなく甘えてみたくなって、夏凛さんの肩に頭を乗せる。夏凛さんも自然に受け入れてくれて、潮騒(しおさい)を聞きながら赤みを帯びた空が紺色に変わっていくのを、夏凛さんの温もりを感じながら見送る。

「それで、その担当の人にはいつ話すの?」

「次の打ち合わせの連絡待ちです」

「そう。…さすがにそろそろ帰らなきゃね。風がきっとかんかんよ」

「夏凛さん、一緒に謝ってくれないんですか?」

「二年生になったんだからそこまで甘やかさないわよ、部長」

 答えのわかり切ったじゃれ合いの甘えを、サラッと受け流して夏凛さんが立ち上がる。つられて立ち上がった私は夏凛さんにお辞儀する。

「夏凛さん、今日はありがとうございました」

「ん…頑張んなさい」

「はい、お休みなさい」

 お礼のつもりでいつもより丁寧(ていねい)に頭を下げて、私は家路についた。夏凛さんの予想通り、お姉ちゃんはお冠で、その夜はいつも見ているドラマの続きを見ることができなかった。

 

 

 それから二日後、放課後にいつもの喫茶店で林さんと打ち合わせが有った。一応決めてあった予定通りだけど、それ以外にも本番にどんな段取りでステージに上がるか、トークのテーマなど細かくチェックした後、いつもの通りに丁寧に整理されたバインダーを林さんがしまう。

 そのままならまた会計伝票を手にした林さんが立ち上がってお開きだけど、今日は私から呼び止める。

「林さん、先日のレッスン追加のお話ですけど…」

「あら。決心がついた?」

「いいえ、ありがたいお話でしたけど、やっぱり私、勇者部を辞める事はできません。お姉ちゃんがどう、という事ではなくて…その、まだうまく言葉にできないけど、一度決めたことを諦めたくないんです」

「そう…もう一度言うけど、今が一番大事な時期よ?学校の部活動がそんなに大事かしら?」

「はい、それは自信を持って言えます。もちろん部の先輩方に手伝ってもらって、なるべく時間を取れるよう努力します。学校の成績だって落としません」

「残念だわ。でもいい目をしてる。この間話した時とは別人みたい」

「はい、ありがとうございます!」

 それで話はおしまい。反対する林さんを何とか説得することも考えていたから拍子抜けだ。でもそれは林さんが優しいからじゃない。むしろ、私がどれだけ自分の言葉に対して真剣でいられるかを測る厳しさだ。いつか後悔するかもしれない。あの時音楽に専念しておけばよかった、こんな筈じゃ無かったと涙を流す日が有るかもしれない。それでも今は一番困難な、でも信じた道を選んだことに胸を張ろう。

 わたしは歌手志望の中学二年生。そして讃州中学勇者部部長、犬吠埼樹なのだ。




読んでくださってありがとうございました。
ご意見ご感想、誤字報告などご指摘が有りましたらよろしくお願いします。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。