二人の勝敗は、つかないまま。
ただ結果だけが、そこに残って。
月日は、過ぎていく。時間は決して戻らない。そう、決して。
でも時間だけが、私たちの間にある悩みを晴らしてくれた。それは最善ではないけれど、少なくとも私たちの関係にとって悪い結果ではない。不戦勝であっても、勝ちは勝ちだから。
私は――大喜を、手に入れたのだ。千夏先輩が、いなくなった事で。
大喜と先輩は、結局は「同居人」のままだった。大喜自身はそれを悔やんでいたし、千夏先輩も大喜に伝えたい事があっただろう。
でも二年間、二人の間は埋まることがなかった。限り無く近づいても、決して繋がりはしなかった。
今でも大喜は、千夏先輩が好きだと思う。それでも、今は。今は、私と向き合ってくれている。それで良い。
久し振りの猪股家は、どこか空気が違っていた。少し寂しそうな、ピースが欠けてしまったような感じ。
千夏先輩もこの家を構成していた、大切な要素の一つだったんだ。千夏先輩は、大喜の家族だったんだ。それが、肌に伝わってくる。
大喜のお母さんに挨拶して、二階へ上がる。もうじき大喜も帰ってくるから、その前にやっておきたい事がある。
階段を上がって、二つ並んだ扉の右側へ手をかける。
何の抵抗もなく開いた部屋の中は、すっかり空っぽで。家具だけはそのままだけど、ここにいた住人の私物は、一切無くなっている。もう千夏先輩は、二度と戻ってくることはないから。もう私と大喜の間に、彼女が割り込む事は二度と無い。
「寂しい、なー……」
空っぽの部屋で、大の字になって。そう、呟く。
鹿野千夏は私にとってライバルであり敵であり、尊敬できる先輩であり理解し会える友人だったから。大喜を独占できるのは嬉しいけど、時間切れの不戦勝を誇ることは出来ない。勝ち名乗りを聞いてくれる相手がいない、虚しさの残る勝利。
千夏先輩の気配さえ、もう残っていない。きっと何ヵ月もかけて、少しずつ整理していったんだろう。まるで最初から陽炎か何かだったかのように、全てが消えている。LINEもメールも届かなくなり、連絡先も分からない。実在さえしていなかった、と言われても信じそうだ。
――と。
「何だよ雛、こっちにいたのか」
大喜が複雑そうな顔で入ってきた。千夏先輩の部屋、という意識はまだ残っているんだろう。
でも、だから。
私は、ここで。
「大喜、キスしてよ」
床に寝そべったまま、そう言ってねだる。ここで、したい。大喜の心を少しでも、千夏先輩から私の方へ動かしたい。私はどこまでも、貪欲だ。
大喜の顔が、僅かに曇る。それはそうだろうけど、それでも。私は、したい。ここで。
私がこうやって意地を張ったとき、最後には必ず大喜が折れてくれる。大喜は優しいから。本当に、優しいから。
大喜が膝をついて、私に覆い被さるように、……キスをしてくれた。唇の柔らかさが、いつだって心地良い。初めてのキスからずっと、大喜の唇は心地良いんだ。唇だけじゃない、大喜の全てが、心地良いんだ。
「これで、良いだろ? 俺の部屋行こう」
大喜はまるで、咎められるのを恐れる子供のようだ。それがちょっとだけ、寂しい。大喜には今でも、千夏先輩の気配が感じられるんだ。千夏先輩の前で右往左往していた、「大喜くん」のままなんだ。
だから、もう少し我が儘を言ってみよう。先輩の事を、少しでも過去にして欲しいから。
「ねえ、……しようよ。続き」
そう言いながら、服を緩めていく。大喜の視線は明らかに肌へ向くけれど、でも。一瞬狼狽えた顔をしてから。
「……ここで、なんか……出来ない、だろ……」
と、小さく反論してきた。出来なくなんかないのに。ここは、ただの空き部屋。私たちは恋人同士。家族公認の仲。何も、問題なんか無い。大喜の心以外には。
「私じゃなくて、千夏先輩だったら。千夏先輩となら、ここで出来るの?」
我ながら、意地の悪い事を聞いてしまったと思う。
そして、私は知っている。大喜と千夏先輩は、一度だけ。一度だけ、ここで――したのだ。
それを、私は当事者から聞いたのだから。
それは私たちが、初めての夜を迎えた時。優しい大喜は、私に嘘を吐くことに耐えられなかった。だからその時、話してくれたのだ。
千夏先輩が、猪股家を去る前の日。片付けを手伝って欲しいと言われて部屋に入った大喜は、――襲われた。組倒され、犯され、そして何事もなく「いつもの二人」に戻った。
何が起こったかさえよくわからないまま、大喜は心も身体も千夏先輩に蹂躙されてしまった。
それは、どういう意図だったのか。最後の最後で、大喜の心に傷を残したかったのか。一生自分を忘れないようにしたかったのか。
もう二度と会えない彼女相手に、それを聞くことは出来ない。
だから大喜は、一度私を拒絶した。千夏先輩の影を引き摺る自分には、誰も愛する資格がないと。
それでも私は、大喜を愛した。すべてを、捧げた。愛しているから。
大喜にとって、私は今でも二番目だ。ずっと、二番目だ。それでいい。私にとっては、大喜しかいないのだから。私の一番は、永遠に大喜だ。
だからこそ私は、ここで愛されたい。この場所で、大喜を愛したい。
例え届かなくても、私たちは今でも張り合っているから。
ぎこちない、大喜の身体。隅々まで知り合っている筈の私たちは、でもギクシャクと重なりあった。
幸せ、だ。
大喜に愛されて。大喜を愛して。でも大喜の心は、まだ私のものじゃない。それでも、愛している。
主を失った部屋の中で、幾度となく愛を囁く私。
どこか躊躇いながら、私を愛してくれる大喜。
ああ、幸せだ。
幸せなんだ。私たちは。
バッドエンドかベターエンドか。
さぁ、どうでしょ。
本当はR18にする予定でしたが、色々あってこうなりました。