鶏が先か、卵が先か   作:楊枝

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マシガルバナナのノリ
この小説はいつでも健全で勝負させてもらっています


マ・ジ・カ・ル・プール!プールといえば

 

 

 

 

 ……あれ? おかしいな。

 

 

 クーラーの効いた涼しい清隆くんの部屋で、いつものごとくテレビの前でぐだぐだしながら、私は頭を捻る。

 並んで隣に座る清隆くんもテレビに映る漫才を首を捻りながら見ているが、この場合首を捻るという意味合いがそれぞれ別で異なっているため横に置いておくとする。

 

 

 ───本来ならば。

 

 

 夏休み最終日までの三日間。普段は水泳部専用として扱われている大きなプール施設が、特別に市民プールのような形で広く開放される。

 連日大盛況で、あまりの混雑具合にすぐさま規制が入って、三日間のうち一人入場一回までとなったのは記憶に新しい。それほどイベントとして運営も出張り、場を盛り上げているということだろう。

 そしてそこでウチの3バカが起こす女子更衣室盗撮事件なるもの。というか普通に考えて事件なのだが。

 

 コレが本来ならば、巻き込まれた清隆くんが華麗なる阻止をして事件は表沙汰にならず闇に葬られることになるのだが、時期を考えるとそろそろ動き出さないとおかしいはず。

 なのに清隆くん、夏休み最終日が近づく二日前にしてもまったくそういった動きを見せない。

 

「おかしい……」

「何がだ? まあ確かに面白くないが……」

「漫才は面白いでしょうが! 相変わらずお笑いのセンスないな」

「事実を言うにしてもひどくないか?」

 

 隣でムスッと私を見ている清隆くんは変わらず横に置き、顎に手を当てて推理モードに入る。

 

 頭の中で鳴り響く木魚の音と、それとあまり間を空けず鈴の音が思考の答えを決定づける。

 続け様ゲンドウポーズで机に突っ伏すのもまた仕方のないことである。

 

「ほ、本当にどうした。葵」

 

 私の異常な様子に清隆くんの方が慌てている。

 

「……オレの携帯、か? コレがどうかしたのか?」

 

 私の一瞬動いた視線を見逃さないのはさすがだが、ベッドにあった自身の携帯を取ってすぐ差し出されてくるのには閉口する。

 反射で受け取ってしまったものの、手の中にある携帯と清隆くんとを交互に見やる。

 

 それから少しだけ咎めるように、そこに宿る心配をありありと包み隠さず口を開いた。

 

「こんな情報の塊みたいな物……清隆くん、あまりに警戒心がなさすぎじゃないかな」

 

 無防備に瞬きをする様子に、余計に心配が募るようだ。

 それにやっぱり私の良心が咎めるし、携帯には手をつけず返そうとする。

 

 私の動きを不思議そうな表情で押し留めながら、清隆くんは平然と宣った。

 

「別に、葵なら構わない。隠すこともないしな。葵だってそうだろう?」

「……そりゃあ、そうだけどぉ……」

「じゃあ何も問題ないだろ」

 

 何か腑に落ちない。清隆くんのよっぽど悪びれない様子も、どことなく怪しさを感じてしまう。

 

「じゃあ……見るよ? 見ちゃうからね?」

「いいぞ」

 

 清隆くんの携帯に手をつけつつ、拭いきれない罪悪感から代わりに私の携帯を差し出しておいた。完全に物々交換である。

 

 今の心模様がまざまざと現れているぎこちない手つきで、操作を進めていく。

 隣で平然とした顔をしながら私の携帯を慣れた手つきで極めてスムーズに操作している清隆くんが、ふと「……あ」と声を上げた。

 

「葵、プール行くのか?」

「うん。櫛田さんたちに誘われてさ」

 

 チラと見えた画面に、私と櫛田さんのトーク画面が映っている。

 開いているアプリが同じなところ以心伝心なのは、さすが私たちといったところだ。

 

「そんなにプール好きじゃないだろ」

「いやっ……だって……見たくて……」

「動機が男子高校生なのやめろ」

 

 携帯を操作しながら、至極残念な声を上げる。

 

「清隆くんが人畜無害なのは周知の事実だけど、やっぱり女の子集団に連れ立って行くのは一緒の子たちに気が引けてさ……あ」

「どうした」

「清隆くんもプール誘われてるじゃん」

 

 私の名前の下にいるトーク履歴に、3バカ含むグループがある。そこでは『佐倉と堀北、ちゃんと誘っておけよ!』という山内からのメッセージを最後に話が終わっていた。

 

 顔を上げて清隆くんの様子を見る。

 

「ああ……そうだったな。オレも行く予定だ」

「………」

 

 なんだろう……この取って付けた感。本当に行く予定だったんだろうか……?

 

 まるで今思い出したような言い方にひっかかりは覚えるが、それより胸に満ちるのは大きな安堵感だ。

 これなら私の知っている通りの展開……のはず。

 

 3バカ含むグループトークの履歴を遡って、直近の会話を覗き見る。

 極めて立派なイマドキ高校生らしいあの子を誘う、あの子を誘いたい、楽しみだな、目の保養〜……ちょっと下世話な会話は省くとして。

 始まりから終わりまで一切会話を挟まない清隆くんにまたさらに絶大なる信頼を寄せつつ、清隆くんもプールに来るのがわかった私は満面の笑顔だ。

 

「清隆くんも来るんだ! よかった、やっぱり私清隆くんと一緒に行きたかったから」

「……葵からは誘ってくれなかったのに?」

「なんで拗ねてるの? 理由はさっき言った通りだよ。清隆くんが人畜無害なのは周知の事実だけど」

「言わなくていいところを二回言うな」

「でも事実じゃん」

「オレの何を知っているというんだ」

「なんでも知ってるよ」

「……オレだってなんでも知ってる」

 

 まだ謎の拗ねを見せる清隆くんを他所に、私は俄然ワクワクして目を輝かせている。その調子で清隆くんに明るく声をかける。

 

「ね、ね、佐倉さんは? 堀北さんも来るの?」

「今から誘う」

「清隆くん、本当にプール来る予定だったの?」

「うん」

 

 ちょっと可愛い返事をしてくるところに完全なる嘘と見た。

 とはいえ言及する気はない。結果良ければすべてオールオッケーだ。

 

 ならばと新たに提案する。

 

「じゃあ佐倉さんは私が誘っておくよ! 堀北さんは清隆くんね」

「わかった。堀北は水筒言えば問答無用で来るだろうから任務完了だ」

「その脅しネタ、清隆くんも対象に入るからね? 堀北さんに触発されて水筒に腕突っ込んで抜けなくなったのは誰だったっけ?」

「その節はありがとうございました」

 

 反省しているならばよろしい、と頷く。堀北さんの名誉は私が守る。

 それにこの脅しネタが彼女相手に通じるのはこの一回限りだろうことは、清隆くんも重々承知しているだろう。

 

 さっそく携帯を交換し、私は佐倉さんにメッセージを、清隆くんは堀北さんに電話をかけていく。

 快い二つ返事まで貰ったところで(清隆くんは結構揉めつつ)、役目を終えた携帯から揃って目を離す。

 

 私はまた満面の笑顔で清隆くんを見やった。

 

「プール、楽しみだね!」

 

 清隆くんもまた、ゆっくりと目尻を下げた。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 夏休み最終日にて。

 

 私は櫛田さん、他クラスの女子生徒を含んだ五人のメンバーで約束していた集合場所に集まり、談笑しながらプール施設に向かっていた。

 

 

「そういえば水元さん、この前水着買うって言ってたけど、結局どんなのを買ったの?」

 

 隣に並んでいた櫛田さんからそんな質問が飛んでくる。

 

「普通のだよ、普通の。スクール水着は逆に目立ちそうだから、あえて言うなら周りに溶け込めそうな……まあつまり普通のだよ。あと安かったよ」

「うーん、結局よくわかんないかな」

 

 櫛田さんの一見柔らかいながら的確という高度なツッコミを受けつつ、集合場所がそもそもプールに近かったため、そう時間をかけずあっさりと目的の場所に着いた。

 

 それぞれ施設を見上げてわあ、と感嘆の声を上げる。もちろん私もそのうちの一人だ。

 

「立派な建物だね〜」

「水泳部の人たちが普段ここで練習してるの考えたら、豪華だねぇ」

「さすが高育すぎる」

 

 そんなとりとめのない雑談をしながら、とりあえず先に更衣室へ行こうかとまた全員で歩き出した。

 

「あっ」

 

 と、唐突に櫛田さんが驚いた声を上げる。先を歩いていた他の子たちは気づかないで進んでしまい、隣にいた私だけは気がついて、つられて彼女の視線の先を追った。

 

「………」

「……あれ……何してるんだろ? えっと……水元さんならわかる?」

「ごめん……わからない……」

 

 

 ───なんかわからないけど、遠目に見た限り清隆くんが池を締め上げている。

 

 何を言っているのかわからないが、私も何を言っているのかわからない。

 

 

 立ち位置から清隆くんの顔は見えないが、池は首元の襟ごと鷲掴みされて漫画みたいに体が空中へ持ち上がっており、これまた漫画みたいに口端からブクブク汚い白い泡を漏らしているようだった。

 

「あ、あれ、止めた方がいい? だ、大丈夫かな?」

「……いや、大丈夫でしょ。相手は池だし。きっと戯れてるんだよ、うん、華の男子高校生だし」

「ほ、本当……!? あれ見ても本当にそれ言えるの!?」

 

 よく見たら池の背後で人体が積み重なっている。草木に紛れて見えなかった。

 

 櫛田さんが指差した先を目を細めて注視し、小さな人体の山を構成するメンバーが須藤、山内の二人であることを確認する。

 

 池が締め上げられているのが見えた時点で薄々察していたが、人体の山構成メンバーで完全に状況を理解する。

 

 

 私は櫛田さんに向かって仏の顔をした。

 

 

「よし。じゃあ更衣室行こっか!」

 

 なかなか荒事になっているようだが、結果良ければオールオッケーだ。これが夏休みテンションなのか。

 

 清隆くんが池須藤山内の首根っこを掴んでズルズル施設の裏手に雑に引っ張って行くのを尻目に、私はまだ後ろを気にしている櫛田さんの背中を強引に押して反対に施設の中へと入っていくのだった。

 

 

 

 

 

「清隆くん」

「葵?」

 

 頰についている謎の赤い液体を手の甲で拭いながら、清隆くんが私の声に反応して顔を上げた。

 とてとて歩み寄りながら、彼の足元に広がっている死屍累々の光景に『うわぁ……』という表情をする。なんなら声まで出ていた。

 

「待て、オレがそっちに行くから葵は来るな。汚いから」

 

 そう言いながらなんだか妙にすごく似合っているヤンキー座りから立ち上がり、その拍子に足元で転がっていた山内を足蹴にしつつ近くにやってくる。

 

 言われた通りその場で動かず待ちながら、清隆くんがその場を退くことで改めて見やすくなった死屍累々を眺める。

 

 引いているというよりは、心配の滲む声を上げた。

 

「なんか……珍しく派手にやったね……」

「まあ……ちょっとな」

「ちょっとどころじゃない気がするけど……」

 

 山内の顔が腫れ上がっている。グーで殴ったのか。池……は、さっき見た光景からも想像通り首を絞められている。首周りの手の跡がすごい。すごいしえげつない。

 須藤は一見したら何もされていないようだが、服の乱れから考えるにおそらく腹部か……いや、とにかく服に隠れる箇所を徹底的にやられているっぽい。

 

「……す、……すいません、……でし、た……」

「まだ意識があったのか」

「ストップストップストップ止まって待ってビークール! キフカルマティレスピール二・ガリチーシ!」

「葵も落ち着け、出てる出てる」

 

 須藤が死に体(しにてい)で謝罪の声を上げるのに、すかさず清隆くんが向かおうとするのをこれ以上人殺しをさせるわけにはと必死に止める。その際いろいろぼろぼろ漏れたが、聞いたのは清隆くんと死に体の須藤だけなのでノーカンだ。

 

 私に後ろから羽交締めされて行動を制限されている清隆くんは、一旦抵抗をやめ、地面で芋虫の如く動いている須藤を見下ろした。

 

「冷静に説こうかとも思ったが、お前らには見目にわかりやすい暴力の方が抑制剤になるだろう。これで懲りたな。まあ懲りてなかったらもう一回最初から同じことをするだけなんだが」

「も、しま……せん……」

 

 須藤が血の気の引いた白い顔で言っている。人の恐怖に染まった表情は今までも見てきたが、須藤のそれはどれにも負けないレベルのひどい有様だった。

 これ後で諸々影響出ないか……? 大丈夫?

 

「監視カメラはない。ちゃんと見た」

「そういう問題じゃないんだよな……」

 

 あとそこの心配じゃないよ、と浅くないため息を吐いた。

 

 大人しくしている清隆くんにこれ以上変なことはしないと判断し、羽交締めから解放する。

 自由になった清隆くんが振り返って私に向き直り、首を傾げてみせた。

 

「葵はどうしたんだ? 櫛田たちと先にプールに行ってたんじゃなかったのか?」

「いやぁ、清隆くんの犯行現場がチラッと見えたから……お手洗いって言って、ちょっとだけ抜けてきたんだ」

「む。……いや、そうだな。一瞬冷静さを失いかけた時があった。慌てて全員ここに連れて来たんだが、次からは気をつける。ありがとう、葵」

「う、う〜ん……」

 

 話が噛み合っている気がしない。かといってそれを追求するのもまたさらに面倒なことになる気がする。

 ……と、いうわけでここはスルーだ。一択だ。

 

 目下の問題の解決に取り組むこととする。聞くべき部分とスルーしていい部分の判別はすでに下した。

 

「結局これはどういう流れなの? 何か問題が発生したの?」

「聞いて気分のいいものじゃない」

 

 清隆くんが首を振る。口を閉じて黙り込む。

 

 そうなると困るのは私だ。いくらなんでもこんな惨状を目の当たりにして、何があったか聞かない方がおかしい。

 再び追及しようと私が口を開くより前に、清隆くんが発言する。

 

 

「葵が傷付くことにはならない。だから葵はいつも通りいてくれたらいい」

 

「ゔっ……」

 

 

 向けられる真っ直ぐな眼差しに怯む。

 同時に、清隆くんが何も言わないと決めていることがよくわかってしまった。

 

「葵はそろそろ戻った方がいいんじゃないか? 櫛田たちが待ってるんじゃないか」

 

 確かにそうだ。遅かったら先に行ってと伝えてはいるが、櫛田さんの性格上律儀に待ってくれている可能性もある。

 

「清隆くんはどうするの?」

「片付けてから行くさ。心配はいらない」

 

 正直どっちを心配したらいいのかわからなくなっている。

 

 手伝おうか? と言ってみたが、汚いから大丈夫という斜め上回答が返ってきたところでスッパリと諦めた。

 清隆くんがいつも通りでいて欲しいと願っているのならば、今回は大人しくそうしよう。

 

 

 後ろ髪が引かれる思いはありつつ、その場を後にする。

 

 建物の角を曲がったところで、背後から須藤の野太い悲鳴が聞こえてくる。

 それが不自然にか細く消えるところまで、何があったか無意識に思考しそうになるのを、これから始まる楽しいプール遊びで頭をいっぱいにすることで遮断した。

 

 

 結構力技で解決したんだなぁ、清隆くん……。

 

 

 私はちょっと遠い目をしながら、とはいえ当然の末路なので彼らへの合掌はしなかった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 女子更衣室にはいつのまにかかなりの人数が集合していた。その中には清隆くんたちと一緒に来る予定だった女子メンバーも勢揃いしている。

 櫛田さんたちはどうやら続々と集まってきた女子生徒と談笑をしていたみたいで、まだ着替え始めていなかった。

 

 待たせていたわけじゃないことがわかり安堵しつつ、私もさっさと着替えの準備に取り掛かる。

 

 

「水元さん……」

 

「うわっ」

 

 

 そんな私の背後で、幽鬼のように現れたのは佐倉さんだった。

 近くに来たことにも全然気づかなかった。私の気配読みが通用しないなんて、さすが佐倉さんである。

 

 驚いた拍子に女子力の無いまったく可愛くない悲鳴をあげたのは横に置いて、上着を脱ぎかけの姿勢のまま振り返って彼女を見た。

 

「佐倉さん……は、もう着替えてるのか。早いねー」

「誰にも見られてないうちにって、急いで着替えたんだ……」

 

 私が佐倉さんの全身に視線を滑らせたからか、もじ……と縮こまってしまう。

 苦笑しながら視線を外し、私も再び着替えに取り掛かった。

 

「そういえば佐倉さん、よくプールに来てくれたね。実は断られるかもって思ってたから、来てくれて嬉しかったんだよ」

「そんな……私も、水元さんに誘われて嬉しかったから。その、誘ってくれてありがとう、水元さん」

「全然! 友達なんだから誘うし、お礼はいらないよ! それに私から誘っておいて、別々のグループで来てるしね」

 

 そうなのだ。これはちょっとした行き違いなのだが、私は元々櫛田さんたちに誘われてプールに行くことになっていて、佐倉さんは3バカ含むグループでの参加になってしまった。

 佐倉さんには櫛田さんたちも一緒でいいならと一応誘ってみたが、遠慮したのか、私たちのグループでの参加は断られてしまった。

 

 まあ確かに、佐倉さんは櫛田さんに苦手意識があったなぁと後から思い出したものだ。

 エンジェル櫛田さんならば恥ずかしがりやの佐倉さんでも気が合いそうなものだが、人間関係というのはなかなかどうして複雑で難しい。

 

 そういえばと佐倉さんを含むグループ構成を思い出して、眉を下げて彼女を見やった。

 

「そっちは結構男子いたと思うけど、大丈夫だった?」

「う、うん。綾小路くんがいろいろ助けてくれて」

 

 さすが清隆くんである。言わずとも佐倉さんのサポートをしてくれている。まさに以心伝心。

 

「あ、でも……途中で男の子たちを連れて、どこか行っちゃって。私はその、変にジロジロ見られなくなったから助かったんだけどね。でもそれからみんなの姿、見てないな……綾小路くんたち、どこ行っちゃったんだろう?」

 

 つい直前浮かべたばかりの安堵の笑みが、一瞬にして固まる。すぐに平常へと戻して、私は自然な動作で着替えを続けた。

 

 脱ぎ捨てた衣服から神速で水着へ様変わりすると、清隆くんたちの行方を思案していたのか視線を落としていた佐倉さんが着替え終わった私に気づいて、目を点にした。

 

 

「えっ……? あ、あれっ……?」

 

「お待たせ佐倉さん。それじゃあ早速行こうか?」

 

 

 目を擦っている佐倉さんを促しつつ、私は更衣室を薄目で見渡した。

 

 私たち以外にもプール利用者は数多くいて、それぞれ思い思いにロッカー前を陣取り着替えている。櫛田さんたちは……ちょうど着替えに取り掛かっている最中だ。

 下着を取り外しかけた直前でシュバッと視線を明後日の方向に向けた。紳士を自称するに相応しい対応力である。

 

 佐倉さんがジッと私を見つめている。着替え終わっており佐倉さんは問題ないので、私も顔を元の位置に戻した。

 

「佐倉さん? どうしたの?」

「あ……その、水着、すごく似合うなって……! ワンピースタイプなんだね。あ、でもよく見るとスリット入ってる。水元さん足も綺麗だから、すごくよく映えてるよ……! 可愛い」

「すごい褒めてくれる……佐倉さんの方が断然可愛いよ。……ん?」

 

 佐倉さんの妙な熱量に押し流されかけたが、発言の中の一部が引っかかった。

 

 眉を怪訝に寄せる。

 

 

「スリット?」

 

「え? えっと、ここ、片方だけなんだけど。スカートが揺れて、動くと太腿がチラッと見えてね」

 

「………」

 

 

 無言。というより、絶句。

 

 

 現状を把握して思わずよろけたら、慌てた佐倉さんにより受け止められた。

 

「……ただのワンピースタイプの水着とばかり……こんな罠が仕掛けてあったとは……」

「え? え? あ……でも、本当にすごく似合ってるよ。大人可愛い感じで、フェミニンなんだけどフレンチシックでもあるっていうか、動くたびにスカートの裾がヒラヒラ揺れてすっごく目を惹かれるの! プールの水面に映る反射光が水着にも映ったら、きっと写真映えすると思う……! 私が今日カメラが持って来てたら……!」

「やばい……押し流される……」

 

 水着の選択ミスに落ち込んでいたのに、それすら押し流される勢いだ。

 だが佐倉さんの目の輝きや楽しげな様子を見ていると、まあいっかぁ、と安直な気持ちが芽生えてくる。それに解決策がすぐに見つかったのもある。要は派手に動かなければいい話だ。

 

 改めて体を起こして、元気をくれた佐倉さんに笑いかけた。

 

「ありがとう、佐倉さん」

「私、全部本気で言ってるんだよ……! あ、そうだ、今からカメラ取りに戻るよ!」

「それはダメー」

 

 本当に取りに戻りそうな勢いだったので、手を掴んで引き留めた。

 普段は大人しくて良い子なのに、唐突に猪突猛進になるところに気を付けていきたい所存だ。

 

 ……カメラといえば、佐倉さんだけじゃなく最近だと清隆くんもハマり傾向にある気がする。気づいたら携帯のカメラを向けられていることが多く、なかなかどうして困っている。

 まさか全部が全部私が被写体じゃないとは思うが……私なんか撮ったところで何も面白くない。……いや、もしかしたら自撮りしてるのかもしれない。それならとても良いと思う。ぜひそのメモリーを見せてもらいたいところだ。

 

 なんなら私も対抗して清隆くんたちを───そこまで思考をして打ち止めた。

 写真を撮ったところで、見返さなければ意味がない。私は目に焼き付けるのが一番良い。

 

 

 と、ふと視界に入ったストロベリーブロンドにすべての思考を奪われた。

 

 

「あ、あれはッ……!?」

 

 

 間違いない。

 あの蛍光灯の光でもまるで太陽光を受けているかのように燦然と輝く美しくも可愛いストロベリーブロンドの持ち主とは……いいい一之瀬さ……ッ!?

 

 

「あっ! 水元さん、戻ってきてたんだね! ごめんね、話に夢中で気づかなかったよ」

 

「どわぁッ櫛田さん!? えっ! キャーカワイイ! 相変わらず紛うことなき天使! 可愛い愛してる!」

 

「へっ?! っあ、えと、……えへへ、ありがとう……」

 

 

 視界に飛び込んできた櫛田さんに、一瞬にして目を奪われた。途端に頭が櫛田さん一色へと変わる。

 

 男ならぬ漢の悲鳴と女子特有の黄色い悲鳴が同じ口から出てくること、なかなか無いと思う。もはや特技にした方がいいかもしれない。

 

 さっきから思考が忙しなくてしっちゃかめっちゃかだった。これが女子の水着の破壊力か。

 

 眉を寄せて困ったように、けれど嬉しさを隠しきれず耳まで染めた様子がまたさらに可愛い。惜しげもなく晒された肌にはシミひとつなく、玉のように輝いて見える。

 可愛い子にしか許されない大胆な水着姿が目の前には広がっていた。

 

 目の保養すぎる……と内心でカイジ泣きをして拝んでいる私の前で、櫛田さんが手のひらを大きな胸の前で合わせて、いじ……と指の腹同士を擦り合わせている。

 

 どこかつっかえながら、私を見上げて懸命に言葉を紡ぐ。

 

「ぁ……水元さんも、すごく可愛いね。その、水元さんの雰囲気にすごく合ってて、綺麗で……とっても可愛くて。普段ズボンばっかりだけど、ワンピース姿が見れて新鮮で、なんだか嬉しいな」

「ズボンタイプの水着は上下で別売りになっちゃうみたいで……ポイントを考えて節約を……」

「……もうっ! 私の話、ちゃんと聞いてくれてた?」

 

 櫛田さんが私に向かってぷくりと頰を膨らませた。その可愛い光線を真正面から浴びた私はもはや硬直するしかできない。

 

 な、なんだこの可愛い生物は……同じヒトとは思えない……。

 

 顔を真っ赤にして固まる私に、櫛田さんはようやく満足した様子で、それから悪戯っぽく小さな白い歯を見せて笑った。

 

 

 

 櫛田さんに手を取られる。自然と佐倉さんと距離ができる。

 女の子らしい小さな歩幅で櫛田さんが歩くのに、可愛いなぁ〜とデレデレしながらついていく。

 

 もちろん振り返って佐倉さんを手招くのは忘れない。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 白いプールサイドチェアに体を浅く横たえて、お腹の前で軽く手を組む。無料貸出のサングラス越しに、目前で広がる光景を静かに眺めている。

 

 

「うーん、絶景」

 

「だからその男子高校生の反応をやめろ」

 

「いたっ」

 

 

 突如背後から頭を軽く小突かれる。痛いというより衝撃に近い。

 

 隣を見上げれば、いつのまにか水着に着替えた清隆くんが立っていた。その顔に浮かぶ表情が呆れだというのは如実にわかる。

 

「またそんな目に悪い物を……」

 

 さっさとサングラスを取り上げられてしまい、途端に視界がクリアになる。一応取り返そうとするも、そもそもチェアの上とはいえ体を横たえている私と、立っている清隆くんだ。当然手が届くはずもない。

 

 取り返すのは諦めて、チェアの上で体を起こして改めて隣の清隆くんを見上げた。

 

「結構来るの早かったね。もう大丈夫なの?」

「ああ。須藤は遅れて来る」

「あっはい」

 

 つまり池山内は来ない。当然の末路であった。逆に須藤は来れるのがすごい。

 

「さすがに3人とも来ないのは違和感があるからな。とはいえ須藤にはオレのラッシュガードを貸したが。ちょっとやりすぎた」

「ちょっと……?」

「ちょっと」

 

 どうやら私との認識の相違があるらしい。これは由々しき問題だ。

 気になったので他にも聞いてみる。

 

「ちなみに2バカが欠席する理由は?」

「濡れた床で足を滑らせて転倒。お互いに頭を打ち合い些細なもつれ合いから始まって乱闘へ発展。指導員がその一部始終を目撃し、二人へ退館処理を実施。今日一日の施設内への出禁を命じられる」

 

 スラスラ澱みなく答えられる。ありそうでなさそうな、なさそうでありそうな……いや、2バカだからあり得る。絶妙な塩梅だ。二人を熟知しているから出てくる理由だ。

 

 感心もそこそこに、こんな調子だったがずっと彼を待っていたのに違いはないので、自然と満面の笑みが浮かぶ。

 なお2バカのことは一瞬にして忘れた。彼らは必要な犠牲だった。

 

 というわけで、指をピンと立て、清隆くんの視線を指に引きつけながら向こうを元気よく指した。

 

「よし! じゃあ清隆くんはさっそくあっちのプールに入ってきてもらっていい?」

「いや、葵も行くだろ」

 

 いやいや、私は清隆くんがみんなと戯れる姿を此処から見てるから大丈夫です。

 

 意味のわからないことを言うなと問答無用で手を繋がれ立ち上がらされる。と、そこで清隆くんが目を瞬いて私を見た。

 

「水着……」

「え? あ、そうそう、これね。結構お得だったんだよ! ズボンタイプは高くて、ちょっと二の足踏んじゃった。でもこれだって足は隠れるし、二の腕までだけど生地あるから良いかなって」

 

 お得に買えた自慢をする私を見下ろしながら、清隆くんがゆるりと口角を上げた。

 

 

「よく似合ってる」

 

 

 ……なんだか今日はみんなから褒められるな。加えて全員お世辞がうますぎて本気に聞こえるから困る。

 

 軽く頷くことで返事をする。話題を変えた。

 

「清隆くん見て、あっちにトロピカルジュースなるものがあってね、船上の時とはまた違った豪華さというかとにかくすっごく美味しそうだったんだ! 紫色? とかもあったんだよ。これは清隆くんと飲もうと思って待ってたんだ〜」

 

 ぺちゃくちゃと喋りながら、繋いだ手をそのまま引いて目的のお店に向かう。

 

 並んで歩いて数歩、清隆くんの空いた腕が私の腰を包むようにして回った。

 

 

「でも、生地が薄い気がする」

 

 

 通せんぼではないが、この体勢だと前に進めない。

 

 困惑しながら清隆くんを見上げた。

 

「まあ、一応水着だから……?」

「……スリットも入ってたんだな」

 

 清隆くん側からだとスリットが見えなかったようだが、今の体勢になって私の水着の実態がわかってしまったようだ。

 なんだか気まずいというか申し訳ない。多方面に向けて見苦しいのは重々承知している。

 

 

 いつかのマメが潰れて硬い指の腹が、スカートが揺れて晒された私の太腿の付け根へと摩るようにして触れる。

 

 ビクリと体を揺らして、それから眉を下げて乾いた笑みをもらした。

 

 

 もはや多方面を飛び越え、世界に向けて申し訳ない。

 

 

「大丈夫だよ、そんなに激しく動かないから。というか私のこと誰も見てないよ」

「その論法でいくとオレは見るが」

「………」

 

 

 うーん……この……。

 

 

 心の苦悶が表出して顔のパーツを真ん中にギュッと寄せる私を置いて、清隆くんが立ち位置を変える。

 改めて逆の手を繋ぎ直し、スリットがある側に並んで隣に立つ。

 

「オレがラッシュガードを持ってたら葵に着せられたんだが……須藤か……」

「これ以上の犠牲はやめてね。それに何回も言うけど誰も見てないってば!」

「オレも何回も言うが、オレが見て……」

「シャラップ!」

 

 まだ不服そうな顔をしている清隆くんの手を、今度こそ無理やり引いて歩き出す。

 

 当初の目的通りトロピカルジュースに挑戦するため、軽やかな足取りで二人並んでプールサイドを歩き始めた。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 充実した一日だった。

 

 キラキラ金髪イケイケのこれまでのイケメンにない別種イケメンタイプ・南雲副会長がビーチバレーしているのを野次馬の一人として参加してキャーキャー言えたし、櫛田さんたちとプール内でキャッキャ戯れることができたし、清隆くんと佐倉さんと私の3人で緩い水上プールバレーもできた。

 清隆くんの肩越しに見る一之瀬さんが南雲副会長に感化されて対戦型ビーチバレーを提案してくれたのだが、Dクラスのメンバーが若干少ないこと、男手要因の須藤が要所要所で腹を摩ったり動きがぎこちなかったりと終始調子が悪そうな様子に、この提案は結局没となった。その代わりみんなでゆるゆるとプール内で遊ぶことができた。

 それに久しぶりに見る神崎くんはイケメンだったし、平田くん派とはいえやっぱりイケメンは目の保養だ。美女と可愛い子はいまさら言うまでもない。

 堀北さんを騙し討ちで呼び寄せてプールに飛び込ませるのは清隆くんの役目なので、もちろんゴーサインを出した。どっちも文句垂れ垂れだったが、なんやかんやとバカらしくなったのか最終的に頭からびしょ濡れになった堀北さんがこそっと小さな笑みをもらしてくれたのが幸いだ。当然その後清隆くんはしばかれていたが。なおこれは必要な犠牲である。

 

 こんな感じで極めて平和で平坦な一日だった。

 ポイントをかけて争うことも、退学を恐れて戦うこともない。

 

 まあどこかで罪に対する制裁はあったかもしれないが、詳細を聞かされていないイコール存じ上げていないのでつまりノーカウントだ。

 

 その中で、今日一日の中でもあった変わったことと変わらないこと。把握しながら、今から戻ったとしてどうすることもできない。

 賽は投げられ、だがその賽が最終的に同じ結果を導き出すこと。ならば何も問題はないだろう。

 

 

 帰り際にみんなで寄ったコンビニで、王道の棒付きアイスキャンディをしゃくりと小気味いい音を立て食べ進める。ほんのり距離を空けて、後方で先を行く彼らを眺めている。

 

 しゃくり。

 

 

「もう夏、終わっちゃうなぁ」

 

 

 蝉の音(せみのね)が聞こえる。鳴り響く集合としての蝉の音、その層が一部崩れる。正確には途絶えたのか。

 どこかに横たわる一匹の蝉の亡骸を、靴先に幻視した。

 

 

 きっと今日のことも、ずっと忘れられないだろうなと思う。

 

 

 

 

 

 

「葵、そっち一口くれ。オレのもいるだろ」

 

 

 

 ……どうやらアイスが美味しかったのか、嬉々として自分のを差し出してくるし要求してくる清隆くんに、思わず吹き出して笑ってしまった。

 

 もちろん異論はない。アイス美味しい。

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、番外編はこれにておしまいです。ここまでお読みいただきありがとうございました!
また番外編でも感想、評価、お気に入り、ここすき、誤字報告等ありがとうございました!毎度思いますが、なんやかんやエタらないのはエタり中でもちょこちょこ反応もらえてたからです。本当にありがとうございました!
次回からは五章に入ります。やる気はあります。エタッてたら尻叩きしてください。やる気はあります。

番外編

  • 茶柱センセ
  • 佐倉
  • 一之瀬
  • 堀北
  • 櫛田
  • 伊吹
  • 平田
  • 龍園
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