そして、哀しい笑顔と。
あの日の、裏側を。
背中を向けながら「雛さま特製弁当作ってあげるー」と言った私を、大喜はどんな顔で見送ったんだろう。
私は大喜に喜んで欲しい、私を少しでも好きになって欲しい、とそれだけだった。
鈍くてバカな大喜だって、さすがに気づくだろう。もしかしたら、千夏先輩より一歩リード出来るかもしれない。
そう思いながら早起きして。
慣れない料理なんかやって。
大分早い時間に会場入りして。
最初の、試合。
「ゲーム、21-11。21-13。佐知川高校、遊佐くん」
アナウンスが告げたのは、それだけ。大喜が、負けたということだけ。
県予選、一回戦。大喜は、ストレート負け。
信じられない、と思った。何かの間違いではないかと。
バド部の人たちと一緒にいた匡を捕まえて、確かめようとした。
「これで終わりじゃないよね、まだ試合あるんだよね?」
匡は俯いて、答えない。
代わりにバド部の先輩が、短く言った。
「無いよ、そんなの」
――そう、それは当然の事だ。負けてしまえば、それが結果。努力しようが期待されようが、それは評価にならない。勝った一人だけが、讃えられる。それが、スポーツだから。
私だって、そうだ。戦い続けて勝ち続けて、私は無敵の蝶野雛でいられる。一度でも無様を晒せば、2度と浮かび上がれない。
でも。だからこそ。大喜が、ここで終わりなんて――嫌だ。
廊下のベンチに腰かけて、大喜はずっと俯いている。
悔しくないわけがない。
声をかけたい。
寄り添いたい。
そう、思う。慰めてあげたい。私のすべてを賭けてでも。
それでも、私は動けない。怖い。大喜を、傷付けてしまいそうで。今の大喜は、ボロボロだから。
永遠にも思える数秒後、大喜が私に気付いて、
「――声、かけろよ。だるまさんが転んだでもやってんのか」
微笑んでくれた。傷口を隠して、私に不安を見せないように。バカなくせに、人を気遣おうとするんだから。
そのまま、大喜とすこしだけ隣り合って話した。
大喜は、ずっと前向きで。負けたのをバネにするような態度で。さすがにお弁当は渡せないしお菓子だけにしたら、「わー生き延びたー」とか失礼な事を言ったりもして。いつものように、前しか見てないバカな――私の好きな、大喜だ。
それが、辛い。大喜はきっと、私のために明るく振る舞っているだけだ。大喜はずっと昇り調子で、そういう最中に現実を突きつけられたんだ。丹念に努力して、少しずつでも確実に成長していると思って励んでいた日々が、全て錯覚だったと思い知らされた。インターハイ行くと言い出して、まだ数ヵ月。本気でバドに挑んで、まだ2年も経っていない。まだスタートラインにさえ立てていないと、知ってしまった。
私も覚えがある、全中4位に甘んじてしまったあの時がそうだった。素質でも七光りでもなく、努力で上へ上がっているつもりでいた。それでも「トップ」ではなく「上位」で終わった、あの悔しさは今でも夢に見て飛び起きる。人が聞けば、贅沢な悩みと言うだろう。でも私にとってあれは、只の敗北でしかない。勝てなかった、その烙印が今でも私の胸を焼き続けている。
今の大喜は、本当は叫びたいだろう。無念と悔恨でいっぱいで、暴れまわりたいだろう。なのに私の前だから、必死で平静を装っている。大喜は優しくて、バカみたいに優しくて。でも本心は、さらけ出してくれない。それが辛くて、哀しい。
泣きながらすがり付いてきても、構わない。大喜の為なら、この身を捧げたっていい。覚悟はできている。
――そんなことを、言える筈がないけれど。
もし、私じゃなくて千夏先輩が隣に座ったら。大喜は、本音を見せてくれるんだろうか。
あの人だったら、大喜の心を開かせる事が出来そうな気がする。悔しいけど、本当にそう思う。
一つしか違わないのにオトナで、大喜との距離も近くて、何より私より全てが上で。あの人には、敵いそうにない。
だからこそ、悔しい。もし千夏先輩が大喜に向ける感情が、私の考えるものではなかったなら。千夏先輩の「好き」が、私と同じ意味だったなら。きっと私はなすすべ無く、大喜を持っていかれてしまうだろう。
それが恐ろしい、そして有り得なくもない。
だから、私は願う。
千夏先輩より先に、私の想いが大喜に届きますように。
私たちの未来が、繋がりますように。