仄暗い深海からのヴィランコレクション 作:ターンアウトエンド
次回も金曜日に。
「ふっ!」
地を滑るような動き。緩急のついたそれは、時折視界から消える。
間合いを撫でるが、不用意には飛び込んでこない。
仕合って最初に投げられたのを警戒しているのだろう。
速い動きに、此方の体勢が整わなくなったタイミングで。
「…っ!」
打撃は気が引けたのか、掴む仕草で距離を詰める彼女。
私の死角から、まばたきの間で手が届く程に。
生まれたてとは思えない敏捷性、身体能力。
だが、
甘い。
「くっ!?」
力を抜く事で体勢を変化させる体術。
それは、振り向きと、迎撃、掴んで極める、これを一呼吸で行う。
私が迎撃することを予想してたのだろう、極めた腕を抜かれる。
まぁ、抜けやすいように掴みは甘くしていたが。
学習能力が凄まじい。
先程まで見た父の吸収力はまだ人の範疇だったが、これはもうコンピューターの域だろう。
まるで、毎秒毎にパッチ当てと最適化のアップデートを行っているようなものだ。
自身の動きを、人体工学的視点から高効率動作を模索し続ける。
間違えた動作は二度としない、前より今、今より次の動作がより速く、無駄なく。
故に、分かりやすい。
「がぁ!?」
間合の外で様子を見ていた彼女と距離を詰める。
その位置からだと、逃げ道は二つ、誘導するのは難しくない。
後は来るとわかっていれば、タイミングを合わせるだけ。
そこに速さは関係ない。
掴む仕草を見せることで警戒を上に引き上げ、強引に間合いを取ろうとする彼女の、まるで差し出されたように存在する体重の乗った蹴り足に、足先を引っ掛ける。それだけだ。
うわぁ、今顔面からいったなぁ…
大丈夫?
「だ、だいじょうぶれふ」
彼女の鼻も、無事なようだ。
私と相対するは、コーカソイド系美女の欧州水姫『ネル』。
彼女の身体能力を見てみようと、まずは模擬戦をしてみれば。
パワー、スピード、敏捷性に耐久性。どれも一般的に高い、と言う程度のレベルを遥かに超えていた。
人の中では飛び抜けた身体能力を持つ父と比べても、スペック上では数倍の開きがある。
下手をすると、オールマイトと同等?
いや、それはないか。私の“勘”もそう言ってる。
しかし、下位互換、それも少し劣る程度のレベルであるのは確かだろう。
私が別に確かめたかった事も、大体分かった。
「私は、ご期待に添えたでしょうか?」
身だしなみを整えたネルが、やや不安そうに問いかけてきた。
良いとこなしだったもんね。不安にもなるか。
十分満足の能力だったよ。
思った以上に高かった。
「それは良かった、です」
私相手に、良いところを見せられなかったからか微妙な笑顔で答えてくれた。
悪かったね。
でも上司としてはさ、こう、不甲斐ないところを見せられないというか、意地があるわけで・・・
オマエラみみっちいって言うなし。私の能力確認も兼ねていたんだ。自分の個性に負けたらそれは不味いだろうに。
でもまぁ、これで予想していた個性の
前世、漫画として
ワンフォーオールは、継承する度に強くなる肉体強化系の個性の性質を持つ。シンプルに言えばパワーが上がる。
オールマイト氏はそれを用いて様々な超常行動を成していた。
だが普通に考えれば、いくら超人的な力を手に入れたとはいえ、殴った車が空高く吹っ飛んだり、銃弾並みのスピードで移動するのは無理がある。
車は殴れば変形する。が、吹っ飛びはしない。何故なら殴った部分には応力が掛かるが、車両全体には静の慣性力が働いているからだ。
特に現代の車は、クラッシャブル構造をとっていることが多い。この構造は、動的エネルギーをスポイルさせる。
車体が
そこまでのエネルギーを伝達できない。
普通ならば。
想定と結果が乖離している。
漫画ならそういうもの、で納得出来たが、自分がその中に生まれ生きているとなるとせめて確認はしたい。
ということで今回、ネルを使って地上での移動を実験し、観察をしてみた。
この地球上で動くには、どうしても空気の抵抗が入る。それは上下だろうが前後だろうが変わらない。
真上ならともかく、前に進むために後ろに蹴り出して進もうとすれば、空気による抵抗で起きる抗力によって、蹴り足が滑るだろう。
つまりは摩擦が負けるはずなのだ。
遅い銃弾で秒速190メートルほどだと言う。
時速換算でおおよそ700キロ、旅客機の翼に立つのと同じ空気の圧力が、踏み込みの瞬間本人に掛かるわけで。前に進める気がしないんだよなぁ。
しかし現実は違う。
オールマイトも、ネルも。
残像が残るような超スピードでの移動を可能としている。
現実が理屈を凌駕している・・・ならば何処かで補完している筈だと、私は考えた。
結果として、私の考えは正しかった様だな。
ネルは高速機動で地面を蹴る際、滑りを防ぐために微細な
いや、蹴り足だけじゃない、体勢を整える際にも使っている様だ。
恐らく車を空高く飛ばす原理も似たようなものだろう。
そしてこれはネルが持つ能力、という訳じゃ無い、
個性の、本質に関わる部分。
個性とはなんなのか。
私たちは個性を本当の意味で理解できているのか?
個性を、ただの身体的な能力の延長で考えるのは間違いなのかもしれない。
個性が能力を形作っているのではなく、
『能力』が“個性”を形作っているとしたら。
ネル、そろそろ帰るから片付けしようか。
「はい、分かりました」
これからの方針、方法の模索、情報の収得。
やること、考えることは一杯ある。後に回せることは後に回すしかない。
私の“個性”は何をもたらしたいんだ?
新たな問題提起。
そして、
さむい