第1話:前編
『次は、花咲川、花咲川です──』
「……ん?──んんっ?」
聞こえてきたアナウンスで目を覚ました僕は目的地だと気づくのに一瞬、時間を要したが、慌てて席を立ち上がり何とか乗り過ごさずに降りることができた。一応、言っておくけど危ないからよいこはマネしないように!
「……あっぶなー」
小走りで改札を出て冷静になると、一仕事終えて気が緩んでいたのか春の陽気にあてられて眠っていたらしい。まぁ、あれだけ書いて使ってもらえたのがグルメ系の記事だったことは不本意だが、そんなのはフリーライターの常である。とはいえ、やる気が出ないものは出ないし、眠いものは眠いのである。
「ふぁ……はぁ、ま、切り替えていこうか」
しかし、ほかのネタならいざ知らず、今日の僕は久しぶりに
「……<まぼろしのオオカミ>、か……」
<まぼろしのオオカミ>──それは、ここ一年ぐらいで生まれたとされる都市伝説の一つで、概要はこうだ。
都内のとある街には黄金の狼がいる。そして、その狼はどこからともなく現れて幽霊や闇から生まれる怪物を倒しては去っていく、という荒唐無稽なものだ。それだけなら僕もなんてことない与太話だと無視するだろう。だが、その話には続きがある。
曰く、その狼は普段は人の姿をしており、陰ながら人々を見守っているのだと。この話で僕が興味を持ったのは人の姿を取る、という点だ。それなら狼ではなく人狼と言うべきだし、わざわざ人の姿である理由が一つもない。つまり、創作にしては整合性が無さ過ぎるのだ。それに、ただの創作と断ずるには奇妙な点がもう一つある。
それは、ネット上で黄金の狼の目撃情報が多いことだ。この手の話では常識的に考えてある程度はホラの可能性が高い。だが、今回は証言がいやに具体的だったり、ピンボケした証拠写真などの物証がある点も信
……いや、まぁ、僕だって胡散臭いのは重々承知だけど、もう少しだけ聞いて欲しい。重要なのはそこからどうして花咲川に来たか、という話だ。
当然、元の話でも証言でも地名や固有名称はぼやかされており、それが具体的にどこを差すかはわからなかった。しかし、証拠写真や証言を分析した知人の話でその現場が花咲川近辺だ、というところまでは掴んだ。さらに、ここ半年近くの花咲川近辺における行方不明者数の増加という事実を加味すると、都市伝説系ライターの僕としては行く価値がある!と思ったんだけど……
「……平和だねぇ……」
そう、平和なのである。人の多そうな商店街をざっと歩いてみたが、休日の昼間ということもあってかそれなりに人の姿があり、なんなら笑顔の子供たちや楽器らしきものを背負った少女たちが歩いていたりと完全に平和そのものだった。
「……まいったなぁ……」
正直、
「……まぁ、まずはその辺で話を──」
聞いてみよう、と言いかけたところで、取り戻しかけたやる気を奪う、ぐぅ、という音が僕の胃袋から響いた。別に腹ペコキャラだったり、ダイエットしてるわけじゃないが、おなかが減るものは減るのである。まぁ、朝早かったし、仕方ないよね。
「……あー、どうしよう……」
気を取り直した僕の目の前には商店街、つまり、ちょっと早いが昼食を食べる分にはあまり困らなさそうなのが救いである……まぁ、オオカミがネタにならなかったらこの辺の食べ物で記事を書くことになるかもしれないしね。
さて、一口に昼食と言っても色々ある。この辺だとパンか喫茶店ってところが無難だろう。まぁ、ラーメンやカレーも悪くはないが、取材で来ていることを考えると今回はやめておくべきだ。流石の僕も香辛料の匂いを漂わせながら取材する勇気はない。
「……さて、何を食べるか……」
結局、パンにしようと決めた僕は手近なパン屋──ヤマブキベーカリーに入ってみたんだけど、メロンパンのような菓子パンだけでなく、総菜系のパンも売れ筋とあってこの店を選んで正解だったようだ。さて、あとは会計を済ませて──っと、いけないいけない取材するの忘れてた。
「えっと、これでお願いします。それと、僕──じゃなくて、私はこういうものでして──」
「……フリーライター?記者の方ですか?」
お代を渡しつつ名刺を渡すと不思議そうな表情になる店員さん。うん、この感じなら何か話を聞けるか?まぁ、いやそうな顔をしてないだけかなりマシな方だ。
「はい、実は、この辺で色々と取材をしてまして、ちょっとお話を
「まぁ、少しなら……それと、こちら、お釣りです」
よし、とりあえず、問題はなさそう。というか、この子めちゃくちゃいい子じゃないか?ともかく、情報を集めよう。
「はい、ありがとうございます。それじゃ、この辺りで<まぼろしのオオカミ>という都市伝説の話を聞いたことありませんか?」
「オオカミ、ですか?私は知りませんけど、お客さんや同じクラスの子の話では夜に光り輝く狼を見た、って聞いたことはあります」
夜か……まぁ、都市伝説の定番だよね。しかし、一発目からこれとは幸先が良さそうだ。
「そうですか。じゃあ、知り合いで行方不明になった人とか怪物を見たって人はいませんか?」
「そうですね……この間、友達が何か変なモノを見た気がする、って騒いでたことはありますけど……」
来た!おそらくこの友人は何かを見ている。まぁ、完全に僕の経験と勘でしかないんだけど。ともかく、もう少し話を聞いてみよう。
「気がする、ってことは直接見たわけではないんですね?」
「はい、たしか、夜の公園に悪魔みたいな黒い影と白い人影みたいなものが見えた気がする、って言ってたんですけど、あとで見間違いだったかもしれないとも言ってました」
ふむふむ、さっきよりも具体的な証言が出てきたか。まぁ、リアルに見間違いの可能性もあるけど、この手の情報の中ではマシな方だ。
「なるほど。それじゃ、最後になんですけど、この一年ぐらいで引っ越してきた人とかいませんか?」
「一年ですか……あ、そういえば、去年の今頃に転校してきた先輩なら一人知ってますけど、何か関係があるんですか?」
ふむ、なんか気になるなその人。いや、転校自体は問題ないんだけど、ぴったり一年ってのがなんか奇妙な符号を感じる。
「それはまだ分かりません。ですが、一度お話を聞いてみたいので、その方について教えてもらえませんか?」
「そうですか?ええと、その先輩──
「不思議な人、ですか?」
「はい、いろんな部活の助っ人をするぐらい運動神経がよくて面倒見がいい先輩なんですけど、気が付くと居なくなっていたり、夜は気を付けるように言ってきたり……とにかく不思議な人なんですよ」
何そのめちゃくちゃ怪しい転校生。というか、謎の転校生って、そんな二昔前のジュヴナイル小説じゃないんだから……ともかく、この明らかに怪しい冴島少年を追いかけてみよう。
「そうですか……他に何か特徴とかはありませんか?」
「特徴……ええと、あんまり特徴がない人なんですけど、身長は記者さんより少し高くて左手に骸骨みたいな指輪をしている男の人です」
骸骨みたいな指輪?スカルリング、って言うんだっけか?しかし、これほど特徴がないというのも妙だ……何というか、この冴島という少年は不審な点が多すぎる。もしかしたら、<まぼろしのオオカミ>の関係者か?まぁ、何にせよ取材してみる価値はありそうだ。
「わかりました。それじゃ、その冴島さんに連絡を取っていただくか、連絡先を教えてもらえませんか?」
「それが、私、先輩の連絡先は知らないんですよ……というより、知っている人の方が少ないかもしれないです」
「ええと、それじゃ、普段は?」
「それが、近くにいた誰かから聞いてたり、偶然通りがかったりしていつの間にか一緒にいるんですよね」
いや、アウトでしょ。流石の僕もこれはナイと言いたくなるレベルの発言だが、彼女の表情を見るに本当に不思議そうに思っているだけのようだ。なんだこの子めちゃくちゃ純粋な子か?!
「そうですか。なら、どなたか知っていそうな方に心当たりはありませんか?」
「そうですね……一緒にいることが多い
「では、そのお二人に確認していただくか、連絡先を教えていただくことは出来ませんか?」
「うーん……わかりました。それじゃ、確認するので、少し待っていてください」
というわけで、確認してもらえたのはいいけど、大丈夫かなぁ……個人情報がかかわる場合、取材に協力してもらえることも少ないし、情報自体がないこともある。まぁ、基本的にはダメもとで聞いてみるしかないのはいつものことだ。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、大丈夫です。それで、取材に協力していただけそうでしたか?」
「はい、ただ、これから
「ええ、もちろん。こちらは取材をさせていただく訳ですから、その方の都合を優先するのは当然です」
「そうですか……なら、よかったです。あ、これ──練習場所の名前と簡単な地図です」
よし!なんか、トントン拍子に話が進んで少し不気味だが、今日は運が良かったと思っておこう。まぁ、流石にこれ自体が罠とか、そんなのは組織ぐるみの犯罪でもない限りありえないしね。
「どうもすみません、何から何までご協力ありがとうございました」
「いえ、お役に立てたならいいんですけど……」
「全然大丈夫です。というか、情報だけじゃなく取材の交渉までしていただいて本当に助かりました!それじゃ、僕は失礼します」
「そうですか?それじゃ、取材、頑張ってくださいね。ありがとうございました!」
店員さんの声を背に受けつつ店を出た僕は地図の場所へ向かうことにする。というのも、今から行ってもその紗夜さんと燐子さんという人たちには取材はできないだろうが、途中で取材していけば時間も潰せてちょうどいいだろう。
まぁ、冴島少年を探す、という手もなくはないが、おそらく少年を探しても無駄だろう。なぜなら、店員さんの言葉通りなら彼は神出鬼没で連絡先もわからないと来ているからだ。
というわけで、そんな雲をつかむような話を追うよりも地道な取材こそが真実を解き明かす近道だったりするのだ。