レッドQ ~赤いアイツを追え!~   作:雁野 命

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第2話:後編

「レッドファイト!」

 

その夜、古龍──ネルギガンテに変身する力を持つ少女の平穏はレッドマンの宣言により、唐突に打ち破られた。

 

(何!?何なのコイツ!?)

 

視界の端でカメラを構える記者に気付かないほど困惑するネルギガンテだったが、目の前のレッドマンに対して本能的な脅威を感じていた。

 

(来るっ!?)

 

「レッドチョップ!」

 

先手を取ったのはレッドマン。警戒するネルギガンテに跳躍しつつ近づくと落下して威力を高めた強力なチョップを叩きこむ。

 

(痛っ!?掠っただけなのに、なんて威力!?でも──)

 

寸でのところで身を翻して何とか直撃を避けたネルギガンテだったが、上がっていた前足に掠っただけの一撃の威力に驚愕する。しかし、その表情──古龍の表情など傍目にはよくわからないが──からは小さな余裕が感じられた。

 

「……!?」

 

それもそのはずである。ネルギガンテの体表を覆う鋭利な棘はそれ自体が強固な鎧であり、武器にもなるからであった。そして、攻撃したはずのレッドマンがチョップした腕を押さえていることからも棘の効果はうかがい知れた。

 

(見た感じ、コイツに私の鎧を貫通する武器はない──なら、勝ち目はある!)

 

無傷のままのネルギガンテは一度、咆哮を上げると、正面のレッドマンに向けて翼を地面に付けつつ体全体を使った強力なショルダータックルを放つ。

 

(やった!──違う、耐えられた!?)

 

質量とパワーの乗った強力な一撃。だが、その攻撃は防がれており、レッドマンの体勢を崩す程度の威力しか発揮できていなかった。しかし、

 

(それならっ!)

 

レッドマンが体勢を崩したことに気付いたネルギガンテは左の前足で地面にめり込ませつつ掻き上げる強烈なアッパーをレッドマンに叩き込む。こちらも防がれるが、その威力でレッドマンは尻もちをつき、レッドマンの体がネルギガンテの目線より下になる。その瞬間、ネルギガンテの視線が鋭くなる。

 

(これでどうだっ!!)

 

上体を起こしたネルギガンテはそのまま後ろ足で前進すると振り上げた右の前足で全体重を乗せた一撃を叩きこむ。滅尽掌と呼ばれるその一撃が尻もちをついたレッドマンの胴体に突き刺さった。

 

(決まった!もし生きててもこのまま──)

 

強力な一撃を与えたネルギガンテはマウントを取ったことで勝利を確信し、笑みを浮かべる。だが、その一瞬が命取りだった。

 

「レッドパンチ!」

 

(──コイツ、全然──)

 

倒れているはずのレッドマンが堪えた様子もなく上半身の力を使ったパンチでネルギガンテを打ち上げる。当然だ、地形を変えるほどの威力があるわけでもない攻撃など、人間サイズならともかく同程度のサイズのレッドマンに対しては大きな脅威にもならなかったからである。

 

(油断したっ!?でも、まだ──うぐぅっ!?)

 

打ち上げられたネルギガンテはどうにか空中で体勢を整えようとするが、尻尾を掴んだレッドマンによって地面に叩き付けられる。受け身も取れず仰向けのまま倒れるネルギガンテだが、レッドマンはそのままマウントポジションを取る。

 

(やばっ──)

 

起き上がろうにも同サイズの人型の相手を跳ね上げるパワーのないネルギガンテはそのままレッドマンの容赦のないパンチを受け続けるしかなかった。

 

(ぐううぅっ──掴めたっ!このおっ!!)

 

二度、三度と轟音を響かせて叩き付けられる拳に業を煮やしたネルギガンテは苦し紛れに尻尾で──自分から絡まりに行ったように見える──レッドマンを絡めとると、力任せにレッドマンを引き倒してどうにか現状を脱出する。

 

(よしっ!これで──)

 

「レッドナイフ!」

 

(うぎゃあああっ!?し、尻尾が、一撃で……!?)

 

だが、引き倒されたレッドマンもただでは倒れず、取り出したレッドナイフで絡みつく尻尾の先端を切り飛ばし、拘束から脱出して立ち上がる。

 

(コイツ、ぶち殺して──)

 

尻尾を切り落としたレッドマンに激怒するネルギガンテは起き上がって殺意の籠った目で睨もうとするが、その場で起き上がったことが間違いだった。

 

(──っ!?アイツがいない!?どこに──)

 

「レッドチョップ!」

 

(上っ!?)

 

困惑するネルギガンテは真上から聞こえた声に目を向けると、そこには飛び上がった状態から全体重を乗せたチョップを放とうとするレッドマンの姿があった。

 

強烈な一撃を容赦なく頭に叩き付けられたネルギガンテはその衝撃で角が折れる。そして、少し体をけいれんさせると、そのまま倒れて動かなくなった。少しの間その様子を見てネルギガンテが死んでいることを確認したレッドマンはどこかへと歩き去って行った。

 


 

「──とまぁ、そんな感じの戦いだったんですけど……信じてもらえますか?」

 

あの戦いから数日後、僕が撮影した映像を解説しつつ先輩に見てもらっている……んだけど、正直、めちゃくちゃ不安ではあるが、感想を聞かなきゃ話にならない。

 

『ふむ、それじゃ、結論から言おうか』

 

「はい……」

 

さぁ、来るぞ……いや、まぁ、僕自身、この目で見てなきゃ信じられないぐらいの映像だし、なんとなくわかるけどさ。

 

『これは実に興味深い映像だね』

 

「はい?」

 

おや、予想外、てっきり先輩のことだから──

 

『なんだい?もしかして、こんなのはよくある捏造だ、とでも言うと思ったのかい?』

 

その通りである。なんせ、映像は風景以外はピンボケで僕の言葉以外の証拠も全て消えてしまっている訳で、先輩が信じてくれるのは意外だった。

 

「えぇと、まぁ、そりゃ、こんな映像一つで信じてもらえるとは思ってませんし──」

 

『おや?私は信じた、なんて一言も言っていないよ?』

 

「え?」

 

おっと、ここでまさかの大どんでん返し。

 

『正確には、興味深い、って言ったんだ。なんせ、この映像は加工されていないからね』

 

「そりゃ当然ですよ。だって、僕が撮影してそのまま先輩に送ったものですし」

 

なんならナレーションぐらいつけようかと思ったが、何か言われてもアレなんでそのままコピーを手元に残してお土産と一緒にSDカードごと送ったんだけど、どうやらそれがよかったらしい。

 

『つまり、この映像は加工なしで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という訳だ。これは興味深いとしか言えないと思うけどね?』

 

なるほど、つまり、他に情報を寄こせ、ということか。まぁ、そういうことなら、いくつか補足はできそうだ。

 

「そうですね……撮影時は天候も悪くありませんでしたし、カメラもSDカードも問題なしです」

 

『ふむ……確かに、他の映像は問題なさそうだね。それで、他には何かあったかい?』

 

「あとは、直接関係があるかはわかりませんが、帰る前に聞いたところ、戦闘の音を聞いた人間がいないのも妙でしたね」

 

『へぇ?それはなおさら興味深い。というか、君、その話は聞かれるまで話す気なかっただろう?』

 

「えぇと、それは、まぁ、はい」

 

図星である。なんせ、当事者の僕ですら自分が幻覚か何かを見たんじゃないかと思ってしまうぐらいだし。

 

『……まぁ、いいさ。ともかく、これで少しわかってきたよ』

 

「えっと、何がですか?」

 

『この件でこれ以上の証拠は手に入らない、ってことさ。後輩君が狂人じゃない限りね』

 

うん、さっぱりわからん。けど、それなりには信用されているらしい。

 

「すいません、どういうことですか?」

 

『そうだね……まず、最初に言っておきたいのは、この映像はピントが二体のどちらかにしっかり合っているはず、ってことかな』

 

「あー、確かに風景はちょっとボケてますからね……ん?」

 

ちょっと待った。それってなんかおかしくないか?

 

『そう、風景にピントはあっていない。そして、風景のぼやけ方と撮影者の位置を考えるとこの二体の姿は鮮明に映っているはずなんだ』

 

「なるほど、確かにそれなら真っ先に加工を疑いますね。でも──」

 

『でも、君はこの映像の元データを私に送ってきたと言っていた。つまり、君の言葉を信じるなら、この映像は一切加工されていないことになる』

 

「そうですね。というか、そんなことをする理由がない──とは言いませんけど、僕にそんな度胸はありませんよ」

 

『君ならそう言うと思ったよ。まぁ、私は後輩君のそういうところも信用しているからね』

 

「……まぁ、誉め言葉と受け取っておきます」

 

『うん、そうしてくれると嬉しいかな』

 

悲しいかな僕の度胸の無さが証拠になる日が来るとは。

 

『それで、この映像はいくら解析しても補正ができない。つまり、現時点でこの映像からは君の証言以上の情報は出てこないということだ』

 

「まぁ、そういうことなら納得です」

 

『あんまり期待はできないけど、一応、専門家に頼んでみるよ。それで、結論として言えば映像の内容自体に証拠能力はほとんどないと言える』

 

「なるほど。要は無駄骨ってことですね」

 

ですよねー。まぁ、もともとないようなもんだったし仕方ないけど。

 

『おっと、勘違いしないで欲しいんだけど、内容はともかく、解析結果は君が見た物を否定する証拠にもならないんだ』

 

「……それ、なんかの役に立ちますか?」

 

『ふむ、君は自分のことになると察しが悪くなるね。つまり、この映像も君の証言もその担保となるものは君の人間性でしかない、ということさ』

 

うーむ、そう来たかー……そういわれると悪い気はしないが、それって記者としてどうなんだろうか?

 

『まぁ、何はともあれ今回の一件でレッドマンに関するデータがまた集まった訳だね』

 

「そうですね……不可抗力ですけど」

 

『それも君の運、いや、宿命かもね』

 

そういう宿命よりも記事になる事件の方が助かるんだけどなぁ……

 


 

さて、今回もとんでもないことになってしまったが、ともかく、その後の調査の結果もアレに負けないぐらいに奇妙なものだった。

 

まず、今回の件はビデオカメラで録画していたが、一応、戦いの様子は記録されていたものの、映像自体が不鮮明で前回同様、現場の死体と戦いの痕跡が完全になくなっているため、映像の証拠能力はほとんど無くなってしまった。

 

一応、言っておくが、カメラや現場には何の問題もないことが分かっているため、おそらく、映像に映らないのは、ドラゴンではなくレッドマンに原因があると思われる。というのも、前回と今回に共通する死体や戦いの痕跡の消失、それらも含めたすべての原因がレッドマンだとすると筋が通るのではないかと思うが、確証がないため、ここでは僕の個人的な推論に留めておく。

 

次に、ドラゴンについてだが、しばらく定期的に取材に行っていたが、同様の現象には一度も遭遇することはなく、先日の取材で間接的に話を聞いたリンという少女からも特に新しい情報はないことから、単独の個体だと思われる。

 

しかし、彼女たちの同級生で同時期に行方不明になった少女がいるらしく、その少女の行動履歴とドラゴンの目撃地点に重なることがある、ということまでは判明したが、結局、ドラゴンの正体や行動理由、少女との関係もすべて不明のままだ。

 

最後に、レッドマンについて奇妙な点がある。それは、今回と前回の二件の取材において、なぜ被害者を殺害し、僕を見逃したのか、という点である。今回はどうかわからないが、前回は僕を明確に認識しながらも放置している。確証はないが、これは彼の行動原理を推測する大きなカギになる気がする。

 

ともかく、今回の取材で判明したことはドラゴンが一個体しか確認できなかったということだけだった。

 

結局、今回も不明な点が多いが、僕がやってる調査なんてものはこんなものだと再認識する結果となった。以上で今回の取材を終了する。

 

なお、今回の経費は身延町の紀行記事と四尾連湖の記事でギリギリ採算が取れたため、良しとしておく……次回は写真にも撮ってみるけど、まぁ、十中八九、無理だろうなぁ……

 


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