第3話:前編
「……あとはここだけ、か……」
思わずつぶやいてしまった僕だが、まぁ、それも仕方がないことである。お台場にある自由な校風と専攻の多様さで人気の高校、虹ヶ咲学園。6月の雨の中、学生でもない僕がここに来た理由を説明するには三日前の夜にさかのぼる必要がある。
その日、編集部からの電話で僕はとある事件の取材を依頼された。新人の頃からお世話になっているため、断り切れずに押し切られた形だったが、仕事は仕事である。
という訳で、僕が依頼を受けた<お台場近辺連続不審死事件>──正確には事件ではないが、ともかく、ここでは事件として、そのあらましを整理する。
事の始まりは先月、品川で起こった一人の少女の事故死だった。内容は単純、夜、車道に飛び出した少女が車にはねられる、というものだ。ここだけ見ればただの事故だが、その死にまつわる何もかもが異様だった。
一見、自殺に見えるが、服装は部屋着で裸足のまま外に飛び出しており、死因は心臓麻痺。さらに、遺体の表情は何か恐ろしいものを目の当たりにしたような恐怖で歪んでおり、死の直前に謎の言葉を残していた──
その一言を残して家を飛び出した少女が何を目にしたかはわからないが、薬物か精神疾患が原因だと決めつけられてこの事件は幕を閉じる──はずだった。
それから数日と経たないうちに東雲で同様の事故──いや、事件が発生した。今度の被害者は飛び降り自殺をした少女だが、死因は心臓麻痺で以前の被害者と同様に、
この件を受けた警察は二件の自殺に関連性を見出して極秘に捜査を開始した、というのが編集部から聞いたすべてだ。だが、現在までに同様の事件は4件ほど発生しており、被害者が女子高生であること以外に手がかりを掴んでいないようだった。
なお、これら六件の事件はお台場近辺で発生していることから、<お台場近辺連続不審死事件>としてその手の界隈で話題になっているらしく、そこでは事件の真相が推理されている。
曰く、どこかのマフィアが流した脱法ドラッグだの、ストーキングした相手を殺すシリアルキラーだの、挙句の果てには某国機関による電磁波攻撃や女子高生に伝染する呪いなど証明が不可能なものまで枚挙に暇が無かった。
以上がこの事件の概要だ。とりあえず、ここまで聞いた限りの僕の個人的な見解では、違法な薬物による偶然の連続死、またはシリアルキラーによる殺人鬼による連続殺人、辺りが現実的な線だろう。正直、証言についてはどこまで正しいかわからないし、証明できなければないものと変わらないからだ。
……だが、事件はその時の僕が考えているような、そんな単純なものではなかった。
その翌日、最初の被害者の周囲を調べていた僕は彼女がスクールアイドルの追っかけをしていることを知って状況が変わった。
調査を進める中で他の被害者もスクールアイドルやその追っかけ、マネージャーなどスクールアイドルの関係者であることを知った僕は、知り合いの刑事に事件の顛末と引き換えにこの情報を流すと、さっそく記事を書き始めたのだけど、これが時期尚早だった。
どうやら僕の情報がなくとも捜査は順調だったようで、情報を流した翌日──依頼を受けてから二日後には過去にストーカー容疑のかかった男が容疑者に上がっていた。さらに、容疑者の男はすべての被害者の近辺で目撃されていたことなどから、逮捕状が請求されていたらしく逮捕は目前──
「容疑者が事故死っ……!?」
その日の夕方、律儀なことに連絡をくれた知り合いから昨夜の内に容疑者の男が事故死していたことを知らされて僕はめちゃくちゃ驚いた。そりゃそうだ、なんせ、この事件がまだ終わっていないことを知っているからだ。
というのも、きっかけは比較のために心臓麻痺による死者数を調べたことだった。お台場近辺に関しては例年どころかここ数か月で明らかに数が増加しており、ふと気になって調べてみたら、昨夜、容疑者の死後に例の事件と同じ言葉を残して心臓麻痺で死んだ少女がいたことがわかった。
ここまでなら偶然の一致で済まされるかもしれない。だが、その少女が最初の被害者を調べていた、となればこれも例の事件の一つと見るのが妥当だろう。そして、被疑者死亡で捜査が終了した、という事実が合わされば──
「……真犯人にスケープゴートにされた?」
と普通なら考えるが、これもおかしい。なぜなら、目くらましにするためにわざわざ事故死を選ぶなんて論理的に考えにくいからだ。まぁ、ありえない話じゃないが、少なくとも一連の事件を計画したにしてはお粗末すぎる。
とはいえ、僕も専門家ではないから、この推理にも確証はない。だけど、少なくとも被害者がいる以上、この事件は終わっていない。そこで、更なる調査の結果、このお台場近辺で唯一、被害者の出ていない学校があることがわかった。
そう、僕が訪れることになった虹ヶ咲学園だ。
という訳で、今に至るんだけど……まぁ、結果だけ言えば今のところは何の収穫もない、というのが現実だ。
そりゃ、犯人の目星もつかないし、特に手掛かりがあるわけでもないのに聞き込みをしたところで大した情報が得られるわけもないのは仕方ないけどさ……ちなみに、ちょっとした事情があって何とか許可は下りたので、今回の取材
さて、気持ちを切り替えてスクールアイドル同好会とやらの部室に向かってるんだけど……
今、何かすっごいピリピリした感じの子たちとすれ違ったんですけど!?おそらく、ここのスクールアイドルっぽいけど、話を聞きにくいぐらい暗いオーラ?みたいなものを感じるんだよなぁ。ほら、あのフィクションにいるヤンデレとか。あんな感じのってリアルにいるんだ……まぁ、表面上問題なさそうだし、怖いから関わらないでおこう。
ともかく、そんなことを考えている間に部室に着いたけど……さっきの子たちみたいなのが居ないといいなぁ……
「……そうですか、どうも、ご協力ありがとうございました」
ひとまず取材に協力してくれた高咲さんにお礼を言った僕だったが、流石にちょっと困っていた。なんせ、ことここに至っても手掛かりらしい手掛かりがないからだ……まぁ、この子のおかげでだいぶスクールアイドルに詳しくなった気はするけど、この件とはあんまり関係ないからなぁ。
「お役に立てたならいいんですけど……あれ?こんな動画あったっけ……?」
「何かあったんですか?スクールアイドルのMV、ですか?」
帰ってもう先輩に情報を聞くしかないかと諦めていた僕だったが、高咲さんが先ほどまで取材──というかスクールアイドルの講義らしきものに使っていたパソコンに先ほど紹介されなかったMVらしき動画になぜか目を奪われた。うむむ、なんか気になる、というか僕の直感がめちゃくちゃ怪しいって言ってる。それもよくない方向で。
「はい、ちょっと確認してみますね」
え?マジで?この子、躊躇なさすぎでしょ!?いや、まぁ、僕の考えすぎな可能性もあるけど……今のところ普通のMVっぽいか?でも、なんか違和感がある。
「高咲さん、これ、ここの生徒じゃないですよね?」
「はい、
考え込む高咲さんだけど、どうやら知らないらしい。というか、いつの間にか場面が変わっていたようだ。これは、山の中の古い鉄塔?
「高咲さん、一旦、止めませんか?」
「いや、でももう少し──」
本能的に危険を感じたけど、どうやら遅かったようだ。映像の中では古びた鉄塔が崩れて近くにいた少女がその崩壊に巻き込まれるところで画面が真っ暗になった。
「「…………」」
黙り込む高咲さんだが、無理もない。普通はこんな映像を見てリアクションを取れるわけがないし、僕も何を言っていいか分からなかった。だが、衝撃はそこでは終わらなかった。
『アイ、ニ……イク……ヨ』
「「っ!?」」
パソコンから聞こえたこの世のものとは思えない低く響く声に同時にパソコンを見る高咲さんと僕。真っ暗だったはずの画面には崩れた鉄塔が映っており、血に濡れて手足があらぬ方向に曲がったままカメラの方──いや、
これはマズい、そう直感した僕はパソコンの電源を切ろうとする。だが──
『デ……ンパ……ニ』
「消えない!?」
まぁ、なんとなくそんな気はしてたよ。明らかに普通じゃないが、なんとかしないと僕だけじゃなく高咲さんもヤバい気がする……いや、もうアウトかもしれないが、ともかく、パソコンを壊す?ダメだ、定番だが大体解決しないし、絶対碌なことにならない。
『ノ……テ……ア──』
さて、そうこうしているうちにも動画は進む。いや、ライブかもしれないけど。ともかく、電源はダメ、破壊もアウト。あとは──
「消えた……?」
急に画面が真っ暗になったかと思えば、パソコンの画面が元に戻っていた。おまけに、先ほどの動画も見当たらない……なんだったんだ、今の?
「──ということがあったんですけど、先輩、何か聞いたことないですか?」
『ふむ、一応、確認しておくけど、その出来事は今日の話なんだね?』
あの後、どうにか高咲さんを落ち着かせた僕が家に戻ると、先輩から電話があったので、夕方の話をしたんだけど……声のトーンがいつもと変わった。これ、マジなやつだ。
「そうですけど……」
『後輩君、落ち着いて聞いてくれ──おそらく、君たち二人が見たのはいわゆる<呪いのMV>と呼ばれる物だ』
「……はい?」
『まぁ、困惑するのも無理はない。でも、これについては本物だよ。ここ数日で私の入手した情報では、だけどね』
どうやら冗談ではなさそうだ。ともかく、話を聞くしかない。
「わかりました。それじゃ、そのMVについて教えてもらえますか?」
『うん。私の調査では、そのMVには撮影中に事故死したスクールアイドルの怨念がこもっていて見た者は一週間後に死ぬ、と言われている』
怨念か。まぁ、確かにそんな感じはしたけど……というか、それって──
「あの、もしかして、呪い殺された人達の死因って心臓麻痺だったりします?」
『ああ、私が聞いた限りだとそう言われているね。そして、おそらく君の想像通りだと思う』
「つまり、そのMVと連続不審死は繋がっている……!?」
『おそらく、ね。まぁ、確証はないけど、被害者の証言にある
まいったなぁ……人間相手なら何とか逃げる自信はあるけど、幽霊が相手じゃ、流石に分が悪い。
「先輩、霊能力者の知り合いとかいませんよね?」
『まぁ、自称なら何人か知っているから、一応、あたってみよう。それと、撮影場所とされている場所の地図も渡しておくよ。君も調べてみるといい』
「何から何まですいません。このご恩は必ず返します」
『気にしなくていいよ、今回は後輩君の命がかかっているからね。まぁ、どうしても気になるなら、全部が終わったら何かごちそうしてもらおうかな?』
いつものトーンに戻った先輩につられて軽口をたたく僕だが、正直、めちゃくちゃビビってはいる。でも、僕だけじゃなく高咲さんの命もかかっている──まぁ、やれるだけのことはやるさ。