第4話:前編
『やぁ、後輩君、君はドッペルゲンガーを信じるかい?』
「出会うと死ぬもう一人の自分、ってやつですか?まぁ、自分に似た人間が三人はいる、って言いますからね。生き死にはともかく、いないことはないんじゃないですか?」
ある日の夜、突然電話してきた先輩の第一声がこれである。まぁ、普通に答える僕も僕だが、いつものことなので仕方がない。
『ふむ、それじゃあ──同姓同名、同じ顔をした少年たちの行方不明、なんていう話はどうだい?』
「はい?なんですか、そのめちゃくちゃ気になる謎事件は?」
なんか、出来の悪い創作都市伝説を下地にしたフィクションみたいな事件だなぁ……ともかく、話を聞いてみよう。
『実は、最近、
「名前から状況まで突っ込みどころしかないんですが……ともかく、なんでこんな騒ぎやすいネタがうわさになってないんでしょうか?」
『さぁ?それは私にもわからないね。まぁ、それだけ行方不明者が多いのか、他人に興味がないのか──あるいは、秘匿されているか、だろうね』
また物騒なことを言ってるなぁ……まぁ、推測自体は僕も同意だが。ともかく、こんな
「それで、そんな事件を僕に調べろ、って言うんですか?」
『別に私が調べてもいいんだけど、
それを言われてしまうと僕も弱い。いや、まぁ、元から強くはないんだけど。
「……わかりました。というか、どうせもう資料は送ってますよね?」
『察しがよくて助かるよ。それじゃ、前回みたいなことがないように気を付けてくれよ?まぁ、君とは似ても似つかないから大丈夫だと思うけどね』
先輩、そういうフラグっぽいのは勘弁してください。というか、個人情報……いや、余計なことは考えないようにしよう。
という訳で、同姓同名少年連続失踪事件──改め、ドッペルゲンガー事件の取材のために僕は音ノ木坂学院の近くを回っていた。
ちなみに、近くなのは取材の許可が下りないから、というのもあるが、今回は事件の内容からして先に周囲の人間に聞く方が確認しやすいと思ったからだ。
「……ま、休日でなければ、だけど……」
そう、唯一の誤算は今日が夏休みの真っただ中だったことだ。いや、だって、僕の仕事って締め切り以外はカレンダー気にないし……まぁ、そういう訳で神田明神辺りまで来たけど、学生たちに絞った取材は難しそうだった。
「……さて、どうしたもんかなぁ……」
「そこの人、悩み事がありそうやね?」
うわっ!?びっくりしたー。なんか、巫女さん?らしき子が声をかけてきたけど……妙、というか不思議な雰囲気のある子だな……
「えっと、そうだけど、独り言聞かれちゃったかな?」
「それもありますけど──
「……タロットカード?」
「カードがウチにそう告げるんや!」
……しまった、一瞬、完全に呆気に取られていた。しかし、この子、なかなかアレというか、その、不思議な子だな、うん。
「……ええと、それで、君はここの巫女さんかな?」
「そうやね。それで、お兄さん?いや、お姉さん?はウチに聞きたいことがあるんじゃないですか?」
「っ!?……それもカードで?」
「その通りやよ」
いや、性別はわからないんかい!……まぁ、よくわかりにくい格好している僕もよくないけど。しかし、リーディングか。ある程度は確立されている技術だけど、この子のは微妙にオカルトっぽいかも?ともかく、一応、聞いてみよう。
「僕──じゃなくて、私はフリーの記者をしている者で、この写真の少年のことを聞きたいんですけど、何かご存じですか?」
「あぁ、これは
「その問題、というのは?」
「ちょっと人見知りというか友達が少ないみたいで一人でいることが多いんよ……あと、年頃の男の子だから仕方ないかも知れないんやけど、一部のメンバーを見る目がちょっと、な?」
あー、確かにどっちもマネージャーとしては問題かもしれないけど……まぁ、他にないかもう少し聞いてみるか。
「なるほど。あの、どんな信じられないような話でも構いません。他に何か気になることはありませんでしたか?例えば、連絡が取りにくいとか、よくない仲間がいるとか」
「その、もしもの話なんですけど……時々、どこかにいなくなることがあるんやけど、その時によくない気配を連れてくる──って言ったら信じますか?」
「気配、ですか?」
「悪い気、というか、殺気みたいな時もあれば……その、血の臭い、がする時もあります」
ふむ、血の臭い、ねぇ……まぁ、おそらく──
「……そうですか。一つ確認したいんですが、今のお話からすると、それは物理的な臭いではなく感覚的なものですか?」
「そう、やけど……でも、彼が問題を抱えていることは確かです!……信じてもらえないかもしれませんけど……」
まぁ、そうだろう。彼女の言っていることはあくまで個人の感想、証言した決意は称賛するが、証拠はない。なら、僕の答えは一つだ。
「いえ、信じますよ」
「!──本当、ですか?」
普通は信用しない。だが、ここ最近の僕の周りで起こった出来事を考えればありえない話ではない。それに、比企谷少年の話を聞いていると、この間の五条少年を思い出す。まぁ、気のせいかもしれないけど。
「ええ、仕事柄、そういった感覚は意外な事実に繋がることがあります。少なくとも、僕はあなたの話を真実として受け止めます」
「ありがとう、ございます……」
……なので、信じてもらえてうれしいのはわかるが、涙目だったりするのは勘弁してほしい。僕、誰かが泣くのは苦手なんだよね。
結局、取材では音ノ木坂の比企谷少年──少年Aとする──についてそれ以上の情報は手に入らなかったが、その夜、先輩からとんでもない知らせが入ってきた。なんと、既に行方不明となっている比企谷少年──少年Bとする──の銀行口座から現金が引き落とされたとの話だった。
まぁ、情報の出所は気にしないものとして、これまで判明している行方不明の少年たちは口座はおろか、電話料金の支払いもないが、少年Bだけは金の動きがある──つまり、少年Bは自発的に姿を隠している可能性が高いということだ。
とはいえ、それが分かったところでどうしようもない。そこで、他の少年については先輩が調べてくれるということなので、僕は情報が判明している少年Aの身辺調査をすることになった。ここまでが昨夜の話である。
そして、今日、先輩からの情報で住所を知った僕は彼を尾行することにしたのだった。
「……やだねぇ……」
などと心の声が漏れる僕だが、何か裏がありそうとはいえ高校生を尾行するのは心苦しいんだから仕方がないだろう……まぁ、今更と言われればその通りだけど、気分のいいものではない。
ともかく、ばれない程度に距離を取りつつ少年Aの尾行をしてるんだけど……いや、本当に気付かんなぁ、この子。
だが、油断はできない。昨日の巫女さん──東条さんの情報だと、悪い気を放つ時がある、ということだし、彼自身が周囲を警戒する必要が無いぐらいヤバい存在な可能性もある……まぁ、可能性でしかないんだけど、それでも警戒するには十分だ。
そんなことを考えていると少年Aがファミレスに入っていく姿が見えた。一応、通り過ぎるフリをして様子を見るが、奥の席に座ったのか、外からでは姿が確認できない。さて、このまま店に入るか、出てくるのを待つか考え物だけど……
「……よし……!」
虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。まぁ、ばれたらその時はその時ということでさっそく店内に入った僕は少年Aの居る奥の席──から離れた観察できる席に座りドリンクバーを頼む。
まぁ、近づいたら確実にばれるからね。にしても、この時間だとランチには早いから、待ち合わせか?でも、仲のいい女子はいないはずだし、友人も少ないらしいから、普通の相手じゃなさそう……何にせよ、相手も気になるが、会話の内容も聞きたい。
というわけで、ここは搦め手で行く。少年Aがいる奥の席は僕の席から御手洗いへの途中にある。つまり、盗ちょ──じゃなくて小型の集音マイクを
さて、これで準備は整った。あとは待ち合わせの相手が来るのを待つだけだ!
「……っ!?」
などと意気込んでいた僕だったが、その直後に店内に入ってきた人物の姿に危うく声が出そうになった。なんせ、その人物というのは待ち合わせをしている少年Aと同じ比企谷少年だったからだ。困惑する僕に気付かない二人目の比企谷少年──少年Cとする──はそのまま少年Aの席へ向かう。
『待た……な、セブンの』
『いや、こ……さっき……だ。まぁ、座……どうだ?』
うーん、小声なのも原因だけど感度が悪いな。しかし、少年Aが眼鏡をかけてるから見分けられるけど、見た目は完全に同一人物だ。とりあえず、行方不明の原因はドッペルゲンガーじゃなさそうだ。
『そ……カリバーの。……<てんせいしゃがり>……たか?』
『ああ……今回……違う……ない』
マズいな……思った以上に内容が分からん。けど、てんせいしゃがり……てんせい──転生者、か?
『……らく、相……レッドマン……だ』
『はぁ?……赤い通り魔……なんで……』
どうしてここでレッドマン?……うーん、わからん。でも、なんとなく繋がりかけている感じはある。
『そこで……倒す……協力……頼む』
『……わかった。……面倒……守護者……だ。俺も……しよう』
倒す?レッドマンを?とすると、彼らは……っ!?しまった、考えてたら見失った!?
「ありがとうございましたー」
外か。まぁ、仕方がない。マイクを回収してからどちらかを追いかけよう。なんていうのは甘い考えだった。
「アンタ、何者だ?」
そう、外に出て追跡しようとした僕を少年AとCが待ち構えていた。うん、正直、ちょっと迂闊だったかもしれない。
「返答によってはただでは済まないぞ?」
しっかし、少年Cはなんか偉そうだな。まぁ、思ったより見分けがつきそうで助かるけど。
「わかった。けど、君たちのんびりしてていいのかい?──すでに君たちは僕の仲間に包囲されているんだぜ?」
「「──何っ!?」」
驚愕する二人。でも、周囲にはまばらに通行人がいる程度だ。まぁ、僕のハッタリだしね。
「お前──って、いない!?」
だが、注意がそれれば充分。自慢じゃないが、僕は逃げ足に自信がある。おまけに、彼らはわざわざ周囲を確認するために振り返ってくれた。それだけ時間があればガードレールを飛び越えて車道に出られる。
「チッ、すばしっこい奴め……!」
ともかく、このまま走って反対側の歩道から人ごみに紛れて退散しよう。さて、このまま人の波に乗って移動してれば流石に見つからな──
「居たぞ!10時の方向、100m!」
見つかった!?少年Aは眼鏡だけど、目がいいのか?それじゃ、こっちのルートを通って──
「7時の方向、50m!」
また!?なら、路地裏に──
「ぐっ!?」
「捕まえたぁ!」
「よくやった、セブンの」
コートを掴むな!皴になるだろ!しかし、これは万事休す、か?
「さて、それじゃ、さっさと話してもらおうか?」
「観念するよ。僕は記者をやっていてね。あ、名刺いるかい?」
「見せてみろ。ただし、妙な動きはするなよ?」
うわぁ、ベタなセリフだなぁ。まぁ、おかげで助かるけど。
「わかってるさ。はい、どうぞ!!」
「「ぐあああっ!?」」
当然、素直に見せるつもりもない。名刺をそれぞれに差し出すフリをして、僕の袖口に忍ばせておいた唐辛子スプレーを二人の鼻と口のあたりを狙って噴射する。
「がはっ、ごほっ!?」
「このっ、げへっ、こしゃぐなぁっ!」
「悪いけど、捕まるわけにはいかないんでね!」
涙目になって呼吸も苦しそうな少年たちだが、先に暴力に訴えたのは君たちなので諦めて欲しい。というわけで、脱兎の如く逃げ出したけど、時間稼ぎ程度だろうなぁ……しかし、なんでこんな目に合うかねぇ。