夕食後、俺たちBクラスは協力関係にあるCクラスの一之瀬、神崎を交えて焚き火にあたりながらミーティングを行った。
椎名から入手したDクラスの情報を伝えると、松下がDクラスとAクラスが協力関係を結んでいるかもしれないと言い出した。
確かに怪しい点はいくつもある。
AクラスがDクラスの生徒を保護していないこと、DクラスにとってB、Cクラスが目の上のたんこぶであること、夏休み前に龍園が仕掛けた相手がB、Cクラスのみであることなどが理由だ。
あくまで可能性に過ぎないが、これからはそれを考慮して特別試験をこなした方がいいだろう。
ミーティングが終わると神崎だけCクラスのベースキャンプに戻り、一之瀬はもう少し焚き火に当たりたいとのことで一人残ることになった。
俺たちは気を利かせ、平田と二人きりにさせることにした。
偽物カップルの二人だが、はたから見ると本当に付き合っているように見える。
平田から、週一は必ずデートをしており、お互いの部屋で焚き火の動画を見ていることは聞いていたが、これは偽物から本物のカップルになることも時間の問題かもしれない。
翌日の目覚めは前日よりマシになった。一之瀬からのアドバイスで、テントの下にビニール袋を大量に詰めることにより、背中への負担を劇的に軽減することができたのでまったく痛みがない。
まず川に行って顔を洗い、そのあとに日焼け止めクリームを塗る。
この日焼け止めクリームは学校から支給されたものだ。日焼けに弱い俺にとって欠かせないアイテムなので、無料で提供してくれるのは非常にありがたい。
日焼け止めクリーム以外だと、女子に生理用品も無料で支給可能となっている。
時代遅れの試験を行う高度育成高校だが、最低限の配慮は行ってくれるようだ。
瞑想とヨガを終えテントに戻ろうとしたところ、軽井沢が声をかけてきた。
「おはよ」
「おはよう。早いな」
「そっちこそ。何時ごろ起きたの?」
「30分くらい前かな」
「4時半じゃん。早すぎでしょ」
「5時も十分早いだろ。あまり寝れなかったのか?」
「ううん、7時間は寝たから大丈夫」
「早く寝たんだな」
「だってやることないし」
無人島試験は私物の持ち込みは禁止されているため、軽井沢の大好きなK―POPの動画は見ることができない。
「恋バナとかで盛り上がったりしないのか?」
クラスの女子は夜になるとガールズトークしそうなイメージだ。
「そんなの一時間も持たないわよ」
「そんなもんか」
てっきり深夜まで話し込むのかと思ったが違ったようだ。
「男子たちはどうなの?」
「それなりに話すけど、話題はいろいろだな」
「ふーん。……す、好きな人の話とかしないわけ?」
「少しはするけど」
「す、するんだ……」
「まあ年頃だからな。そういえば」
「な、なに……?」
「軽井沢と付き合ってるのかと本堂に質問されたよ」
「うぇっ!?」
軽井沢が驚いたように急に奇声を発した。
「椎名もそうだけど、やっぱり付き合ってるように見える人が多いみたいだな」
「つ、つ、付き合って……」
相変わらず純情すぎるこのギャル。
初めて軽井沢を見たときに五人くらい元カレがいると思ったのが懐かしい。
「ま、松下さんじゃなくて、あたしなんだ……」
「二人でスーパーで買い物したり、部屋に出入りするのを、よく見られているらしいぞ」
「あ、あぅ……」
事情を知らない人が見たら熱中症と勘違いしそうなくらい頬を紅潮させる軽井沢。
「この後、散歩に行くけど一緒に来る?」
「い、行く……っ!」
その散歩で俺は軽井沢の弱点を知ることになる。
それは虫だ。
散歩中に虫が飛んだり、服についたりするたびに、軽井沢の小さな口から可愛らしい悲鳴を発せられた。
都会育ちだから虫が苦手なのか質問したところ、いじめっ子に虫を食べさせられたことが原因で虫嫌いになったと教えられた。
俺は嫌なことを思い出させてしまい申し訳ないと謝った。
軽井沢は気にしないでと笑いながら言っていたが、その笑顔はとても痛々しかった。
そんな笑顔を見てしまったからか、俺は無意識に横を歩く軽井沢の右手を握ってしまった。
軽井沢は驚いた様子だったが、最終的には握り返してくれたので安心した。
ただ、手を握って歩くのは互いに恥ずかしかったようで、無言でそっぽを向いて帰路についた。
朝食はニジマスの塩焼きとコーンだった。
ニジマスは池が釣ったもので、コーンはCクラスから提供された。
今のところ無人島試験においてクラス内で一番評価を高めているのが池だ。
キャンプ経験があるので、テントを率先して建てたり、大量の魚を釣ったり、火起こしもしてくれたりと、大車輪の働きをしている。
さらにテント内では幸村に勉強を教わるなど、自分磨きも欠かさないところもグッドだ。
櫛田と付き合うのは難しいだろうが、この調子なら池を好きになる女子も現れると思う。
昼前、俺は綾小路と二人でAクラスの偵察に向かった。
今回の試験では、葛城を潰すために坂柳派閥の生徒が協力してくれることになっているので、彼らからいい情報が手に入るかもしれない。
Aクラスのベースキャンプ地は、事前に神崎から教えてもらっていたので、すぐに見つけることができた。
「見張りがいるんだな」
洞窟の入り口に門番のようにそびえ立つ男子生徒の姿が見える。
「これ以上近づけばオレたちの存在が気づかれるぞ」
「だな」
「ビニールを使って洞窟の中も見えないようにしている」
「つまり中を見るには門番を倒さないといけないわけだ」
「倒すのか?」
「まさか」
試験中の暴力行為は禁止されている。禁止されていなくても暴力を振るうつもりはないけど。
「こんにちは」
俺は近所のおばさんに挨拶するように門番に声をかける。
「なんだお前ら。どこのクラスだ?」
「Bクラスの立花と綾小路だ」
「なにしにきた?」
「偵察だ。中に入っていいか?」
「帰れ」
当然の答えだ。
ここで「許可する」と言われたら、こちらが焦るところだ。
「わかった。それじゃ」
「……え?」
「なんだよ」
「か、帰るのか……?」
「帰るよ。だって中に入っちゃだめなんだろ」
「もう少し粘ったりしないのか?」
「したら入れてくれるのか?」
「入れないけど」
「だろ。それじゃ葛城によろしく言っておいてくれ」
「あ、ああ……」
俺の潔さに拍子抜けする門番の生徒。
俺たちはゆっくり森の中に踵を返す。
「ずいぶんあっさり引き下がったな」
日陰になる場所を見つけた俺たちは腰を下ろし一休みすることにした。
「無理に中に入ろうとすればトラブルになるからな」
「なら何のために門番の前に出て行ったんだ?」
「俺たちが偵察に来たことを中の連中に知らせるためだ」
「……坂柳派閥の生徒と接触するためか?」
「正解」
Aクラスの生徒は門番以外洞窟の中におり、いつ外に出てくるかわからない状況だ。
神室たちが外に出るのを待つ手もあるが、長時間ここにいるのは熱中症になるリスクもある。
ならば、向こうから俺に接触してもらうしかない。
そのため、俺は門番と接触した。
他クラスの生徒が偵察に来たのだ。門番は必ず葛城に報告するだろう。
それが坂柳派閥の生徒の耳に入れば、俺に接触してくるはずだ。
「ま、来ない可能性もあるから先に帰っててもいいよ」
「いや、帰ってもすることがないからオレも待つ」
「佐藤が待ってるんじゃないか?」
「佐藤は松下たちと水浴びをすると言っていたから大丈夫だ」
「そ、そうか……」
マジかよ。松下の水着姿見たかった。今から帰れば間に合うだろか。
「ここにいたんだ」
10分ほどして、一人の少女がやって来た。
神室真澄。
坂柳の手下で、勝気そうな顔つきのロン毛美少女だ。
「神室だっけ」
「そう。立花と……あんた誰?」
「綾小路だ」
「あ、そ」
自分から名前を訊いておいて酷い女だな。
クールフェイスに定評がある綾小路がシュンとしてしまったじゃないか。
「神室一人で来たのか?」
「そうだけど」
「森の中を女子一人で歩くのは危険じゃないか?」
「なに? 私を心配してくれてるの?」
「そうだけど」
「ふーん。優しいのね」
俺じゃなくても誰でも心配すると思うけど。
「それより俺に用があって来てくれたんだろ」
「そう。あんたに協力するのが坂柳の指示でもあるからね」
「もしかしてリーダーを教えてくれたり?」
「残念。私たちは誰がリーダーか知らないの」
「坂柳派閥だからか?」
「そう。葛城って予想以上に慎重な人間だったみたい」
派閥争いをしているからといって、クラスメイトにリーダーの情報を教えないとは、どうやら坂柳はそうとう葛城に警戒されているようだ。
「ただ、あんたにとって役に立つ情報は教えられる」
リーダー以外に役に立つ情報か。もしかして……
「AクラスがDクラスと協力関係を結んでいるとか?」
「……っ」
神室の綺麗な顔が驚愕に染まる。
「正解か」
「な、なんで知ってるのよ……?」
「知ってたわけじゃない。その可能性を踏まえてただけだ」
「予想してたってこと?」
「ああ」
「……そう。よかったら理由聞かせてくれる?」
「いいけど」
神室は質問を挟んだりせず、黙って俺の説明を聞き続けた。
ただ、その瞳はまるで俺を見定めているように見えた。
「なるほど。龍園も大したことないわね」
「仕方ないだろ。クラスメイトがポンコツすぎるんだ」
「ポンコツって。ふふっ」
神室が口に手を当てて笑った。
「神室って笑うんだな」
「笑うわよ。ていうか前に会った時も笑ってたでしょ」
「うちの教室でか?」
「そう。あんな感情豊かな坂柳は初めて見たもの」
「そっか。それよりほかに情報ないの?」
「……ない」
「そっか。じゃあ神室がリーダーだと思う生徒教えてくれない?」
「私の予想でいいの?」
「うん」
「合ってるかわからないけど」
「大丈夫。あくまで参考にするだけだから」
「それなら……。私は弥彦か町田だと思う」
「理由は?」
「その二人が葛城派閥の副隊長みたいなもんだから」
「なるほど。つまり葛城が最も信頼を置いている生徒ってわけだ」
「そう」
弥彦は幸村にゲロをかけられた生徒だ。
町田は初めて聞いた生徒だが、櫛田なら交流がありそうだ。
「ちなみに神室は町田と仲良かったりする?」
「するわけないでしょ。派閥も違うし、好みじゃないし」
「あ、そうなんだ……」
「もういい? そろそろ戻らないと怪しまれるんだけど」
「ああ、いろいろありがとう」
「別に。結局、役に立てなかったみたいだし」
不貞腐れたように神室が言う。
「あ、そうだ。船に戻ったら連絡先交換してよ」
「いいけど。なんで?」
「あんたと一緒にいるとストレス発散できそうだから」
「ストレス発散……?」
「あいつに命令されまくって、いろいろとストレス溜まってるのよ」
あいつって坂柳のことか。
同級生にこき使われるって、何か弱みでも握られているのだろうか。
時間がないみたいだし、今度訊いてみるか。
「それじゃ」
「気をつけて帰れよ」
神室は急ぎ足で洞窟に戻っていった。
さすがにリーダーが誰かはわからなかったが、候補の生徒がわかっただけで良しとしよう。
「綾小路、一言も喋らなかったな」
「ああ」
「あのタイプは苦手だったか?」
「得意ではないな。それにオレに興味なさそうだったからな」
イケメンランキング一位の綾小路に見向きもしないとは、神室の好みは外見じゃないのかもしれない。
「俺たちも帰ろうか」
「そうだな」
「そういえばずっと気になってたんだけど」
「なんだ?」
「首の赤いのどうしたんだ?」
朝からずっと気になっていた。
蚊に刺されたのか、赤く腫れている。
「……虫に刺されたんだ」
***
私には嫌いな人間がいる。
坂柳有栖。
私のクラスメイトで、私をこき使う女王様である。
とある事情で私は坂柳に仕えることになった。
仕事の大半は雑用と他クラスの情報収集だ。
あの女は休日でも平気で呼び出すので、私は高一にして社畜な気分を味わされている。
そんな忌々しい坂柳を翻弄する生徒が現れた。
立花恭平。
Dクラスをたった一月でBクラスに昇格させた生徒だ。
そんな生徒を坂柳が放っておくはずがなく、私は坂柳の命令で立花を観察していた。
身長は平均的で、容姿はそこそこ整っていると思う。
ぶっちゃけ外見は私の好み。
高度育成高校が普通の学校だったら私からナンパしていたかもしれない。
ただ問題は中身だ。
立花は極度の心配性だった。
もう病気といっても過言じゃないレベルだ。
あんな性格じゃ彼氏には無理。
付き合っても、ぜったい上手くいかない。
そんなふざけたことを妄想しながら、私は立花の観察をし続けた。
立花の評価が変わったのは、初めて坂柳と接触したとき。
どうやら立花は私たちが奇襲を仕掛けてきたと勘違いしたようで、坂柳の杖を武器と思い込んだまま、バックステップで去って行ってしまった。
坂柳もそんな立花の行動は予測できなかったみたいで、呆然と見送ることしかできなかった。
立花が立ち去った後の坂柳は年相応の少女に見えた。
そうとう苛立ったのか、地団太を踏んで、バランスを崩して転んでしまった。
ざまぁ。
この時、私の中で立花の株がぐんと上がった。
あいつと一緒にいたら、坂柳のみっともない姿がもっと見れるかもしれない。
私の予想は当たった。
期末テストの直前、坂柳は派閥の生徒を引き連れてBクラスの教室に乗り込んだ。
当然、Bクラスの生徒たちは私たちを警戒する。
坂柳はそうとう恐れられていたようで、泣き出す女子もいたくらいだ。
紆余曲折はあったけれど、ようやく坂柳は立花と接触することに成功した。
坂柳は葛城派閥を潰すため、一時的に協力関係を結ぶ契約を持ちかけようとした。
その契約の場で、立花は私の期待に応えてくれた。
Aクラスに凄腕ハッカーがいると思い込んだり、相変わらず杖を凶器と勘違いしたり、天才であることを自負している坂柳を化物呼ばわりしたりなど、もう滅茶苦茶だった。
立花が発言するたびに、坂柳は大声で反論する。
まるでコントを見せられているようだった。
真面目な鬼頭は黙って二人のやり取りを見ていたけど、私と橋本は笑いを堪えるのに必死だった。
やっぱり立花といると面白い。
あいつは坂柳のいろんな顔を引き出してくれる。
なんとかBクラスと契約を結ぶことに成功し、私たちは特別試験中Bクラスに力を貸すことになり、現在に至るわけだけど……
「立花と会えたか?」
「会えた」
洞窟に戻るとすぐに橋本が話しかけてきた。
「Dクラスと協力関係にあることは教えたのか?」
「教える前にわかってたみたい」
「……マジか?」
「うん」
立花は心配性だけじゃなく、思ったより頭が切れるのかもしれない。
いや、あいつならこれぐらい当たり前か。
だって、坂柳の本当の狙いを言い当てたんだから。
「なら、俺たちがBクラスに落ちるのもすぐかもしれないな」
「かもね」
私たちはDクラスまで落ちることになっている。
そして、最終的にAクラスで卒業をする。
これが坂柳の考えだ。
どうも、女王様はAクラスをキープしたまま卒業するのはお気に召さないらしい。
「ほんと、天才って何考えるかわからない」
坂柳は自信があるようだけど、私は疑問的だ。
Bクラスは特別試験に備えて、一ヶ月近くも身体を鍛えていたらしい。
私たちも旅行で何かしらの試験は行われると予想していたけど、Bクラスみたいに準備は行わなかった。
葛城派閥の生徒なんて、試験が実施されるとも思わなかったみたいだし。
さらにBクラスには立花以外にも有能な生徒が多くいる。
リーダーの平田、コミュ力おばけの櫛田、期末テスト学年2位の幸村、生徒会長の妹である堀北など、逸材揃いだ。
そんなクラスに、私たちはDクラスに落ちてからでも勝てるんだろうか。
私はいくら坂柳でも厳しいと思う。
でも女王様の命令は絶対だ。
私も弱みを握られているので、坂柳に逆らうことはできない。
「だな。こりゃ他クラスの移籍も考えた方がいいかもな」
「移籍ね……」
他クラスに移籍するには2000万ポイントが必要だけど現実的じゃない。
実際、歴代の生徒で2000万ポイントを貯めた生徒はいないと担任の真嶋からも聞いている。
「それじゃ俺は持ち場に戻るわ」
橋本は手を振りながら男子テントに戻っていった。
その場に残った私はため息をついて、つい愚痴を零してしまう。
「あいつと一緒のクラスの方がよかったかも」
神室は9巻表紙の太ももが素晴らしい。