竜殺しっぽい誰かの話。   作:焼肉ソーダ

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63.Interlude/Ⅲ

『ねぇ、見て見て■■■■■。お■さん、なんと独学で魔術を覚えました!』

 

 懐かしい/知らない声が聞こえる。

 なにかを見せびらかすように、あの日見捨てた/見覚えのない女性が拙い呪文を唱えている。

 

 光の筋が一瞬だけ煌めいたかと思えば、それはすぐに■の壁に当たって霧散した。

 ホンモノの魔術に比べれば、子ども騙しも良いところのそれを、なぜか■/と名乗る人物は誇らしげに見せてくる。

 

『……独学とか、わかりやすいウソつくなよ。■■■■■さんにおしえてもらっただけだろ、■■■■さん』

『もう、お■さんとお■さんって呼んでっていつも言ってるのに。いつからこんな澄ました子に育っちゃったのかしら』

『もとからこうだよ、わるかったな』

『ぶー。お■さんはつまんないです』

『あんたは一体いくつだよ……』

 

 歳に似合わないあどけない表情。

 これ見よがしに頬を膨らませる姿に、ついこっちまでおかしくなって■ってしまう。

 

『あ、■ったわねー?』

『っふふ……すみません、悪気はないんです、ゆるしてください』

『そういうときだけ子どもっぽくおねだりするんだから、もう。バツとしてお水を汲んできてください』

『はいはい、仰せのままに』

 

 苦■して、記憶にあるよりもずっと縮んだ身体を起こす。

 

 退屈な毎日。

 

 辺境の村の、ありふれた日常。

 

 決して嫌いではなかった、続けば良いと思っていたはずのセカイ。

 

 ───そしてあの日。

 

 ■■■■■=■■■■■■が見捨てた───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くだらない嗜好だな」

 

 ため息が間近で聞こえて身震いした。

 嘘でしょ、もう起きたんですか───と、そう悲鳴混じりに吐き出しそうになったのを押し留める。

 

「……あはっ。どうしたんですか、セイバーさん? なにか、楽しい夢でも見たんです?」

「……誰のものとも知れない記憶()に、楽しいもなにもないだろう」

 

 仮面に覆い隠された貌は瞳しか見えない。その瞳にすら温度はなく、微睡みの名残も見せずにひたとイリアを見据えている。

 道化のようにお茶らけたイリアに向けられた銀灰色の眼がすぅ、と細められる。……すっかり尋問かなにかの雰囲気だ。

 

「───……」

「うひゃ、そんな怖い顔しないでくださいよー……。私はなにもしてませんってぇ」

「───……」

 

 剣士はしばらくそうして、疑うようにイリアを睨め付けていたが……意味がないと判断したのか、どうでも良いと切り捨てたのか、おどける少女からふいと視線を外した。

 それにこっそり胸を撫で下ろし、チラチラと横目で様子を窺う。……動揺の色、なし。()()()

 

(……マジでヤバいですねー。精神硬すぎ、防御強すぎ。今回は結構ガチで使ったんですけど)

 

 イリア=イルージュの固有魔術(オリジナル)───【月読ノ揺リ籠(ムーン・クレイドル)】。

 精神防御の強さに関係なく、対象を幻術に嵌めてしまえる強力無比な魔術だが……なぜか、この男に対してだけはうまく機能しない。

 

 今だって、剣士(セイバー)がほんのわずかな時間眠ったところを狙ってようやくマトモに幻術が掛かったのだ。

 しかもすぐにバレた。リスクとリターンが釣り合わなさすぎる。この手法はもう試すのはやめよう、としぶしぶ判断した。

 

 イリアが得意とするのは自身の固有魔術を筆頭とした幻術。しかしその分、直接戦闘は不得手だ。

 もし剣士(セイバー)()()()になってイリアを『害有り』と判断すれば、得意分野の効かない彼にあっさりと殺されてしまうだろう。

 

 だからこそ、一発で決める必要があるのだが───

 

(素の精神力が強すぎるのと、これは……噂の魔術アンチ(対魔術防壁)ですかねー。まさか私の幻術にも有効とは、恐ろしいことこの上ない。いやー、ファーストコンタクトが敵じゃなくて良かった良かった)

 

 イリアの『主』であるアゼル=ル=イグナイトの目論見のためにも、()()()()()()()()()()()()()、この『えいゆう』には従順な人形になってもらわねばならない、というのがイリアの役割であり、本音だった。

 

 が。

 

(依存させて傀儡に、なんてのはハナから不可能。かといって弱みを握っての懐柔・脅しは無意味。

 仕方ないからと洗脳しようとすればレジストされるし、それならと思って隙を作るためにトラウマをつついてみて(夢を見せて)も効果なし……いやホント、要塞かなにかです?)

 

 もう一度、密かに視線を向ける。剣士は相も変わらず、憎らしいほどに平静を保っている。

 

 夢を見せた、とは言っても、イリアはあくまでも『仕掛けるだけ』であり、詳細な内容までは窺い知れない。

 だが少なくとも、『思い出したくないもの』にカテゴライズされるはずのものを見てもまったくの無反応というのは、いっそ気味が悪い。

 

 本当に、本気でコレを人形にしたいのならば、意識の間隙を突くしかあるまい。

 それでさえ、表層意識を封じるのが精一杯だろうが───

 

(そこはおいおい。別に急ぎじゃないわけですし?)

 

 相当のことがなければこの英雄の意識は揺らぐまい。魔術師による不意打ちすら、顔色一つ変えずに淡々と()()した男だ。

 

(……ああ、そういえば)

 

 そのあたりの揺さぶりに使えそうなコマと言えば、と思い出し、意識を使い魔に移行する。

 イリアの使い魔が座しているのはアルザーノ帝国魔術学院。つい先日、マキシム=ティラーノが帝国上層部を唆して学院長に赴任した学校だ。

 

(あらら、グレン先輩(先生)ったら一人でぐるぐる悩んでますねー? 大方、行方不明者(セイバーさん)のことで気を揉んでいるのでしょうが……交渉カードに使えますかねぇ)

 

 学院の監視を始めたのはここ数日、ほんのわずかな時間のことではあるが───魔神殺しの英雄であるグレン=レーダスが目に見えて焦っていることくらいは、遠隔からでも見て取れた。

 早く見つけ出したい。しかしできることがない。その上やらなければならないことは山積みに。

 

 さすがに多少同情してしまいそうになる多忙ぶりだ。運命か神様に嫌われているとしか思えない。

 

(あーあ、()()()()()()()()()()()()ってわかってるのに、なにもできないグレン先輩かわいそう!

 ……ま、そのグレン先輩たちから隠してるのは私なんですけどね?)

 

 くすくすと嘲笑う。

 

 いつだって、大切なものは知らない間に取りこぼすものだとわかっていない人間たちが滑稽でくだらない。

 

 ───望めば望むほど。

 いちばんの望みは、手に入ると思った瞬間に奪われるものだというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───懐かしいものを見たような気がして、目が覚めた。

 

(……田舎の村。女性。魔術)

 

 断片的に得られた情報を思い返す。

 誰か、と一緒にいた夢だった。親しげに。まるで■■のように。

 

(あれは───()の記憶だ?)

 

 微睡みの名残を振り払いながら思考する。

 既に、割合に換算すれば肉体組成の半分以上が真っ当な人間を外れた身体には、もはや睡眠という機能維持のための行為は限りなく無用のモノとなっていた。

 サーヴァント───過去の存在から伸びた影法師。肉の器なき彼らに似た存在に成り果てている以上、眠りはおろか『夢』という現象さえも、()()()()()()()()()()()縁のないものである。

 

 ほんの少し微睡めば事足りる。

 その数刻ですら、夢は見ない。必要ない。

 必要ない、見ないはずのモノを見た。であれば、原因は外部からの干渉に他ならず。

 

(───魔術師(メイガス)

 

 すぐ隣。昏く淀んだ瞳を持つ女魔術師に目を向ける。

 まず間違いなく、この女の仕業だろう。あんなものを自分に見せたところで、面白いことなどなにもないだろうに。

 

 視線を向けただけで勝手に縮こまり、勝手に誤魔化しの言葉を並べる女から意識を外す。

 今ので妙な干渉には懲りただろう。コレが自分になにか善からぬ目的で接触していることは明白だったが、かといって排除するほどの害でもない。

 益があることも確かである以上、無為に問い詰める必要もあるまい。……その〝益〟は、己にはいまいち実感の湧かないものではあるのだが。

 

 アルザーノ帝国魔術学院。

 

 〝己〟の古巣、と女魔術師が揶揄した場所。

 意識の底、今のカタチに定めたはずの精神から外れた深層───マトモな在り方を喪い、ただ崩れ落ちた残骸が如く積もるそれが、なにかを訴えるように軋む。

 

 この軋みがなにを意味するのかは、識らない。興味もない。

 

 この軋む残骸が何であるのかも、識らない。意味がない。

 

 かつて自身という存在を構築していたもの。ただそれだけの存在でしかない。

 誰も知らず、誰も救わずなにも為せず、ただ壊すことしか出来ないモノに価値はない。

 

 表層意識(エゴ)として組み上げた『在り方』に不要な要素である以上、拾い上げることもない。

 ただ、炎の燻る深層意識(イド)にガラクタのように降り積もっているだけの塵。

 かつて抱いたはずの熱も、情も、記憶も。すべて不要なものとして、廃棄孔の底の底に打ち捨てられ、蓋をする。

 

 誰にも知覚できないものは、無いのと同じだ。

 本当は〝有る〟としても、知覚できない場所に存在する以上、それは存在しないことと変わりない。

 

 ───問題は。

 それを掘り起こして、夢などという形で認識させられたことで。

 

(アレは、なんだ)

 

 何故こうも意識が軋むのか。

 夢という曖昧なものであるが故、とうに景色の殆どが記憶から薄れているが───それでも、思考の議題として思い起こすたびになにかが軋んでいる。

 

 思い出してはいけない、と。そう呻く。

 

 考えてはいけない。

 直視してはいけない。

 アレを起こせば、()()()()自分は自分でいられなくなると。

 

 自分ではない誰かが、断末魔のように繰り返し囁いて。

 

(……いや)

 

 誰か。誰か。

 名前も識らない、否、名前を認識することを放棄した、誰か。

 

(そもそも───(当方)は───)

 

 誰だ、と。

 その疑念が像を結ぶ前に、思考をシャットアウトする。

 

 自分に、人間らしい自己は必要ない。ただ役割を果たすだけの存在であれば良い。それ以外の価値はなく、それ以外の生き方は許されない。

 

 であれば自己定義など、考えるだけ無駄なこと。

 ただ『そういうもの』であればそれで良い。熱も情も、己には必要ない。

 

 否。そういうものでなければならない。

 

 ───だが。

 

 ───そう定めたのは、一体なんの───

 

(─────────)

 

 目を閉じる。一つ微かに息をついて、再び回りかけていた思考を今度こそ遮断する。

 もう二度と、思い返すことのないように。ふと過った疑念ごと、意識の底に廃棄する。

 稼働しかけた情動を停止して、氷のような静謐さを取り戻す。

 

(───そう。そういうモノで在れば良い。そういうモノで在るべきだ。

 (当方)の在り方は、なに一つ揺らがない)

 

 為すべきを行い続ける。

 

 自分はそういう存在だ。

 

 そう定義する英雄は、だからこそ気付かない。

 

 その在り方が、かつての自分が羨み、妬んだ誇り高き竜殺しからも外れていることに。

 

 なによりも嫌悪し、否定した、既に死した自分が危惧したその通りに狂い始めていることに。

 

 底の底で燻る炎。十年前に焼き付いた衝動の存在に。

 

 頑なに自我を放棄することを拒絶した、その()()()()()の片方に。

 

 ───英雄は、気が付かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確かに、されど静かに崩壊の時が近付く中。

 

 フェジテから遠く離れた地。スノリアと名を与えられた大地に、二人の影が蠢いていた。

 

 一人。使用人の装束に、黒い喪服にも似た外套を纏う女。

 

 一人。ダークコートを羽織り、素肌に奇妙な刻印を新たに刻んだ男。

 

 ───天の智慧研究会。

 

 エレノア=シャーレットと、レイク=フォーエンハイムの二人が、そこにいた。

 

「───さすがに、スノリアの冷気は堪えるな」

 

 まったくそんな素振りを見せずに、平坦にレイクが呟く。

 その隣を歩くエレノアは、どこか不機嫌そうに沈黙を貫いている。

 

「おまけに銀竜教団……件の組織の末端が暴走しているというのも本当か。街に逗留するのは骨が折れそうだ。そうは思わんか、エレノア=シャーレット」

「……ずいぶんと、口数が多くなられたのですね。レイク様」

 

 向けられた水を跳ね除け、じろりと半眼でレイクを睨め付ける。

 この数日間、お互いにある程度の意思疎通は図ってきた。だがそれは業務連絡的なものに近しく、エレノア自身も銀竜教団に取り入るために忙しかったため、雑談のようなものは少なかった。

 

 だからこそ、以前のレイクと比較して言葉を選んだのだが、レイクはそれに薄く笑った。

 

「そうだな。自分でも驚いている。たった一度───あの死闘を経てから、どうにも狂ってしまったらしくてな。そして困ったことに、この狂気は心地が良い」

 

 以前とは、違う。なにかが。

 以前のレイクは、このように饒舌ではなかった。ただ任務のため、己が存在意義を見出すためだけに生きる人形だった。

 

 それが、今は微笑みさえ浮かべてみせる。

 あの少年に殺されてからは。

 

「狂気……ですか」

「そうだ。以前の私───いや、()()であれば微塵も感じなかっただろうものだ。執着と言っても良い」

「それは、あの方に?」

「ああ」

 

 竜帝が、笑みを深くする。

 素肌を覆うように刻まれた刻印が、禍々しく歪んだ。

 

「アレは、オレと同じだ。ただ一つ、戦いにしか役に立たない力を、己が意志に関わりなく刻まれた存在。いつかはソレに喰い潰される定めを負った男だ。

 だというのに、オレは化け物、アレは英雄ときた。何故こうも違うのか───こうまで同じだというのに、一体なにがオレとアレを分けたのか。オレは、それが知りたい」

 

 そのためだけに、今回の仕事を引き受けた。大導師に賭けを持ち掛けた。

 すべてはあの英雄を喰い尽くすためだけに。同じでありながら違うものに、己を殺す毒そのものに、どうしようもなく惹かれてしまったとレイクは語る。

 

 それはさながら、炎に飛び込む蛾のように。

 

「ああ───叶うのならば、今すぐにでも殺したい。なにが違う? 何故お前は人と共に在った? 何故生きる、何故死を選ばない。何故、バケモノでありながら人のように振る舞う。

 ……アレを殺せば、オレは、オレの人生に答えを見付けられる。そんな予感があるんだよ、エレノア=シャーレット」

「そのための、刻印でしたか」

「そうだ」

 

 短く頷き、頬を撫でる。

 赤黒い、血のような色で描かれたそれは大導師であるフェロード=ベリフが直々に刻んだものだ。

 

 より強く、より悍ましく、より高みに至るためには、一ヶ月の期限に縛られた蘇生も、人の肉体と魂も脆弱すぎる。

 だからこそ、レイクはフェロードに頼み込んだのだ。『人の領域を外れる術が欲しい』と。

 

「還魂法というらしくてな。大導師が用いる不死者(イモータリスト)化とはまた異なる延命の術だ」

「ご冗談を。延命が目的ではないでしょう?」

「そうだな。延命は副次的な効果に過ぎん」

 

 不死をもたらすわけでもなければ、肉体を癒すわけでもない。

 リスクとリターンの釣り合わない魔術たが、ことレイクに対してだけは有効だった。

 

「この術は、端的に言えば喰らった相手の霊魂と精神をそのまま自身に統合する外法だ。当然、使えば使うほど己の自我は混濁し、精神崩壊に至る。───本来ならばな。

 だが、オレの身体には既にフォーエンハイムの封印が施されている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、オレはオレという個を保ったまま、この身体を使い続けられる」

「……呆れたお方です。そこまでして、あの方を求めるのですか?」

「無論。たとえこの身と魂が異形に成り果てようとも───否、成り果てればこそ、オレはアレに並び立てる」

 

 己を削ぎ落とし、英雄という社会機構に成り果てた存在と同じであろうとするのなら。

 己を肥大化し、怪物という社会の害に成り果てるしか道はない。

 

 そのために、竜を喰らう。

 それが、レイクの目的だった。

 

 たとえ理性の薄れた、ただ一つの衝動に支配されたケダモノとなろうとも構わない。

 すべてはあの英雄を殺すために。あの喉笛を噛み千切り、心臓を抉り、臓腑を砕き尽くしてようやく、己は己の人生に意義を見出だせるのだと。

 

「旧き竜の魂ともなれば、さぞこの呪いとの相性は良かろうよ。よしんば喰らい損ねたとしても、その時はそこらの雑兵でも餌にして生き延びるさ」

「…………」

「お前はどうなのだ、エレノア。お前もまた、アレに惹かれたクチだろう?」

 

 恍惚とした表情をわずかに引き締め、傍らの女に問う。

 隠しきれない死臭を纏うこの女は、なぜか自分と同じようにアシュリー=ヴィルセルトだったものに執着している。

 

 己の知る限り、大導師に尽くすことだけを人生の意義として掲げてきた女が、だ。

 

「……私、殿方のお気持ちはわかりかねますので。共感はいたしかねますわ」

「では、何故お前はアレを求める。───アレはお前とは違うモノだ。己の幸福など、ハナから得られるとも思っていない」

「ええ、そうでしょうね。あの方は、そういう御方です」

 

 頷いて、それ以上語るつもりはないと口を引き結ぶ。

 もとより無理に聞き出そうとは考えていなかったのだろう。語る気がないと理解したレイクは、会話を切り上げて黙々と雪道を進んでいく。

 

(───レイク様と、アシュリー様が、同じ?)

 

 その背中を眺めながら、胸中で一人ごちる。

 

 大した勘違いだ。笑い話にもなりはしない。

 

(あの方を理解できるのは私だけ。あの方の孤独がわかるのは私だけ。ただ生き、ただ死ぬだけの人間に、あの方のなにがわかるはずもない)

 

 ───そうだ。アシュリー=ヴィルセルトとレイク=フォーエンハイムは違う。

 

 あの少年が近いのはむしろ、自分の方だとエレノアは想う。

 

(他者に踏み躙られ、奪われ、犯されて。幸福なもしもを思い描くことすら許されない、哀れで可哀想な仲間外れ)

 

 初めて戦ったときのことを覚えている。常とはまるて違う冷たい剣筋。ただの人間を嘯きながら、まるで容赦のない殺意。……なにもかもを諦めた、昏さを奥底に湛えた瞳。

 あの眼を、エレノアは知っている。何度も何度も殺されてきて、幸せに、平穏に暮らすというありふれた望みすら有り得ないものとされたエレノアは、その淀みを知っていた。

 

(行く場所はない。『もしかしたら』を想うことすら許されない。その孤独を救う者も、共感する者もない。ああ───なんて惨めで、救いようのない存在でしょう)

 

 ───だからこそ。

 

(あの方を理解できるのは私だけ。あの方の孤独と痛みを本当の意味で分かち合えるのは私だけ。

 だって。私とあの方は、同じノケモノなのだから)

 

 あの少年を救えるのは自分だけだと、エレノアは騙る。

 

 同じ孤独、同じ痛みを知る者として、彼を癒すことができるのは自分だけだと。

 

 そう、だからこそ……一人で彷徨う魂を、自分と同じ場所に引きずり落とす。

 もう決して抜け出せない、深くて暗い沼の底。光の世界の手段では救われないもの同士、道を示せるのは自分だけだと、そう謳う。

 

「───レイク様」

「なんだ」

 

 ふと足を止め、先を行くダークコートに声を投げた。

 

 そりが合わないと、そう直感したのは間違いではなかったと嗤いながら。

 

「───アシュリー=ヴィルセルト様は、私の獲物です」

「───いいや。お前がアレを腐らせる前に、この牙がアレを喰い破る」

 

 凄絶に嗤う二人の外道。

 

 雪の都がその魔手に堕ちるまで、あとわずか。




なんか筆が乗ったのでめちゃくちゃ早く出ました───が、なんか原作の数倍ロクでもないことになってない? どうしたの君たち?

今週の『竜殺しっぽい誰かの話。』は、
・イリアさんいびられる
・残骸は傷付かない
・天の智慧研究会英雄解釈違い大戦勃発
の3本立てでお送りいたしました。
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