「ありがとう、咲夜。」
渡されたコップの水をこくこくと飲み干し、空っぽになったそれを咲夜に返す。
「ごめんなさいね、急に喉が渇いたから。」
「いつでもお申し付けください。」
そう言うと、恭しく礼をしてすっと下がっていった。
私も自室の扉を開けて中に入る。すると廊下には誰もいなくなり、しーんと静まり返ってしまった。
ベットの上に座り込み、窓の外を見上げる。いつもなら月が見えるが、今宵は新月。いくら目を凝らしても外には暗闇が広がるばかり。
普段は起きている時間帯だが今はパジャマを着て寝る準備は万端。なぜなら今日、私はとても疲れてしまったのだ。
事の発端は博麗の神社。そこで宴会があり、柄にもなく羽目を外してしまったことだ。
神社に住みついている鬼、そいつに酒の飲み比べの勝負を仕掛けられた。相当酔いが回っていたのか、周りの雰囲気にのまれたのか、あるいはどちらもか
鬼に酒飲みで勝てるやつなんているわけもないが、私は「その勝負、受けて立つ!」などと啖呵を切ってしまった。
結果は推して知るべし。ギリギリまで粘った私の胃はすでに限界を越していた。急速に収縮運動をはじめた胃によって私の理性が呼び起こされる。
神社のおおまかな図面を思い出しながら駆け出す。立ち上がる刹那、周りの人物はみな察した表情をしていた。そして神社の厠で胃の内容物をすべて嘔吐する。
巫女が背中をさすってくれたが、私はびくびくと痙攣する喉と胃の制御のほかに何も考えられなかった
その後も暫くグニャグニャと視界が揺らぎ、喉が灼けるように痛むので、楽になるまで神社の奥で休ませてもらった。
うーとかあーととか呻る私を見かねた巫女が布団を敷きだしたので、流石に断ろうとして
「わらひはだいじょぶらからぁ」
と、でろんと蕩けた、薄ら赤い顔をした吸血鬼にスカートの裾に縋られた巫女は無言で私を布団に押し込んだ。
部屋をでて直ぐそばに居るから何かあればすぐ呼ぶように言われて、一回り大きい布団の中で縮こまっている私は、無言で頷くしかなかった。
そして屋敷に戻り、友人の魔女に笑われ、今に至る。
彼女が人目をはばからない大笑いをしたのは何十年ぶりだろうか。
はぁと深く溜息をつき、ベッドに横になる。
「つかれたなぁ...」
ふかふかのベッドが私をふんわりと包み込む。つらい記憶や苦痛の渦から、私をすくいあげてくれるのはこの、優しさと布とぎっしりの綿で出来たこのベッドのみとさえ思えた。
頭まで深く被り、外の暗闇とは性質の全く異なる暗闇の中に入る。いっそこの闇の中に溶解して、塵も残らず消えてしまいたい。
「んぬ...」
意味を持たない単なる音が思わず口から発せられる。んぬ。そのまま段々と沈み込んでゆく身体とともに意識も朧げになっていく。
「おやすみ...」
誰にいうでもなくぽつりと暗闇の中に一日の終わりの合言葉を投げかけた。明日はきっといい日になると自分に言い聞かせながら。
「おやすみなさい」
返事が返ってきた。
私のほかに誰かいる。聞いたことのある声が、同じベッドの中から聞こえてきた。
(...?)
ばっと勢いよくめくると、まず目に入るのはカラフルな宝石のついた枝のような羽。続いて金色の髪。そしてキラキラと輝く笑顔。
私の妹がそこにいた。私の色違いのパジャマ姿をしている。驚きのあまりしばらく思考が停止してしまう。
再び思考が動き出したのは勢いよく抱き着かれた後だった。
「お姉様!!」
「うわっちょっと」
「うふふ、お姉様いい匂い!」
ベットに押し倒され、すんすんと髪のにおいをかがれる。
吐息が耳にあたってぞわぞわとしたくすぐったい感触におそわれる。
「離しなさい!」
「お姉様大好き!」
成り立たない会話の甲斐なく妹は私の体をもてあそぶ。力が強くて全く抵抗できない。
そのうち段々と妹の頭が下へと、胸を経てお腹へと遷移していく。
「ちょっと、どこをかいでるの!」
しばらくすると、姉の成分を堪能して満足したのか、抱擁から解放される。
「フラン、一体どうしたのよ。」
ベットの長いほうの辺に二人そろって腰かけている。まだ私の手をいじっったり、体をすりすりしたりしてくるが
私は努めて平然を装い、いまだキラキラとした笑顔をするフランに問いかける。
「大好きお姉様!」
「それはもうわかったわよ。ちゃんと答えなさい。」
するとフランは私の手をとりこう言った。
「今日はね!お姉様のお部屋でお泊り会!お姉様と一緒に寝るの!」
「もう...」
私は疲れているの、とは言わなかった。フランとじゃれ合った時に、最初からなかったみたいに疲れが消えてしまった。
折角だからつきあってあげましょう。
「フランね!もうっとお姉様”で”たあぁぁぁぁくさん遊びたい!」
「はあ。そうね、お姉様”と”たくさん遊びましょうね。」
そう答えるととフランはするするとベットの中に潜りこんでいく。枕の所で顔をひょこっとだし、おいでおいでと手招きしている。
「ほら、コッチ。怖くないよ?」
私はネコではないのよ。
「なにも怖がってないわよ。それとも何か怖い事でも始めるの?」
「えへへ。」
はぐらかされてしまった。
へにょへにょと私もベットに吸い込まれていく。
ベットの中でも私たち姉妹のじゃれ合いはしばらく続いた
「あぁ、大好きよお姉様。」
二ヒヒと笑いながら、指を私の首筋に当てて、つうーと滑らかな線を描いている。思わず私は小さく悲鳴をあげてしまった。
「ひゃ!」
「あ、お姉様はこれが大好きなのね、ふうん...。」
「むう...」
私も仕返しとばかりにフランのお腹をなるべく爪の先端が触れるようにやさしく、グルグルと渦を描く。
「きゃ!」
ガッと反射で反応したフランの手が力任せに私の手を払いのける。
「痛い...」
少し強めに払われたからか、手の甲がジンジンとした。手をさすりながら、フランの方を見ると、彼女は頬を赤らめていた。
「ちょっと大げさじゃないの。」
少し意地悪そうに言ってみる。
「それやめて」
極めて端的な内容だが。私のささやかな反撃が功を奏したことを意味するに十分な発言だった。
「どれ?」
我ながら非常に意地の悪い受け答えと思った。
「あと今、さりげなく手を伸ばしてきたでしょ。」
こっそり手を動かしたつもりだったが、気づかれてしまった。まあいいか。
「先に始めたのはフランでしょ。それにこの手は置いてるだけ。”まだ”何もしてないわ。」
多分今月一番の笑顔になってる。
「もう、お姉様の意地悪!!」
「そろそろ寝るわよ」
さすがにそろそろ限界だ。先ほどまで元気の塊だったフランも
今は大人しくなり、まどろんだ表情をしている。
「お姉様...大好き...」
「私もよ。おやすみなさい、フランドール」
大好き...か
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......ここはどこだろう。
果てしなく続く無機質な白い床。そして同じくらい白い天井。壁らしきものは見えないが、まるで吹雪の日の外のように向こう一面真っ白だった。
「お姉様...」
後ろから妹が呼びかける声がする。
振り向くとやはりそこにはフランドールがいた。いつもの恰好をし、悲しそうな表情に顔を歪め、そこに立っている。
頬には涙が伝っており、光を反射して数本の線になっている。
「どうして...私にあんなことしたの...?」
嗚咽の混ざった弱々しい声で、震える瞳でそう聞かれる。
「つらかったよ...くるしかったよ...」
フランドールの目から涙がとめどなくあふれてくる。
あんなこと、思い当たる節は一つしかない。
「貴女のためよ。」
私は彼女に答える。あの時と同じように。
「嘘よ」
左からまた声が聞こえる。振り向くとそこには二人目のフランドール。
「貴女は自分のために私を閉じ込めた。」
二人目が怒りにゆがんだ顔でそういう。歯を食いしばり、まっすぐ私の目を見ている。そうよ、私は...自分のため妹に...フランドールにあんな事をした。
「”貴女自身のため。大切な物を壊さないため。”まだ覚えているわあの忌々しい言葉。」
鋭い目つきで私をにらみつける。
私は気づいていなかった。いいえ、気づいていないふりをした。この言葉が彼女を傷を深くえぐっていることを。彼女の...フランドールの絶望に満ちた顔は今も忘れられない。
たまらずに目を背けると、一人目のフランドールの泣いている顔が視界に入る。その顔がさらに私の心を揺さぶる。
「そんなにいじめちゃだめよぉ。」
右から声がする、やはりそこにはフランドール。
「あれは貴女なりに考えた結果なのよねぇ。あれは最善策だった。そうよね、レミリアお姉様?」
三人目のフランドールがニヤリと笑う。いつものキラキラとしたものとは違う、重く粘性のある、いやな笑みを浮かべている。
「不器用な貴女なりの、愛情あふれる行動だったのよね。私は貴女の行動が理解できる。そう”私のために”してくれたんですよねぇ。」
口角が大きくつりあがった歪な笑顔がわたしを捉えて離さない。
「姉ならば親身に妹に接すべきだ。ともに喜び、怒り、哀しみ、そして楽しさを分かち合う存在だ。でも貴女は私を突き放した。イカれた妹が誰かに手をだしたら自分の顔に傷がつくから。
貴女は姉として最低で打算的な奴だ。」
厳しい表情のまま二人目がそういう。
「ひどいよ...お姉様...」
一人目はとうとう床に膝をつき、両手で顔を覆いグズグズと泣きはじめた。
フランドールが嗤い、
フランドールが怒り、
フランドールが泣く。
私は..
「お姉様!」
後ろから、つまり最初に向いていた方向から声がする。振り返ると明るい笑顔をした楽しそうないつものフランドールがいる。
彼女は駆け寄ってきて私の両手をとり、自分の胸に当てた。
「お姉様。私はお姉様のこと、愛してるわ。」
『お姉様は?』
四人の声が重なる。
「私は...
『アハハ!!!』
答え終わる前にフランドールに、いつものフランドールに、どんと胸を押される。そのまま私の身体は倒れていくが、いつまでたっても背中にに床がつかない
段々と強い浮遊感に襲われ、周りの景色は真っ暗な深淵へと変わっていく。重力によってどんどん加速し、空気を切る音が耳を通り過ぎる。
ダンッ
「ぐえっ」
背中が床に打ち付けられる。内臓が圧迫され、空気が情けない声とともに口から出てくる。
「うぅ...」
歯を食いしばって、目を瞑り、痛みが引くのをしばらく待った。
ジンジンとする痛みが続く中、近くで突然足音がした。
スタスタ、スタスタ
「...!」
誰かがいる。
私の横を通りすぎ、
ドサッ
なにかを放り投げた。やわらかい布の上に重いものを落とす音がした。
ゆっくりと目を開くと
そこはフランドールの部屋だった。
周りを見渡しても、どこを取っても、まるっきり彼女の部屋に間違いなかった。
棚やベッド、細かい装飾に至るまで、間違いなくフランドールの部屋。
私が彼女をとじこめた牢獄。
ちょうど部屋の真ん中に、ボロボロの塊が山になっている。
よく見ると、それらは壊れた人形たちだった。
洋服が破れ、腕が千切れ、頭がもげ、中の綿が飛び出し、様々な模様や
「あーあ。まーた壊れちゃった。」
ベッドの方から声がする。同時に私がとてもかぎ慣れたにおい、すなわち血液の香りが漂ってきた。
「もういらないや。」
声の主がまた何かを放り投げた。
そして放り投げられた物体と私の目があった。フリルのついたドレスをバラ色に染め、背中の蝙蝠のような羽は折れ曲がり、
被っている帽子はどこかへ行ってしまっているが、それは紛れもない私だった。私がうつろな表情をして宙を舞っている。
ぐしゃり
それは勢いよく人形の山に命中し、紅い液体を周囲にまき散らして赤のアクセントを加えた。
「っ!」
飛んできた液体が左目に入り、左側の視界が紅色で埋め尽くされる。
焦って液体を拭ったが、視界は回復しなかった。
正面を向きなおすとベッドにはすでに人影はなく、放り投げられた物体がだらりと力なく腕を投げだし、人形の山に深紅のシミを作り出しているだけだった。
「こんにちは!」
肩をつかまれ強制的に声のする方へ振り向かされた。つかまれた所がじわじわと紅く染まっていくが、そんな些細なことを考える余裕は
彼女の紅色の妖しく煌めく瞳にうばわれてしまった。
「あなたが新しいお人形さんね!私の名前は......」
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「っ!!」
気が付くとそこは私のベットの中だった。ひどく汗をかいたのかパジャマが湿っている。悪夢を見たという認識はあるがどんな内容だったか覚えていない。
カーテンを通して差し込む光はまだないことから、夜中だということがわかる。
むくりと体を起こすと、横にはフランがすやすやと寝息を立てている。すっと手をのばし私はフランの頭をやさしく撫でた。
なぜだかあの時の記憶が思い出される。
果たしてあれでよかったのだろうか。
幼い妹の為とフランを、そして自分すらもだましてきた。
真に幼かったのは自分だったのかもしれない。姉といってもたった五年の年の差だ。吸血鬼の長い寿命に比べたらほんのひと時に過ぎない。
狭い自分の価値観を振り回し、あれこれと理屈をつけて彼女を縛り付ける姿は滑稽そのものだったろう。
こんなに可愛らしい、大切な妹を、私はまるで自分の所有物かペットのように取り扱ってきたのだ。
撫でる手が止まる。
...貴女には申し訳ない事をしてしまった。姉としてとても情けなかった。
そう呟き、
「悪い子にはおしおきよ...」
撫でていた手をスッと顔の前にかざす、いつかフランに言ったその言葉を私自身に言いながら。
私はその手を顔に近づけ、こぶしを作り左の頬を思い切り殴った。
頬の内が切れ、鉄のような香が口腔を満たす。左目に涙が浮かび、二発目を殴ろうとして
「ちょっと待って!!!何してるのよ!!!」
とフランに止められた。
「フラン...?」
寝ているはずのフランが起き上がり。
「だめ。自分をたいせつにして。」
私をギューと抱きしめそう呟く。驚きのあまり固まってしまった
「起きていたの...」
声が震えてしまう。声どころか体そのものが震えている。
「なでられて気持ちよかったから寝ているふりをしていたの。その前から起きていたよ、誰かさんが大変うなされていてヒジョーにねれなかったから。」
そういいながら、より強く私を抱きしめる。とても暖かい。
「心配...してたのよ..」
はにかんだ表情で彼女はそういった。
「いい?よく聞いてお姉様。」
抱擁から私を開放し、お互いに向き合う形になり、
お姉様がどんなに私にひどい事をしたとしても、私はお姉様のことが大好きよ
そう言った。
その瞬間、左目にたまっていた涙が流れ出した。頬を伝い、顎からぽとりと大粒の涙が一つ、ベッドのシーツにシミを作った。
「ちょっと、泣かないでよ」
そういわれながらも、どんどん涙があふれてくる。私は無言でぽろぽろと泣き出した。
「わかったから泣き止んでよぉ」
よしよしと、さっき私がしたよりも強めに頭が撫でられる。その瞬間、私の心が安心感に包まれる。
だが涙は止まらない。フランの意に反してより多くの涙が流れ出し、えっえっえっと泣きじゃくる。
その後も暫く私は感情の赴くままに過ごした。
「勘弁してよ...」
「ありがとう、フラン」
泣いて赤く腫れた目をしながら、部屋を出ていくフランに向けて私はそう言った。
「どういたしまして。また泣きたくなったらいつでも言ってね。」
そう皮肉られて笑ってしまった。昨日の甘えん坊はどこへやら。茶目っ気はあるが大人びた返答だった。
「じゃあね」
「うん」
短い会話の後彼女はスタスタ歩き出した。
「フラン...」
遠のく背中を私は呼び止めた。
「どうしたの?」
フランは振り返りながらそういい、次を促した。
「ええと...しばらく、一人で外に出ていいわよ。もちろん問題は起こさないようにね。」
「本当に!!!?」
問題を起こ
の部分で遮られたけどまあ、ダイジョブそうね。
「ありがとう!!!」
私に駆け寄ってきて頬にキスをし、そのままルンルン飛び跳ねていく。
「待って、もう一つ」
「ねえフラン...本当に...私が貴女の姉でいいの?貴女はそれで幸せなの?」
俯きながら、ぽつりとそう呟いた。無粋な質問だとわかっていてもしてしまう。我ながら本当に情けない。
フランは満面の笑みでこういった
「愛してるわ、お姉様。」
ちょびっとレミリアをいじめすぎた感