劇場版でも、やはり俺の戦車道は間違っている。 作:ボッチボール
【早起きは三文の得】
この言葉を最初に言い出したのは誰だろうか?
一説によれば中国の詩にある『3日続けて早く起きれば一人分の働きになる』が元ネタとも言われている。
現代訳すれば『朝早く出社して仕事してね、3日も続ければ一人分のノルマが浮くから』だろう。…得とは?
そもそもだ、朝早く出社した事で仕事が片付くのならば深夜の残業なんてものは存在しないし、深夜の残業を朝に回すのはただ単に深夜手当てを渋る企業側の企業努力(笑)に他ならない。
こうして考えてみれば朝早く起きて行動するのも、寝ないで夜遅くまで行動するのも、時間の使い方としてそれほど差異があるとは思えない。
ならばここで改めて問おう、この場合の早起きは三文の得の意味とは何か?
ーーー答えは決まっている。日曜日の朝、早く起きれば日朝アニメが俺達を待っているのだ。
ーーー
ーー
ー
「今日は日曜日じゃないし、私は日曜日なら昼までは確実に寝ているんだが…」
「なん…だと?」
日朝アニメといえばデリシャスでパーティーなプリップリでキュアッキュアなのに?見てない…だと?
しかし冷泉の言う通り。現実は無情であり、日曜日の朝でなくても人は早起きしないといけない日はある。
ランニングはもうとっくに開始している。今頃はバレー部が参加生徒達を牽引して走っている頃だろう、スタート前をチラリと見たが思いの外参加人数は集まっていた。
もちろんこの仮校舎の生徒全員が参加しているとは程遠いが初回としては十分な数だろう。バレー部はこの早朝ランニングをしばらく続けるらしいが、今後参加人数が増えるかどうかは彼女達次第だろう。
で、俺はといえばやはり冷泉をテントから出すのにも四苦八苦し、校庭に着いた頃にはもうとっくに誰も居ない状態だった。
「そもそも三文なんて100円の価値もないんだ、それなら寝ていた方がずっと得じゃないのか」
確かにこのことわざには「早起きしてもその程度の価値しかない」と皮肉にもとれる見方もある。
「100円払う、寝かせてくれ」
「ことわざを強行策で突破するな、じゃあなんで起きたんだよ?」
冷泉をテントから引っ張り出す四苦八苦、この下りをあっさり流したがマジで大変だったのだ。わかるだろ?だって冷泉だぞ?
「…そういう条件だったからな」
布団に丸まり、籠城を決め込む冷泉には俺も伝家の宝刀を抜かねばならない。…こちら抜かねば無作法というもの。
「…ん」
冷泉が手をちょんちょんと招いて合図を送る、準備をしろ。という意味だろう。
「あーまぁ、そうだな…」
しかし改まってよくよく考えてみればこれは普通に恥ずかしいし、なんなら肉体的よりも精神的にヤバい。
「約束だ」
「わかってる、…ほれ」
冷泉の前まで来て、くるりと背を向ける。後は彼女が乗りやすいように屈んで待つ。
「いくぞ」
背後、すぐ後ろから声が聞こえてくる。タイミングは完全に彼女任せだ、それがなんともむず痒く思えてきた。
首もとに冷泉の手が回り込み、背中に彼女が体重を預けてきたのを確認した俺は冷泉を背負うと立ち上がった。
早朝とはいえ季節は夏。まだ活動を始めたばかりであろう太陽はすでに容赦ない熱気を振り撒き始めている。今でさえこの暑さならランニングを早朝にしたのはやはり正解だっただろう。
それでも暑い事には変わりなく、ジリジリと太陽に照らされながら俺は冷泉をおんぶしながら一歩ずつ、歩きだした。
「…本当に私をおぶって行くつもりか?」
「そういう、条件だろ…」
「あぁ言えば諦めると思っていたんだ」
「残念だったな、一人だけ、楽しようとか、俺が許すと、思ってんのか?」
意地の悪い笑みを作って歩く。背中の冷泉には見えないだろうその笑みに意味をつけるなら、きっとただの虚勢なのだろう。
冷泉の名誉の為にも言っておくが、彼女が重い…という話ではない。むしろ軽い方だろう。
それでも早朝とはいえ夏。人一人背負って歩き続ければ体力なんてあっという間に削られていく。
ランニングコースは普段運動をしていない生徒の参加も考えて軽く走る程度にした、とバレー部は自信満々に言っていた。
具体的にいうと2キロ程だとか。…2キロって軽いの?
「俺は、自分は楽するのは、いいが、他の誰かが、楽するのは、許さないタイプ、だ」
「…息を切らしながら言う言葉じゃない」
これでも戦車道に関わるようになってからは、前よりも体力はずっとついただろう。
基本的に砲弾をはじめ戦車のパーツなんて鉄の塊でどれもくそ重いのだ、それらを扱っていれば体力なんて嫌でもついてくる。
とはいえ、元々そこまで運動をして来なかった俺が人一人背負って炎天下を歩き続ければそんな付け焼き刃の体力なんてあっという間に尽きていく。
「…もういい、おろしてくれ」
どれだけ歩いたか、冷泉がポツリと呟いた。
「本当は寝るつもりだったが、さっきから息切れがうるさくて眠れやしない」
「あー、あれだ、なんか環境音とか、寝るのに、効果的、らしいぞ」
「悪夢を見せる気か…」
人がゼェハァ言ってる声をひたすら聞かされる環境音、需要…ありませんかね?ないですか、そうですか。
「それにこのペースじゃまだ暑くなる、ただでさえさっきから汗がぬるぬるしてるし、気持ち悪いんだが」
「言いたい、放題じゃ、ねぇか…」
おんぶして貰ってる身で言ってくれるが、汗なんて止めようとして止められるものでもない。
冷泉の言う通り、このペースで進んでいけば太陽はすぐに登り、気温はどんどん上昇していく。わざわざランニングを早朝にした意味も無くなってくるだろう。
じっとりと体操着が肌に絡み付く。前はまだ良い、問題はむしろ後ろというか…。
「そもそも、お前だって、汗かいてん…だろ」
こんなノロノロとしたペースで直射日光を浴び続けていれば冷泉だって汗ぐらいかいている。そもそもおんぶの体制はされている側からしても体温を上昇させるには充分だ。
思考の大部分を体力的に削られていた俺はたいして考えもせずにただ反論の為にそう口に出した。
「おろせ」
「…あ?」
「今すぐおーろしてくれー!!」
「おい!こら、いきなり暴れんな!!」
背中の冷泉がいきなり暴れ始めた。いや、本当に止めて!体力的にいつぶっ倒れてもおかしくないんだから…。
ーーー
ーー
ー
「買って来たぞ」
「悪い…助かった」
ランニングコースに日陰と座れそうなベンチがあったのは幸運というべきか、それともバレー部が予め下調べをしてくれていたからなのか。
とにかくそこに座り込みゼェハァと息を整えていると、冷泉が近くの自動販売機から飲み物を買って持ってきてくれた。
「本当にそれで良かったのか?」
「むしろ…他に何がある?」
これでいい、いや、むしろこれが良い。
冷泉が俺に飲み物を手渡す。イエロー色の強いドギツイカラーリングは絶賛イエロー信号真っ只中の俺には更に相応しい。
肉体疲労時の栄養補給、及び糖分摂取にはこれ一本。そう、マックスコーヒーならね。
キンキンに冷えたマッ缶のプルタブを開けて一気に飲み干していく。よほど身体がこれを欲していたのか、一口飲み終える頃には缶の中身がほとんど残ってはいなかった。
「…一気に飲み過ぎだ」
冷泉はそんな俺の飲みっぷりに若干引きつつ、ベンチの端っこギリギリまで移動すると腰かけた。
「…なんか遠くね?」
いや、別に隣に座れとかそういう事を言ってるんじゃないんだが、そこまであからさまに距離を取られると普通に傷付くんだが。
「…汗をかいているからな」
「おい止めろ、中学の頃、クラスの女子に遠巻きにエイトフォー噴射されたの思い出しちゃうだろ…」
え?そんなに汗臭かったの?なんかごめんね…。
「そういう意味じゃないんだが…いや、いい」
冷泉は俺の自虐ネタに何か言いたげだったが言葉を飲み込む。てか、あれなんなの?殺虫剤感覚なの?
「…そこまでして、なんでわざわざ私を起こして参加させたんだ?」
冷泉は自分用にも買っていたのだろう、もう一つのマックスコーヒーを開けると一口飲んでから空を眩しそうに見上げる。
「…お前が参加したがっていたからな」
真似るように俺もマックスコーヒーを飲む。…あ、中身もうほとんど残ってねぇ。
「そんな事は…いや、そうだな。沙織から聞いたのか?」
相変わらず察しが良い。いや、冷泉からすれば朝いきなり叩き起こされておんぶしてでも参加を強制されるとか、そりゃ不自然だろう。
「あいつら、心配してたぞ」
「そうか、悪い事をした」
くびりと冷泉は続けてマックスコーヒーを飲む。一度真似ようとした俺はもう空になった缶を渋々ベンチの上に置いた。
「本当に学校が無くなってしまうとはな…」
学校なんて無くなってしまえば良い。
冷泉がそんな言葉を口にしたのはもちろん、本心から来たものではないだろう。
学校が始まれば毎朝早く起きて学校に行く日々が始まる。それに対するただの愚痴や悪態のような、それは何気ない言葉だったはずだ。
ただ最悪だったのはタイミングだ。その日、その言葉を口にした直後に大洗は廃校を言い渡されたのだから。
気にするな、と声をかけるのは簡単だろう。ただの偶然だと、励ます事なんていくらでも出来る。
だが、結局はどれも気休めの言葉だ。偶然とはいえ、本当に廃校になってしまったこの状況を本人に気にするなと言うのは無理がある。
「冷泉、確かにお前は学校なんて無くなってしまえば良いと言った」
「あぁ…」
なら、慰めも励ましの言葉も意味がない、それよりも伝えるべき言葉が、冷泉が知らなくてはいけない事がある。
これは自惚れでもなんでもなく。あんこうチームの誰よりも…幼なじみの武部にだってこの役割は出来ないだろう。
「だが、俺の方がもっと言ってる」
ぐっと親指を立てて自分を指すと俺は不敵に微笑んでやった。
「…なんの話だ?」
「そのままの話だ、俺のモチベーションとコンディションの低さを舐めるなよ」
そんな俺の様子に冷泉は明らかに戸惑っていたが、俺は構わずに言葉を続けた。
「朝起きたら布団の中で学校なんて無くなれってとりあえず呪ってるし、登校中は着いたら学校更地にでも無くなってねぇかなって考えてる、授業中なんかならいきなりテロリストがやって来て学校制圧しないかなとかな」
「…最後のはなんか違わないか?」
いやほら、みんな一度は考えるでしょ?何故か自分だけその時都合良くトイレやらなんやらでクラスに居ないとか、何故かクラスの嫌いな奴ピンポイントで狙ってくれる優しいテロリスト集団とか隠されたか隠してただかの【力】を使うとか。
「まぁ…要するにだ、俺とお前じゃ学校に呪いの言葉をかけてきた年季が違うんだよ、まだまだだったな」
「…なぜそこで勝ち誇る。というか、そんな事を考えていたのか」
「別に俺達だけじゃない。世間的に見ても勤めてる会社にそういう呪いの言葉を吐きながら通勤してる連中は五万と居るだろ」
「…五万といるのか」
「居る、絶対居る」
「なんの確信だ、それは」
いや、居るだろ…。意気揚々、元気いっぱいに仕事しに行く奴とか居るの?もし居たらだいぶ会社に脳をやられてるから会社よりまず病院に行く事をオススメする。
「今回もそうだ、だいたい夏休みの終わりなんて迫る新学期に向けてお前や俺と似た考えを口にした奴なんか他にも居るだろ」
「…比企谷さんも、そうなのか?」
「だから最初から言ってるだろ、学校に呪いの言葉をかけてきた年季が違うって」
「…最初の廃校の話も、比企谷さんが原因かもしれないな」
「ようやく俺の努力が報われたようで誇らしいまである」
「…まったく、こっちはいい迷惑だ」
冷泉はそう言いながら軽く微笑むとベンチの端っこからじっとこちらを見つめてくる。
「…そのまま動かないでくれ」
「あ?なんでーーー」
そう言おうとした瞬間、彼女はそこから身体をこちらの方へ傾けてくるとベンチに腰かけている俺の膝に頭を預けた。
「…あ、いや、冷泉?」
視線を下に向ければすぐに冷泉の顔が間近に見える距離、彼女はまっすぐに俺を見つめ続ける。
「迷惑をかけたんだ、これぐらいは良いだろ」
これぐらい!?これぐらいってどれくらいなの!?いや、これはちょっと…膝に冷泉の温もりが直接当たってるんですが…。
「私も…その、迷惑をかけた」
「迷惑かけた奴の行動じゃなくないか…?」
「…汗臭いのを我慢してる」
「本当に迷惑かけた奴の言動じゃねぇ!?」
そんなに嫌ならすぐに離れなさい?ほら!暑いし!!いやー本当に夏って暑くて嫌になるよね!!?
「つまり、私と比企谷さんは共犯だな」
「いや、学校なんて無くなってしまえば良いとか思っていた歴は俺の方が長いんだが?」
「今までたいした効果も無かったんだろう?」
なにその自分の力の方が強かった的な発言、何目線なの?
「だから、私も共犯だ」
何気ない一言が現実となり、責任を感じていた冷泉に自分以上の戦犯を見せ付けるつもりではあったが、彼女の方はその責任を放棄するつもりはないらしい。
「…そうか」
【共犯】。俺と冷泉の今回の戦犯レベルを比べればどっちが責任を負うべきかなんて明白だろうに。
なんせ向こうは完全な偶然に対し、俺の方は正真正銘のトリガーの一つになっているのだから。
「…比企谷さん?」
「あぁ…いや、そろそろ起きねぇか?ほら…暑いし」
冷泉が俺の顔を覗き込むように見つめてくる。見透かされるのが嫌で、思わず目をそらしながらそう答えた。…いや、実際暑いのは間違いないし。
「嫌だ、朝早く起こされたせいでまた眠くなってきた」
「このまま寝たら確実に熱中症になるわ。それにほら…誰かに見られるのもなんかあれだし」
「そうか?私は気にしない…、だいたいみんなランニングで私達より先に進んでいるだろう」
「いや、そりゃそうだろうが…」
あと、そこは気にしなさいよね?今の俺達がどういう体勢でいるのかちゃんとわかってる?
「それに暑いといってもここなら日陰だし、風も少し出てきて二度寝にはちょうど良い」
「…さてはお前、さっきからサボる事しか考えてねぇな?」
「私達は共犯、じゃないのか?」
「完全にそっちが主犯なんだよなぁ…」
まぁでも、いつもの調子が戻ってきたようでなによりというか…なんかいつも以上に甘えてきてないか?こいつ。
仕方ないなー、本当はこの後ランニングにもちゃんと参加するつもりだったんだけどなー、こうなったらもうサボるしかないよね?
「…?」
ふと冷泉がピクリと起き上がると後ろ、俺達がさっきまで走って(おんぶして)きたコースを見る。…たまに本当に猫みたいな動作するよね、この子。
「おや、お二人は?」
「比企谷さんと冷泉さんだもも」
「お二人もランニングに参加していたっちゃ?」
冷泉の見つめる先からアリクイチームの面々が走りながらやってきた。まぁバレー部主催のランニングなんだし、同じ戦車道チームが参加していても不自然ではない。
「あぁ、まぁその…今ちょっと休憩していたんだけどな、三人共、ずいぶんスタートが遅かったんだな」
不自然なのはだいぶ後から出発し、ノロノロとおんぶしながら進んで今までベンチでサボっていた俺達より後から来た事だろうか。
「わ、私達は二周目だにゃー」
「…は?」
「バレー部がランニングをすると聞いて、参加したのは良いぴよが」
「トレーニングのつもりだったんだけど、二キロは物足りないなり」
…えーと、うん、こいつらはどこに向かってるんだろうか?
「せ、せっかくだし、お二人も一緒に走るっちゃ?」
「あー…そうだな、冷泉?」
「………」
「れ、冷泉さんがなんだか不機嫌そうにじっとこっちを見てるずら!?」
「ひぃ!な、何か失礼な事言ったぴよか?」
「陰キャは黙ってろとか、きっとそんなノリにゃー…」
なお、この陰キャ三人はこの会話の最中ずっと息を切らす事なくその場で足踏みを続けている。…陰キャとは?
「いや、すまない…私達も参加させて貰うとしよう」
慌てる三人組に冷泉は微笑んで軽く柔軟を済ませるとそのまま俺の方を向いた。
「…サボりは終わりだな」
ちなみに冷泉だが、こいつ普通に運動神経も良いんだよな。…具体的にいえば走ってる戦車に飛び乗れるぐらいには。
「…みたいだな」
俺も立ち上がると名残惜しげにマッ缶を手に…中身が残ってない事を思い出してゴミ箱にダンクした。
しまったこんな事なら一気に飲むんじゃなかったよ、エアーマンでもウッドマンでも倒す為にはマッ缶だけは最後までとっておく必要があったか…。
「比企谷さん」
「あ?」
声をかけられて振り返ると冷泉が自分の飲んでいたマッ缶を差し出してくる。なに?これもついでに捨てとけって?
受けとると中身はまだ入っていた、これを捨てるなんてとんでもない!!とジロッと冷泉を見る。
「私はもう良い、あとは飲んでくれ」
「いや、お前これ…」
言い終わらないうちに、冷泉はスッと俺との距離を詰めるとアリクイチームの三人には聞こえないように小声で。
「またサボる時は誘ってくれ、私も…そうする」
それだけ呟くと、すぐにアリクイチームの三人と合流した。
「いや…マッ缶」
残された俺は手元のマッ缶を握り締める。たぶん…その味は今まで飲んできたどのマックスコーヒーよりも甘いのだろう。そんな気がした。