劇場版でも、やはり俺の戦車道は間違っている。 作:ボッチボール
「で、でね、沙織さんが戦車に芳香剤を置こうって言い出してね」
「はぁ?芳香剤ですって…」
クーゲルパンツァーでの移動中、西住は果敢にも大洗一般生徒Eさんに向け、会話を試みているようだ。
過去には同じ高校、同じチームメンバーとして二人がどのような間柄だったのかを俺は知らない。
だが、その頃の西住と今の西住も違うのだろう。こうやって大洗一般生徒Eさんに自分から積極的に声をかけているのがなによりの証拠だろう。
それなら俺は壁に寄りかかりつつ、後方腕組みで暖かく様子を見守ってやるのがここは正しい姿勢というものだ。いや、いくら後方腕組みしてても彼氏ヅラとかしてませんよ?
ただ西住、話題を出すのは結構だが戦車に芳香剤やらクッションの話はちょっとこの大洗一般生徒Eさんにとってはどうかと思うんだが。なにしろコイツ、意識高い系だし。
「…ま、確かに必要かもね、私も後で消臭剤置こうかしら」
「おい、今チラッと俺の方見て言っただろ。あと、芳香剤と消臭剤は違うからな?」
積み上げた意識の高さから平然と飛び降りて来やがったよ!馬鹿な!あの高さだぞ!?
「香りで誤魔化すのは好きじゃないのよ、匂いの原因は根本から潰さないと」
なにそのトイレ周りの匂いCMにも使えそうな宣伝文句。今度は消臭剤とのタイアップ狙ってます?
「だ、大丈夫だよ、八幡君は匂いしないから!!」
「それはそれでどうなん?」
フォローのつもりだろうが…なんか無味無臭な扱いされてない?
「…そ、そうじゃなくてね。その、えーと」
「あら、大洗は戦車に芳香剤を積んでるのがなによりの証拠じゃない」
困っている西住を見て少し楽しくなってきたのか、大洗一般生徒Eさんがからかうように話す。ほんとコイツ…そういうところだよ?
なによりそういうところなのは西住にちょっかいをかける為に俺を遠慮無くディスってくるところですかねぇ…。
「まぁそれでも直接エイトでフォーなスプレー噴射されるよりは全然マシだけどな」
「そ、そう?まるでされたような口振りね…」
「まるでされたんだよなぁ…」
「…誤射の可能性だってあるわよ、黒森峰の生徒だって誤射する時はするんだから」
「フォローヘタクソすぎんだろ。てかマジ止めろ…中途半端に優しくされると逆に気になってくるから」
そこで「あー、砲塔ズレてたみたいにスプレーの先っぽもズレてたのね、あるあるー」とかなるわけないじゃん…。
「む~…八幡君、ちょっと良いかな?」
「ん?」
先ほどまで困り顔で右往左往していた西住は何を思ったか俺に急接近。…は?
「にし…ずみ?」
「…動かないでね」
目を閉じ、すんすんと鼻を吸うように動かし、やがてぱっちりと目を開いた。
「大丈夫…私は気にしないよ?」
「そ、そうか?」
「うん、だから八幡君も気にしなくて良いと思うな」
いや、これ気にするなってのがもう無理だろ…なんなら俺より、まだ少し鼻に残っている西住さんの匂いのが気になるんだが?うん!やっぱ消臭剤いるなこれ!!
「…本当は、気にしないっていうのは嘘だけど」
「…西住?」
ふと呟いた西住の言葉が戦車内の音にかき消されたのか上手く聞き取れなくて、聞き返そうとしたが。
「…うおっ!?」
急にスピードを上げたクーゲルパンツァーに俺の体制はぐらりと傾いた。
「…おい、運転手」
「あらごめんなさい、どの殺菌スプレーを使うのが良いか考えてて、つい」
「消臭と殺菌はもはや用途が完全に別もんだろうが…」
さらりと扱いが菌扱いにパワーアップされてるんですけど?
ーーー
ーー
ー
「ごめんなさいね、比企谷君。試合を前に忙しい中を呼び出しちゃって」
本当に、マジそう、ほんとそれ。そろそろ試合が始まるのに急に呼びつけるとか、普通に勘弁して欲しい。
「…いえ、別に」
とはさすがに言えない、そもそもこの試合前の準備時間だって蝶野教官達戦車道連盟があれこれ理由をくっつけて無理矢理作ってくれたものだ。
まぁ言わないだけで表情には目一杯に無茶苦茶不平不満を出しているんだが当の蝶野教官は何食わぬ顔、無敵かこの人。
「あら、逸見さんと西住さんも、三人で来たのね」
ふと、蝶野教官は後ろに居る西住と大洗一般生徒Eさんを見てふふふと微笑んだ。
「もしかしてデートだったかしら?青春ね」
「もし三人でデートしてる奴が居て、それを青春とか主張しだすもんなら青春なんて嘘であり、悪ですね」
「それもまた青春よ」
便利すぎんだろ青春のワード、そりゃカップラーメンのCMにも採用されるわ。
「急に呼び出されたもんでタクシー捕まえたんですよ、運賃も多少の嫌味を聞くだけと明朗会計でした」
なおこちらのタクシー。初乗り嫌味から距離に応じて嫌味メーターが加算されていく仕組みでございます。
「それで蝶野教官、俺はまだ何もやってないんですが?」
大学選抜側への情報リークの件はすっとぼける事にして、蝶野教官に呼び出された理由について聞いてみる。
「まるでこれから何かするみたいに聞こえるわね?」
「ははは、やだなぁ、試合するじゃないですかぁ」
「…一応言っておくけど、試合に関しては審判長として、公平にジャッジさせて貰うわよ」
…まぁ、そりゃそうだ。戦車道連盟が味方なのはあくまでも試合の外での話。試合が始まればあとは自分達の結果次第だろう。
「それにあなたを呼び出したのは正確には私じゃないの。と言っても、私もあなたはその人に会うべきだと思うわ」
「…はぁ」
…誰だか知らないが、誰かが俺に会う為にわざわざ蝶野教官に動いて貰ったらしい。
もう試合も始まるというのに俺をわざわざ呼び出してそれを遅らせる事が出来て、しかも蝶野教官をも動かせる人物は限られる。…というか、間違いなく大物の人物になるだろう。
「あー、やっと来たな」
「あれが例の男子高校生ね」
「ふぅん…ちょっと目はアレだけど、悪くないんじゃないの」
ふと声をかけてきた三人組には見覚えがある。直接見るのは初めてだか、試合前に秋山が用意してくれた資料の写真にも載っていた。
アズミ、メグミ、ルミ、大学選抜チーム中隊長の三人組。誰が呼んだかバミューダ三姉妹。俺が呼んでるのはミミミ三姉妹。なお、別に三人は姉妹ではない模様。
「あなたが試合に出る男子高校生ね、私はメグミよ」
ロングヘアーのメグミさん、確かこの人は元サンダースのOGだったか、ケイさんやアリサ、ナオミの先輩にあたる。
「アズミよ、よろしく」
こちらは…おぉ、すげぇナイスなバディの持ち主アズミさん。これが大学生の実力なのか!いや、うちも高校生とは思えないナイスなバディの人々多いし、負けてないよ!!
ちなみに出身校はBC自由学園。…うん、よく知らん。秋山が言うには結構歴史はあるとこらしいが。
「ルミだ」
そんで最後の一人、メガネをかけてるのがルミさん。よし、ナイスなバディ対決ならこの人には勝てるだろう。
継続高校出身なのであのミカさんの先輩だ。てか、ミカさんの後輩時代がちょっと想像できないんだが。
「あー…えと、比企谷 八幡です」
向こうが自己紹介をしてくれたという事で、俺も名乗っておく。しかし、このミミミ三姉妹が俺を呼び出したのか?
「ふぅん…」
ミミミ三姉妹は品定めをするみたいに俺をジロジロと眺める。…明らかに奇特な物を見るような目だ。
とはいえ、別に俺自身がどうこうという話ではなく、戦車道の試合に紛れ込んだ男子高校生だ。そりゃそういう目で見られる事も仕方ない。別に俺自身がどうこうという話ではなく(ここ大事)。
「あなた、西住流の推薦って話だけど?」
「まぁ、そういう事になってますね…」
「のわりにはそういう話って全然聞かないけどなー」
そりゃそうだ、つい最近決まったばかりだし。戦車道界隈での俺の知名度なんてゼロだろう。
「まっ、誰だろうと関係ないけどな」
「えぇそうね、隊長に近付く男は」
「全員潰す」
えぇ…怖ぁ。なにこの人達、怖ぁ…。
試合での話ですよね?いや、試合での話でも怖いんですけど。
「わかったら怪我する前に帰った方が良いわよ?ぼーや」
アズミさんが余裕の表情を見せる。この手の大人の色気ムンムンな人にぼーやとか呼ばれるとちょっとクるものがあるよね?なぜかって?ぼーやだからさ。
「そうそう、試合になれば手加減なんてしないから」
「大人しく辞退すれば痛い目を見なくて済むかもな」
「西住流の推薦って言っても、お情けみたいなものって聞いてるわよ」
「………」
…あぁ、なんとなくわかった。この人ら、俺をナメてるな。
まぁそりゃナメる、試合に向けて俺の情報も大学選抜チームには送っているだろうが、送った相手はあの役人だ。
もともとたいした実績がある訳じゃない素人の俺を警戒する理由は何もないのは当然。
なら、ここはもちろんーーー。
「ははは…まぁその、忠告として貰っときます」
乗っかっておこう。向こうが俺の事をナメているならむしろありがたいまである。
確かに俺は素人だが、素人は素人なりの戦い方がある。その前提条件は相手が油断してくれてこそ、だ。
「ふぅん、まだ戦ってもいないのに油断?大学生って言ってもしょせんはその程度なのね」
「八幡君はちゃんと選ばれて試合に出る、私達大洗の選手です」
「…お前ら?」
気付けば西住と大洗一般生徒E…逸見が俺の両脇に立っていた。
「あら、言ってくれるじゃない」
「…西住、西住流の娘さんね、それにあなたは黒森峰の副隊長さんかしら」
「この二人がここまで言うには、それだけの実力があるって事か」
…いや、なんかちょっと良い感じの雰囲気出してますけどね。もっと存分にナメて貰って良いんですよ?ほら、もっとペロペロして?(意味深)。
「…あんたも言われっぱなしで黙ってるんじゃないわよ!!」
「いやこれには訳が…つーか何怒ってんだよ?お前」
おかげで油断して貰う作戦が台無しじゃん…。
「だいたいいつもお前が言ってる事のがずっとひどいんだが?」
もしかしてさっきのやり取りもう忘れちゃってる?
「うるさいわね、別に怒ってなんかないわ、ちょっとイラついただけよ」
それは世間一般的には怒ってるって言うのでは?
「しっかし、西住流の隊長さん直々に来るとはね」
「試合ではよろしくね、西住流さん」
「…よろしくお願いします」
「今日は私達の隊長、島田流の方が上だって事を証明するわ」
「ふん、試合前に何を言っても意味は無いわ」
「確かにそうね、結果なんてすぐに出るもの」
あー、バチバチ怖いよぉ…、主にミミミ三姉妹と大洗一般生徒Eさんがバチッてる。
「えーと…三人が俺をここに呼んだんですか?」
怖いので話をさっさと進めよう。とはいえ、この三人が俺を呼び出したとは考えにくい。
「んにゃ、私達は付き添いだよ」
「そうだった、あの人をこれ以上待たせるのはさすがにマズイわね」
「そうね。あぁ、ぼーや、最後に一つだけ、良いかしら?」
「…はい?」
アズミさんに呼び止められる。…この人のぼーや呼び、マジクセになりそう。なぜかって?ぼーやだからさ(もういい)。
「お姉さん達を油断させようなんて、悪い考えね」
「てか、誰が相手でも油断なんてしないだろ、普通」
「えぇそうね、だって隊長に近付く男は誰であろうと全員潰すもの」
おっそろしいなぁ…大学生。何が一番恐ろしいかって、全部最後の一文に詰まってるんだもん。
「あー…」
なら、こんな狡い作戦、考えるだけ無駄だったという事か。
「西住、あと………逸見」
「八幡君?」
「…てか、なによその間は?」
いや、別に名前覚えてなかった訳じゃなくてね。ホントダヨ、ホント。
「…まぁその、あんがとな。…スカッとしたわ」
西住は嬉しそうに、逸見…大洗一般生徒Eさんは心底嫌そうに、両極端な二人に見送られ、俺はミミミ三姉妹の後を付いていく。
もう、誰が俺を呼びつけたか、予想は出来ていた。
半ば試合開始を遅らせるような権力を持ち。
蝶野教官に声をかけて動かせる人物。
そしてなにより、大学選抜チームの中隊長三人を付き添いとして連れてこれる者。
そこから導き出される結論は其一人旅団でなくてもわかるというものだ。
「わざわざ呼び出してしまってごめんなさい、こうしてきちんとお会いするのは初めてね」
「…そうですね、試合の認可貰う時も結局会えませんでしたし」
「では改めて、島田 愛里寿の母、島田 千代です。よろしくね、比企谷 八幡君」