劇場版でも、やはり俺の戦車道は間違っている。 作:ボッチボール
「砲弾の在庫は…もうちょい必要だな、あと他に積んどくもんといったら」
まぁ、やっぱアレだよな、大学選抜チーム相手にどこまで効果があるかはわからないが、積んどいて損するもんでもないだろう。
試合開始直前の最終チェックだが、これがなかなかに面倒くさい上に重労働ときている。
一度試合が始まれば部品の追加補給は難しい、特に弾切れは最悪だ。備えあれば憂いなし、と秋山も言っている。あいつはどうやって備えてるのか謎だが。
なので俺は今イージーエイトに積むべき弾等必要になるであろうものを積み込む作業をしている。
当たり前だが重い弾を一度にまとめて積むなんて無理なのでいくつかに小分けし、往復を繰り返すという採掘場の鉱夫を連想させる苦行中だ。
というかおかしくない?なんでこの作業俺一人でやってんの?他のメンバー何してんの?
はい、自分の元戦車から抜けるんで代わりに入る人員への引き継ぎ作業中です。もうちょっとこう…反論出来る要素とかくれませんか?
他のメンバーも自分の戦車の準備で手一杯、というか蝶野教官も弾くらい事前に積んでくれてても良かったのでは?
「比企谷ちゃん、お客さんだよ」
「会長、見てわかりません?今そんな暇ないんですが」
ていうか会長、涼しい顔して干し芋食ってますけど試合の準備は?とチラッとヘッツァーを見ると河嶋さんが顔を真っ赤にさせながらも砲弾を積んでいるのが見えた。あの人の装填手としての腕はわりとガチなのはこれが理由かー。
「なんか黒森峰の子が渡したいもんがあるって」
「黒森峰…」
はて、姉住さんはひまわりの部隊長として忙しいだろうし、となるとーーーん~。
「今ちょっと留守にしてるって伝えて貰っていいですか?」
「さすがにその居留守は無理がないかなぁ、せっかく比企谷ちゃんにプレゼントがあるって言ってるんだから素直に貰っちゃえばいいじゃん」
「プレゼントが必ずしもいいものとは限りませんよ、負債も渡す側がプレゼントと言い張ればプレゼントとなりますし」
某電鉄すごろく風に言えば爆発寸前の時限爆弾カードとか押し付けられる事もある。…CPUからしか貰った事ないけど。
「まぁそれ抜きにしても見ての通り忙しいんで」
「まっ残念だけど仕方ないかー、赤星ちゃんには私から上手く言っといてあげる」
「なにしてんですか会長、さっさと赤星の所に行きますよ」
なぜそれを先に言わない?ひょっとして赤星以上に優先させる事象がこの世にあると思ってんのこの人?
「ほんと、そういう所だよ比企谷ちゃん」
ははは、いや参ったなぁ、こういう所が赤星に好かれちゃうかー。
「すいません比企谷さん、試合前の大事な時間に」
「いや、超暇してたからなんならこれからお茶でも飲もうかと思ってたくらいだ」
なんなら赤星も一緒にどう?とか気の利いた台詞の一つでも出したい所なんだが…なんでこれから試合なんだよ…誰だよ、この試合組んだ奴。
「あの…私、比企谷さんにこれを渡したくて」
ごそごそと赤星がポケットから取り出したのは1枚のコインだった。
「これはドイツの硬貨か…?」
日本円では無いし、ドイツをモチーフにしている黒森峰だ、たぶんこれもドイツ硬貨だったはず…。
「はい、ドイツではコインは幸運のアイテムとされているので、その…幸運のお裾分け、です」
「赤星…」
おいおいこの子、これ以上俺をハッピーな気持ちにさせちゃうとか。もしかして君、ハッピー星から来てるッピね?
「これが試合を左右する…なんて事はもちろん言いませんが、それでも比企谷さんにもこれを渡したいって思いまして、私に出来る事はそれくらいですから」
幸運のアイテムなんていっても所詮ただの験担ぎ、神頼みで勝てるのなら苦労はしない。
それでも、彼女は自分に出来る事、やれる事はやるつもりなのだろう。
「いや、ありがたく受け取るよ、このハッピー道具」
「あの…ただのコインなんですけど」
「俺、この試合が終わったら金庫買ってこのコイン保管するんだ」
「せ、せっかくの幸運のアイテムなんですから!変な事言わないで下さいね!!」
はっ、危ない危ない。あまりにハッピー成分の摂取で故郷(実家)に帰って金庫と幸せに暮らすワンシーンを浮かべてしまった。金庫とかよ。
全く、赤星も罪作りなもんだ。レッドスターの原罪ですねこれは。
「………」
赤星は俺に渡した物とは別の、ジャラジャラと音を立てる手の平に残ったコインを見つめている。
「…西住には渡さなくていいのか?」
まぁ、わかってた。わざわざここまで来た理由は俺にハッピー道具を渡す為だけじゃないだろう。
「…いえ、いいんです」
だが赤星はギュッとコインを握るとポケットにしまって曖昧な笑みを浮かべた。
「みほさんは新しい場所を見つけたんですから」
そう言いながら赤星の見つめる先にはあんこうチームと共に笑う西住が見えた。
「だったら私は必要以上に踏み込む必要は無いと思います」
「………」
…黒森峰の頃の西住を俺は知らない。
西住と赤星との関係も、姉住さんとの関係も、俺は何も知らない。え?大洗一般生徒Eさん?あの人今は大洗一般生徒だから。
とにかく、俺はその頃の西住が黒森峰という環境でどのように過ごしていたのかは知らない。
「人間関係ってのは案外簡単にリセットできる」
「…比企谷さん?」
「転校だったり引っ越しだったり、大人なら転職って手もあるか。とにかく周りに自分を知る者が居なければ自然と人間関係はリセットされる」
誰も自分の事を知らない新しい場所で、過去の知り合いと連絡を取る事をしなければそれでリスタートが可能だ。
西住は黒森峰から誰も知り合いの居ない大洗に一人で転校して来た。今の彼女の人間関係は大洗で一から積み上げて築いたもの、なのだろう。いいえ、ゼロから!!と、青髪メイドの幻聴が聞こえてくる気がしたが。
「…そう、かもしれませんね」
「だろ?だからまぁ…西住も無事にリセット出来たって事だろ」
「はい、良かったです。みほさんが新しい場所を見つけられて」
「こうして人間関係はリセットされたんだ。つまりだ赤星、"例え黒森峰で何があったとしてもそこは関係ない"。って解釈も出来る」
「…それは」
そう、それはただの詭弁だ。体の良い解釈でしかない。
そもそもリセットの条件は先にも言った通り、誰も知り合いが居ない事が前提条件なのだから。
ただ、それでも。
「リセットされた人間関係に対して必要以上に踏み込む必要は無い、って理由は通らないと思うぞ」
「………」
赤星はもう一度ポケットからコインを取り出した。じっと見つめ、やがて一息つくと少し拗ねた表情をこちらに見せた。
「…少しだけ、エリカさんの気持ちがわかっちゃった気がします」
「は?」
なんでここで大洗一般生徒Eさんが出てくるんだ?いやまぁ…わりと定期的にどっからでも出てくる気がするけど。
「比企谷さんって…結構卑怯ですよね」
…全く、拗ねた表情も天使とか、ただの天使かよ。
てかあいつ、赤星に俺の事卑怯者とか触れ回ってるのかよ。なんというイービルっぷり、おのれ逸ービルさんめ…。
「私、みほさんにもコインを渡してきます」
「あぁ、きっと喜ぶんじゃないか」
まぁ、いろいろ理由を引っ張っては来たが結局は西住が赤星を拒む事はない。に落ち着くだろう
「でもその前に、そろそろ始めないとですね」
「ん?何がだ」
「何って試合の準備ですよ、比企谷さん一人じゃ大変ですから、私も手伝いますよ」
「………」
「重いものだって任せて下さい、こう見えて黒森峰で鍛えられてますから」
これはアレかな?どうしようもない俺に天使が降りてきたのかな?さっきから心の中のマッキーが熱唱してるんだが。
「あーいや、赤星も自分とこの戦車の準備もあるだろ」
「大丈夫です、もう終わらせて来ましたから準備はバッチリです」
「…黒森峰はさすが、そこら辺しっかりしてんだな」
まだグダグダやってるうちとは大違いだ。
「みんなみほさんの…いえ、大洗の為に目一杯準備してきましたから」
赤星は気合いを入れるようにグッと両手を力強く握る。
「この試合、絶対に負けられません」
ーーー
ーー
ー
「赤星…」
上からの爆撃、それに次ぐ2両のパンターの白旗宣言。
赤星が…やられた?
この試合、敵を倒すどころか一度も敵と遭遇する事なく、砲撃の一発も撃たないまま。
空からの爆撃という、理不尽極まりない一撃で。
『くっ…前方より敵!砲撃開始!!』
『上空から3発目が来る前に撤退する!!』
そんな状況でも試合は止まらない。むしろ悪くなる一方だ。
『駄目だ!後ろからも撃たれている!!』
上空からの砲撃を合図に敵の本隊が山頂への進軍を開始。
後ろに下がろうにも後方には先ほど俺達を突破した部隊が山頂に向けて包囲を固めている。
そして依然として続く上からの爆撃、これがまたいつくるかわからない。
高地山頂は完全に包囲されていた。
助けを出そうにも西住達たんぽぽも敵部隊と交戦し、足止めをくらっている。
『このままここに居たら全滅です!!』
『前方斜面をこのまま降りる、たんぽぽと合流するぞ』
姉住さんの判断は早い、すぐに山頂を捨て、まだ敵の居ない斜面をくだってたんぽぽと合流する指示を飛ばす。
こうなると撤退戦だ、大学側はすぐに山頂に到達し、そのままひまわりへ向けて追撃にかかるだろう。
白旗を上げた赤星の乗るパンターは、転がされたまま山頂で放置され、それを見ている事しか出来ない。
この試合の為に準備をした、彼女の目一杯はそれで終わってしまった。
「ちょっと!何ぼーっとしてんのよ!!」
「あ?あぁ…悪い」
アリサのヒステリックな叫びにふと我に返る。
「…白旗って結構簡単に上がるよな」
「CV33なら車体が軽いので逆に無事だったかもしれませんね」
『おぉ、その通りだな!スゴイんだぞ、うちのカルロ・ベローチェは!!』
「仮に無事だったとしてCV33で何が出来るっていうのよ」
『それは…もちろん!偵察とかだ!!』
いや、偵察はそりゃ大事なんでしょうが…。
「…白旗が上がったらもう終わり、か」
『そうだ、白旗を上げた戦車が戦線に復帰する事はない』
戦車道は試合中であっても修理さえ出来れば戦線に復帰する事が出来る。しかしそれはあくまで白旗を上げていない事が前提だ。
『はっ、やっぱり素人ね。今更何言ってんのよ』
「お前な、赤星は今日の為にーーー」
『そんなの知ってるわよ、小梅が今日の為にどれだけ準備して、どれだけ待ち望んでいたのか』
「…ッ」
『でも、やられたら終わりよ。私達がやっているのはそういう勝負の世界なんだから』
『高校3年間…いや、もっと長く戦車道で訓練を積んだ者であっても、その成果を試合の中で満足に発揮出来ない事もあるだろう』
「やっぱ運動部って糞だわぁ…」
別に戦車道に限った話では無いだろうが。何年も毎日、学校が終わってから遅くまで部活を続けていて、それでも試合で負ける時はあっと言う間なのだろう。やはり帰宅部は神、これが俺の帰宅道。
よくよく考えるとそもそも人数不足で試合すら出れないバレー部連中がこれでモチベーション保ててるのってメンタルお化け過ぎんだろ…。
『だが、だからこそ無念を抱いた者の気持ちに応える事が出来るのは我々だけだ、君にも小梅から受け取った物があるだろう』
言われてポケットに手を入れる、そこには赤星がプレゼントしてくれたコインが1枚。
『小梅はやられてはいるが、まだ負けてはいない。我々の勝利は彼女の勝利にもなる』
…俺よりよほど酷い状況の最中だというのに、姉住さんは冷静に最善の選択を選ぶ。これが西住流…なのだろう。
『まずはこの局面を突破するぞ、中隊全速前進!!』
『了解ッ!!』
ひまわりはこれから敵本隊の追撃を振り切りながらの撤退戦となる、たんぽぽは敵別部隊と交戦中。
だとすれば自由に動ける所はうちのあさがおくらいだ。
「ケイさん」
『えぇ、ひまわりへの追撃を少しでも減らす為にこっちも仕掛けるわ』
先ほど突破された敵部隊へ攻撃を仕掛け、1両でもひまわりへ向かう戦車をこちらに向けさせる。
『とはいえ目的はひまわり脱出までの時間稼ぎだから、深入りはNGよ』
…うーん、ここで念入りにケイさんが言っているのって絶対彼女達に向けてだよなぁ。
「あー…知波単学園、聞こえるか?」
『はい!感度良好です、比企谷さん!!』
『我々知波単学園、24時間365日、いつでも突撃の準備は出来ている!!』
『突撃ですか?それとも突撃にしますか?』
いや、そんなご飯にする?お風呂にする?それともと・つ・げ・き?みたいに言わんでも。コンビニ感覚の突撃とか覚悟ガン決まり過ぎんだろ…。
「あー…うん、その突撃な。タイミング次第でやって貰うから、その時にこっちから指示しても良いか?」
『ッ!!わかりました!お任せ下さい!!』
めっちゃ嬉しそう…。
「じゃ、一番良い時に指示送るからそれまでは我慢してくれ」
『了解しました!おーい!みんな聞いたか!なんと比企谷さんが我々知波単学園に最高の突撃のタイミングを指示してくれるそうだ!!』
『おぉ!さすが男子生徒にしてあの西住流に推薦され戦車道に参加された御仁だ!!』
『どのようなタイミングで突撃の指示を出すのか…見ものだな』
えーと…あの二人は確か、玉田と細見だったか?その二人がまるでお手並み拝見のばかりにこちらを見ている。
「…まぁ、これで問題無いか」
「ちょっと!そんな約束なんかして、問題しか無いじゃないの!!」
知波単学園との通信を終えるとアリサが早速つっかかってくる。
「知波単学園の皆さんに突撃させるんですか?」
「ん?まぁ…その時が来たりタイミングがあったり、いけるかなって瞬間があったらなきにしもあらずだな」
「その口ぶりだと、まるでないように聞こえますが」
「呆れたわね、最初から突撃させるつもりなんてないんじゃない…」
いやいや、その時が来たら本当に指示を出しますよ?ただその時が来ないだけだから。今はまだその時では無い、だけだから。
「まっ、これで自分判断の好き勝手な突撃も多少は自重するだろ、なんせ待望の突撃の指示待ち状態だからかな」
「私わかりました!これって詐欺というやつですわ!!」
うーん…純粋なローズヒップが汚れていっちゃいそうで信じて彼女を託してくれたダージリンさんにちょっと罪悪感を覚えてしまう。
信じて送り出したローズヒップが(以下略)。
「…?」
ふと、ゴロゴロと遠くから雷の音が聞こえてきた。
「…雨ですね」
天気予報でも降るとは言っていたが、ひまわりが撤退戦をしているこのタイミングか。
この雨が吉と出るか凶と出るか…。
「たぶん、赤星がやられたから神様が怒って雨を降らせてんだな…」
「ちょっとあんた、大丈夫なの?」
「いや、あんまり大丈夫じゃないかもな。これが神の怒りによる天災なら40日40夜の豪雨になるって線もありうる」
「心配してるのはあんたの頭よ!!」
「…カチューシャ様」
そんな中、ボソリとクラーラが呟く言葉が聞こえてきた。
たぶん、アリサが俺の事を心配している以上に、彼女はカチューシャさんの事を心配しているのだろう。
2両のパンターがやられた今、ひまわりチームの主力の大半はプラウダ高校となったのだから。
大洗連合チーム27両VS大学選抜チーム30両。