Q-1
地球上空、月軌道。
サードインパクト発動から14年、大地のコア化の影響は月にまで及び、地球に引かれた月はその距離を3万km前後まで近づけている。
本来、ここまで月が近付けば絶大な潮汐力の影響で月も地球も滅茶苦茶になるのだが、もはやコア化し形而上的な存在となった星同士に正常な物理学の概念は作用せず、月はただ巨大な天体として地球の空に浮かぶに留まっていた。
それ即ち、月面の光学観測がより容易になる事に他ならない。それこそ、戦いの余波で生み出される爆発が肉眼で観測可能な程に。
そしてこの14年間、5114日休みなく、12万2736時間をNERVの尖兵との戦いに明け暮れている男の生き様は、絶えず生き残った人々の頭上にあったのだ。
その結果、人々の心にいつしかある種の信仰が生まれていたのは、実に自然な現象だと言えよう。
『常に人々の為に戦い続ける正義のヒーロー「碇シンジ」』
その信仰は、ある種の呪詛であり祝詞でもある。形而上学的な生命体となったシンジやアスカ、そしてレイにとって、認識の力というのは馬鹿にならないものなのだ。
なお、これを応用してアスカはこの14年『シンジは私のモンだから』と事あるごとに主張し続けて碇シンジに『式波・アスカ・ラングレーのもの』という概念的縛りを掛けていたりするのだが、これをヤンデレと取るか可愛らしい乙女心と取るかは意見の分かれるところである。
閑話休題。
さて。そんな月の英雄『碇シンジ』。NERVが絶え間なく月に送り込むエヴァンゲリオン軍団と戦い続ける彼は、反NERV組織であるWILLEと、その下部組織である
当然、今までに幾度となく、その奪還作戦は計画され、そして実現性の低さから破棄されてきた。
だが、14年という月日は空想を仮想とし、仮想を仮説とするには十分な時間。
更に、この14年の戦闘の中で余裕と慣れが出てきたのか、この2年ほどはアスカやレイを通じ、断続的ながらも碇シンジ本人とのテレパシー通信も確立しているのだ。
故にこそ、彼らはこの日、月面侵攻作戦に打って出たのである。
* * * * * *
「本作戦の目標は単純明快、月に殴り込んでシンジ君を奪還して帰る。これだけよ。————もちろん、その為には月を覆う無数のエヴァンゲリオンを突破して、シンジ君が戦っている月面タブハベースの深奥にまで到達する必要があるわ」
エクセリヲンのブリッジで、そう切り出すのは艦長である加持ミサト大尉。14年間変わらずにWILLEの軍事的指導者を務めている彼女は、結婚し14歳の子供がいるとは思えない若々しさを保っている女傑である。
そして、その傍らに立つのは、髪の毛をベリーショートに変えた赤木リツコ副長。ミサトの作戦説明と言えるのかイマイチ怪しい説明を補足するべく口を開く彼女もまた、44歳とは思えぬ外見の若さを維持していた。
「本作戦にあたる月中心殴り込み艦隊は旗艦エクセリヲンを除いた全てをエクセリヲンの操演による無人艦で構成。各艦には鹵獲エヴァンゲリオンを用いたATフィールド発生装置を搭載し、エクセリヲンの盾として運用します。そして、矛となるのは————」
「アタシ達ってわけね」
「ミサト大佐、V3はエクセリヲンの主機に使っている筈。私達の機体は?」
「そこはまぁ、りっちゃん副長がなんとかしてくれるんじゃないかにゃ〜? それより、天使くんの監視は良いの?」
各々にそう告げるのは、この場において『若さを保っている』という点において右に出るもののない永遠の超絶美少女、式波・アスカ・ラングレーと愉快な仲間達だ。
だが、若さは変わらなくとも見た目は変わるもの。それが最も顕著なのは、アスカの隣に立つレイだろう。随分と髪を伸ばした彼女は、今やエヴァパイロット随一の長髪である。
一方で、アスカは今まで通りのツーサイドアップ。マリも二つ括りのままだが、彼女の場合はオンザ眉毛、ワッフルパーマ、聖子ちゃんカット、ワンレン、トサカ前髪、ソバージュを経て結局元に戻っていると言う状態なので、この辺りは各人の好みと言える。
閑話休題。さて、そんな彼女たちが問うた疑問のうち、まず天使君こと『自称:渚カヲルな、パターン青の人型生物』の監視について回答するのは、この14年のうちにWILLEに入ってきた新人の北上ミドリだ。
「あのエイリアンなら封印柱でガチガチに拘束して全身にDSSを装着、そのまま松代の地下でN2爆弾とルームシェアですね」
「そいつは中々可哀想だにゃ。……ワンコくんになら全部ゲロするって言って早14年だっけ?」
「……ですね。何様なんだか、人類滅亡させた疫病神の癖に」
「まぁ、あのストーカーホモについては良いわよ。それよりエヴァよエヴァ。どうすんのリツコ」
「そう焦らないでも、アスカ、レイ、マリの3名分機体は用意してあるわよ。……今回作戦に用いるのは、鹵獲したエヴァンゲリオン7号機をベースに改造と武装搭載を行った改造機体よ」
そう告げたリツコがスクリーンに表示するのは、鮮やかな青色の頭部と赤い胸板、そしてその他の装甲は黒色という中々傾奇者な装いのエヴァンゲリオン7号機。その最大の特徴は、徹底的に機械化されている右腕だろう。
「まずはマリの機体、エヴァンゲリオン
「ふぅん? そのエヴァンゲリオンマンのM.A.N.って何なのか聞いてもいいのかにゃ?」
「
「ほうほう。……ちなみに元々の右腕は?」
「鹵獲時に捥げたのよ。それでコレってわけね」
「なるほどにゃー。まあ面白そうじゃん! いっちょ乗ってみますか! ……ちなみにビーム砲は心で撃つのかにゃ?」
「残念ながらサイコガンではないわね。右腕だし。……話が逸れたわ。次はレイの機体ね」
リツコの言葉と共に新たにスクリーンに映し出されるのは、マリの機体同様に赤い胸板が目立つものの、全体的には白い7号機の装甲をそのまま流用しているらしいエヴァの姿。
「この機体の名前はエヴァンゲリオン
「ありません」
「そう。……では最後、アスカの機体よ」
新たにスクリーンに映る、緑と赤のクリスマスカラーのエヴァンゲリオン。7号機がベースだと言われても初見では分からぬほどに手を加えられているその機体の特徴は、両手両足の鉤爪と、上腕と脛に装備された巨大な鋸刃、そしてワニガメの嘴の様な顎部装甲と、極め付けに全身の装甲のエッジが効きまくっている。
「なにこれ。殺戮マシンか何か?」
「その通り、というべきでしょうね。超インファイターカスタムのエヴァンゲリオンだもの。最大の特徴は、全身の装甲がプログレッシヴ仕様な事ね。あらゆる肉弾戦闘に超振動による切断効果を付与することが可能なのよ」
「それで全身トゲトゲなワケね……これ、名前は?」
「エヴァンゲリオン
「ふーん。まぁ、いいわ。乗ってみる。でも全身のトゲしか武装がないのは流石に酷くない?」
「アスカならシンジ君みたいにATフィールドの応用でどうにでもするでしょう? それならリソースをシンプルな全身の武装に振り分けた方が良いという判断よ」
「なんちゅうパイロット頼り。……WILLEの資源不足、此処に極まれりね」
「否定はしないわ」
そう苦笑するリツコに対し、アスカは鼻を鳴らして同じく苦笑を返す。この14年、物資を掻き集めてきたのはL結界内で自由に活動出来るアスカ達エヴァンゲリオンパイロット達。今の発言は半ば自虐なのである。
それにむしろ、アスカ達はこの苦しい状況で3機ものエヴァンゲリオンを組み上げてみせたWILLEのスタッフ達に賞賛の念すら抱いている。
だが、敵の物量は文字通りの無尽蔵。魔術か呪術か超技術かは不明だが、1匹みたら30匹居るとでもいうかのようにポンポンとエヴァンゲリオン7号機を出撃させているNERVのやり口に対し、シンジの乗る2号機込みで4体というのはあまりに心もとない数であるのもまた事実。
「文字通りの多勢に無勢、その状況で敵の要塞に乗り込んでプライベートライアンごっこしなきゃってんだからやんなるわね全く」
「ライアン?」
「レイあんたねぇ、14年もあったんだから名作映画ぐらい見なさいよ。アタシとマリがGEOとTSUTAYAの在庫山盛り回収してきてたでしょうが」
「……命令違反で怒られてた時の?」
「そうそれ」
そうアスカに言われて一瞬思案するレイは、やはりプライベートライアンなる映画についてはさっぱり思い出せなかったものの、他の映画の心当たりを述べた。
「ミドリとサクラに誘われてアニメは色々観たわ」
「あー、懐かしいにゃ。2人ともアンパンマンの映画でめっちゃ泣いてたよね」
「ポケモンでも泣いてた」
「ちょ、やめてくださいよレイさんマリさん!? はっずい!」
姉貴分達の懐かしトークに唐突に思いっきり巻き込まれた北上ミドリが悲鳴をあげるその光景には、緊張感の欠片もない。その空気の中、ミサトは自身も苦笑しつつも、出撃予定を通達する。
「————また脱線してるわよ、まったく。……まぁ、過度な緊張がない様で何より。出撃は60分後、
「帰りは?」
「月の重力は地球の6分の1。エヴァンゲリオンが全力で跳べば『地球に落ちる』のは簡単よ。旗艦のエクセリヲンはともかく艦隊は無事とは思えないし、各自地球に帰投するパターンも考慮してちょうだい。もちろん、可能ならエクセリヲンで回収するけどね」
「……ライアンごっこのあとはガンダムごっこってわけね」
「アスカ、いつのまにそんなにオタクになったの?」
「アタシ達が拾ってくる映画とアニメとゲームぐらいしか娯楽がないのが悪いのよ。14年もコンテンツ産業が停滞してりゃあ既存作品を網羅して当然でしょ」
「まぁ、確かにまだまだ娯楽の生産が可能なほどの余力は無いけど。毎日仕事漬けの癖によくもまぁそれだけ観たわね」
「リリンと違ってアタシ達は夜が暇なのよ」
「————ミサト、あなたも結局脱線してるわよ」
「げ。ごみん……」
「まったく。最後はビシッと決めてちょうだいね」
「流石にそのメリハリはつけるわよ。————総員、第一種戦闘配置、パイロット各員はエヴァンゲリオンに搭乗し射出まで待機! NERVの妨害に備え主砲および副砲による警戒を厳に! 主機出力は臨界を維持! 事前計画通りエヴァンゲリオン各機はエクセリヲンによる操演とロケットブースターによって射出予定、作業担当者は今一度プロトコルの確認を!」
「「「————了解! 総員第一種戦闘配置!」」」
そう大きな声でミサトの指令に応えるスタッフ達の声が響く中、パイロット達はエヴァンゲリオン搭乗口へと足早に駆け出ていく。
斯くして、人類の存続を賭けた戦いは、新たな局面を迎えようとしていた。
リアルが盆と正月とセカンドインパクトとサードインパクトが一緒に来たような忙しさなので非常に不定期更新になります(なってます)