彼女はある不可思議な経験をしたと言い、蓮子に助けを求める。
そして蓮子は霊都京都へ再び舞い戻る。
もしもし。あ、蓮子?久しぶり!
私よ私、メリーよ!マエリベリー・ハーン!!
いやあーもう何年ぶりかしら?
蓮子卒業したら東京に戻ったじゃない?アレからだから……もう4年になるのかな。
夢美先生とかこの前会ったけれど、全然見た目変わってないの!比較物理学ってそういうアンチエイジング効果とかあるのかな?
…え?ああ…そうね。今回蓮子に電話したのには理由があるの。
蓮子も覚えてると思うんだけど、熊木佳奈って子。ほら、いっつも教室の端っこで本読んでたちょっと暗い感じの!
それでね、今回蓮子に相談したいのはその佳奈ちゃんの事なのよ。
大学を卒業した後、佳奈ちゃんは私の家の近くに住んでたからその後もよく顔を合わせてたの。
……まあ顔を合わせてた、って言ってもゴミ出しとかの必要最低限なイベント毎だけなんだけどね。
それで、1ヶ月くらい前…なのかな、佳奈ちゃんの様子がおかしくなったの。
どうおかしくなったのか、ってのを説明するのは難しいんだけど……。なんというか、人が変わった、って言えばいいのかな。どうにも様子が変なの。
扉を超えて臭いがするって事って今どきあると思う?それも……獣臭いというか。
部屋からは変な臭いがするって大家さんに連絡が行ったんだけど、出てくる気配が無いみたいで…それに周囲の部屋の人は出ていっちゃって……
それでね、凄い良くないことなんだけど……
佳奈ちゃんが捨てたゴミ袋を見てみたの。
そしたら何が入ってたと思う?
毛よ。
透明なはずのゴミ袋が黒く見えるくらいにギチギチに詰められた髪の毛が入ってたのよ。
大家さんにこんな事…言えないでしょ?
だからこういうオカルトに詳しい蓮子ならどうにかしてくれるんじゃないかな……って。
え!?来てくれるの?……今日の新幹線で!?うん、うん、わ、分かった…駅の西出口で待ってるね。それじゃあ…また後で!
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久しぶりの京都は冬に差し掛かっている事もあって、とても冷えていた。深夜になりつつある暗い空気は刺すように冷たい。
吐息が白く、薄くとけていく。
「うう……さむさむ…マフラー用意しといて良かった」
冷え込みを見込んで羽織っていた黒外套を深く着直し、強く吹き込んでくる北風に
メリーが待ち合わせ時間に数分遅れてやってくる。昔は私が遅刻しまくり待たせまくりだったんだっけかな……。
肩まで伸びている金髪に、ベージュのコートに身を包んだ女性がやってくる。
それがメリー。マエリベリー・ハーン。私の親友だ。
「お待たせ〜!待たせちゃったかな?」
「んーん、大丈夫」
「良かった…!さっきは声だけだったけれど、蓮子は昔とぜーんぜん変わってないのね!ちょっと…背が伸び…た?くらい?」
「む。人が気にしてることを……取り敢えず詳しい話を聞かせてよ。」
「う…………、うん。車で来てるから話はそこでしよっか」
メリーの方は大学生の頃から少し肉付きが良くなったようだ。彼氏が居ると聞いているし……幸せナンタラ、と言うやつだろうか。
しかし、『あの話』の話題を出した途端に彼女の顔は曇っていた。余程堪えているのだろう。が、情報が無い以上彼女には耐えてもらうしかない。
「……で。話なんだけど。」
「う、うん……。ゴミ袋に入ってた髪の毛なんだけど、佳奈ちゃんは黒髪じゃなくてどっちかというと濃い茶色なの。だから、あ、いや、髪の毛を染めたのかもしれないんだけどね?」
「…………本人のじゃない髪の毛を大量に捨てているかもしれない、って事?」
「……うん…」
「ふーむ…大量の本人のものでは無いかもしれない髪の毛に…獣臭い異臭…」
「なにか分かりそう?」
「………………心当たりは。取り敢えず現地を見て見ない事にはどうにも、かな。」
「…………そっか………実の所を言うとね?私もこの4日ほど他の所に泊まってて、今どうなってるか分からないの…」
駅から20分程走らせ、メリーの家と佳奈の家があるマンションに到着する。
なるほど、ある区画だけがすっぽりと静かに暗く人気が無くなっている。おそらくあそこが佳奈の家なのだろう。
フロアの掲示板には
「近頃刃物を持った不審者の情報が目撃されています」「305号室の入居者へ」「ゴミ出しの日程について」
など、雑多な連絡が貼り出されている。
エレベーターに乗って、3階で降り、佳奈の家へ近づいていく。
2つ隣の部屋に差し掛かった辺りで例の異臭が鼻腔を刺激する。
香辛料のような、服が汗で蒸れた後に発するあのツンとした臭い。
この臭いと、髪の毛。
「……よし。大体分かった。メリー!」
「ひゃい!ど、どうしたの?」
「今から言うもので用意出来るものを出来るだけ持ってきて。まだ佳奈ちゃんは引き戻せるよ。」
「引き…?それってどう」
「さっさとする!」
「は、はいっ!」
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「れ、蓮子……用意したよ…でもこれを何の為に…?」
「まあ、見てなさいって。」
メリーに用意させた
少し離れた位置で事が始まるのを待つ。
ポケットの中の「アレ」を指で弄びながら、メリーに少しながら説明をする。
「後は待つだけだし、ちょっと説明しようか。
おそらく熊木佳奈は『狐憑き』になったか『髪切り』に憑かれちゃったんだと思う。
判断材料としては『本人のものでは無い髪の毛』と『この異臭』。特にこの臭いは狐に特有のモノなのよ。
中国じゃこういう匂いを『狐臭』って言ったりするんだとか。
髪切りも狐によるものだっていう説もあるから、多分そっちの情報に汚染された狐に憑かれたんじゃないかな。」
「情報に…汚染される」
「そ。汚染。口裂け女ってあるでしょ?ワタシキレイー?ってやつ。
アレ、最初は撃退方法なんてのは存在しなかったのよ。出会ったらオシマイ、ってね。でも出会った先で全員殺しちゃってたら誰がその噂を流すんだ、って思わない?」
「…………だから、ポマード?」
「御明答。噂という情報から生まれた生物は、種として存続する為に弱体化される事を選んだってワケ。
もっと分かりやすく言うとウイルスと人間の関係性なんてのも似てるかもね。
致死性が高いと感染は広まらない。だから弱体化して、寄生主を殺さずに生き延びる。
この弱体化に当たるのが、『情報汚染』。まあ意図しない弱体化とかもあるから『汚染』なんだろうね。
こう言う話は情報遺伝子(ミーム)論、なんて呼ばれてたりするんだけど…ま、それは置いておいて。
……来たよ。」
佳奈の部屋の扉が開く。先の刺激臭が尚の事強くなり、目が沁みて開けておくのも一苦労な程になってくる。
扉の隙間から手が伸びる。
その手は
「良し、行くよ!」
「行くって……ええ!?」
油揚げが乗った皿を持つ腕を掴み、外に引きずりだし、まだ彼女がギリギリ人の身体を保っていた事に感謝しながら関節をきめ、床に押さえつける。
そこに居たのは人間大の大きさの『狐』だった。
手足と顔は毛に覆われ、頭頂には耳が、尾てい骨付近には尾先が白く染まった尻尾さえも生えている。
「メリー!足抑えといて!」
「う、うん!」
じたばたと暴れる佳奈の足を美雪に任せ、ポケットの「アレ」を取り出して吹き始める。
人には聞こえないが、動物には聞き取れる高周波の音を出す笛。
「
笛を吹けば吹くほど、佳奈の暴れ具合は酷くなっていく。
しかし、着実に佳奈の身体は狐から人の身体へと戻りつつあるようだ。
毛むくじゃらだった手足は素肌が見え始め、変質しつつあった頭部や臀部も人に戻りつつある。
その後10分程押さえつけていると、少し皮膚に毛が残る程度にまで人に戻り、佳奈も暴れ疲れたのか気を失っているようだった。
「…………ふう。峠は超えた…かな。
メリー、お疲れ様。多分佳奈ちゃんもこれで大丈夫だと思う。」
「はい。……………久しぶりに凄い体験しちゃった……」
メリーは放心してしまっているようだ。まあ無理もないだろう、こんなオカルトに関わるなんて宝くじに当たる確率より低いまであるのだ。
「呆けててもいいけど、今抜けた狐がアンタに憑いても知らないかんね」
「え!?!?」
「じょーだん。伏見かどっかに回収されてるでしょ」
「もー!蓮子の馬鹿!意地悪!貧乳!」
「うっせ。あと貧乳言うな幸せ太り。」
ポカポカと殴りつけてくるメリーを軽く無視しながら、事態が一段落した事に安堵のため息を軽く漏らすのであった。
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熊木佳奈に事情を聞いたところ、「趣味にしていた神社巡りの最中、山の中で狐と目が合ってから記憶が曖昧になってしまった」と言っていた。恐らくそこで「憑かれた」のだろう。
何度か意識が覚醒する時があったが、自分のものでは無い髪の毛のようなものが散乱している部屋に恐怖し、最初は捨てていたが、身体の変質(狐化?)に気づいてしまった後は現実逃避するようになってしまい、意識が戻ることもなくなっていったと言う話だった。
身体から狐を追い出したは良いが、まだ彼女と狐の
マンションはペット禁止の為、犬のぬいぐるみと猛犬注意のステッカーを持たせて狛犬代わりにさせることとなった。
メリーとはこの事件以降何度となく会うようになり、「秘封倶楽部」を再結成する運びとなるのだが……それはまた別のお話。