テラにて空を仰ぐ   作:Kokomo

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※今回はシリアス濃い目です。


清濁併せ呑む

 

 

 熊耳が生えた烏合の衆が、無機質なアナウンスに寄せられるかのように蠢く。かつて、龍門の外部検疫所に、これ程人が集まったことがあるだろうか。

 思わず立ち眩みを起こしてしまいそうな光景に独り暗がりで頭を抱えた。今日は本当に厄日かもしれない。不安を煽る様な中途半端の原作知識。ハスターには意味深なこと一方的に言われ、危うく脳くちゅされそうになった。しまいには龍門が天災の影響で止まっていることを知らなかった。お陰さまで読みは外れ、第五検疫所の方が盛り上がってるときた。

 

「帰ろう」

 

 こんな場所に独り取り残されるなんて冗談じゃない。俺は逃げるぞ――ん?

 帰ろうと右手に顔を向けた時のこと。たまたまというべきか、人混みの穴を縫うように射線が通った。最初は黒一色だけが見えて、警備隊の頭かと思っていた。だがそれが妙におかしい事に気が付く。警備隊のバイザーにしては変というかなんというか、違和感しかない。よくよく目を凝らしてみればフードを被っていることが分かった。

 ふむ。ただの黒フルフェイス不審者か。これだけ人がいるのだから不審者が一人いたって…………待てよ、フルフェイスの不審者? もう一度目を凝らすと――。

 

「――――!!」

 

 不審者はビクリと震え、此方に顔を固定した。

 蠢く群衆が止まり、自分の景色が一切凍った。

 すべての雑音が消え去る。

 唯一色を保ったドクターと見つめ合う二人だけの世界。

 ああ、動悸が早くなるの感じる。酒をリバースしてキラキラと輝かせるほどロマンチックな出会いだ。

 

 熱い視線を交わすながら、俺は一歩下がる。ゲロる為ではない。視線には幾つにも意味があって、ドクターにこっちに近付くなという威嚇を――って、おい。俺の熱い視線を無視して死亡フラグ(ドクター)が待ってましたといわんばかりに走ってくる。これは不味い。ドクターの予想外の行動は確実に今後左右する筈。そんな存在と接触しないために、出来る行動は一つしかない。暗がりから飛び出し、群衆の中へ身を投じる。四方八方に聳え立つ肉壁で自分の姿を隠しながら周囲を覗う。ドクターの姿は確認できない。熱苦しい空間で胸を撫で下ろし溜め息をついた。

 

「えっ、クリープ?」

 

 近くから誰かの呟きが聞こえた。顔を上げれば見知らぬウルサス人が俺を凝視するかのように、目を大きくさせていた。おい、その珍獣を見たみたいな反応はなんなんだ。そう声を掛けようとした瞬間、零れた雫が波紋を広めるように周りがざわめき、俺から人が離れてく。いや、なんでよ。君らさっきまで暴言吐きながら並んでただろ。日本人みたいな譲り合いの精神なんて無かっただろ。

 だがそんなことで取り乱してる暇はない。今の状態では再びドクターに発見されるかも知れない。それは非常に避けたい最悪の事態だ。取り敢えず、居場所がバレてしまう前に移動するか。

 そう考え、足を一歩踏出す。並んでいた人々が道をゆずる様にどいてく。狭まった視界はどんどんと開け、モーセの海割のような光景に一瞬だけ興奮した。いや、そうじゃないんだよ。道を開けなくて良いから、俺も集団の仲間に入れてくれ。声を大にして叫びたかったがそれを堪え、集団の外へ向け歩き出す。だが運が悪く、目の前で取っ組み合いが始まった。熱狂する取っ組み合いに周りの人々が離れ、野次を飛ばし始める。

 

「離せ!! 離せ!! 俺が何をしたっていうんだ!!」

 

 俺の気持ちを代弁するかの様に叫んだ青年と共に抵抗する人々。そしてそれを強制的に押さえつけた龍門近衛局警備員達。お陰さまで俺まで注目されそうな程に目だって仕方ない。

 

「ええい! 黙って従え!」

「俺達は怪物なんかじゃ――――」

 

 騒いでた彼らが俺を見た。自意識過剰かと考え、一瞬だけ後を振り返る。俺が通った後はぽっかりと穴が開いていて誰もいない。

 

「く、くりーぷ、さん......」

 

 そう震えた言葉を吐いたのは一体どちらだろうか。さっきまで熱気が一気に氷点下。こんな気圧で頭痛を起こさない奴は居ないだろう。目の前に立ち塞がる図体がでかい近衛局隊員に視線をやるも、びくびくと震えるだけ。うん。その気持ち分かるよ。俺だって胃がキリキリしてるもん。ドクターから逃げたいだけなのに目の前でストリートファイターが始まったのだから。だが、人はそんな状況でも進まなければならない時がある。死神から逃れるためにはなりふり構ってられないのだ。

 

「ふー。なあ、ちょっとそこからどいてくれ。今はこんなことをやってる暇が無いのはお互い様だろ?」

 

 自分でも驚くほど言葉はすんなりと出てきた。後は隊員達が退いてくれるかどうか。

 

「は、はい! 申し訳ありません! おい、速く立て――」

 

 へたり込んだ青年や感染者を引きずったり、拘束したり......そうじゃないんだよ。君ら自分の面積と体積を考えろよ。君達が退けば全部解決するんだぞ。ちょっとだけアホというか。何ともいえない気持ちになりながらも、隊員達に声を掛ける。

 

「――おい、俺は(図体がデカイ)お前らに(どいて欲しいって)言ったんだぞ。そこのウルサス人達に言ったわけじゃない。意味、分かるよな?」

 

 決して、悪口を言いたいわけじゃないので含みを持たせて遠回しに伝える。すると隊員達は黒いバイザーで俺を見つめてくる。正直、ドクターが脳裏にちらついて胃に悪いからやめて欲しい。そんな俺の願いが通じたのか隊員達が一斉に散り、再び静かになる。さすが公務員。動きが早い。そのまま進もうと思ったが一旦止まって青年に声を掛ける。

 

「ほら、しっかり並ぶんだぞ。分かったか」

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 うん。元気そうで羨ましいよ。頬をりんごみたいに染めた青年は遠くに走っていく。ある程度彼の背中が見えなくなった後、俺は反対方向に進む。群集はまたもや俺から離れるように静かに蠢いて道を作る。居心地の悪さとキリキリとする胃。速く帰ろう。そう決意した時、目の前に奴が現れた。

 割れた先に見えるは主人公。尻餅をついたドクター......。後に逃げようかと思ったが、もう完全に鉢合わせってしまった訳で。今、ここから逃げたら真っ黒フルフェイス不審者に怪しまれる。どう考えたってドクターの方が怪しい格好なのにとんだ理不尽だ。だが出会ってしまったものは仕方ない。もう諦めたというのもあるが。気持ちを切り替え、ドクターに近づく。

 

「大丈夫か? こんな中心で尻餅なんてついてたら、その身体じゃ大変だろ」

 

 手を差し出す。反応は無い、と思ったが頷いてすんなりと手を握ってきた。これは以外。いらないと跳ね除けられるか無視されると思っていたが。いや、そっちの対応の方がありがたかったわ。

 

「ほら、しっかり掴まれよ」

 

 強く握られ、手袋特有の手触りと冷たさが伝わってくる。

 満月の夜と星空。

 そして穏やかな風。

 ふと、名前を知らない彼女の姿が、泡のように思い浮かぶ。

 いつもいつも窓枠に傷を刻む、苦手で、美しくて、可笑しな人魚。

 ああ、まったく関係ないがそんな彼女も手袋をつけていたな、と――――

 

「ドクター! 大丈夫ですか!」

 

 奇妙な考えはドクターの後から走ってきたロバ耳の少女によって掻き消された。ドクターは「アーミヤか、大丈夫だ」とくぐもった声で一言。

 

「あ、あの。貴方は……」

 

 アーミヤの碧眼が此方を向いた。きっと場違いな考えなんだろうがこの娘がヒロインだったりするのだろうか? いや、無いよな。それだとドクターが不審者から犯罪者にジョブチェンジだ。

 あー、案外、愛があれば許されるみたいな展開になりそうな気もする。『アークナイツ』って、世界観のせいでプレイヤーの心を抉るか、性癖を歪めるのかの二択だった気がするし。

 うん。やはり俺の原作知識は何も当てにならんな。自分の記憶の引き出しに一頻りの絶望味わった後、自己紹介をしようとアーミヤに声を掛けた。

 

「ああ、悪い悪い。自己紹介がまだだったな。俺は――」

「貴様がなぜここにいるんだ!」

 

 予定調和と言わんばかりに飛び出してきた龍門近衛局のチェン。彼女の眉間もモーセの海渡りの......これ以上はやめとこ。真面目に言い訳を考えよう。

 

「チェン、俺だって来たくなかったさ。ただ、ほら。一応、個人契約でウェイ長官に雇われてるからな。それに客人を歓迎しないってのは失礼だろ? そんなことしたらフミヅキさんにどやされるからな」

 

 取り敢えず、それらしい言葉を機械的に並べたが真っ赤な嘘しかない。こんな死亡フラグの権化みたいな存在を歓迎したくないし関わりたくない。原作知識を完全に忘れてるならともかく、中途半端な記憶のせいで不安が煽られて仕方ない。まぁ、接触してしまったからには仲良くしといた方がまだマシ、だと思いたい。

 

「ああ、俺の名前はクリープ。パラベラム・クリープだ。好きなように呼んでくれ。短い間だがよろしくな。ロドス・アイランドさん」

 

 

 怪しむように、不機嫌だと言わんばかりにチェンの赤眼に射抜かれた。ふふふ。残念だったな。普段の俺だったら怯えていたが、目の前で無言の圧を掛けてくるドクターの方が怖いんだよ。この未知の存在が。何よりも気がかりな点が一つあるし。

 

「はあぁぁ。もういい。クリープ、お前がこの場に現れたということは“そういうこと”と捉えて良いんだな?」

「ん?」

 

 そういう事とはどういうことか。思わず変な声を出してしまったが、チェンとドクター達は気にした様子無く自己紹介を始めた。この隙に逃げてしまおうと考えたが、無理があるよなぁ。

 横や後ろを見渡せば周りを囲むように直立している近衛局重装兵。黒曜石のように輝く盾とアーツ仕込みの警棒。しっかりと整備が行き届いてる辺り、抜かりが無いな。まさかまさか、ロドス・アイランドを迎えるためにこの数の兵を出してきたのか? もしかしてだが、ウェイ長官はロドスの戦力、もしくはチェルノボーグで何が起こったか知ってるのだろうか。だとしたら納得がいく……あれ。どっちにしろ、ウェイ長官がそんな対応をするなんて、大事じゃないか。

 

「おい、貴様も来るんだろ。速く来い」

 

 一方的に言い放ったチェンは群集を掻き分け進んでく。その背中にはドクターが付いてく。ふむ。このタイミングで離脱という形で姿を眩ませれば何とかなるかもしれない。良し。今度こそ逃げるか。

 

「あの、クリープさんは来ないのですか?」

「――ア、付いてきます」

 

 ついつい反射条件で背後から叩いて来た声に答えてしまった。誰か確認するため、後を向けば純粋無垢な笑顔で見上げてくるアーミヤ......え。なんで俺のマウント取って悪魔ムーブかましてくれてんだ? 君はドクターと二人三脚で仲良しこよし。もっとヒロインムーブをドクターの傍でかまして来いよ。君が取るべきは俺のマウントじゃなくてドクターとの籍と休暇、そして新婚旅行だろ。

 俺はドクターとアーミヤ、そしてチェンの間でサンドウィッチなんて嫌なんだ。そんなの死亡フラグが脹れあがるだけだろ。

 

「そうですか。じゃあ、行きましょうか。私は後から付いてきますから」

 

 にこやかな少女の口から飛び出した死刑判決。

 

「ソウカイ」

 

 群集の向こう、チェン達の背中を追うため歩き始める。嗚呼、これが斬首台に向かう囚人の気持ちか。周りに居る黒い重装兵に囲まれ、大衆に囲まれ、死神に捕まった。

 アナウンスの無機質な音に顔を上げる。

 真っ先に写り込むは澄み渡る、落ちてきてしまいそうな青い月。

 冷たい外気は都市の光源に当てられ鏡のように熱気を写す。

 

 

 

 人生って、上手く行かないぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 かれこれお通夜状態のドクター達に同伴すること二十分。シンクの様に輝くオフィス外を超えて艶やかなビルに足を踏み入れた。金と赤の装飾飾られた空間に、湖面の様な床。もはや建物自体が芸術作品といっても過言ではない。が、それを躊躇い無く踏みつけ先行するチェンとアーミヤ、そしてそこに挟まるドクター。彼女らの背中を視界に、俺は一歩後から存在を消そうと尽力していた。今の気持ちを例えるなら独りはぶられた遠足。少し違う所は悲しいことにこれが一番の、せめてもの抵抗だということ。いやー、なんとかアーミヤの拘束を振りほどいたというのに、この敗北感は何だろうか。

 

「チェンさん、クリープさんが「あれは気にするな。奴の職業状仕方ないことだ」......はい」

 

 たまに振り向いたりする悪魔達は無自覚に、的確に、俺の心を抉ってくる。特に、たまに振り返ってくるドクターが心臓にも胃にも悪い。

 一応、ある程度の原作知識のお陰で発狂を抑えられてるが、目の前にいるドクターにゲームのドクターが当てはまるとは限らない。ただ、ドクターという存在は間違えなくこの世界で意味がある......いや、この考えは辞めたほうがいいか。この世界がゲームかなんてどうでもいいこと。大事なのはドクターが俺にとって主要人物であって――――待てよ、主要人物。もしかして俺ってだいぶ前からやらかしてないか?

 

「さて、着いたぞ。どうぞこちらへ」

 

 ――――何時の間にか着いてしまった。ドクター達は俺を置いて室内へと入って行く。そんな彼女達の背中を見送っ――――

 

「貴様も速く来い」

「ハイ」

 

 ああ、やっぱり俺も入らなきゃ駄目なんですね。諦めて赤い絨毯を踏む。何時もと違ってシャングリラが煙に揺らめいていない。鼻に感じるむず痒さに戸惑ったが、それはそれで良いかと部屋に入った。

 

「来たか、パラベラム」

 

 ウェイ長官の暢気な声色に違和感を覚える。この声は完全に接客モード。龍門に客を迎えた時の声だ。だが気がかりなことがもう一つ。何だか聞き覚えのある声が紛れ込んでる気がする。具体的に言えばアーミヤ達が会話している相手。ドクターが壁になって見えないが、ドクターの頭から生えたように白い耳が見えた。

 

「君も此処に座りたまえ。ついさっきまで君の話で彼女と花を咲かせていた所だ」

 

 彼女? いや、まさかな。そんな訳無い。一種の願望めいた渦を胸に、確かめるためドクター達に近づく。少しずつ、無地の白い生地がドクターの横から伸び、それが白衣であると気が付いた。近づけば近づくほど嫌な物が見えてくる。そして、彼女と目が合った。不変のエメラルド。彼女の翠眼はエメラルドのように輝いて、一瞬で砕けた。

 

「「......」」

 

 静かな空間。彼女は一言も話さず、ただただ翠眼で見つめてくる。居心地が悪い。

 

「んっんっ。まぁ、掛けてくれ。一緒にケルシー君の解説を聞こうじゃないか」

 

 珍しく空気を読んだウェイ長官が助け舟を出してくれた。と思っていたが、この人が話題を振ってきたよな。話題に上がった俺の話で花を咲かせといて、本人がその場に来たら豪華な客室は氷河期を迎えるなんて笑えない。新手のいじめか? お陰でドクターは震えてるし、アーミヤは戸惑ってるし凄いカオスだよ。外相交渉で培ったお得意のお世辞でもっとマシな助け舟を出してくれよ。

 そんな意味合いを込めてウェイ長官に視線を投げるも、当の本人は何処吹く風。一瞬殴り飛ばそうかと迷ったが、殴っても仕方が無いので溜め息をついた。

 

「ッ! 君は座らないのか......その、クリープ......」

 

 ケルシーの声に顔を上げる。ドクター達とウェイ長官はとっくに座っていて、チェンはウェイ長官の傍に立っていた。

 

「俺は立ってるさ。今回は付き添いみたいなもんだからな」

「そ、そうか......すまない」

 

 あれ、おっかしいな。部屋の空気も可笑しいし、仏頂面背中露出系若作りさんの様子がたどたどしい。助けを求めるため横に居たチェンを見るも彼女は微動だにしない。頼りにならないと判断してドクター達にも視線を飛ばすが彼女らも何だか変だ。具体的に言うなら、俺のことをDV男のように見る目だ。すると、ウェイ長官が此方を向いた。

 

「ふむ。パラベラムがいるとケルシー君は話しづらいようだ。どれ、パラベラムは一旦部屋から出て「いえ、その必要はないです。私がこれから説明することに彼はなんら関与していません......これはただ、私個人の私情なのでお気になさらず」そうか」

 

 更に冷え込んだ空気。まるで俺が悪いみたいじゃないか。仕方ないので席には座らず、壁の端に寄りかかって腕を組み目を瞑る。あのまま部屋を出たかったな。

 

「さて、ケルシー君の見解を――」

「――はい。龍門は――」

 

 ウェイ長官とケルシーの話を子守唄に放棄していた考えを再び呼び起こし、整理する。ロドス・アイランドにケルシーが居ることによって嫌な予感に信憑性が増してきた。

 主要人物。これには間違いなドクターで、いわば視点となる人物。当然ドクターが所属しているロドスという組織、そしてアーミヤも重要な鍵になるのは間違えない。そんな奴らが龍門に来るんだから、此処が舞台になることは予想できた。ただ、盲点が一つあった。それが主要人物。いや、正しくは登場人物か。ああ、なぜこんなことを忘れてたのか。ロドスが関わっていく人々はすなわち原作上重要人物といっても過言ではない。それがこの生きた世界で適用されるか疑問だが、もしそうなら。そこで話し合いを行っているウェイ長官やケルシー。そしてチェンは間違いなくアークナイツでキャラとして登場してる筈。

 さて、そんな重要な彼女らの存在。そんな存在と長年関わってきた俺は昔から原作に脚を突っ込んでいたといっても過言ではない。これは非常に宜しくない。一体いつから原作に影響を及ぼしてるかはわからないし、原作改変が起きてるかもしれない。それが誤差の範囲で留まるなら良いが、生憎中途半端な原作知識のせいで判断材料が一切ない。

 となるとだ。俺が関わってきた仕事、もしくは今まで築き上げた交友(?)関係のせいで確実に原作が変わっている事がある筈。普段なら、俺程度が関わったって影響はないだろ、と楽観視出来たが、ケルシーのせいでそうとは行かなくなった。あー。俺の過去はやらかしに始まってやらかしに終わってるからなぁ。ライン生命ラボトリー、カジュミエーシェの商業団体、公証人役場、ファイヤーウォッチ.......。上げたらキリが無い。今は無きチェルノボーグが間違いなく関わっているのは分かるが、俺の行動で何かしらかけ変わった結果なのか。なんだか吐き気がしてきた。チェルノボーグには嫌な思い出しかないってのに。

 

「――パラベラム、君はどう思う」

 

 何が? なんて言える空気ではないので取り敢えず便利な言葉を。

 

「どうっていったてなぁ。良いんじゃないか? 決めるのはウェイ長官やリーさん。俺やペンギン急便の仕事じゃない」

 

 困った時は丸投げに限る。この回答をしとけば百パーセント何とかなる(その場は)。

 

「君もそうか。龍門がこの『値段』に対し妥当だと承認する条件は二つ。何簡単だ」

 

 キセルを吹かして、足を組み直したウェイ長官。今更だが、俺は回答を間違ったのかも知れない。全く話が分かんないけど。

 

「一つ、龍門に対するレユニオンの脅威を近衛局と協力して全面的に排除すること。チェルノボーグからのもそうだがすでに龍門の内部に潜伏してる連中も含む。さらに感染者の潜伏に関して有用な情報を手にしたらいかなるものであっても龍門に共有すること」

 

 何だろう。凄く怖いこと聞いた気がする。

 

「――では、二つ目の条件は何でしょうか?」

 

 ケルシーさんや、ケルシーさんや。ちらちらとこっちを見つめないでおくれ。君のキャラ崩壊が激しくてゲシュタルト崩壊が止まらないんだ。

 

「二つ目はこの体勢での初任務を終えてから伝えよう。もちろん、私の要求はロドスの能力範疇や業務内容から逸脱するものではない」

 

 なんだか重苦しい空気になってきた。彼らは話し合いに集中してるようだし、今の内に帰るか。俺が居なくても大丈夫そうだし。影と存在感を極力薄くして部屋の扉をそっと開けた。そして隙間から縫うように部屋から出る。

 ああ、あの重圧感からの解放は心地が良い。首の皮が一枚繋がった気分は本当に最高だ。湖面の様な床を早足で歩く。普段の生活がいかに贅沢かという事が良く分かる。このまま帰って風呂にでも――

 

「クリープ、待ってくれ」

 

 振り向けばケルシーが立っていた。

 

「話がある。付いてきて欲しい」

 

 よそよそしく、何処か落ち着きがない彼女。本当なら付いていきたくないが致し方ない。彼女に返事を飛ばし、露になっている背中を追う。しばらく長い廊下を渡って非常階段を上り屋上に出た。風が強く吹きつける中、彼女はどんどんと進み中央に立って、都市の光を背景に此方に振り返った。

 

「まずは此処まで付いてきてくれたことに感謝する。そして、すまなかった」

 

 頭を下げ、謝罪の言葉を述べたケルシー......正直なところ、こんな事だろうと予想はしてたが、まぁ。

 

「そうかい。用件はそれだけか?」

「......これは自己満足にしか当たらない行為だとは理解してる。だから君には私を恨む権利がある。私は彼らの未来には破滅しか――「もう良い。その話はお前が悪いわけじゃないだろ」」

 

 彼女の話を遮って、自分の懐からタバコとマッチを取り出す。赤い火を灯して煙を煽る。風に流されあっという間に夜空へと消えてしまう香り。ケルシーを尻目にただ淡々と吸っていると、彼女から声を掛けてきた。

 

「以前は散々口煩く彼に注意していたのに今は君もそれを吸っているんだな」

「ああ。くっそ不味いけどな。肺にも悪くて味も悪いが、嫌なわけじゃない。少しだけ、少しだけだが、あの酔狂な研究者が考えてた事が分かる気がするからな」

 

 赤い炎が突風によって点滅する。暖かくて、煙臭い小さな焔。何時にもまして、美しく見えた。だがそれも一瞬で消えてしまう。タバコの骸をポケット灰皿に押しつぶして懐に仕舞った。彼女のエメラルドに焦点を当て、ただ見つめ返す。

 

「......私の興味本位だが彼は、彼らは最後になんと言っていた」

「ありがとう。その一言だけさ」

「そうか。そうだったのか」

 

 彼女は腰に手を当て、少しだけ肩を下げた。ああ、これだから会いたくなかった。どうしてそんな姿を見せられなきゃならんのだ。

 

「だから、女医のお前が十字架背負って生きる必要は無い。むしろ、俺が背負って生きてくべき物だからな」

 

 俺が言った言葉に彼女は激しく否定してきた。何度も何度も、理屈のような詭弁を並べて、何度も何度も。彼女の声は屋上に響く風の音と都市の雑音によって遠くなったり、近くなったり。ただただ、揺れているエメラルドを見つめていると、彼女が近寄ってきた。

 

「だから、すまない。本当にすまない。私のせいで君の手を罪過で汚してしまった」

 

 右の肘を自分自身で握り締め、顔を逸らさない。本当に悔いているのだろうし、ケルシーの言いたいことは良く分かる。だが――

 

「――言っただろ。お前が気に病む必要は無いって。俺の手は元から汚れてたし、あれは俺が選んだことだ。アイツの助手としてじゃなくて、トランスポーターである俺としてだ」

 

 それ以上何も言わせまいと、彼女を睨みつけ威嚇する。

 

「良いか? 俺の仕事で唯一絶対に終始一貫してることがある。裏社会で生きてくには沢山の掟があるが俺が守ってきたのはこれだけだ。受けたクライアントの依頼は絶対に守る。受けた以上、例えどんなものであろうと絶対にな」

 

 それだけを言い残して、非常階段に向かう。後からは何も聞こえず、耳にこびり付いた都市の残響音。口の中にはタバコの苦味が微かに残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、行っちゃった。大丈夫かな」

 

 黄色いエプロンを纏った店主は古い傷が出来たカウンターを触手でひとなでした。それから店主はジョッキを手に取り、店奥の暗闇に向かって陽気に話しかける。

 

「おーい。君も飲むかい。ずっと聞いてただろ? 彼が飲んだ――」

 

 店主が言い終わる前に暗闇から水弾が飛んでくる。それは店主の頬を掠め、店の壁に穴を開けた。余りの速さに驚いた店主は口笛を一つ吹き笑い転げ始めた。そんな中、店の奥からは足音が響いてくる。暗闇から出てきたのは肌が白い女性。目は赤く、長い髪は薄藤色。耳につけたアクセサリが風に揺れて音を立てた。

 

「ごめんあそばせ。手が滑ってしまいましたの。だから、暫く黙っていてくれないかしら。危うくこの切っ先で貴方を切り裂いてしまいそうですから」

「はははは、さてはこの僕に彼のファーストキスを奪われて怒ってるのかい? いやー、まさかこんなミミズのゲテモノに奪われるなんて彼も波乱万丈な人生だよね!」

 

 彼女の警告を気にせず、煽っていく店主。それに対して女性は舌打ちを返すだけだ。

 

「え、まさかほんとにそれだけ? マジかよ」

 

 店主は触手でジョッキを持ったまま両肩を抱きしめて女性から距離を取る。

 

「遺言はそれだけ?」

「ジョークだよ、ジョーク。ハスタージョーク。それよりもだ、聞いただろ? 彼の話を」

 

 女性はその一言に眉を上げ、武器を壁に掛けた。

 

「ええ。そうね」

「君は本当に彼を助ける気かい? 彼は害悪でしかない存在だ。どう足掻いたって周りを巻き込み、不幸をもたらす。まさに天災、悪逆非道。君が此処に居るのも彼の影響だ。それでも、助ける覚悟はあるのかい?」

 

 店主の問いは部屋に響き渡る。床が振るえ、吹き抜ける突風がが駆け巡った。それに対して女性は壁に身体を預け、嵐が吹く中、ただ目を閉じている。風の勢いが弱まってきた頃、彼女は漸く瞼を上げた。彼女は自分の得物を握り締め、赤い瞳で嵐を睨む。

 

「もちろん。彼に約束したもの。アビサルハンターとしてではなく、一固体の感情で」

 

 彼女は言葉を吐き出し、嵐に得物を振るった。空気を切り裂き、流れを切り裂き、嵐を断つ。静寂を取り戻した店内で、女性は赤い瞳を光らせながら言葉を紡いだ。

 

「例え何があっても絶対に逃がさない。この誓いに一切の嘘も後悔もありません」

「あー。そっか。君は元から彼に気が付いていたのか。そういえば、君が彼の怪我を唯一見たことがあるんだっけ。ああ、道理で落ち着いてる訳だ」

 

 店主はジョッキを放り投げ、触手で顎を掻き始めた。その様子に反応することなく女性は店主の横を通る。そして、店主に一瞬だけ女性が振り返る。

 

「それと私がここにいるのは自分の意思でしてよ? 勘違いしないことです」

 

 女性はそれだけ言い残すと、水しぶきと共に部屋から消え去える。

 

「なるほどなるほど。彼女は人魚でも怪物でもなく、ただ恋をした乙女、と。そんな年齢じゃないと思うんだけどなぁ~。まぁ、結局のところ彼女にとっての天災はただの救いの雨だったか、それとも僕のジョークのボキャブラリーが良くなかった、か」

 

 店主は放り投げたジョッキを、今度は人の手で拾った。

 

「矛盾していて、壊滅的で、愚かで、失敗を繰り返すバグの多い生き物だ。だっけ。つくずく理解できない生き方だ」

 

 ジョッキを天高く掲げ、笑顔の仮面をを剥がした。

 

「君達に、人間として生きてる君にちょっとだけ、祝福がありますように。乾杯」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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