粉雪は頬に舞い降りて。
いつまでも、あなたと。
そんな、雪の日。
駆け抜ける。雪の街を。
鈴まで鳴らしている自分がちょっと笑える。
まさかサンタクロースでもあるまいし、クリスマスイブの夜に何をやっているんだろう。
それでも、走る。私のために、そして――大喜くんのために。
今年のクリスマスイブは平日ではあるけど、一応冬休みにかかっている。そしてこの時期、部活もお休み。
そうなると人間、余計な事を考えるものだ。
渚が何を思ったか妙な気を回し、クリスマスイブに合コンを開くという暴挙に出た。
どう考えたって、地獄絵図ではないか。わざわざ売れ残りが集まって傷を舐めあうイベントなんか、誰が喜ぶんだ。
とは言え。日頃付き合いの悪さをやいのやいの言われる私としても、親友の頼みを無下に断るわけにもいかない。
バスケに集中したいからオトコノコには興味ありません、と言い切れないのも私の悪い所だ。
まあ、興味が無くはない。バスケの為に居候させて頂いている身として、常にバスケで結果を出し続けなければならないが、私だってお年頃ですからね。……その辺は渚も分かっているから、誘ってきたんだろうけど。
思案を巡らせながら、ふと思う。大喜くん、連れてってみようか。可愛いし、渚たちにも受けが良さそうだ。
でも、なあ。合コン一緒に行こうよ、とは言いづらい。それにあれこれ関係を突っ込まれると困るか。
「大喜くん、さ。クリスマスイブってなにかする?」
とりあえず探りをいれようと尋ねると、思った以上に大喜くんは狼狽えた顔をする。
ぬう。これはまさか蝶野さん辺りと、おデートかな? おねーさんちょっと気になるなー。
「え、あー……別、に」
「ふー……ん」
大喜くんは、嘘が下手だ。素直で裏表がなくて、おバカさんだから。何かあるのは確かだけど、まあ追求はしないでおくか。その辺の線引きは必要だろうし。
「私は夕方から、ちょっと出掛けてくるよ。渚に誘われてさ」
合コンです、とは言わない。言う必要もないだろうし。
その時ちょっとだけ大喜くんが、寂しそうな顔をした気がしたけれど。私は気づかないフリをした。
何しに行ったかと聞かれたら、タダ飯を食いにいったと答えるだろう。結論を言えば、そんな感じだった。
まあ、ね。こんな直前になって悪あがきしてるようなのが、ろくなもんじゃないのは明らかだ。義理合コンなんかそんなもんだけどさ。
しかし何時間も愛想笑いし過ぎて、顔が攣りそうだ。これは貸しにしておこう、覚えてなさい渚め。
こんなことなら、断って猪股家にいれば良かった。大人たちはそれぞれの用事でイブは留守だけど、クリスマス当日は居る筈だし。大喜くんと二人でクリスマスの準備して過ごすのも手だったか。
――はて。何か、忘れている気がする。
クリスマスイブの夜空を、雪が舞い降り。街を白く染めていく中で、記憶を手繰っていく。
そう言えば、何かあったような。
クリスマス関連で、何か。
上手く思い出せないまま、渚たちと別れて歩き出す。
そうだ、あれは――。
「クリスマス? ああ、そう言えばもうじきだね」
小さい頃はケーキとプレゼントを楽しみにする可愛い子供だった私だけれど、いつしか興味を失ってしまった。
とりたてて変わらない、冬の或る一日としか思わなくなって久しい。
親も忙しいし、まあケーキやチキンはあるしプレゼントも貰うがそこまで楽しみでもない。
サンタクロースは良い子の所ではなく良い所の子に来る、とか思うようになったり。
要するに、私はひねくれた育ち方をしたわけだ。
だから別にどうということの無い、日々の雑談の一つでしかなかった。
だから、聞き流してしまった。その言葉を。
走る、走る、走る。
バッグに着けたチャームが音を立て、鈴を鳴らして走るトナカイのようだ。
無理をしたヒールはただでさえ動きにくいのに、これで雪道を走るなんて。
まったく、バカか私は。バカだ私は、本当に。
何で忘れてたのか、そしてなぜ私が忘れていると指摘しないのか。
やっぱり大喜くんは、バカだ。言えば良いのに、大バカだ。
確かにあのとき、大喜くんは言ったのだ。
クリスマスイブに、――。
ああ、何処だったか。何時だったか。まったく、思い出せやしない。
メールもLINEも反応がない、こっちから探すしかないのに。
どうして私はこうなんだ。
人の気持ちなんか考えもしないで。外面だけ良くて。期待にだけは応えて。
本当に大事なことは、すべて取り零す。
そんな所だけ、子供のままだ。そんな所だけ、私のままだ。
どうせ間に合わなくても、可能な限り急げ。
どうせ分からないなら、全ての場所を駆け回れ。
それ以外になにも出来ないなら、せめて足掻け。
心当たりを蝨潰しに駆け回り、そして辿り着いたのは。
私たちの、きっと最初の思い出の場所。英明学園、体育館。
灯りも付いていない冷えきった場所に、小さな影がポツンと見える。
――まったく。
「バカみたいに突っ走る前に、何か言いなさい」
こっちが約束を忘れた癖に、まるで怒るような口調になってしまう。でも、大喜くんは愚直すぎるから。
私が忘れていると分かったなら言えばいいし、来ないとわかっているなら待たなければいい。私が思い出してやって来る、なんて何故思えたんだろうか。
言わなきゃ、伝わらないから。私は鈍くて、子供なんだから。
私はきっと、良い先輩じゃない。良い同居人でもない。でも大喜くんは良い後輩で、良い同居人だ。
だから、そう。
泣きそうな顔の大喜くんを、抱き締める。冷たい手を、震える肩を。慈しむように、抱き締める。
きっと、色々と予定を考えてくれたんだろう。でももう、それを実行する時間はなさそうだから。
せめて、これだけは――してあげよう。
冷えきった、その唇に。私の唇を、押し当てる。
ほんの短いキスは、でも私の想い。大喜くんがどう解釈するかは、分からないけれど。
「ごめんね。さぁ――帰ろうか」
私たちは揃ってボロボロだ。帰って、そして休もう。
奇跡が起こるという夜の中、手を繋いで。白く輝く雪の華に見送られ、私たちは歩いていく。
来年は二人で、ちゃんとしたクリスマスを迎えられますように。
もうじき生誕の刻限を迎える、神の子へと願いを飛ばす。叶うかどうかは、わからないけど。