心はやはり、見えないから。
その裏側も、見えることはない。
だから。知りたい。
どうすれば、良かったのか。
先輩は、言ったのだ。忘れよう、と。もうあんなことは起こさない、と。
なにも言えず、俺は受け入れるしかなかった。買い物帰りの道端だし、アイス買ったし。ここで長話は出来ないから。
でも、ずるいと思ってしまった。まるで俺の気持ちを察した上で、敢えて牽制してきた気がした。
とは言え、だ。先輩の言うことは、分からないでもない。と言うか、当然だ。
先輩と俺は、姉弟みたいな距離ではあるけれど。家族では、ない。期限つきの同居人であり、俺の家は夢を果たすための借宿でしかない。
もし、先輩に近づきすぎたら。いずれ来る別れの時が、耐えがたいほどに辛くなるだろう。
それに万が一、億が一――俺が先輩を、そういう対象としてしまったなら。
気まずいどころか、恐ろしい事態になる。
もしも、もしもそれで済まなかったならば。先輩が、取り返しのつかない状態になってしまったら。
俺たちは、揃って破滅する。
そうならない為には、節制が必要だ。それは、分かるんだ。
俺の不満感は、ただのワガママでしかない。一方的に言われて、拗ねているだけなんだろう。
でも、それが辛い。苦しい。
あの日、俺は夏風邪を拗らせて動けなくなって。何一つ成し遂げられないままでいる自分への嫌悪ばかりが膨らんで、押し潰されていた。そんな俺に、先輩は優しい言葉をくれたんだ。お疲れさま、と言ってくれた。小さな言葉だけど、報われた気がした。
そして「病人は静かにしてなさい」と言われて看病されて。
バカな俺は弱っているのに余計な気遣いをしようとして、よろけたところを先輩に支えてもらって――。
「……忘れろ、ったってなぁ……」
感謝を忘れるようなのは、人として絶対にダメだ。先輩はインターハイまでもう間がない大事な身体なのに、俺なんかを看病してくれたんだ。その恩は、石に刻んででも終生忘れるわけにいかない。
先輩が言ったのは、あの後冷えピタを貼り直してくれた時の事だろう。
あの瞬間、胸が高鳴った、先輩の手は、何故か俺の頬へと伸びていて。……キスされるんじゃないか、と期待さえした。
まあ、あれは要するに何かの手違いだったと言いたいんだろう。別にキスしようとかそんな事は考えてなかったから、変に誤解して引きずらないで、と。
それは分からないでもないけれど。
「いやいや。いやいやいやいや」
いや、分からないでもあるよ。
あのタイミングで、頬に手を向ける理由はあるのか。と言うか冷静に考えたら俺、ベッドに押し倒されてるじゃないか。不自然な姿勢過ぎる。
もしかしたら、先輩は――そういう理由で俺に触れたのではないか。でも直前で日和ってしまい、バツが悪くて「あれは忘れてほしい」と言ったのではないか。つまるところ、先輩は俺を、……好きなのではないか。
「いや、まさかな」
自分で考えておいて、その都合のよさに思わず赤面してしまう。有るわけがない、そんなの。何処まで自惚れれば気がすむんだよ俺は、じゃがいも野郎のくせに。
そりゃ、そうなれば嬉しい。晴れて両思いだし。そのまま先輩と同居人から恋人になったりとか、そういう未来は理想的だ。
でも、絶対に無い。
先輩は、そういう人じゃないから。
でももしそうだとすると、先輩はその気持ちを隠したいから、俺との間に線を引いたことになる。
今は恋愛より部活だから、集中したいから、と。そうすると辻褄は合わない事もない。
いや、合わない事もないけど有り得ない事ではある。辻褄が合えば良いってもんじゃない。
さてそうなると、どうなんだろう。
難しすぎて、俺の頭じゃサッパリ分からない。
でも、そうあって欲しいと願うくらいは許してほしい。いや、そうならない為の「忘れよう」なんだろうけど。
なにしろ俺はバカだから、自分がバドに集中できなくなるどころか千夏先輩の邪魔になりかねない。
そうなると不味いってのは確かなんだし。
病み上がりの頭をフル回転させても、話は空転するばかり。
先輩の真意も何もかも、分からない。
分からないまま、夜は更けていく。
明日は終業式、明後日からは夏休みだ。
今年の夏は、きっと熱くなる。いろんな意味で。忘れられない、夏が来る。
さぁ、とりあえずは寝よう。
千夏先輩の事は、考えても仕方ない。あの人を、俺が測れる訳がない。
俺は、突っ走るだけだ。考えなしに、全力で。
翌日が終業式みたいな感じでしたが、数日経ってますよねアレ。