「……そうか。偶然だったってことか」
撤退後、追い付いて来る第2連隊を待つ間に改めて偵察隊を盆地へと送った。
結果としては"シロ"
敵の大部隊の集結は見られず、ぬかるんだ地面の痕跡から推測できた戦力は100騎前後だったとか。
これで濃霧で接敵した相手の目論見が見えた。
決死の戦いをして止める事じゃない。
恐らくは待ち伏せして、俺達の進軍の足を鈍らせようとしてた
ゲリラ戦を何度もやられちゃ士気も連携も滅茶苦茶になるからな、面倒で、とても効果的な足止めになってたに違いない。
ただ一つ、解せないのは何故彼等も撤退したのか。だ
少数だったから退いたのか、場所が悪かったのか、俺のように同士討ちを恐れたのか……。
なんにせよ鎧袖一触で殲滅出来たはずの敵を恐れて引き返したのは不味かったらしい。
開戦に前向きだったガニシュカと側近連中はともかく、打算と保身の為に従軍してる貴族連中が不信感を覚えた筈だ。
連中から見れば国王派との戦端を開いた男が格下相手に怖気付いた様に映っただろうからな。
「んで、話って何だナバーラ」
「この地図を見て欲しくって」
軍規では軍事行動中に隊長が隊から離れる事を原則禁じている。刻一刻と変わる、いつ、何処で接敵してもおかしくないタイミングで指揮官不在なんて有り得ないからだ。
暇つぶしに口を付けていた酒を隅に寄せて地図を置くスペースを開けた。
咎めるにしても理由くらいは聞いてからにするべきだろう?
即席のテーブルに広げられた羊皮紙の地図。
ソコにはバツ印が付いた幾つかの城、そして───
「……河か?」
「そう。クシャーン最大の運河にして建国の基盤を支えた歴史ある大河、『ラジィラ河』よ」
ナバーラの指先、進軍先を示す矢印が河の手前で途切れている。
「おい、なんで矢印を河で切ってるんだ?」
「私の地図じゃないからよぉ、これ」
「はあ?」
思わず間の抜けた声が出た。
だがナバーラは俺に目を向けること無く説明を続ける。
「よく見てちょうだいガンビーノ、私達が進軍して来たのはこのルート。この矢印が記してるのは──」
「真反対…?……ぁ、コイツは!」
驚いた。いや、身震いする程の情報に体が興奮したんだ。
「そう、これは国王派の進軍ルート、彼等が目指してるのは皇太子殿下の都でも国王派貴族の都市救援でもない。ラジィラ河対岸よ」
「──そうか、戦費の払底か」
頭がまわる。
目に見える形で敵の動きが、目的が分かったと同時に相手が何をしたいのかが、自然と導き出せた。
そしてコレは、恐ろしく効果的でゲリラ戦よりも許容出来ない戦法だった。
「多分そうね。私達の動きを大河で遮って渡らせない事で戦費の払底を、失血を強いて撤退に追い込む。そういう作戦だと見てるわ」
顔を上げたナバーラと目が合う。
決断を迫る強い目だ。
「ちなみにラジィラ河は川舟での渡し以外には100年前に作られた大橋が1本あるだけ、石造りの橋桁はともかく橋板は木製、焼き落とされたら私達の渡河は至難を極めるわ」
「…そうか、だからお前は今来たのか」
未だに追い付いてない第2連隊の一隊を預かる立場のコイツが、軍規を犯してまで駆け込んで来た理由。
軍議を開いてたら機を逸するかもしれない、だからこの女は、ナバーラは単身で会いに来たんだ。
俺を焚き付けて、一刻も早く軍を渡河させる為に。
俺が率いる第1連隊だけでも先に戦場に達する様に。
「待てナバーラ、お前はこの地図をどうやって、何処から手にしたんだ?」
「ベルファ家よ、
何故ナバーラにベルファ家が?バーキラカの手の者が?
知っておきたい疑問はまだ残っている。
だが、押し殺した。
追求するのは今じゃねえ
「よし、進軍するぞ。お前は隊に戻ってそのまま俺を追ってこい。場合によっちゃあダイバの兵使って指示を出す」
「ふふっそう来なくっちゃ」
「誰か居るか!」
「はっ!」
ナバーラと入れ替わりで天幕付きの兵が入ってくる。
「ダイバに鳩を飛ばす。羽の強いのを選んで持ってこい」
「承知しました」
テーブルの地図はしまった。
適当な羊皮紙を引っ張り出してダイバ宛の名を記す。
手紙の内容は単純明快『水と飯を空輸しろ』と
「伝令居るか!」
「はい!」
「直ちに兵馬に出陣の用意をさせろ、飯炊き共には夕食を急がせろ。日暮れには城を出るぞ!」
「はっ!」
道中の飯は馬車の上、飯は空輸で先回りさせて追って補給する!
天下分け目の大戦。天王山はラジィラ河
先に布陣出来た方が主導権を握るんだ!