あり得たかも知れない未来は、でも。
どこかには存在するもの。
誰もが報われる、そんな未来を。
どうか、この子たちに。

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大喜くんが少しだけ勇気を出した。
千夏先輩が少しだけ気持を緩めた。
雛ちゃんが少しだけ素直になれた。
そんな、少しだけ違う世界線のお話です。


空を彩るアオい華

 距離を保っておかしな事にならないようにしよう、と千夏先輩は言った。

 それは間違っていない。でも間違っていないだけだ。正しくはない。俺は、近付きたい。

 そんな事を思いながら、それでも多少距離は意識して。

 食事中の先輩と母さんの話に聞き耳を立てながら、宿題の残りをやっていたときだった。

「あ、今週末花火大会なのね。千夏ちゃん、行く?」

「チラッと寄ろうかと」

 ……花火大会。雛に誘われたけど、誰が来るのかまでは聞いてない。

 行きたいな、先輩と。先輩も、誘いたいな。

 でも、……でも?

 でも、なんだ。先輩は線を引いた、だからって俺の気持ちは変わってくれない。

 先輩と過ごせる時間は、無限じゃない。今、なんだ。今動かなければ、後悔しか残らない。

 無い頭使って、うだうだと気遣いなんかしていられるか。

「あの、先輩! 花火大会、俺も雛たちと行くんです! 一緒に行きましょう!」

 突然割り込んだ俺に、母さんも先輩も唖然とする。

「なに大声出してんのよ、あんた宿題やってたんじゃないの?」

 いや、そうだけど。宿題より大事な事もあるんだ。と言うか夏休みの残りを考えたらまだまだなんとかなるし。多分。きっと。

「あー……、良いのかな。私が一緒で」

「勿論です!」

 そしてなんだか申し訳なさそうな先輩に、全力サムズアップで応える。

 良いじゃないか、花火大会に行くくらい。俺と先輩は家族ではないけど、家族みたいなもんだから。仲良くすることは、良いことなんだ。

 そして母さんも、だったらせっかくだし浴衣も出すわねとか言い出した。

 母さんはこの家の最高決定機関、母さんが良いと言ったらそれが正義だ。斯くして花火大会の予定は確定。

 先輩も特に異論を挟むことはなく、平穏に話は済んだ。――筈だった。

 俺はとんでもない事を忘れていたのだ。

 

 翌日、針生先輩にみっちり絞られた後。

 膝カックンなんかして来やがった雛と、向き合う。

「花火大会、なんだけどさ。……もう呼んじゃってたら悪いんだけど、俺たちだけじゃダメかな」

 そう言った途端、雛が水筒を取り落とした。いやなにやってんだお前。

「あ、のさ、それは。……二人で、とかそういうアレでせうか!?」

「何で旧仮名遣いだよ」

 花火大会に雛と二人で行ったって、なあ。悪くはないだろうけど、なんかなあ。

「いや、あのな。千夏先輩も誘ったんだけどさー……」

「あ、あ。あー……そっかそうだよねー」

 頷きながら、納得した顔で手を叩く雛。どうやら一言で察してくれたようだ。

 千夏先輩は栄明女子バスケ部のエースで、学校一の有名人。そんな人がなんで一緒なの、とクラスの連中に聞かれたら答えようがない。その程度ならまだしも、同居の事がバレたら一大事。

 昨日先輩が言ったのも、その事を気にしたんだろう。

 伊藤には悪いけど、連れていくわけにはいかない。

「あーまあ丁度良かったよ、みんなを誘うのすっかり忘れてたからさー」

「え"、お前自分で音頭取っといてそれかよ」

 結果オーライとは言え、なんなんだよ。

 最悪二人きりで、だったのか。……そんなの、それこそ伊藤に悪いじゃないか。

「でもさ、大喜。なら先輩と二人で行けば良かったんじゃない?」

 キャンセル料も安くしておきますぜ、とゲスい笑顔になる雛に、チョップ一閃。払うかボケ。

「せっかく誘って貰ったんだし、そんなことするかよ。中一以来だし、やっぱ一緒に行きたいしな。今年は正四尺玉も上げるらしいぞ」

 まあ、仁義ってもんもあるし。正直二人きりは怖いし。……こないだ買い物帰りにエラくダメージ受けたし、なんか二人きりで行動すると変な事になりかねん。それに先輩も、そんなのイヤだろうしな。

「そっか、そうなのかー。そうだよねーそうそうー」

 急にニヘニヘしだした雛、なんか不気味だしとりあえず放置しておこう。

 しかしこいつ正四尺玉に興味あんのか、あれ音スゴいらしいぞ。山ひとつ越えても聞こえるとか、ギネスが認めた世界一の称号は伊達でも酔狂でも無いらしい。

 まあ、いいや。雛も楽しみにしてそうで、何よりだし。

 さて俺は頑張って練習して、少し雑念を祓おう。先輩の浴衣とか先輩のうなじとか色々雑念が増えて仕方ない。

 

 大学での練習は、正直レベルが違っていた。体感で言えば遊佐くんどころか、ダブルスで僅かに対峙した兵藤さんさえ上回る猛者揃いだ。

 そしてそんななかでも我を張り続ける針生先輩、素直にスゲエ。この人何者だ。

 浮わついた気持ちは心の奥に封じ、ひたすら身体を動かし続け。気が付けば、日も傾いて。

 予定の通りに練習を終え一旦帰宅して、浴衣を着てみる。……生地のせいか意外と暑いし、スマホや財布を入れておく場所がないのも気になるなあ。結構不便かも、これって。

 千夏先輩はどうなんだろうか、とも思うけど。でも先輩はもう先に出てしまっているし、出先で聞くのもなあ。

 とりあえず、急ごう。花火が上がる前に、縁日も回りたいし。

 

 待ち合わせた場所には、雛とそして千夏先輩の姿があった。匡は結局断ったそうで、今回は三人だ。

 千夏先輩は、聞いた通りの浴衣姿。母さんのやつらしいけど、俺は見た記憶がない。若い頃のなんだろうか、それにしては古びた感じがしないのが不思議。着ている人が素晴らしいからだろうか。

 一生に何度もない機会、そう思って目に焼き付けていると千夏先輩が恥ずかしそうに横を向いてしまう。

「あんまりジロジロ見るんじゃありません、わたし和服似合わないんだから……」

 十二分に似合ってるけど、先輩は自己評価低いんじゃないだろうか。

 ここまでの美人もそうそういない筈なのにな。

「……バランス悪くなるんだよね、帯に乗ってるみたいになったりシワ寄ったり。タオル巻くと、すぐ丸太みたいになっちゃうし」

 帯に乗る。バランス。はて、と全体を見てようやく気付いた。先輩のその、なんと言うか……体型的なアレで、なんだか着崩れて見える気がする。そういえば女の人は、凹凸が少ない体型でないと和服に向かないとか、聞いたような聞かなかったような。

 ああ、そういうことか。ありがとう、浴衣。ありがとう、夏。

「大喜大喜、私も浴衣なんだけど!コッチヲミロ!」

 シアーハートアタックみたいなこと言いながら、ぴょんこぴょんこ跳ねる雛。うん、明らかに子供だ。色々。

「あーうん似合ってるぞ雛」

 とりあえず誉めてやったが、「なんか腹立つ」と足を蹴られてしまった。なんなんだよコイツは。

 さて、だ。打ち上げ開始までまだ少しある。ここは一つ、屋台廻りだな。

 雛にはリンゴ飴買ってやるとして、先輩は何が好きだろうか。俺的には焼きそば食いたいんだけど、ちょっと重いか。

 滅多に無い機会だ、楽しもう。

 

 俺の両手に掛けられたビニール袋には、ソース味の粉物がいっぱい。あとお菓子系も。

 千夏先輩は冷やしきゅうりをかじりながら、空いた手で水ヨーヨーをぱしんぱしんと弄んでいる。

 そして雛はリンゴ飴を皮切りに、あれ買ってこれ買ってと小さい子供みたいに俺にタカッてくる。勿論全部は買ってやらないけど。

 そんなこんなで、縁日を満喫している俺達。

 さすがに歩き疲れて、屋台の列から離れ少し開けた場所でひと休みしようとしたその時。

 頭の上で、色とりどりの光が瞬いた。

 降り注ぐ光と音、鼻に届く火薬の臭い。

 矢継ぎ早に花火が上がっては消え、消えてはまた上がって。競いあうように、大輪の花を咲かせていく。

「花火の花は花火師の意地、ドンと咲いてパッと散る。音に余韻残して命華――ってね」

 先輩は人間交差点みたいな事を言いながら夜空を仰ぎ、雛も瞳を輝かせて同じように見上げていく。

 今年、来れて良かった。

 来年先輩は三年生だ、こうして出掛ける余裕はないだろう。そして再来年の夏、千夏先輩はもういない。どんな進路をとろうとも、猪股家に千夏先輩が残ることなんて有り得ない。

 雛だって、この先一緒にいれるかなんて分からない。来年はまだしも、再来年になったら俺達も三年生だ。やっぱりこんな事する暇は無いだろう。栄明を卒業してしまえば、二度と会えないかもしれない。

 勇気を出して、良かった。

 千夏先輩が、そして雛が、この話を受け入れてくれて良かった。

 もしほんの少し歯車が狂っていたら、こんな風に笑いあう事はなかったかもしれない。

 空を覆う光の花を眺めながら、そんな事を思ってみる。

 

 花火を見つつも買い込んだ食べ物を平らげ、あれこれとお喋りを繰り広げ。どれくらいが経っただろう。

 ふと時計を見ると、花火大会はもうオーラスが近い。

 この幻想的な時間も、終わろうとしている。

 そうだもう一つ、勇気を出してみよう。笑われたら、その時だ。

「もうじき、四尺玉が上がりますよ。それに合わせて言いにくい事を言ってみる、ってどうですか」

 ああ、ベタだ。どうせ破裂音で聞こえないから、なんてベタ過ぎる。

 でも、それくらいでいい。聞いてもらう必要は無いんだ、ただ言いたいだけ。

「いいね、乗ったよ大喜くん。蝶野さん、どうする?」

「そりゃ乗りますよ、バカみたいで面白そうですし」

 打ち上げ予定時間まで、あと少し。時計を見ながら、頷きあって。

 ――息を吸い、心を調え。その瞬間を、待つ。

 空にむけてうち上がる影が僅かに見えた気がした、その瞬間。

 俺達三人は、空に向けて声を上げた。

「千夏先輩、好きです!」「私は大喜が、好き!」「大喜くん、好きだよ!」

 三つの声は、……遮られることなく空に吸い込まれる。その数瞬の後、まるでそれに応えるように、四尺玉の凄まじい爆発音が辺りを包み込んだ。

 目も眩む光の雨に視界が白く染まる中で、俺は一つ物を知った。大玉の打ち上げ花火は高く打ち上げるから、その分破裂まで時間がかかるということを。

 オーラスが過ぎて静かになった空の下、俺達は呆然として顔を見合わせる。

 三人が三人とんでもない事を言った、そして聞かされた。

「……二人とも、なんてことを」

「知ってたけど……大喜のは知ってたけど先輩……」

「あはは……ごめんね蝶野さん」

 俺達は、俺達は。そんな気持ちを、隠しあっていたのか。

 雛が、そして先輩が俺を。それは、えーと。

 俺がどうしていいか分からず立ち尽くしていると、真っ赤になった雛が声を荒げた。

「あーもう、大喜のバカ!!」

「そうだよ、大喜くんバカ過ぎ!!」

 それに追随した先輩も、リンゴ飴くらいに真っ赤になっている。

 うん、確かに俺がバカだけど。だからって俺を責められても困るぞ。

 俺達の間にそんな感情があったなんて、気付いてさえいなかった。

 とは言えいろんな疑問が、音をたてて氷解していく。

 先輩は俺が好きで、だから部活に集中するため距離を取ろうとしていた。 

 雛も俺が好きで、あれこれちょっかいを出してきたのは全部そのせい。

 ……多分きっとそうなんだろう。

 正直そんなもん、全く分からない。自慢じゃないが生まれて、この方そんな話は一度もなかった。

「えー……どうしたもんだろうな」

 今日、帰ってからは物凄く気まずい事になりそうだ。両想いだっていうなら、……そういう関係になっても許される気はする。でも、そうなると雛は。雛を傷付けるのも、やっぱりイヤだ。

 いっそ二人とも、なんてふしだらな事は絶対出来ないし。と言うか無理だ、こんな魔神どもを同時に相手できるか。一人でさえ制御出来ない自信がある。

 さあ、本当にどうしよう。

 

 それから俺達は、色々とぶっちゃけ話に耽る事となった。

 端的に言えば、それぞれが悪いのだ。

 先輩は自分を抑え込み過ぎて、何もかも一人で抱え込み過ぎていた。

 雛は言葉が足りなくて、そしてあまりにも素直じゃ無さすぎた。

 そして俺は、バカ過ぎた。そう、俺がバカなのが一番悪かったんだ。

 まあこれも良い切っ掛けだからと三人で話し合った末に、一つの結論は一応出た。

「しばらくは、現状を維持しよう」と。

 先輩も雛も、大事な身だ。それにこういうのは、焦って何かすると自滅してしまうから。

 先延ばしでしかない気はするけれども。

「お互い抜け駆けとかはしない、大喜くんとはちゃんと適切な距離を保つ。約束だよ、蝶野さん?」

「はい、こっちからも余計な事は絶対しません。仲良くやりましょ、千夏先輩」

 淑女協定を結びあう二人の背後に、どこか不穏な影は見えているけれども。

 部屋に鍵付けなくちゃいけないかもしれないな、お婿に行けない身体にされないように。帰りにホムセン寄ろう。

 ほんの僅かな勇気が、全部を変えてしまった。でも、俺達は俺達だ。なんとかなるさ。

 すっかりと煙も晴れてすみわたる星空を見上げ、俺は一つ決心する。

 二人を傷つけずにすむ新しい道を、なんとか探そう。

 きっと、ある筈だから。

 


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