ただ、真っ直ぐに。
前だけ見て歩いていけば例え迷子になっても、迷った気はしないもの。
進め、若人。
言わないことは、伝わらない。
特に大喜は、バカだから。
言ったって伝わらないかもしれないけど、でも。
言ってしまえば、きっと私は楽になれるから。
「私は、大喜が好き」
可能な限り、シンプルに。可能な限り、近くで。
私は、人生で初めて。異性に愛を打ち明けた。
我ながら勝手だな、とは思う。私は大喜が、千夏先輩の事を好きだと知っている。応援すると言った、二人はお似合いだとさえ思っていた。
それを全て蹴り飛ばして、全部引っくり返して、大喜にも千夏先輩にも迷惑をかけているのは分かっている。
それでも、それでも。私は、自分の気持ちを抑えきれない。どうにもならない。
胸の中に宿っていた思いを吐き出して残ったのは、わずかばかりの解放感。そして、頭が割れんばかりの後悔。
大喜が見ているのは、千夏先輩。あの人以外を、好きになる筈がない。
これで、終わる。私の恋はここで終わり、親友も失う。
私に残るのは、七光りと幾ばくかの才能だけでもがいてきた新体操くらいだ。
それでいい、もうそれでいい。
そう、思った。
だけど大喜は、私を抱き締めてくれた。
「ありがとう、雛」
その声はあまりに心地好くて、私を蕩かしていく。
涙が溢れて、止まらない。
大好きな人の腕のなか、私は声をあげて泣き続けた。
告白してしまった。私は大喜に、告白してしまった。
そしてありがとう、と抱き締められた。まさかここまで来て、友達として好きとかそういう事は無いだろう。
大喜はバカだけど優しくて、そして真っ直ぐだから。
私を気遣って形だけ受け入れるとか、そんな小器用な事が出来るとは思えない。先輩を好きなまま私と付き合うとか、絶対出来ない。
あのバカにそんなことが出来るなら、私はオリンピックに出るどころか金メダルを手にしている。
つまり。私たちは、両想い。そして――恋人になった。
恋人。それは新しい関係。まだ実感はないけど。
これから、少しずつ変わっていく事になるんだろう。
でもその前に、しておくべきことがある。
「蝶野さんから呼び出すなんて、珍しいね」
近所の公園で、千夏先輩と向き合う。場所はどこでも良い、とにかく二人で会えれば。
話さなければならない、そうでなければ私が破裂する。
覚悟を決めて、口を開く私。
「私、大喜に告白しました」
千夏先輩は一瞬目を見開き、驚きの声をあげてそして。
「おめでとう、蝶野さん」
満面の笑みで祝福してくれた。いや、結果まではまだ言ってないんですが。
でも、意外だ。修羅場とはいかなくても、気まずい空気にはなると思ったのに。
それでもちゃんとしておかなければ、先へ進めないから話そうとしたんだけれど。
これだとノロケみたいになっちゃうんじゃないだろうか。
「二人はスゴくお似合いだもん。大喜くんと蝶野さんが幸せになってくれたら、私もおねーちゃんとして嬉しいよ」
「いや千夏先輩を姉に持った記憶はないんですけど……」
この人も大喜を好きだと思ってたけど、違うのか。私も含めて、弟妹扱いしていただけなのか。……そもそも、ライバルでも無かったのか。
じゃあ何で今まで私は、千夏先輩と張り合ってきたんだろう。
私より大喜に近くて、私より大喜に好かれて。でも、大喜を異性としては見ていない。勝ち負けを通り越したところにいる人。
もし千夏先輩が本当に、大喜を好きだったなら。私は告白さえ出来なかっただろう。
正直拍子抜けしたけど、いさかいにならなくて良かったかもしれない。
千夏先輩だって、私の大切な友人なんだ。誰よりも凛々しく夢を追う、尊敬できる人なんだ。
「これで大っぴらに応援できるよ、正直蝶野さん不器用すぎて見ていられなかったし」
ニコニコと天使のように笑う千夏先輩を見て、改めて思う。
この人を敵に回さなくて良かった、と。
学校に行くことを、楽しみにする。そんなのはいつ以来だろう。
いつしか私は、成果の為に苦しむのが当然だと思うようになっていた。
我慢して、取り繕って、必死で期待に応える。それこそが私の、誇りなのだと。
それはそれで、正しくもあるのだろう。でも何の為に歯を食いしばっているのか、段々分からなくなっていた。
新体操日本代表の娘だから、英明を代表する選手だから、常に結果を出し続けて当然。どんどん上がるハードルを、死にそうになりながら越えて。でも、それは誰の為なのか。分からなく、なっていた。
灰色の日々を過ごし続けて、それでも。私はようやく、意味を得たんだ。
大好きな人がそばにいるから、恥ずかしく無い私でいたい。
誰よりも愛してほしいから、いつも最高の私で居続けたい。
私をもっともっと、好きになってくれるように。輝きたい。
心の底から、そう思える。
大喜も、そういう事を考えてくれるだろうか。いや、でもなあ。先輩を好き好き言ってた時も、大概ポンコツだったしなぁ。
とは言え先輩とは、付き合ったりはしてなかったわけで。……私と付き合って、格好よくなっちゃったらどうしよう。
それでモテモテになったりしたら、複雑だな。私が彼女です、ってアピールとかするべきなのかな。
どうしよう、そんな風に悩む事さえ楽しい。
大喜のことを考えるの、楽しすぎる。
スゴいなあ、恋人って。今までも好きだったけど、こうして付き合うと更に楽しくなってくるんだ。
私たちの前途には、それでも色んな問題が転がってくるだろう。二人でなら、どうにでもなるに決まっているけど。
ああ、――幸せだ。私は凄く幸せだ。だから大喜を、幸せにしたい。
世界中の何よりも、誰よりも、愛している。
ずっとずっと、一緒だよ。
雛ちゃんが闇堕ちしない、不戦勝でモヤモヤもしないお話です。