最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】   作:兄萬亭楽丸

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ニャントロ人さんよりイラストを頂いたため、今回新たに書き下ろしたエピソードとなります。
イラスト提供、誠にありがとうございました。
尚他の方からもイラストを頂いており、後日もう1話新規エピソードを更新予定です。

現在「未勝利ウマ娘の就職・仮初の有馬記念」を連載しておりますが、此方は拙作と共通した時間軸での作品となっております。この機会にこちらも追っていただければ、筆者として嬉しい限りです。





■"Last Standing" WAS HERE, SO WERE...
閑話:グッズを売ろう!


筆者註:作中時間軸では「終活」エピソード中の出来事です。

 

「何それ」

『お前のぱかプチ。ようやく商品見本が届いてな』

 

 

 

皆様、お久しぶりです。マリアークラレンスと申します。

 

只今は年明けも束の間、まもなく2月に差し掛かろうとしている時分でしょうか。

年末の"東京大賞典"は4着に終わりましたが、G1級のダートウマ娘にとって年の区切りはG1戦線の区切りとはなりません。

1月末の"川崎記念"、2月の"フェブラリーS"。海外に目を向ければ"サウジカップ"、"ドバイワールドカップ"。

その中で私たちは3月末のドバイを選択。昨年末の"BCディスタフ"以後すべての取材を断っていた影響もあり、反動的にここ一カ月は取材等のファン活動に追われることになりました。

 

「いつ売り出すの?」

『もう商品の生産は始めていて、5月頭に全国のショップで売り出すようになるらしい。販売のプレスリリースもおそらくドバイ後に出すつもりなんだろうが、何というか商品開発部も現金(ゲンキン)だな…』「現金?」

『最初に"ぱかプチ"を作るかもって話が来たのは一昨年の末(クラシック級)なんだ。だが中東遠征で連敗してから一切続報が来なくなってな。で、数か月前の"BCディスタフ"を勝ったら急に進捗をあげてきて()()だ』

 

度重(たびかさ)なるメディア露出、特に成績に関しては私をかばって賛否の矢面に立っていることもあり、トレーナーは世間の声に(わず)かながら苛立(いらだ)っているようにも見えます。

オグリキャップさんをはじめとするレジェンドウマ娘とは異なり、現役ウマ娘のグッズ価値や売れ方はどうしても成績に左右されてしまいます。

トレーナーもそういった事情を理解してはいれこそ、実際に担当ウマ娘がそういった事情に振り回されるのは好ましいことではないのでしょう。

 

 

 

「そういえばスタンお姉様が引退するみたいだけど」『そうか』

「その引退式典にゲストとして呼ばれてるの。その際にこれ、先行販売できないかしら」

 

 

 

トレーナーが飲みかけたコーヒーを(むせ)ます。まあ古典的。

 

『お前…ッ!お前なあ…!!!』

 


 

『そういうのは早く言え!開催はいつだ!?』

「4月中旬。ドバイ帰国後の検疫(けんえき)には十分間に合うし、春のG1出走予定は無し。私的には十分余裕」

『俺に余裕が無いんだよ!』

 

トレーナーが怒っているのも仕方ありません。

まだ正式なアポイントメントは取っていないですが、お姉様の式典に出席するのはトレセン近隣の中山や府中にふらっと遊びに行くのとはわけが違います。

 

 

 

トレセンから西都レース場へアクセスするにはまず空の便で九州の空港へ向かい、そこから鉄道を乗り換え、最寄り駅についてからはお姉様曰く1時間に2本しか来ないバス…。空港での手続きを考えると、トータルでの移動時間は4時間超になるでしょうか。

当然ながら私一人だけではなくトレーナーの同行は必須。また当日ライブ出演となると、直前の打ち合わせや悪天候による交通機関運休のリスクも考え、少なくとも前日には現地に着いておかねばなりません。

現地での宿泊費・食費なども当然発生いたします。

 

そうなると式典出席に伴う出費はトータルで十万余り、その間トレーナーはトレセンに居ないので、取材などのタスクが(とどこお)ることになります。

…担当トレーナーとしてはとても歓迎できるものではないでしょう。

 


 

『突然のご連絡失礼いたします、わたくしURA所属トレーナーの小原と申します。 はい、マリアークラレンスを担当してまして…。はい、代表の淀川さんは、はい…』

 

 

 

私どもの(淀川代表・スタン)引退式典を"URA共催"にしてほしい…ですか』

彼女(クラレンス)が乗り気である以上トレーナーとしても是非出席させたく思いますが、担当トレーナーの観点から言えば担当ウマ娘を丸二日以上お貸しし交通費等は私共の自腹、というのは正直厳しいです。なので西都レース場さん経由でURAに許可を取り私共に出演依頼をいただければ、此方も大手を振って出演できるのですが』

『なるほど。URA共催の形であれば、クラレンスさんを"引退式典の特別ゲスト"といった形で広告を打つことが出来ますね。そして発生する交通費などもURAが負担できるようになる、と』

『ご推察痛み入ります』

 

URA共催イベントとなることで、私たちは"URAからの依頼でイベントに派遣される"といったテイになるため予定の調整が効きやすくなり、私達の交通費等は全てURAの負担になります。

一方、私達を派遣するだけではURAは何の利益も生まれません。しかしURAもこういったイベント派遣に関しては慣れきっており、諸経費を回収する手段も用意しています。

 

共催イベントとなれば、URAは堂々と臨時のグッズショップ(ポップアップストア)を出展できるのです。

(正確な筋から情報を聞いたわけではないのですが、販売スタッフの追加派遣やグッズ類の輸送費も新たに発生するため、よほど売り上げが跳ねない限りURAが黒字になるわけではないそうです。経費の回収は主目的ではないのでしょう)

 

 

 

『…なるほどな、それでぱかプチの先行販売、ってわけか』

「G1レース5勝ウマ娘の限定グッズ。加えて脇役とはいえレース以外では貴重なライブ出演。物好きがわざわざ遠征してくれるかも」

 

 

 

ほどなくレース場側を介してURA共催の許可は無事降りることになり、私共も無事ライブ出演を受けることが出来るようになりました。

 

お世話になっております。

 

引退ライブの仕様書について拝見させていただきました。

トレーナーにも承諾を頂きましたので、是非参加させていただければと思います。

三月にドバイ遠征が控えておりますので会議への参加は基本的に難しく、遠征中はメールでのやり取りが中心になることをご容赦願います。

 

取り急ぎ、用件のみにて失礼いたします。

 

 

『もうこの一か月、引退式典については面倒見ないからな』

「うん。ありがとう。トレーナーはドバイのことだけ考えてもらって大丈夫」

 


 


 

『クラレンスさー。引退ライブの練習は必要だし近隣のホテルは満室。だからうちのレース場に泊まるのは判るよ、判る』

 

『でもなんでクラレンスと一緒に寝ないといけないわけ!?』

「滞在中ずっと余所行きモードだと疲れるからよ!」

 

 

 

時は流れて、淀川代表・お姉様の引退式典前日。

無事西都レース場で前日のゲネプロ(リハーサル)を終え、学生寮を間借りしての夜。

 

私が地方レース場に抱く偏見を完全に打ち砕くまではいかなかったものの、西都レース場の学生寮は想像以上に機能的で明るい場所でした。

 

トレセンと比べれば規模が小さいだけで、皆同じように練習し、食べ、楽しんでいる。

海外遠征の際も思いましたが、これだけ距離を(へだ)てていても同じように学生生活を過ごしている。目指すゴールはそれぞれ異なれど、レースという共通の世界でつながっている。

そういったことが大変愛おしく感じてしまいました。

 

 

 

ただ、レース場周辺に一切娯楽が無いのはトレセンから転属した子にとっては地獄だろうと思います。

いくら仕事とはいえ、お姉様が転属以来ずっとここに住んでるのは正気を疑います。

 

 

 

「フェブラリーステークス、どうだった?」

『どうって…。 パドックも広いしスタンドなんかもう大井で見たのとは全く違うし…」

「質問が悪かったわね。 …出走メンバー唯一の"G1ウマ娘"として、他の挑戦者を迎え撃った気分はどう?」

 

 

 

『一緒に走る皆がさ、私に()き出しの闘志を見せてくるんだ。以前のG1で戦ったことのあるライバルも居たんだけど、前とは明らかに見る目が変わってた。"こいつを倒してG1ウマ娘になる"っていう… 喧嘩を売ってきそうな凄みを感じた』

『でも私はそんなの意にも解さなかった。やせ我慢でもなんでもなくって、揺るがない自信があった』

 

『いざG1ウマ娘になって分かったんだ。"誰かに勝つ""何かの為に戦う"の他に"自分と戦う"感覚。今まではがむしゃらに走ってたけど、急に自分を俯瞰(フカン)して見れるようになった気がする』

『今ならわかる。"JBCクラシック"。私がクラレンスに喧嘩を売った時、クラレンスはこんな気分だったんだなって』

 

 

 

「G1を勝つと確かに世界が変わる。…初対戦の"JDD"(ジャパンダートダービー)覚えてるでしょ。私もグレード重賞はあれが初勝利」

「それまでは世間の扱いも"ダート路線の強そうな子"くらいでしかなかった。でもいざ勝ったら急に取材来るしトレセンの子も注目しだすし、挙句の果てに"聖母"なんて二つ名まで(たまわ)って。"JBC"でロッキーにぶつかられたときなんかそっちに対する容赦ない声も飛んできてさ。なんで私の陣営にまでそんな手紙送るかねみたいなのもあって、もうほんと馬鹿」

『あの時期は思い出したくないなあ』

 

「話が()れたわね。で、ロッキーはG1を獲った。もうただの"地方レース場の強そうな子"では無くなってしまった。でも2つ3つ獲るとまた世界が変わってくるの。私がそうだったように、あなたが今後取り得る選択はダートの世界に携わるウマ娘・関係者を動かすようになる」

 

「…この春、"帝王賞"行くでしょ。お姉様の獲ったタイトルでもあるし。そこでロッキーが戦うことになるのはそこに出走するライバルだけじゃない。各々(おのおの)が放つ剝き出しの闘志、それに"勝って当然"という世間からの無言の期待も増えてくる」

「あなたも既に理解しているだろうけど、勝つにつれて背負うものはどんどん増えてくるし、負けるとその背負ったものが重圧となって襲ってくる。それだけ覚えておいて」

 

『…クラレンスは帝王賞行かないんだ』

「ええ、少なくとも年末までは日本のレースに出ることはない」

 

 

 

「私は世界を背負うことを選んだ。ドバイを獲った今年、"BCクラシック"(米国ダート最高の栄誉)も勝ち取って"不変のチャンピオン"になる」

 


 


 

 

 

 

 


 


 

「あぁぁぁ… やっと鉄面皮(余所行きモード)から解放されたわ」『お前ライブ以外は人前に出てないだろ』

「そりゃそうだけど!練習とか控室とか!寮でもずっと余所行きムーブしないといけないのよ!?わかるこの苦労!?」

 

西都レース場で全てのイベントを終えた翌日。後ろ髪をひかれながらお姉様たちと別れ、機上の人に。

僅か2時間足らずのフライトとトレセン学園に戻る為数々の交通機関を乗り換える慌ただしさは、感傷を吹き飛ばすには十分すぎました。

 

 

 

「…ブラッドレーからUmatterだ。お姉様の引退記念ライブ見てくれたんだって」

『そうか。アメリカからもあの中継見れたんだな』

 

共催イベントでURAが諸経費を回収する手段はもう一つ…有償での映像配信があります。

 

西都レース場をはじめとするNAU所属の各レース場は、それぞれで開催される全てのレースを配信しています。

しかしギリギリの機材で運営している為にライブ等のイベント配信を行う能力はありません。そこでURAがレース場から引退記念ライブの映像配信について許可を取り、URA公式サイトを通じて中継することで、日本中どころか世界中のウマ娘競走関係者が視聴できるようになるのです。

(今回に関してはカメラ設備・人員の手配は最小限だったため、映像配信に関しては黒字だったそうです)

 

 

 

"The Girl who danced next to you is..."えーっと、トレーナー。"next to you"ってどういう意味だっけ」

『<隣>、だな。貸してみろ。"この写真、あなた(クラレンス)の隣で踊っている子はロッキンバルボアというウマ娘ですか?あなたと彼女が戦っている年末のレースの動画を先ほど見ました。あなたとの対戦を楽しみにしているように、彼女とも戦ってみたいです"…だと』

 

「単語分からないから代わりに入力して。"その通りです。私は彼女のことをロッキーと呼んでいます。彼女はきっとBCクラシックに出走するでしょう"

『えーっと、"That's right.I call har Rocky.She would surely..."。ん?出走するって言ってたのか?』

「いや。でも私が焚きつけた。実際に参加するかは五分五分って感じ」

 

『確かに彼女は"フェブラリーS"を勝っているから、BCの優先出走資格は得ているな』

「あとは本人に(ゆだ)ねるわ」

 

 

 

仮にロッキーが"BCクラシック"参戦を表明した場合、NAU(ローカルシリーズ)所属ウマ娘としては史上初になるでしょう。

ここ数年はNAU所属者の海外参戦事例が無かった為実現に向けて苦労するかとは思いますが、不可能な事ではないと思います。

 

 

 

私が間接的にでも出走を誘ったのは、ロッキーであれば好勝負が期待できるという打算ではなく、全て私のエゴ・わがまま。

私が"不変のチャンピオン"を目指すためには、隣にあの子が必要だと感じたから。

己の限界まで強いライバルと競い合いたい、この気持ちを少しでも理解してくれるだろうという信頼があるから。

 

 

 

アメリカ・ドバイで争った見知らぬ強者達。

私は彼女ら…そして私と世界最高峰の舞台で競う、ロッキーを見てみたい。

 

 

 

 

 

私を怒らせ、打ち負かし、そして尊敬するお姉様との別れを経験したあの子の姿を。

 

 

 


 


 

 

 

『…姐さん。ゴーンザウインド先輩と連絡取れる?』

『海外遠征したときの話が聞きたいんだけど』

 

 

 




【登場人物】


マリアークラレンス(Maria Clarence)


【挿絵表示】


勝負服デザインは修道服風。トップス下にブラウス、ボトムスとしてジーンズを穿く。
トレーナーしか見ていない空間では大変だらしないクラレンス本人のことを第一に考え、ベルトを外せば簡単に着衣・脱衣が可能。またブラウスは替えの調達が容易、一枚布のケープやジーンズは砂汚れの洗濯でも汚れが落ちやすく目立ちにくい… と実用性ありきのデザインとなっている。



小原 大教(Hironori Ohara)

担当トレーナー。
URA最優秀ダートウマ娘表彰の席で先輩トレーナーから言われた
「今後担当を増やすかどうかは知らんが、お前の性格だと担当ウマ娘はしっかり選んだ方がいい。我の強い子だと尻に敷かれるぞ」
という発言がだいぶ今の自分に刺さっている様子。



ロッキンバルボア(Rock'in Barboa)

寮の自室(4人部屋)は同室として先輩3人が居たが、この2年で全て卒業。
新年度なのでそのうち空いた部屋には新入生が入ってくる…のだが、新入生がレース場いちの実力者と同室になるのはプレッシャーがかかり過ぎるだろう、とレース場の寮運営部門は判断。当面はバルボアの一人部屋扱いとなっている。



ブラッドレーレガシー(Bradley legacy)

「ホールド・マイ・ハンズ」に登場し、"ドバイワールドカップ"を争った米国ダート界の代表。クラレンスとはドバイ後も度々交流があるようだ。

日本のダート界隈に関しても一定の知識を持っているようだが、これはNAU管轄のダートレースは特別な手続きをせずとも視聴可能な手段が多数確保されているのが大きいだろう。


ゴーンザウインド(Gone The Wind)

ラストスタンディンの元同輩ダービーウマ娘。
トゥインクルシリーズ等で人気を博したウマ娘は引退後もグッズなどが販売されるが、ドリームトロフィーリーグ引退を機に全てのマネジメント契約を打ち切っている。
今回の引退式典参加者のダンス講師として来訪した3月初頭から4月中旬まで、スタンの自室(用務員室)に泊まり込む形で寮に住み着いていた。

なお、ダンス講師および式典出演に際するギャラの受け取りを「今回の式典はあくまでラストスタンディン本人への恩返し」と語りすべて断った。





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