ぶっちぎりの闇落ち野郎   作:どろどろ

5 / 5
猟樹隊結成②

『君さ、ちょっとスタートの切り出しが良かったからって調子乗るなよ』

 

 脳裏にこべりついて消えてくれないのは、一年前の男の冷たい言葉。

 無謬の装置に徹したかのような酷薄な男は、目を閉じるたびにいつも少女に中傷の声を浴びせる。

 

『自分なら出来る。他の人とは違う。特別な才能がある。そんな勘違いが、もう顔に出てるもんな。己惚れんな。普通にセンスないから。さっさと引退しろ』

 

 彼にそう言われれば言われるだけ、反骨心からそれと反対の道に固執した。

 仮に指摘の内容が正しかったとしても、到底受け入れられる文言ではなかったから。

 

 どれだけ屈辱的な敗北を喫しても、ただ『見返したい』という初志だけを貫き、研鑽を積んだ。

 そうして一年が経った頃、少女は組織で最高位の評価を受けるようになっていた。

 組織のイメージ戦略として、看板娘のように売り出されることは不本意だったが、それも実力の裏打ちがあってこそのこと。『嵐山隊』のエースの一員として、少女はようやく彼を見返せる立場に漕ぎつけた。

 

 ──けれど、いつまでも彼の冷たい眼差しに温度が灯ることはなかった。

 

 廊下ですれ違っても視線一つ交わらないし、挨拶をしても素っ気ない会釈が返ってくるだけ。

 同じ隊の隊長であれば、声を掛ければ割と元気めに返事をするというのに。

 自分に対する対応にだけ棘が籠っているのは明確だった。

 

「……」

 

 ロビーに張り出されたビラ紙の文章を目で追っていると、自然と拳に力が入る。

 無機質なフォントで彩られた『猟樹隊募集』の文字は、何故だか少女の胸を熱く打ち、内側から締め上げるような悔しさを燃やしていた。

 

「受けたいんだろ?」

「……嵐山さん」

「隠さなくていいよ。気持ちは分かる」

 

 いつの間にか隣に立っていた隊長は、少女の気苦労を察してその背中を軽く小突いた。

 

「見せてやりたいもんな。こんなに強くなりましたー、ってところ」

「いえ、それは別に。ただ……」

「ただ?」

「……」

 

 昔から、興味はあったのだ。

 あの大口叩きボッチ野郎は、オペレーターを担当した部隊の勝率を例外なく八割以上でキープさせているという。その手腕について、結局少女は一度も体験する機会がなかった。

 だが、根っこの部分では、もう二度と口も利きたくないと忌避感情を示す部分も自覚している。

 その興味と嫌忌の矛盾に加え、単純にあの男から指示を受ける境遇に身を置くことを、少女のプライドは受け入れそうになかった。

 

「……もしも余計なお世話だったら、聞き流してくれたらいいんだけど」

 

 そんな後輩の様子を見かねて、先輩は一つおせっかいを焼くことにしたらしい。

 

「何か一つでも学びたいと思ったなら、その機会は逃すべきじゃないと思う。アイツはとうとう万能手に届かないままオペに転身したから、戦い方については木虎の方が普通に上だと思うけど、その他の身の振り方はきっと今でもアイツの方が上手いはずだ」

「……そういえば嵐山さんは、猟樹宰孤の……」

「あぁ。元チームメイト」

 

 それを聞いて、木虎藍は苦々しく目を伏せる。あの闇落ち野郎とかつて近い存在だったという過去は、大抵の者には悪い印象に映ることだろう。だが、嵐山准は恥じるどころか、むしろ旧友を誇るように語った。

 

「猟樹は嫌味な奴だ。暗いし、友達少ないし、すぐ人の悪口言うし、ドブみたいな性格してる。超オブラートに包んだつもりでも、こんな表現しか見つからないレベルだ。だからアイツを尊敬しろってのは、ちょっと難しい話かもな」

「……まぁ」

 

 一応は先輩だ。木虎とて上下関係は他人の耳がある所で、猟樹のことを貶める発言はしない。ただ嵐山が珍しく吐いている毒を、同意するように受け止めるだけだった。

 

「でも、学ぶことは絶対少なくないと思う。むしろ経験を盗むくらいのつもりで、応募してみるといい。テレビや広報の仕事は気にしなくてもいいから」

「あの、私は一言も興味があるだなんて言ってませんからね」

「分かってる分かってる。もし興味が出たら、前向きに検討してみたらどうだ、って話だよ」

 

 毎回A級の中でも特に優れた精鋭にだけ任されるという遠征任務。

 それに自分が同伴する可能性など、今まで考えたこともなかった。

 特に嵐山隊は防衛任務の要だ。その任を一時的に放棄するとなれば、大きくシフトを変動させることになる。あまり望まれる選択ではないだろう。

 

 しかし今回、募集されているのは個人単位である。

 木虎藍個人として、遠征を望むか拒むかの選択肢が明確に用意されているというわけだ。

 

「……」

 

 その答えは、実の所もしかすると、猟樹の名前を見たその瞬間には決まっていたのかもしれない。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 それは異様な光景だった。

 左右で威圧感を振りまく二人の男性に囲まれて、両目に隈を浮かべる血色の悪い少年は、頬杖を突きつつ欠伸を零す。その少年こそ、今回の遠征部隊の隊長に抜擢された人物──猟樹宰子その人である。

 彼の両隣を固めるのは、ボーダー最高司令官である城戸正宗と、防衛部隊指揮官である忍田真史だった。

 

 部屋の扉がノックされる。

 猟樹がいかにも寝不足なダミ声で「どうぞ」と応えると、快活な「失礼しまぁーす!」という返事と共に扉が開かれる。

 入室してきたのは、これまた猟樹に負けず劣らず眠たそうな瞳をした男。

 

「──」

 

 そして、室内の光景を見た途端に言葉を失う。

 鬼が二人と、悪霊が一匹。

 彼が抱いた印象を言語かするとそんな感じだ。

 

「どうしました? 太刀川さん。まずは座ってください」

「お、おう」

 

 猟樹の言葉に促されるがまま、太刀川は席に着く。

 A級一位部隊の隊長である彼が、この場所にやってきた目的は一つだけ。

 

「ま、面接なんて形式上のもんだろ。俺にはこれまでの経歴もある。堅苦しいのは抜きにして、さっさと合格にしてくれ。──是が非でも今回の遠征、俺は着いていくぞ」

 

 まだ面接の開始すら宣言されていないというのに、遠征部隊常連の太刀川らしい自信に裏打ちされた言葉だった。

 ボーダーでも生粋の実力者である太刀川だが、彼は城戸派の隊員として通っている。その理由は至って単純で、遠征推進の考えを持つ城戸についていけば、それだけ遠征メンバーに選ばれる機会が増えるからだ。今の彼を突き動かす動機は、純粋な好奇心に他ならない。

 

「確かに、慶なら実力的に問題はないだろう。信用も出来る」

 

 彼にとって剣の師匠でもある忍田がそう言うと、

 

「──だが、人員決定の裁量権を持つのは猟樹だ」

 

 そして、中央の少年に視線が集まる。

 

「……太刀川さん、ね。そうだなぁ……」

 

 考えるように呻く猟樹。

 重ねて言うが、まだ面接は始まってすらいない。しかし、数秒の沈黙の末に猟樹は答えを導けたようで、ウンと頷き指を差す。

 そして、余裕綽々と微笑む太刀川に向かって、

 

 

「面接官に対して無礼な態度を取ったので失格。今すぐ出てけバカ」

 

 

「うんうん、そうこなくっちゃ……へっ?」

 

 

 ──時が止まった。

 ナンバーワンアタッカーにして、これまで幾度も遠隊に選ばれた優秀な隊の隊長。

 そんなボーダー屈指の隊員が、呑気に欠伸を披露する少年の指差し一つで、たった今、冒険へのレールから蹴落とされてしまった。

 

 

「へっ、えぇええええええ!? う、嘘だろお前!? 俺が遠征に行かないとかあり得なくないか!? 一応これでも俺、そこそこ命令には従順な上、すごぉーく強い自信はあるんだが!? あるんだが!!」

「強すぎるくらい強いのは結構ですけど、俺の指揮を逸脱しかねない猛者は逆に邪魔なんですよね」

「な、何だ、その理由……」

 

 

 遠征特別部隊、猟樹隊。

 その選抜面接は、一番の優良株の失脚という形で始まった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 志願者順に進められた面接は、休日の午前9時から始まり、午後1時を回る頃には終了した。

 猟樹の裁定を監督する係として城戸司令が、防衛任務との兼ね合いを判断するために忍田本部長が同席してはいたものの、それは面接に「面接らしさ」を出すための建前のようなものであり、その実態は猟樹の独裁状態だった。

 

 そもそも、どうして猟樹が試験ではなく面接という形でメンバーを選考したのか。

 それには彼なりの理由が含まれていた。

 

 例えば学校の入学試験や会社の入社試験、資格の習得試験の場合、その決定は当日の出来不出来によって左右される。マークシート型なら運の要素も絡むだろうし、確実に適切な判断が下せるとは言えない。それもそのはず、完璧な適正者を見つけるためには、日頃の行動・成績を包括的に評価する必要があるためだ。

 通常、学校も企業もそんな手間のかかる評価方法を採用しない。人事に全力を尽くせるほどの暇を持っていないためだ。

 しかし、猟樹のように時間と能力を持て余した裁定者がいるのなら話は別である。

 

 ボーダーに入隊した背景・動機、命令への従順性、有事の際の判断力、機動力、純然たる戦闘力、連携が絡む場合の柔軟力、その際に発揮されるシナジー効果。ありとあらゆる項目を相対的に評価し、彼は猟樹隊の隊員をこれまでのデータに基づいて決めていた。

 つまり、書類選考の時点で最終決定まで済んでいたのだ。

 

 面接とは要するに、要らない人間を振るい落とす大義名分だったのである。

 

 

 ──例えば太刀川慶の場合、「バカ」が理由で失格となった。

 

 

 例えば加古望の場合、「アホ」が理由で失格となった。

 例えば黒江双葉の場合、「ガキ」が理由で失格となった。

 木虎藍の場合は「敬意に欠ける」、緑川駿の場合は「生意気」、出水公平の場合は「間抜け」、菊地原士郎の場合は「目付きが悪い」、米屋陽介の場合は「喋り方がウザい」、犬飼澄晴の場合は「金髪」、影浦雅人の場合は「品がない」、帯島ユカリの場合は「キョドりすぎ」、香取葉子の場合は「口が臭い」、諏訪洸太郎の場合は「喫煙者」。

 

 と、まぁこじつけにしても酷いレベルの理由で蹴落とされる者が頻出する事態となってしまったのだった。希望者の多くは隊単位で出願してくる者もいたため、そういった者には更に偏見に満ちた独善的な決めつけが下され、心を折られかける隊も出たのだとか。

 

 そして午後4時、早々に発表された「猟樹隊メンバー決定者」の張り出しを見ながら、猟樹は満足げに頷いた。

 

「──妥当な結果だな」

 

『今期の特別遠征隊“猟樹隊”については、以下のメンバーを最終決定として告知する。

 

 隊長:猟樹宰孤──オペレーター。

 

 1.風間蒼也──アタッカー

 2.三輪秀次──アタッカー

 3.辻新之助──アタッカー

 4.村上鋼──アタッカー

 

 5.歌川遼──オールラウンダー

 6.二宮匡貴──シューター

 7.弓場拓磨──ガンナー

 

 8.奈良坂透──スナイパー

 9.荒船哲次──スナイパー

 10.穂刈篤──スナイパー

 11.当真勇──スナイパー

 

 12.冬島慎二──トラッパー』

 

 A級もB級もごった煮で、これまで連携したことのなかった者も大多数いる。それでも、一定期間の訓練と配置の工夫、そして猟樹自身の指揮さえあれば、実践でも機動力を損なわず柔軟に動けないことはない。

 自分の判断に絶対の自信を持つ猟樹は、再度頷く。

 

「疑問の余地もない。パーフェクトパーティーだ」

「どこがパーフェクトですか」

 

 珍しいこともあるものだ、と猟樹は横目にその声の主を見やった。

 猟樹が最も厳しく接している人間の一人でもある少女は、普段から刺々しい眼差しに更なる敵愾心を乗せて詰め寄ってくる。社交辞令程度の挨拶を交わすこともあるが、彼女から話しかけてくるなんて半年ぶりのことだ。

 

「やぁ木虎。言葉を交わすのは52日ぶりだね。最近頑張ってるらしいじゃん」

「話すときはちゃんと私の目を見て頂けますか」

 

 猟樹としては普通に労いの言葉を掛けようとしただけなのだが、普段の言動と素っ気ない態度も相まって、木虎には皮肉としか映らなかったようだ。

 

「何か用?」

 

 言われた通りに目を合わせる。

 

「どうして私が失格なんですか」 

「適材適所ってやつだ。より能力のある人間を選んで行ったら、こういう構成になったってだけだよ」

 

 少なくとも猟樹は、普段の防衛任務への忖度は抜きに、希望者の中で最適な人員を選出したつもりだったのだが、突き放すような言葉足らずな文言では、到底彼女は納得できなかったようで。

 

「失礼を承知で言わせて頂きますが、この選定結果には納得できない点が多々見られます!」

「ほぅ、君は選ばれた諸先輩方より自分の方が適任だと、そう主張したいわけか。良いのかなぁ~、そんな不遜なこと言っちゃって~。誰かさんに聞かれたら問題になるとおもうけどなぁ~」

「茶化さないでください! 真面目なことです!!」

 

 周囲の人間に聞かれていることも気にせず、もはや少女は怒鳴っていた。

 

「もう噂は出回ってるんです! 猟樹さんは、意図的に自分の隊から()()()()()()って!」

「……あ、うん。そうだけど、それに何か問題でも?」

「!! 今時男尊女卑とか、あなた化石ですか……! 正当に評価された結果なら何も文句はありません。ですが、恣意的に歪ませられた結果には疑問符を付けざるを得ません。納得できるように合理的な説明を求めます!!」

「一々説明とか必要かな。遊びじゃないんだ。重要な仕事を、女の子なんかに任せられる訳ないだろ」

「ッ!」

 

 何気ない一言が着火剤だった。

 木虎の瞳の奥で何かが決定的に切り替わったのを感じた猟樹は、咄嗟に自分の失言に気が付き、次の瞬間に来るであろう一撃に備えて回避の構えを取る。

 

「──お、いたいた。オーイ猟樹てめぇ~! ふざけんなよ、何で俺を落とすんだよ~! こうなりゃ司令に直接抗議してやっからなこの野郎~」

 

 何とも間の抜けたナンバーワンアタッカーの声に釣られて、意識が数秒だけ散漫としてしまった。その合間を縫うように、猟樹の頬に平手打ちが炸裂した。

 パァンッ! 乾いた水を叩いたかのような音が木霊する。

 

「Oh……何だ、修羅場か?」

「……どう見たらそう思えるのか、理解に苦しみますよ。太刀川さん」

 

 頬を摩りながら猟樹は眼下の怒れる少女を見下ろす。

 

「女だから、何なんですか……!?」

 

 激情に肩を震わせながら、負けじと木虎も強い眼差しで猟樹を見上げた。

 

「あなたは、そうやっていつも、全て知った気になって他人を決めつけて……っ! あなたの何気ない一言のせいで、あれから今まで、私が一体どれほど……っ!」

「質問? 苦情? 言いたいことはちゃんと決めてから喋りなよ、愚図女」

 

 憤慨する年下の女の子と相対しながらも、猟樹の反応は冷ややかだ。相手の感情など知ったことかとばかりに、筋違いな感情を冷笑する。

 

「あれから少しは成長したかと思えば、てんで変わってない。呆れたよ。じゃあね木虎、もう話しかけてこないでよね」

「こっちこそ! もう私があなたと口を利くことはありませんからね!!」

「叫ぶなよヒス女。黄ばんだ前歯が丸見えだよ。ちゃんと歯磨きしろよ」

 

 女子に対して冗談では済まされない悪口を、猟樹宰孤という男は平気で言葉に出してしまう。

 

「歯磨き! してるし! クズ男! もう絶対許しませんからね!!」

「はいはい」

 

 両者は一瞬睨み合うと、別々の方向に歩き出す。

 猟樹の進行方向側にいた太刀川は、亡霊じみた形相の接近に身震いを禁じ得ない。

 

「さ、さて……俺はジュースでも買いに行こっかなぁ~……」

 

 太刀川は飛ぶように別向きの廊下に走り、猟樹の視界から退散した。

 ちなみに最後に猟樹の面貌が修羅に染まっていたのは、木虎からビンタされたことについて謝罪がなかったためである。

 彼はみみっちい心の持ち主なのだ。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「率直に言って、感激だな。まさかお前の方から呼び出しとは」

 

 時刻は午後19時を回った頃。

 三輪は猟樹と二人きりの開発室で華のような笑みを咲かせていた。台詞の通り、実に嬉しそうな面持ちである。密室でその笑みを向けられるもう一人の男の気持ちにもなって欲しいと、猟樹は切に思った。

 

「あー、うん。一応お前には教えておこうと思ってな……ちょっと悩んだけど」

「ほう。伝えることを渋るほどの事柄か。興味深いな」

「ん~……ちなみに今から俺がお前に言うこと、見せるもの、全部秘密に出来るか?」

「当然だろう」

「……」

 

 品定めするかのような油断ならない眼差しが三輪を射抜く。

 

「城戸司令にも?」

「……! お前、まさか──!」

「質問に答えろ」 

「…………分かった。誰にも言わない」

「オッケー、それが聞きたかった」

 

 猟樹は満足そうに微笑むと、手元のキーボードから操作すると、新規トリガー開発用の映像投射機を起動させた。トリガーの臨床実験などを行う際に使用される機器である。

 そこに投影されたのは、拳二つ分ほどの大きさのカプセルだった。

 

「これは?」

「トリオンを分解し、素子レベルで再結合させたものだ。外部からトリオンでの衝撃が加わることで、電荷を不安定化させて爆散できる」

「……『メテオラ』のようなものか?」

「全然違う」

 

 原理として似てはいるが、猟樹が目指したものはそれよりもっと悍ましい代物だった。

 

「かみ砕いて説明すると、核分裂をトリオンで再現したものかな」

「な……っ!」

「三門市の半分程度を確実に消し飛ばせる威力を算出したら、このくらいの大きさになった」

 

 唖然とする三輪の頭を叩く。

 

「何驚いてんの。本気で近界を滅亡させるつもりなんだから、このくらいやっててて当然だろ」

「……しかし、開発室長や司令には認可されていないのだろう?」

「当たり前じゃん。全部無断だよ。自爆型トリガーにすら開発許可が下りないんだから、核爆弾モドキなんて許されるわけがない」

「……」

 

 猟樹は言った。

 三門市の半分を確実に消し飛ばせる威力、と。

 当たり前だ。許されるはずがない。認められるはずがない。猟樹と同じ憎悪を共有する三輪ですら戦慄せずにはいられない。こんなモノ、子供の手には余る。

 

 しかし猟樹はこうも言った。

 

 近界(ネイバーフッド)を、数多の命が住まう一つの世界を滅ぼす気でいる、と。

 

 ここにきて三輪は再確認することになったのだ。

 自分が何の片棒を担がされそうになっているのか。

 

「名前は『アぺイロゴン』にしようと思うんだが、お前はどう思う?」

「……まさかそれを聞くために!?」

「アホか」

 

 名称なんてどうでもいい。いや、多少は猟樹にもカッコいい名前をつけたい気持ちがあったが、本題は別にある。

 

「ともあれ、鬼怒田さんの目を盗んで原理を確立させられたはいいが、コレを再現できる資源と技術がこっちには存在しない」

「なるほど。ではつまり……」

「あぁ。遠征では、コイツを再現・量産できる技術と資源の探索を行いたいんだ。でも流石に一人だと本目的と並行するのに限界があるからな。お前にも計画を共有しておこうと思って」

「……。」

 

 猟樹が常に開発室に半住居状態になっていた理由。そして先日彼から告げられた、「望む条件が揃っている場合は、俺はこっちに戻ってこないだろう」という言葉の意味。彼の目的・そして具体的な計画を理解した三輪は静かに瞠目した。

 

「……なぁ三輪、無理に着いて来いとは言わないぞ。お前は俺と違って学校にも通ってるし、ちゃんと自分の未来を担保してるんだからな。俺はお前に、俺ほどの覚悟を期待していない」

「それは……!」

「お前には人生を復讐一辺倒に染める勇気がないんだよ。だけど、別に恥じる必要はない」

「何だと! お前……その発言はいくらお前でも!!」

「許せない、か? オイオイ何様だよ」

 

 猟樹の眼底に潜む真っ黒な二つの闇が三輪を除き込んだ。

 太陽が纏う炎のように激しく燃え、あるいは深夜の海のように冷ややかな底抜けの闇。

 

 

「自分の未来すら捨てられないのに過去に報いようとする、半端者のお前が俺を許せない、だって?」

 

 

 怒りすら通り越した呆れ。それから一抹の嫉妬。

 この世の悪感情を全て濃縮しかたのような悪鬼の少年が、三輪に迫る。

 

 

「三輪はさぁ、口だけは達者だよな、ホント」

 

 

 とっくに終わった少年は、真っ赤な口を目いっぱい横に割くと、

 

 

 

「 おれ は ぜんぶ すてた のに 」

 

 

 

 ──お前だけ、ずるいんだよ。

 

 

「…………ッ! 勘違いするなよ! 俺とお前の覚悟は確かに別物だが、一つに固執しその他全てを放棄したお前が偉いわけじゃない! 最も自分を犠牲にした者が、最も偉大なわけじゃない!! 違うか!?」

「さぁ」

「俺にとっては、自分の未来を守ることも姉さんへの弔いなんだ! その方法を他人に蔑まれる謂れなどないぞ!!」

「ふーん。あっそ」

 

 猟樹の目は変わらない。

 

「俺もお前も! 大切な人を目の前で失った! 俺たちは互いの痛みを知っている! 共感し合える!! 同じ負け犬同士だろう!! だからお前が!! お前が俺をそんな目で見ないでくれ!!」

「……っ」

 

 捲し立てるような剣幕で胸倉を掴まれ、猟樹の額に汗が浮かんだ。

 憎悪と怨嗟と後悔の威力だけなら三輪も負けてはいなかった。二人は等しく同類なのだ。

 

「……ごめんな、三輪。お前の事は、マジで……友達だと思ってるよ。だから今、甘えが出た、のかも……」

「い、いや、俺こそ取り乱した」

 

 三輪が手を離したことで、緊迫した空気は平時の色を取り戻していく。猟樹の気のせいでなければその色はピンク色のような気がしたが、それは猟樹の気のせいだろう。

 

「安心しろ。一度は約束した身だ。俺は地獄の底までお前に着いて行く」

 

 握った拳の中に、失われた姉の温もりを感じ取り。

 そして再度、覚悟。

 この小さな若造二人の熱でも、巨大な世界を焼き尽くして見せよう。

 

「──例え城戸司令に背くことになったとしてもな」

「そっか。……良かった。お前を殺さずに済んで」

 

 そう言って、猟樹は持っていた刃渡り五センチのナイフを机の上に置いた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 猟樹と三輪が共に研究室を後にし、ロビーへと赴いた頃、時刻はもう20時を過ぎていた。休日の夜間ということもあって、防衛のための最低限の人員を除いて当たりに人の気配は少ない。

 司令派の狂人と狂犬が並んで歩いているという異色の組み合わせだが、人目が少ないおかげで特に騒がれることもなく二人は本部を出る。

 

「……お前、ソレどうした?」

 

 途中で指令室で立ち寄った猟樹が受け取った分厚い茶封筒。

 三輪は怪訝そうに問う。

 

「今月の給料の前借りだよ」

「……金に困っているのか? 力になるぞ?」

「いや、そうじゃなくて。いつ死ぬかも分かんないし、今回は特別任務だからさ。三輪も頼めば貰えると思うよ」

「俺はいい。そもそも金銭目的でボーダーに入っているわけじゃない」

「真面目ちゃんかよ」

 

 猟樹は数重~数百束はあるであろう諭吉の眠る封筒を、雑にズボンの尻ポケットに突っ込んだ。

 

「……不用心だ。そんな大金を持ったまま外出する気か?」

「ん。そーだけど」

「待ってろ。すぐタクシーを呼ぶ」

「過保護なのは嬉しいが、俺が掏りに遭うとでも思うのか。そんな連中返り討ちだ」

「ではせめて、俺も同伴しよう」

「いいって別に……お前に目的地知られたくないし……」

 

 三輪の懇意を猟樹を引き気味に拒絶する押し問答が十分弱続き、ようやく二人は本部の正面出入口前にて解散となった。

 

「じゃあ気をつけて帰れよー」

「お前もな、猟樹」

「あい~」

 

 帰路につく三輪を見送り、その背が見えなくなった頃合いを見計らって、猟樹も動き出した。

 まるで闇夜に蠢く虫のように背中を丸めて、目深にフードを被ると、目的地へと向けて歩を進める。

 

 

 

 

 

 

「……あの男、何処に行く気かしら……?」

 

 その様子を遠くの物陰から眺めていた女がいた。

 女の名は木虎藍。猟樹宰孤は彼女にとって不倶戴天の怨敵にして、親の仇より憎んだ悪性の妖怪である。ちなみに彼女の両親は健在なので誤解なきように。

 

「あんな大金を片手に……普通じゃないわ……!」

 

 彼女がどうして猟樹に対しストーキング紛いの行為を行っているのかと言うと、発端は本当に偶然だった。

 十五分ほど前のこと。木虎は訓練を終えて訓練室を出た所で、三輪と歩く猟樹の姿を発見した。その猟樹の片手には分厚い封筒が握られており、彼女はその光景を前にふと思い出したのである。

 

 ──闇落ち野郎たる猟樹宰孤は、毎月給料日前になると給料を全額前借りし、たった一人で夜の街に消えていく。そして次の日の朝には、すっからかんの財布と共に食堂の水道にしゃぶりつく彼の姿が発見される、と。

 

 一時期肝試し的な催しとして、給料日後の本部で素寒貧の猟樹を探すゲームが流行っていた。そこで猟樹を本当に見つけてしまった女子数名が、呪われてボーダーを引退したというのは有名な話だ。

 

「何をしてるのか、私が暴いてやる……猟樹宰孤……!!」

 

 そんなこんなで、彼女は猟樹の後を尾行することに決めたのである。

 どうせ如何わしいお金の使い方をしているに違いない。学校に通っていないとはいえ、未成年の男子が夜の街で数十万、下手をすれば数百万を散財するのだ。ボーダーから支給された綺麗なお金にどんな汚らわしい使い方をしているのか。想像するだけで憤りを感じる。

 もしも真相を暴くことに成功すれば、ただでさえ地の底に落ちている彼の評判は、地の獄にまで埋もれることであろう。今日の復讐とすれば最高のざまぁ展開である。

 

 夜間の街を未成年がうろついているのは木虎にも同じことが言えたが、彼女は正義を成すためだと自分に言い聞かせることで、正当化することにしていた。

 

「さてどこに行くのかしら」

 

 普段は虫並みに勘が優れた猟樹だが、流石に彼も疲れがたまっているのか、100メートル以上も背後からの尾行には気付きようがないらしい。

 木虎は決して気取られぬよう、しかし見失わない距離を保って猟樹の後を辿る。

 

 20分ほど歩いて、猟樹はとある建物に辿り着いた。特に何の変哲もない古びた木造アパートだ。

 その一回の一室のインターホンを鳴らす。出てきたのは黒髪ロングの女性だった。年の頃は二十代後半といった所だろう。

 

「まさかっ!」

 

 あの根暗陰キャを通り越した超絶暗黒大魔王に女が?

 いいや待て。待つのだ木虎愛15歳。その発展途上の脳をフル稼働させて冷静に分析するのだ。

 猟樹宰孤に恋人がいる可能性は、明日太陽が爆発する可能性にも等しくあり得ない。

 

 つまりこれは……売春!!

 

「あの男、なんてことを……っ!!」

 

 つくづく女の敵である。

 

 と思いきや、猟樹は女性と仲睦まじく談笑を終えると、給料の一部を渡してそそくさとその場から消えた。

 

「は? アイツ、お金だけ渡して……何のつもり……?」

 

 特に見返りめいたものを受け取っていた素振りはない。本当に、少し話して一方的にお金を渡しただけだった。

 困惑しながらも木虎は尾行を続ける。

 その後も同じだった。

 猟樹は様々な古めかしい集合住宅を訪れては、同じように住人の一人と対話しながら金銭を渡していき、最終的には給料の全てを使い切ってしまった。

 

「どういうこと……? 意味が分からないわ……?」

 

 借金の返済をして回っている、とかだろうか。

 木虎は猟樹と最後に話していた壮年の男性の部屋へと走った。

 チャイムを鳴らすと、男は申し訳なさそうな様子で顔を出す。その姿を近くで見ると、あまり良い生活は出来ていないのか、身なりも悪く頬が細ってしまっているようだった。

 

「あのっ!! わ、私! さっきの人の知り合いなんですけど!!」

「え? 宰孤くんの?」

 

 下の名前で呼んでいる。浅い関係では無さそうだ。他の人たちもそうだったのだろうか。

 

「先ほど、たまたま猟k……さ、宰孤さんが貴方に大金を手渡している所を目にしてしまいまして!!」

「…………」

「ええっと、一体何をしていたのか、気になって、ですね……」 

 

 男の目に猜疑の色が強くなっていく。

 怪しい言動だっただろうか。背中を伝う汗が痛い。どうして自分がこんな緊張を味合わなければいけないのか。筋違い甚だしくも、少女は猟樹のことを少々恨んだ。

 

「……君、確かボーダーの」

「あっ、はい! 嵐山隊の木虎藍です!!」

「だよねぇ! どこかで見たことあると思ったんだ!! もしかして、彼の“コレ”?」

 

 小指を立てて問われる。恋人かどうかと聞かれているのだろう。

 ブチィ! と木虎の額に洒落にならないレベルの青筋が浮かんだ。

 

「あ、は、はぃぃ、実はそうなんですよぉ、あはははは」

「そっかそっか! それじゃ、改めて宰孤くんにお礼を伝えといてくれるかな! 毎月彼には助けられてるんだ! 感謝してもしきれないくらいにね!!」

「……助けられてる、とは?」

「ん? あぁ、そっか。知らないんだね」

 

 男性は恥ずかしそうに続ける。

 

「ここは今、四年前の侵攻で親を亡くした身寄りのない子供たちが住んでる学生会館ってことになってるんだ。僕はここの管理人だよ」

「! じ、じゃあここに住んでる人たちって……!!」

「一部屋に4人ずつ。合計8部屋で計32人。僕以外は全員小学生から高校生の子供たちばかりだよ。宰孤くんは、彼らの学費や生活費を毎月工面してくれていてね」

「そんな、まさか。あの男が……」

 

 信じられない話はまだ続く。

 

「ある日突然、昨日まであった当たり前の生活と尊厳を奪われる苦しみ……君もこの街に住む人間なら知ってるだろう。僕は子供たちに当たり前の毎日を還してあげたくて、この会館を開いたんだ。でも行政からの補助金だけじゃ衣食住を確保するだけで精一杯でね。高校の学費となると、到底足りなくて……」

「……それを、あの男が?」

「あぁ。宰孤くんのおかげで、ここの子供たちは笑顔を取り戻しつつある。苦労は多々あるけど、最低限の青春も楽しませてやれている。彼には感謝してもしきれないくらいだよ」

「う、そ」

 

 絶句だった。

 ハンマーで叩かれたかのように、頭がガンガンに鳴り響いている。

 あの男を貶めようと手に入れた秘密の正体が、コレだったのだとしたら、今まで自分は彼の何を見て全てを知った気になっていたのか。

 彼の心象を推察して、木虎は肩が震えるような気持ちだった。

 

「宰孤くんのご両親、大層な資産家なんだろう?」

「……ッ」

「本人が語っていたよ。ご両親の意向もあって、個人的にネイバー被害を受けた子供たちを支援する活動をしていると」

 

 何を、言ってる?

 

 猟樹宰孤に資産家の両親だって?

 

 そんな事実を木虎は知らない。いいや、そんな事実はないはずだ。

 彼に両親はいない。唯一の血縁関係にあった家族すら四年前の侵攻で失っている。

 

 そんな人間が、誰にも言わず街の子供たちに支援を行っていただなんて。

 

 

「だってあの人、今晩泊まれるような、家すら、ないのに……」

 

 

 彼はどんな気持ちで毎月のように水道にしゃぶりついていたのか。

 

 

「自分自身、学校にも、行ってない、はずなのに……」

 

 

 夢だと思いたかった。

 夢であってほしかった。

 こんなの、夢であるべきだ。

 

「えっ! 家がない!? どういう事だい!?」

「うっ、嘘よ、こんなの……!」

「彼は、お金には不自由していないと!! 六頴館高校に在籍してるんじゃないのか!?」

 

 遠慮させまいと嘘までついて。

 そうまでして、どうして他人の為に働けるのか。

 どこまでが善意なのか。どこまで自分を犠牲にしているのか。

 

 

「猟樹先輩……」

 

 

 知らないと。

 

 誰か、知ってあげないと。

 

 木虎を突き動かしていたのは、先ほどとは全く違う使命感だった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 足がふら付くのは、栄養が足りていないのか、睡眠が足りていないのか、それともその両方か。

 自分を追い詰めれば追い詰めるほど、猟樹は自分を救っている気分を感じ取れた。

 誰かと為に自分を犠牲にすればするほど、届かない場所にいるあの子に手が届くと信じ続けていた。

 

 しかし、三輪は違っていた。

 

「……“自分の将来を守ることで、姉を弔う”ねぇ」

 

 柄にも無くはっとさせられた。

 

 なるほど、と。

 

 納得できはしたが、自分には真似できない芸当だ。三輪には自分を捨てる覚悟がないと言ったが、猟樹には自分に未来を与える勇気がない。

 臆病者はどっちか。

 復讐も、自分の人生も、両方とも確立する三輪の強欲。活力ある若者らしい素敵な生き様だ。

 

「……」

 

 正直言えば、猟樹は憧れていたのだろう。

 常に見下しているつもりになっているのは、自分が三輪より劣っている事実に蓋をするためだった。

 しかしながら、三輪の方も猟樹に対して相当な劣等感を持っているだろうことは想像に難くない。考えて見ると、滑稽なものである。双方負け犬同士という表現は的を射ている。

 

「雨か」

 

 頬を濡らす冷たい水を防ぐ術を、今はもう持っていない。

 猟樹はふらふらとボーダー本部向けて歩みを進める。その歩調に隊員時代のような力強さは、もうない。

 

「へっへ、うぃ~、兄ちゃんどうした~?」

「傘ささないと駄目じゃん!」

「お札濡れちゃったら大変でしょ」

「俺たち見ちゃったんだよね」

 

 いつの間にやら行く手を阻む四人の男。

 

「……」

 

 ゴミみてぇな顔だった。

 

「どっかで会ったことありましたっけ?」

 

「お。おーおー、そうだよ。俺だよ俺! 中学の頃、お前に30万ほど貸してた笹山だよ!」

「おっすオレ、猪狩! 山本くゥんお金かしてェ!!」

「つーか出せよ、持ってるの知ってんだぞ」

「さっきから配って回ってたよねぇ?」

 

 ゴミが何か喋っている。

 不思議なこともあるものだ。

 猟樹の頭はいつも以上に冷静だった。

 

「……何か、妙だな」

 

 顎に手を当てて考える。

 

「おかしいぞ」

「んん~? 何がおかしいのかにャ~?」

「どうでも良いからお金くれ。ボコるぞテメェ」

 

 天を仰いで考える。

 

「どういうことだ?」

 

 真面目に神に問う。

 

「なんでこんなゴミがまだ生きてるのに、あの子がもういないんだ……?」

 

「はぁ、コイツなんか頭おかし──ィぎッッ!?」 

 

 猟樹に鼻を折られた男が顔を抑えながら蹲る。

 同時に少年が撥ねた。矮躯は孤を描きながら男の顎を蹴り抜き、返す脚で二人目の眉間を射抜いた。

 

「あひっ──」

「うっぎゃああああああああああああああ!?」

 

 一人は一瞬で脳を揺られてそのまま倒れ、もう一人は目を回しながら狂ったように絶叫した。

 残る一人は、何が起きたか理解する間もなく、猟樹に下顎を掴まれた。

 

「おかしいよな? おかしいよな! おかしいよな!?」

「あ、あっ、あ……っ」

「なんでなんでなんでなんで! あんであの子がいない世界で、お前らゴミがまだ生きてるんだよ!! あの子はすっごく苦しかったのに!! なんてお前は嗤ってるんだよぉお!! なんで! なんでなんでなんでなんで!!」

「おっ、おたすけっ……」

「ふっざけんな! ふざけんなよな! だったら俺は何のために! 誰の為に!!」

 

 拳を振り上げ、殴る。

 倒れた相手に馬乗りになり、ただ左右から両の手を叩き込むだけ。

 殺しはしない。ネイバーと同じ人殺しになったりしない。こんなゴミでも人であることに代わりはしないのだから。

 猟樹宰孤が殺すのはネイバーだけだ。

 

 しかし、身体はいつまでも止まらなかった。

 

「俺はどうして! 誰の為に! 毎日毎日毎日!! みんなに嫌われて、疎まれて、蔑まれて!! それなのに、なんで俺だけ死ぬ気で働かなきゃならないんだよ!! なんで俺がお前らなんかのために、命を賭けなきゃならないんだよ!!」

「あぅっ、ぐ、が……許じ、で……」

「俺が笑えない世界で、テメェらが笑ってんじゃねぇクソが!!」

 

 

「……猟樹、先輩?」

 

 知っている声に、雨が止んだ。

 ふと立ち止まり、自分の行いを振り返る。

 

「…………はは、俺。何してんだ……」

 

 単なるチンピラなんかにマジ切れするなんて、実に情けない。

 それを散々威張り散らした後輩の前で晒してしまうだなんて、屈辱以外の何でもない。頭脳派を気取っておいてアンガーマネジメントが出来ないなんて道化以外の何でもないじゃないか。

 

「やぁ、木虎。俺、今ちょっと困っててさ。カツアゲに襲われてたんだ……」

 

 

「コイツ! ヤベェ! 逃げるぞ!!」

「あひ……あひ……」

「起きろ馬鹿!!」

「ひぃぃいいい!! 殺されるぅぅうううう!!」

 

 

「……どう見てもあなたが襲ってましたよね?」

 

 情けない泣き声を土産に逃げ去っていくチンピラを尻目に、木虎は猟樹に近付いていく。

 

「すみません。尾行してました」

「……オブラートな言い方をするな。ストーカーだろ」

「先輩が何をしていたのかを、全部知りました。子供たちのために、毎月のように給料を全額寄付していたんですね。どうしてそんなことを……」

「…………あのさぁ、俺、憐憫って世界で一番嫌いなんだよね」

「憐れむようなことは、まだ何も言ってませんよ?」

 

 目線にまで腰を落とした。

 

「後輩のくせに、先輩を見下ろすんじゃない」

「そっちこそ、先輩のくせに、後輩の前であんな痴態を晒して……──っ!!」

 

 両者ほぼ互角の罵り合いが始まろうかというその時、木虎は眼下の猟樹を観察して動転した。

 

「えっ、あなた、そんなに小さかったですっけ……?」

「はぁ? ナイススタイルな上にナイスフェイスな俺に何言ってんの君。しゃがんでるだけで身長177もあるんだけど? あるんだけど!」

「そういう意味じゃなくて!」

 

 仮にナイススタイルであっても、断じてナイスフェイスではないというかほぼゴーストフェイスなのだが、木虎の言いたいことはそうじゃない。

 

「最後にご飯食べたのいつですか!?」

「はぁ……?」

「答えなさい!!」

「敬語使えよヒス」

「質問に、答えて!!」

「アハイ」

 

 闇落ちしてからというもの、猟樹が女性に物怖じしてしまったのは、これが8回目くらいのことだった。振り返れば以外とあるものである。

 

「昨日……確かカロリーメイトを……」

「カロリーメイト以外で!!」

「……一昨日に、ビスコを……」

「保存食以外で!!」

「…………一週間前に、ふりかけ……?」

「まとまった固形物で!!」

「……確か、城戸司令にうどん奢ってもらったな。小さいヤツだけど。……二週間前に」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 木虎に首を揺さぶられて猟樹の視界がぐわんぐわんと揺れ動く。

 直後、吐き気と酩酊にも近いものが込み上げてきた。年下の活気に中てられたからだろうか。一気に疲れが噴出してきた猟樹の顔から、瘴気と共に生気が抜けていく。

 

「どうしてあなたは自分を大切にしないんですか!!」

「……大切にする理由がないんだよ」

「そんなこと……っ」

「昔はあったよ、いくらでも、自分を大切してやれる理由ってやつ。でも今はない。それならネイバー共に奪われた」

 

 忘れもしない、輝かしかったあの日々を。

 常に猟樹宰孤の胸の中心には少女が灯っている。

 それは今でも変わらない。

 ずっと少女を探してさまよっている。

 

「そんな弱音、猟樹先輩には似合いませんね」

「……これを弱音と受け取るか? 俺も大概だが、君も薄情な奴だよな」

「一緒にしないでください」

「一緒だよ。俺を買い被りすぎだ。全部見てきたんだろ? 俺は他人に施しを与え続けて自分を憐れんでやらなきゃ、マトモに立つことも出来ないゴミ虫だ」

 

 そう。

 一番彼を憐れんでいたのは、他でもない彼自身だった。

 

「死にたいって、毎日思ってる」

「……」

「大好きだった」

 

 ──これは、本当に初めてかもしれない。

 と、言いながら彼は思った。

 ここまで胸中の奥深くを吐露するのは、四年前のあの日以来、初めてのことなのかもしれない。

 

 相手は誰でも良かったんだろう。

 ずっと、誰でも良いから本音を話して楽になりたいと思っていたのだろう。

 

「先輩にはまだ幾つも、生きるべき理由があるでしょう」

「“復讐”のこと言ってるのか?」

「いいえ」

 

 それ以上の言葉を搾り出そうとして、少女は懊悩しているようだった。

 ふっと何かが晴れる。

 少年にはここまでで十分すぎた。

 何も言われなくとも、彼女が何を言いたいかを理解できた。

 

 だから猟樹は、自分の為に必要な台詞を使う。

 

「じゃあ木虎。お前が、俺の新しい理由に、なってくれるのか?」

「────」

 

 真っ直ぐ見つめる眼差しが、目の前にあった。

 

「理由にでも何でも、なってやりますよ」

「え?」

「うち近いんで、来てくれますか。先輩を空腹のまま帰したりはしません」

「……」

「あっ、分かってるとは思いますが、両親も祖父母もいるので変な気は起こさないように──」

「……フ」

 

 猟樹の腹から地獄の門番のようにどす黒い含み笑いが零れる。

 

「くくくく……」

 

 それは木虎が思わず距離を取ってしまうような下卑た声音だった。

 少年の手に握られていたのは、録音アプリを起動したままのスマホ。そのまま最新を録音データが再生される。

 

 

『それじゃあ、なぁ木虎。お前が新しい俺の理由に、なってくれるのか?』

『……理由にでも何でも、なってやりますよ』

『え?』

『…………うち近いんで、来てくれますか?』

 

 

「……」

「……情熱的だなぁ」

 

 

 眉間に皺を寄せ、汗まみれで震える木虎。

 愉悦の笑みで空を見上げる猟樹。

 どっちがこの場の主導権を握っているかは明白だった。

 

「俺相手にマウントトークで優越感に浸ろうなんて百年早いんだよ。俺は常に君の先手にいる」

「……はっ、まさか……」

「その通り。今までのはこの弱みを手に入れるための演技だったんだ」

「嘘! 演技!? ど、どこから……!!」

「全てさ。全て演技……」

 

 コイツの頭小南かよ、と思いながら猟樹は大事に録音データをクラウド上に保存する。

 

「消してください!」

「嫌だね。烏丸に送る。マジで」

「っ! や、やめてください!!」

「ん~、あ~……どうしようかなぁ……?」

「ぐっ、やっぱりあなたは最っ低ですね! ……あれ。ちょっと待って、まさか、寄付云々の話も全て嘘だったとか!?」

「全ては神のみぞ知る、だな。送信完了、っと」

 

 闇夜の路上に少女の蛮声が響き渡った。

 

 




ちょっと色々キツイ内容だったかもしれません!

ちなみに猟樹隊の選別条件は表向きには
1.防衛任務における敵の単独討伐数が30を超えている者
2.応募に際して、適正判断のための面接を受けることに了承する者

という内容でしたが、隠された条件として

3.男性であること
4.満十六歳以上であること
 
というものがありました。
主人公の女と子供に戦わせることを是としない性格であることを反映した結果です。
ちなみに条件4の年齢については、応募者の都合で一部例外もありますが悪しからず。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

いつからここが尸魂界だと錯覚していた? (作者:yvrararara)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

「私が天に立つ(※友達たくさんできるかな。)」▼現代日本で平凡な生活を送っていたはずが、目を覚ますと『BLEACH』の絶対的ラスボス・藍染惣右介(5歳)に転生していた。▼霊力も斬魄刀もない『よう実』の世界で彼に与えられたのは、完璧な肉体と頭脳、そして普通の言葉が勝手にラスボス風ポエムに変換される理不尽な呪いだった。▼※Geminiを利用して加筆修正しています…


総合評価:12797/評価:8.45/連載:41話/更新日時:2026年05月19日(火) 10:43 小説情報

FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで(作者:鳥獣跋扈)(オリジナル現代/冒険・バトル)

大学を出てから定職にも就けず、倉庫仕事とFPSゲームばかりの生活を続けていた青年・二階堂 恒一(にかいどう こういち)。▼彼の人生は、ある日を境におかしくなった。▼ゲームを終え、ふと顔を上げた瞬間――現実の世界に、FPSのHUDのような感覚情報が重なって見えるようになったのだ。▼他人の視線や足音の方向。▼危険が向かってくるアラート。▼――そして、銃を持った時…


総合評価:38491/評価:9.14/連載:39話/更新日時:2026年05月18日(月) 18:03 小説情報

どんな女がタイプだ?(作者:ブラザー)(原作:僕のヒーローアカデミア)

東堂葵の記憶と個性を持つ人間を放り込んだだけの話。なお幼馴染の湿度は高め。▼下ネタとかそっち系の描写もあるので苦手な人は注意。


総合評価:18276/評価:8.9/連載:11話/更新日時:2026年05月05日(火) 11:01 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>