005-1
「──以上が、今の一護サンの現状っス。まあ、控えめに言ってバケモンっスねぇ」
「人の息子を化け物扱いすんじゃねえよ」
「いやいや、バケモンでしょ、これはモウ。アナタみたいなお父サンの前で言うのもなんですが、常軌を逸してるっスよ」
真っ昼間の昼下り。
古臭い三間構成の面影を残す間取りの浦原商店の一角で、ヒソヒソと話す怪しい不審者が二人いた。
一人は、浦原商店の店主である浦原喜助。
もう一人は、クロサキ医院の開業医である黒崎一心だった。
「だとしても、言い方ってモンがあんだろうよ。ほら、この辺の表情とか母さんに似て可愛いとこあんだろうが」
「一心サンは子煩悩っスねぇ。いやはや、けどそうですか。もうこの子が生まれて15年も経つんスから、時の流れは怖いっスよ」
二人が見ていたブラウン管テレビに映っていたのは、黒崎一護……詳しく描写するならば、特徴的な死神姿で黒い霊圧を腕に纏い、それを今まさに虚の口に突っ込もうとする一護だった。
「今見せた所で既に席官クラスの霊圧っス。朽木サンと出会ったあの夜の霊圧は、機械のエラーで正確に測ることができませんでしたが……けど、推定でそれも加味すると、一護サンの霊圧は少なくとも隊長クラスっス」
「マジか」
「はい──それも、卍解時の霊圧っスね」
「やば、うちの子やればできるってレベルじゃねーぞ」
一心は、天井を仰ぎ見た。
誇らしいやら、心配やらハラハラとした心境である。
「正直、想定外っスよ。
「崩玉、とかってのは、関係ないのか」
崩玉という、『虚と死神の境界を操作する道具』に因縁深い浦原喜助は目をぴくんと動かした。
「死神になる前から一護サンは霊感がありましたからね。変なコトが起きないように万が一にも近付けないようにしてましたよ。まあ、目覚めちゃったものは仕方ないので、計画通り、崩玉はルキアさんの義魂に入れさせてもらいましたけど」
「……あー、じゃあ他になんか思い当たるコトとかないのか?」
「それはこっちのセリフっス、一心サン。……ただ、考えられる可能性はそれほど多くない、とアタシは考えてます。何しろ、一護サンの生い立ちは特異ですからね。むしろ遊子サンのように普通の娘さんが一人でもいることが驚きですよ、アタシからしては」
浦原喜助は、放り出していた足を組み、胡座をかくと、一心に向き直る。足袋が畳に擦れて、ジャッと音を立てた。
「まあ、何にせよ、一心サン。頼まれた調査はこんな感じっス。今の所はまだ、一護サンは、全く自分の力を理解できていない上に、無意識の内に霊圧を抑えています。なので、このままなら特に問題はないでしょう」
「そりゃよかっ」
「──ただ、これから一護サンの身に余ることが起こったら。例えば、無意識に抑えた霊圧が爆発する、なんてことが起きた場合は、ちょっとやばいかもしれません」
一心の相槌を遮った浦原喜助は、じっと一心を見つめる。
安心しきった一心が、たらり、と頬に汗を垂らすのを確認すると喜助は一転手を広げておどけてみせた。
「まあ、それも心配ないでしょう。朽木サンもいますし、まず席官クラスの実力は出せていますし。一護サンならまず、そんじょそこらの虚には負けたりはしないっスね。それこそ、
「……んだよ、脅かしやがって。そりゃあ、無いって言ってるのと同じじゃねえか。虚圏にでも行かない限りまず見ねーよ、大虚なんて」
「──はい。なので、マ、気にせず気にして上げてください。なんせ、あの子はまだ、十五歳の子供なんですから」
「言われなくても気にしまくってるわ」
「アハハー。だから、嫌われるんスよ」
「うるせぇ」
一心は喜助の悪態を笑い飛ばした。
005-2
一方その頃。
茶渡泰虎の一件からも、改造魂魄やらドン観音寺やら、なんやらと、様々な厄介事に首を突っ込んだり、突っ込まれたりしていた一護とルキアは特訓と称して河原にいた。
「だぁーかぁーらぁー、何度行ったら貴様は理解するのだ! つべこべ言わず、斬魄刀の名前を呼べと言っておるのだ!」
「いや、斬魄刀を呼べと言われても、見当たらないもんは呼びようがないだろ。それに、道具に名前をつけるとか、そういうのはもう卒業してる……」
「斬魄刀は道具ではない! それに、一護のその姿は始解で、だから斬魄刀を纏った状態にあるのだ!」
「刀を……纏う?」
議論は平行線だった。
一護には死神の常識がなく、ルキアが言っていることが理解できなかったし、ルキアからすれば始解できるということはイコール斬魄刀の解号と名前を知っていることだった。
そのため、互いが互いに誤解することでなにも状況が変わらないという悲惨な図式が出来上がっていた。
「それに貴様、技が出せないとはどういうことだ」
「なんつーか、霊力は感知できるんだけどよ、それを操作するってのが良くわからねえ。腕から霊力を出すことはできるけど、だから何だって感じだしな。それに殴ってれば虚は倒せるし」
最高峰の霊力も、使い方を知らなければ意味もない。
一護はその身に余る霊力の使い方を、未だに把握していなかった。
「刀も出せない、技も出せない。それではもし殴っても倒せない虚が現れたら、一体どうするつもりなのだ」
「どうするっつってもなぁ……殴る?」
「このたわけ者ッ」
青空の下、今日一番の快音が一護の頭から響き渡った。
005-3
「……黒崎……一護」
「──僕は、死神を憎む」
今、空座町を巻き込む、大騒動が始まろうとしていた。