常に無月な一護さん   作:一葉 さゑら

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9.ああ おれたちは無月 眼をあけたまま 空を飛ぶ夢を見てるんだ

009-1

 

 

 浅野啓吾は、帰宅の道すがら、一人で思索に耽っていた。

 彼の担任教諭をして、物を考えるの対義語と言われて久しい男であるが、今このときばかりは確かに思考をしていた。

 それも、『どっちの映画の方が濃い濡れ場があるだろう』とか、『隣のクラスの松田さんがこっちを見てたのは惚れられたからだろうか』とか、そんないつでも気にしてしまうようなことではない。

 考えていたのは、彼の友人達のことだった。

 

 小島水色、茶渡泰虎、黒崎一護。

 その3人の存在感がここ最近ぐっと増しているのだ。

 

 小島水色は、そのあどけない表情と色気のある仕草のギャップが更に広がり妖艶さに磨きがかかった。

 

 茶渡泰虎は、体付きも一回り大きくなり髪をかきあげ、漢として憧れざるを得ない、ハリウッドスターみたいなオーラを纏いだした。

 

 そして、黒崎一護はその変わった風貌に浮世離れした雰囲気が加わり、憧れるけど近づけないカッコいい男代表みたいになっていた。

 

 実際の所はそれぞれ、世界中を股に掛けたり(意味深)、大切な物を喪う経験を乗り越えたり、様々な生死に触れたりしていた経験が身になって態度に出始めたわけだが……そんな中、友達とゲーセンで遊んだり近所のガキんちょと鬼ごっこしていた浅野啓吾は、なんだか一人だけ置いて行かれたかのような寂しさを感じていたのだ。

 このままの俺でいいのか。

 あいつらはいつまで側にいてくれるのか。

 あいつらは無理しちゃいないか。

 

「……さん。おにーさんっ」

 

 この後も、なんとなくゲームセンターに行って、なんとなく集まった友達となんとなく選んだゲームでなんとなく楽しむことに、なんとなく危機感を抱いたその時。

 直ぐに横から声を掛ける声が聞こえる。

 明らかに、自分を呼んでいる。

 普段なら無視するところだが、さっきまでそんなことを考えていた手前、啓吾に普段と違うことをしようという気が立つ。周りを見て他に誰もいないことを確認した後にその声に応じることにした。

 

「──俺、ですか?」

「そうですそうですっ!」

 

 寂れた……なんてこともなく、街のみんなにご愛顧されてる商店街の一角。土産屋と紳士帽子専門店の、人一人がぎりぎり通れるような狭間。声は、こんな隙間あったのか、と初めて気が付いた所から聞こえてきた。

 

「ちょっと、こっちで話しませんか? 絵も壺も鼠もいませんよ!」

 

 怖い怖い怖い! 

 え! 俺があの三人みたいになるにはココにいかなきゃいけないんスカ!? できれば水色みたいのでおねがいしたいんですけど! 

 などと、甘ったれた口調に思わず応じたはいいものの、流石に怖気づいていると、暗闇からの声は、ずっとここにいられるのも困るんですが! と焦りを帯び始めた。

 

「ええと、でも。その……」

「いいから来てっ!」

 

 にゅっと隙間から出てきた手と顔。

 その手は浅野啓吾の襟をつかむと、予想外な力強さでその隙間に引っ張り込まれた。

 

「あっ、まっ、てか可愛っ! えっ!? 何?」

 

 少しの好機心とそこそこの不安感。そして声を掛けてきた女の子が可愛いことによる期待感。非日常に俺も仲間入りできるのか、と男子高校生らしいメンタルのまま引っ張り込まれた先。そこには、意外なことに6畳程度の広がりがあった。四方はコンクリートの建物に囲まれ、やや荒れ気味な空き地といった感じである。

 人はだれもいない。

 

「……え?」

「ふふ……ここはね、昔建物が立ってたけどどこにも接道してないからもう何にも建てられない、再建築不可地なの。いわば都市のギャップって所かしら?」

「都市……え? GAP?」

 

 ギャップ違い。片方は森林、片方はファッション。

 妙ちきりんなすれ違いはともかく、啓吾はようやく理性らしい理性を取り戻してきた。

 

「お、おい! なんなんだよ、コレっ。も、もしかして美人局か!? や、止めとけよ。俺にはとんでもねえ友達が──」

「あ、いいです。そーゆーの」

「──はい?」

「いえいえ、貴方にお願いしたいのはお金でも男としての魅力でないので」

「あ、ええ? そうなの?」

 

 拍子抜け。

 やっぱ現実って無情だわ。啓吾は項垂れる。

 

「……ええ。貴方にお願いしたのはただ、貴方が『空座町の人間』だからよ──」

 

 そう言うと女性はつかつかと草むらに向かって歩くとしゃがみ込み「えいっ」という掛け声とともに何かを引っ張った。

 ガコッ。という音ともに啓吾の目に入ったのは赤褐色の円盤。

 

「──へ? マンホール」

「ほら、早く来て。みんな待ってるんだから」

 

 ここに来て一番の笑顔。

 水色、チャド、一護。その三人をして最も優しく情に厚いと言われた男、浅野啓吾は、「……ああ、もう!」と一声上げると彼女の元へと駆け寄った。

 

 幹線道路くらやみ事件を契機に集まった多種多様な人間達。そして不法滞在を取り締まろうとする日本警察に一儲けしようと企む第三組織。そして、とある異能者軍団をも巻き込んだ一大事件が、今、まさに始まろうとしていた。

 彼は、その渦中に、唯一の『空座町人』兼『中立審判』兼『証任者』として飛び込むことになる。その中で彼は善悪とは、罪罰とは、正義とは何かを自身の魂を軸に判断することになる。

 

 

 そう、浅野啓吾の、夏の大冒険が、はじまる──。

 

 

……かもしれない。

 

 

 

009-2

 

 

 

「おら、死ねッ! ウルル!」

「瞬歩、というのはデスね、死神の霊力を利用した移動方法です。実力次第ですが、常に相手の裏をとったり、相当な距離感を詰められたりできますので、結構重宝する技術ですね。ほら、あそこでウルルとジン太がやっているドラゴンボールの格闘ゲームみたいな感じです」

「瞬歩……」

「それにしても、黒崎サンの鎖結と魄睡が負傷しなかったのは不幸中の幸いでした。この2つが破壊されてしまうと、霊圧を作ることもそれを供給することもできなくなってましたから」

「死ね死ね死ねー!!」

「ちょっと、もー! ジン太! 今、一護さんと大事な話ししてるんですから、もうちょっとボリューム下げてください!?」

 

 浦原商店の昼下がり。

 紬屋雨と花刈ジン太という小学生組は、座敷を占拠してプレステのゲームに熱中していた。

 黒崎一護はその光景に対して、何か手に入らない美しく眩しい物を見たかのような表情をする。浦原はそんな彼を見て『子供が子供を眩しがってる』と、なんだか可笑しくなってしまい慌てて口元を隠した。

 

「ま、まあ、とにかく。お陰様でいくらか、コチラ側には余裕があると言えます」

「ルキアが攫われてもう何日も経つって言うのにか?」

「ハイ、尸魂界も現世と同じで罪人を捕まえたとしてもその後の手続きは沢山あります。つまり、ルキアさんは今の所、九割九分九厘無事と言っていいでしょう。加えて言えば、彼女の立場、罪人の扱いとを鑑みて傷一つない事とも。少なくとも、肉体面は」

「精神面は?」

「その辺は死神ですから。人間とは経験が違います」

「……けどさ、浦原さん。余裕があるって言っても無限にとは言えないだろ。その後はどうすんだよ」

「へ? 一護サンは朽木サンを助けに行かないんですか?」

「……え?」

「あれ? そういう集まりじゃないんですか? コレって」

「逆に、助けに行くことに賛成してくれるのか?」

「そりゃあ勿論──仲間じゃないですか」

 

 う、胡散臭え。

 どの言葉もあらゆる方向に解釈できるような表情態度声色じゃねえか。と、一護は思いっきりしかめっ面をしてみせる。

 浦原はまたしても笑いそうになるがぐっと心を抑え、湯呑を持つ。が、どうしてもぷるぷると手が震え、そんな自分が最後の一押しとなってしまい、ついに声を上げた。

 そして、抗議するような一護の目線を受け止め、改めて、お茶を一口飲む。落ち着く。

 

「す、スミマセンね。ちょっと、口と心とが言うことを聞かなくて」

「聞かせる気あったのかよ」

「それは、もう。多分に」

「ウィットな言い方しかしない奴だな。──だからじゃないのか?」

「こればっかりは性分なもんで……と、いうわけで。一護サン。アナタにはそのための力を付けて貰います」

 

 パシン。と手元の扇を閉めて、浦原喜助は宣言した。

 それに対して、一護は、歯切れ悪く言葉を返す。

 

「あー、うん。それは嬉しい申し出だけど……けどさ、力を付けようにも俺って、正直、何もわかんないんだよなあ。ルキアが居なくなって初めて気付いたけど、ホントに何も知らなかったんだ」

「ヘェ……」

「幽霊のこと、虚のこと、死神のこと。──浦原さん、今時の死神って、大鎌じゃなくて刀持ってんだな」

「ぶはっ、ふふっ、ふふっ、ふふふふふ……い、いま、今時って……ふふ」

「そんな笑うなよ……」

「ごめんごめん! ちゃんと教えマスから! 死神が和服着て刀振り回してる理由からね──ふふふっ」

「……」

 

 浦原喜助の珍しい爆笑にウルルとジン太は思わずゲームをする手を止め、部屋の奥からは黒猫もそろそろと寄ってくる。注目が集まるほど一護がイヤソーな表情をするものだから更に浦原が笑みを深める。

 こうなってはもう、収拾がつかない。一護は数分かけて、何とか小学生二人をテレビ画面に張り付き直すと、猫を手元に拾い上げ、未だ肩を震わせる浦原の前に座り直した。

 少しの休題を挟んだ後に、浦原喜助は復活する。

 黒猫を撫でながらお茶を啜る一護は真面目な顔を作り直す浦原喜助を呆れた目で見た。

 

「話進めてもいいか?」

「ええ……ご迷惑おかけしました、一護サン。それに、夜一サンも」

「夜一?」

「アナタが撫でてる、そこの猫さんの名前ですヨ」

「ああ、そういうコト。お前は夜一っていうのかー、うりうり」

 

 ルキアも見たことない、優しげな表情に、思わずお腹を見せる黒猫。井上織姫が見ていたら卒倒するほどの指付きで撫でるものだから、「んなぁ〜」と猫も声を漏らす。

 浦原はそう何度も咽るものかと舌を強く噛み締めた。

 

「そ、それでですね。私も考えたんですが、一護サン」

「はいはい」

「茶化さないで下さいよ、締まりませんから」

「はいよ。……で、なんだよ」

「──鬼道ってご存知ですか?」

「鬼道?」

「ええ……実は先生も用意しちゃってたりして」

「先生?」

 

 と、一護は首を傾げた。何故か夜一も一緒に。

 

 

009-3

 

「当たり前の話、人間は地球上至るところに生息します。様々な文化と生活の中で生きとし生けるものと生存競争を繰り広げています。それゆえ、その中で生み出されていった死生観というものは、その土地土地の宗教や信仰と結び付き昇華され現在に至ったものである、といえるのです」

「先生って、テッサイさんのことか……」

「ふふふ、これでも私、店長並みに鬼道が得意だったりするんですぞ?」

 

 元鬼道衆総帥 大鬼道長だった男は誇張も謙遜せず、しかし全くそれを悟らせぬようにそう告げた。

 案の定、一護はエプロンヒゲメガネの怪しさ満点なテッサイに懐疑の目を向ける。が、一応それでも浦原さんの紹介だしな、と納得したんだかしてないんだかよく分からない顔でうなずくと、人選に文句を言うこともせず、相槌を打った。

 

「……それで、死生観っつうと、神道の天ヶ原とかキリスト教の天国地獄とかってことか?」

「流石、よく知っておられますな、黒崎殿。そして、そうやって巷で囁かれるそれらはどれもが正しく、間違ってるとも言えるのです」

「へぇ」

「尸魂界は、そんな人々の解釈に寄り添うようかのように東西南北それぞれに存在していて、それぞれ東梢局、西梢局、南梢局、北梢局を名乗っております。そして、朽木ルキアさんが所属される組織こそが、尸魂界東梢局護廷十三番隊というわけです」

「なるほどな。それに、ははあ……梢ってことは中央には幹が有りそうだけど、その辺はどうなんですか、テッサイさん」

「ふふ、黒崎殿は言葉遊びが好きですね」

 

 テッサイは一護の軽口を受け流す。

 

「……それで、鬼道というのは何なのか、という話なのですが。まあ、簡単に申しますと、霊力を媒介とした魔法みたいな物です」

「魔法……っていうとあの? ザケルとか、キラキラとか?」

「ええ。加えて言えばヒャドとか、ブリザドとか、そういうヤツです」

「なら、それって呪文を唱えれば誰でもできちゃうんじゃあ──ああ、そうか。霊力がいるって言ってましたね」

「その通り。勿論、唱えれば誰でもなんて、そう上手くは行きません。必要なのは燃料となる霊力、機構となる鎖結と魄睡などの霊体組成、そしてそれを操作するための知識です」

「……知識?」

「ええ、ですから。今からするのはですね、黒崎殿」

 

 勉強ですよ。

 徐ろにテッサイは、ホワイトボードを取り出した。

 ホワイトボードには、何やら夥しい量の文字が所狭しと並んでいるのが見え、一護は戦々恐々とする。

 

「鬼道の勉強とはつまり、呪文──鬼道では詠唱といいますが──それの勉強を行って貰います。端的に申しますと、なぜその言葉その配列、その量を発言すれば鬼道が発動するのかを知っていただきたいのです」

「……あー、つまり?」

「黒崎殿は美術史は得意ですかな?」

「そんな科目、聞いたこともねえっす」

「そうですか。それでは軽く、初期キリスト教美術についてお話しましょう」

「いや、軽くされても分からないっす」

「では、概略だけ」

 

 聞き入れてくれねえ。

 ゲンナリはするものの、これもルキアのためだと黒崎は頭を上げた。以後数分、聞いてみる。

 するとどうやら、象牙のレリーフや石棺、聖堂壁画、建築形式など様々な事例を持ち出されて説明されたところによると、つまり、初期キリスト教美術というものは、その前の時代までに流行っていた美術の形式をそのまま中身だけ替えて作るということがあったらしい。

 聖書の挿絵みたいな美術品に、ギリシャ神話の構図を用いたり。

 キリスト教の聖堂をローマの神殿の形式で作ったり。

 今で言う、文化盗用や文化侵略のような、そういうことがあったらしい。

 

「現代で言いますと、MacBookでWindowsを使うようなもの、といえばわかりやすいでしょうか? ……いえ、最近は簡単にはできないんでしたっけ?」

「いや、知らねえよ──で、それがどういう結論になるんすか?」

「つまりですね、異なる文化や言語の単語であってもそこには見えない意味や文脈が存在するのです」

 

 キリスト教の背後にはどうしても紀元前の文化が香ってしまうように。

 鬼道の詠唱、その文言には、字面以上に意味が存在する。

 

「……最近授業でやったぜ。ハイコンテクストって奴だな?」

「はい。言い換えて寓喩、アレゴリーですな。そして、鬼道という術式体系は、東西南北梢局で用いられる呪文の中でも、日本らしく割と節操ないです。ですので詠唱は、東西南北あらゆる文脈を利用してしゃぶり尽くした文章をしています」

 

一護の脳内でスパゲッティモンスターがサラダボウルの中で踊り狂う絵面が浮かぶ。苦々しい表情を浮かべ、かいた胡座を崩しながら更に一護は訪ねた。

 

「それって短時間で習得できるんですか?」

「まずもって無理でしょうね。何年も学んだ尸魂界の死神見習いでも鬼道が扱えず留年する者も珍しくありません」

「えぇ……」

「結局、扱えないまま腕っ節で卒業する方もザラにいます」

「それは……どうなんだ? いいのか?」

 

 あちらでは、強いか否かが全てですから。とテッサイは笑って言った。なるほど、その分を補えるほどの有能さがあればいいのか……なんて脳筋なんだ、と一護は呆れ半分に頷く。

 

「聞くところによりますと、どうやら黒崎殿は高校のお勉強がとても御出来になられるとか」

「あ、ああ。まあ知らないことを憶えるのは嫌いじゃないからな」

「ふむ、それでしたら、まずは、人類史をやりましょう。功績、罪悪、死後の世界とこの世界はそういったものと密接に関わり合ってますので……楽しいですぞ?」

「鬼道が使えるようになる保証もなくて、しかもメニューは座学……本当にそれで強くなれるのかよ──ですか?」

「ええ、約束します……鬼道を扱うことを通じて霊力の多様な在り方を学ぶのが今回のテーマですので。まあ、黒崎殿の場合は『巧くなる』のほうが正しい気もしますが、ね」

 

 ドサドサドサッ、と様々な本やコピー冊子を机に乗せて、久々の弟子ができました、と嬉しそうに言うテッサイを見て、黒崎一護は震え上がるのだった。






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