砂時計の白き閃光   作:弓風

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イレギュラー

 薄暗く埃っぽい小さな建物の中に俺達は居た。

 酷く傷み歪む椅子に座る俺の隣で、表情は気高いものの恐怖で震えるマックイーンと、マックイーンを落ち着かせようとするゴルシを含め、俺達の予想だにしない世界、常識、風景がそこに流れていた。

 外では爆風は新たな爆発に覆われ、銃声はより大きな砲声にかき消される。

 

 俺だって恐い、意思に反して足が震えている。しかし、怖気づく訳に行かない。

 俺達は望んでこの紛争地域に赴いた。目の前で銃を持ちながら俺達の護衛を受け持つ傭兵に彼女の詳しい話を聞くために・・・

 

「ここは他よりは比較的安全だ。だが、命の補償は出来ない。」

 

 そう言って傭兵は振り返り、俺へ鋭い視線を向け呆れたように発言した。

 

「沖野トレーナー、日本から遠く離れた危険で辺境な地に何の用事だ?君達はレースで人々に希望を魅せる為の貴重な人材だ、ここに来るべき存在ではない。」

「レイレナードの亡霊さん。俺・・・いや、俺達は彼女の話を聞きに来ました。」

 

 俺達が知りたかったのは彼女の事だ。

 短い間とは言え、日本だけでなく世界中に一生忘れない夢や目標を教え、苦楽を共にした彼女の事を。

 

「それ程に無念だったのか?・・・なるほど、平和な場所であろうと狂気の眼を持つ者は現れるという事か。良いだろう。ホワイトグリントについて、俺の答えられる範囲で答えよう。」

 

 ホワイトグリント、傭兵の口から発せられた彼女の名前を聞き、ふと三年前の出来事が頭を過ぎった。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「もう耐えられません!」

「トレーナーなのに、何もしてくれないじゃないですか!」

「この前にお伝えした通り、辞めさせて貰いますね!」

 

 目の前に立つ怒り心頭のウマ娘達はそう叫ぶと、チームルームのドアを開けてさっさと部屋を出ようとする。

 

「待て!話を・・・」

 

 俺は咄嗟に声を上げて引き止めようとしたが、最後の一人が外に出た途端、ドアが乱雑に閉められ大きな音を鳴らす。

 片手を中途半端に伸ばした体勢の中、部屋は先程の騒乱が過ぎ去り静寂が訪れた。

 

「はぁ。」

 

 俺は近くの椅子に座り、大きなため息をつく。

 

 一体俺は何処で間違えたんだ?

 今までの放任主義ではなく、リギルのように事細かく管理する方が今の時代に合っているのか?

 

 弱気になった俺の心には一瞬そんな考えが浮かぶが、直ぐに違うと否定した。

 

 いや、走り方を含めて本人が満足できないレースの方がよっぽど駄目だ。

 それにまだコイツが残ってる時点で、俺の教育方針は大外れってわけではないだろう。

 

「よう、オセロするか?」

「そうだな。」

 

 三人がスピカを辞めた中、唯一残ってくれた銀髪が光るウマ娘。

 少々・・・相当破天荒であるものの、やる時はやる。そう言う奴だからこそ、まだ希望は持つ事ができた。

 だが、少しばかりメンタルが参っているのも事実である為、気分転換がてらゴルシのオセロに付き合おうと席を移動する。

 

「ゴルシ、少しは手加減してくれよ。俺じゃお前に勝てないの分かっているだろう?」

「ほぉーん?何でも全力全開のゴルシちゃんに手加減を求めるとは、中々いい度胸しているじゃん!」

「ハハッ、どの口が言ってんだか?」

 

 こうして始めたオセロは、ゴルシが唐突にゴルゴル星に帰ると発言して窓を飛び出すまで続いた。

 

 先に伝えて置くが、案の定オセロの結果はボロボロだと言っておこう。

 勝てないの端から分かっちゃいるが、毎回一色にされるのは割と堪えるんだぞ!

 口に出せば間違いなくいじられるのが目に見えるから、心の中で文句を言いながらオセロを片付ける。

 

 ゴルシが居なくなり本格的に静寂が流れる中、次の打つ手を考える。

 

 所属が一人ではチームスピカの存続は不可能とすれば、新しいウマ娘をスカウトするしかない。

 若干猶予がある間に広告を打っておき、後はスカウトで地道に進めるしかないか。

 スカウトならば模擬レースを観に行くのが一番・・・か。

確か次の模擬レースは何時か確認しねぇと。

 

 などと、今後に行う予定を考えていると突如ドアが開かれ、反射にドアに視線を向ける。

 ゴルシが戻って来たのかと頭を過ぎったが、そこに立つ女性を見て間違いと気づいた。

 

「おやおや、珍しいお客さんではありませんか。」

「スピカが解散の危機だって小耳に挟んだのよ。沖野相手に言いたくないけど、競争相手が居なくなれば貴重な目標が減るのは好ましくないだけ。」

 

 呆れた様子で立つのは、トレセン学園内最強のチームであるリギルのトレーナーであるおハナさんだった。

 ウマ娘を細かく管理し、厳しく指導するおハナさんは実績もあって近寄りがたい雰囲気を持つが、実は物凄く面倒見の良い人物である。

 俺はおハナさんと長い付き合いがあるからこそ、言葉の裏側を理解して嬉しく感じていた。

 

「ほぉ、最強と名高いリギルのおハナさんにそう言っていただけるなんて、嬉しくて涙が出ちゃいますね。」

「嘘泣きをしている暇があるなら、さっさと用意して。今日の模擬レースが始まるまで時間は無いの。」

 

 おハナさんから模擬レースの話を聞き、大慌てでストップウォッチやメモを用意する。

 そして用意している間、唐突におハナさんからスカウトとは別の目的を告げられた。

 

「そうだわ。今日の模擬レースは少し観客が多いかも知れないわね。」

「今年は才能のあるウマ娘が多いと聞くから、それの影響ですか?」

「確かにその通りだけど、もう一つあるわ。特異的な走りをするイレギュラーの噂くらいは知っているでしょう?」

「イレギュラー?」

 

 俺は作業を止め、イレギュラーと言う単語が入った出来事を思い浮かべる。

 

 そういや、ゴルシが練習中にこの前何か言っていたような。

 なんだっけ?内容は覚えていないが、凄い走り方をするウマ娘としか覚えていない。

 

「まぁ噂が嘘か真かなんて、実際に見てみれば分かる事だけど。」

 

 と言う事で、模擬レースが開催される学園内のバ場へ向かう。

 観客席は他のトレーナーや模擬レースを観戦しに家族連れが集まっていた。

 

 確かにいつもに比べると多いな。

 

 俺の見た範囲に普段あまり顔を出さないトレーナーの姿もチラホラ見受けられた。

 思ったより注目度が高いと再認識しつつ、レースを一望出来る一角の席を確保する。

 

「例のイレギュラーの出るレースは第5レースよ。」

「んじゃ、それまで見込みのあるウマ娘を探すとしますかねぇ。」

 

 そう言って、目の前で行われているレースを観戦する。

 日本の優秀なウマ娘が集まる中央トレセン学園なだけあって、まだまだ荒いものの、何かしら才能の欠片を魅せるウマ娘しかレースに出ていなかった。

 しかしそれでも、公式レースに出られるのはトレーナーと契約したほんの一握り、相変わらず世知辛い職業であるともたまには思う。

 そして遂に目的のイレギュラーと呼ばれるウマ娘が出場するレースがまもなく始まる。

 ゲートの前で数人のウマ娘が準備体操や瞑想でそれぞれがレースへ向け準備をしていた。

 

「例のウマ娘はどの娘ですか?」

「確か、9番のゼッケンを付けているウマ娘よ。・・・あの長い銀髪の娘がそうね。」

 

 スタート地点に立つ、唯一銀髪のウマ娘へ視線を向ける。

 

・・・不思議な立ち姿だな。

 

 例のイレギュラーは足を軽く広げ、腕は伸ばしきらず少し曲げて立っている。

 そして俯いていた顔を上げて顔が見えるようになった時、俺は直感的に感じ取る。

 

 コイツは本物だ、強い。

 立ち方は変だが、雰囲気からして他のウマ娘とは違う。

 

 俺は視線をイレギュラーから離せず見つめていると、各ウマ娘がゲートへ入る。

 イレギュラーへ意識が向けられていた為、ストップウォッチの準備をしていなかったと気付き、少し慌てる。

 そしてゲートが音を立てて開き、レースが開始された。

 

「早いっ!」

 

 その言葉を発したのは俺だったか、おハナさんだったかそれとも他人だったのだろうか。

 ゲートが開かれ、最初に飛び出してきたのは銀髪を靡かせたイレギュラーだった。

 

 スタートダッシュの加速力・・・いや、瞬発力が異常だ!

 

 スタート直後でありながら、既に先頭と2位との間は3バ身は離れている。

 そして瞬間的に末脚を使うような独特の加速を交互に繰り返し、スピードが常に上がり続ける。

 レースの半分の1000mを通過した時には既に周りとの圧倒的なバ身が表れていた。

 外から見れば破滅的な大逃げ、その一言だった。

 周りとの実力差があるからかも知れないが、前のレースで見たリギル所属のサイレンススズカの逃げにすら匹敵するように感じる。

 

 だがあんな無茶苦茶な走りをしていれば、いずれスタミナが尽きるはずだ。

 

 スタミナの消費が激しい逃げに加え、既に末脚を何度も使用している観点から、常識的に考えて思い込んでいた。

 

「おいおい嘘だろ!まだ加速するのかよ!」

 

 イレギュラーが最終コーナーを越え、直線に入りながらも加速し続ける状態に思わず俺がそう叫んだ。

 ただでさえ大量のスタミナを使用する大逃げをする入学したばかりのウマ娘が、レースで一度も減速せず、常に加速し続けるなんて考えていなかった。

 ゴールを越え、判定は堂々の一位、それを疑う者は誰も居なかった。

 観客席からイレギュラーに向けて家族連れの一般人から歓声が送られるが、ウマ娘に詳しい者やトレーナーは皆、呆気を取られて数秒間動きが止まっていた。

 

「・・・不意を突かれたとは事かしら。想像以上ね。」

 

 おハナさんが珍しく呆けて呟き、俺はストップウォッチのタイムへ目を向ける。

 

「独走状態で何一つ駆け引きが無かったとは言え、このタイム。G1ですか?」

 

 手に持つストップウォッチの数値は、模擬レースはおろかG1のタイムと言われても不思議ではなかった。

 とんでもないウマ娘が現れたと思った同時に、ソイツを俺の手で育てられないことを残念に思う。

 

「羨ましいぜ。あんな有望なウマ娘を育てられるなんてねぇ、おハナさん。」

 

 基本的に最も強いウマ娘は学園随一の実力を持つチームリギルへ向かう。

 もはや恒例行事であった。

 クラシック三冠馬のシンボリルドルフの時もそうであった以上、俺はそう考えていたが、次のおハナさんの言葉で呆気を取られた。

 

「あら?勘違いしているようだけど、私はあのウマ娘のトレーナーでないわよ。」

「えっ?これはどう言う?」

「あの娘、今まで一度もリギルの選抜レースに来た事が無いのよ。」

「それってつまり、リギルに興味が無いって事か?」

 

 てっきり、あの馬鹿げた才能を持つウマ娘の所属は、最強のリギルと思い込んでいた。

 しかしおハナさんから違うと否定された以上、嘘でないだろう。

 とすると、何故選ばないかと不思議に感じるのは必然だった。

 

 うーむ。目の前の模擬レースで圧倒的強さを証明している以上、リギルの選抜レースに出走すれば間違いなくOK,むしろリギルから囲い込みに来るはずだ。

 リギルに拒否する理由は無い以上、ウマ娘の方がリギルに行かない理由がある。

 トレーニング効率、サポートの手厚さ共にリギルがトップである以上、それ以外の要因。

 知名度的にリギルを知らない訳がないから、リギルだけが持つ特徴とすれば・・・

 

「あの娘は管理されるのを嫌っているとか、か?」

「直接彼女に聴いたわけではないけど、恐らくそうでしょうね。」

 

 何処か達観したようにおハナさんは告げる。

トレセン学園内外問わず、細かな管理を嫌がるウマ娘は決して少なくない。

 現にクラシック三冠ウマ娘のミスターシービーだってそうだった。

 

「おハナさん。彼女の名前は?」

「ホワイトグリントよ。」

「・・・ホワイトグリント。白き閃光、か。」

 

 バ場に立つ彼女は、アルビノと思ってしまう程の白い肌に、遠目から分かる艶のある銀髪、そして先程の圧倒的速さ。白き閃光の名に相応しいだろう。

 

「もし彼女がトレーナーを選ぶなら、管理主義のリギルよりスピカの方が合ってそうね。もし合っていればだけど。」

 

 メモ帳から俺へ視線をずらしたおハナは淡々と口にする。

 

「彼女をスカウトするなら急いだ方が良いわよ。狙うトレーナーは多いわ。」

「分かっているぜ、おハナさん。」

 

 もし管理を嫌がる予想があっていれば、放任主義のスピカが合うのはほぼ間違いないだろう。

 だとすれば、一世一代のチャンスを見逃すつもりはない。

 

 おハナさんに一言伝えて、ホワイトグリントをスカウトしに探しに行く。

 しかしバ場の控室やその周囲を他のトレーナーを含めて捜索するが、ホワイトグリントの姿は何処にも見えなかった。

 疑問に思った俺は近くのウマ娘に確認したところ、既に外に出たと言われ、俺はひとまず近くの植木の傍で休憩して考えていた。

 

 あのレースから15分は経っている状態だ。

 既にスカウトされたのか?いや、周りを見れば誰かを探し回っているトレーナーの姿がチラホラ見える。

 探し回る全員がホワイトグリント目当てではないだろうが、決して数は少なくないはず。

 まだ探し回っている時点でまだ可能性ある。

 時間からしてバ場からはそう離れていないはずだが、トレーナーが複数人居ても未だ発見出来てない。とすれば、まだバ場に居るのか?

 

 間違っているかも知れないが、消去法で残った観客席に居る可能性に掛けて、足を動かす。

 そして観客席に着いて見回している時に、通路で立っているウマ娘が目に入った。

 運動服の上にパーカーを着ており、フードを被っていて顔は分からないが、半パンでむき出しになっていた太ももを確認した瞬間に確信した。

 

っ!居たぞ!

 

 俺はそのウマ娘を後ろから近づき、しゃがんで脚を触る。

 

「コイツは驚いた・・・!」

 

 ウマ娘は人間と比べて大きく筋肉が成長している。

だが、この脚は特に速筋の発達具合が異常だ。他のウマ娘の比じゃない。レースで見せた瞬間的な末脚が可能な要因はこれか。

 しかし、なんだ?普通の筋肉とは違う何か別の感触が紛れている。

 

 初めて感じた謎の感触が気になり、更に太ももを触っているものの正体が掴めなかった。

 その時、ウマ娘が振り返ろうとゆっくり脚を動かした為、太ももから手を離して視線を上に向ける。

 

 よし、予想とおりだ。

 

「チームスピカのトレーナー、沖野だ。君をスカウトしに来た。俺と一緒に夢を叶えてみないか?」

「・・・チームの教育方針は?」

「まぁ、言ってしまえば放任主義だな。本人が望む走りで1位を獲得出来るように手助けをする、簡単に言えばそんな感じだ。」

「・・・条件付きで良ければ所属、で如何ですか?」

 

 数秒の間を置いて、ホワイトグリントから提示された。

 ウマ娘側から条件が付く事は対して珍しい事ではない。

 クラシック三冠を狙いたい、トリプルティアラが欲しい、日本一のウマ娘なりたいなど、不可能と思える条件でも本人の望む未来を手に入れる手伝いをするのがトレーナーだからな。

 

「分かった。その条件は?」

 

 俺は笑顔で聞いてみたが、直ぐに表情が変わってしまった。

 彼女の口から発せられた、今まで聞いた事も考えた事の無い複数の条件に俺は動揺してしまったからだ。


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