「よろしくお願いしますっ!!」
太陽が昇りきる寸前の昼前、トレセン学園内に位置するチームスピカのルーム内で、スペシャルウィークは元気よく返事をした。
「よし、これでチームもピッタリ五人で安心ね。」
「こいつは入部のプレゼントだぁ!ボーリング場でも使えるくらいツルツルだぜ。」
ダイワスカーレットが笑顔で答え、隣のゴールドシップが入部のプレゼントとして、手のひらサイズの木彫りの熊をスペシャルウィークに渡す。
受け取ったスペシャルウィークは、表面が反射する位研磨された謎の作品に、感触の良さよりも疑問が浮かんだせいで困惑しながら受け取る。
それを見て、サイレンススズカやウオッカは軽く笑い、チームルーム内は賑やかな雰囲気に包まれていた。
「あぁ、約束通り五人集めたぞ。・・・そうか、チームルームの場所は分かるな。」
いつの間にか片隅で電話を掛けながらニヤける沖野トレーナーに、全員の視線が集中し、電話を収めたタイミングでダイワスカーレットが声を掛けた。
「そんなニヤニヤして、一体何処に連絡しているのよ。」
「あぁ、実はあと二人チーム入りが確定しているんだ。近場に居るから直ぐに来るぞ。」
更にチームの人数が増える事に全員が驚愕、特にスペシャルウィークは新しく友達が増えると思い、より歓喜の笑顔を表に出す。
「うぅ、先日まで一人ぼっちのチームだったのが賑やかになってゴルシちゃん嬉しいよ。流石私の息子だねぇ。」
「おいまて!ゴルシの息子になった覚えはないぞ!」
嘘泣きするゴールドシップと沖野トレーナーが漫才をやっている時に、入口が音を立てて開き、全員の意識が入口へ向かった。
入口で軽く腕を組んだ状態で立っていたのは、栗毛のショートヘアをしたウマ娘だった。
「ちょっと失礼するよ。連絡を受けたアグネスタキオンだ。よろしく頼むよ。」
「たっタキオンさん!」
予想外の人物にダイワスカーレットは声を張り上げ、一方のアグネスタキオンも少し驚いた様子を示した後、何処か怪しい笑顔を向けた。
そして親しげにダイワスカーレットに声を掛ける。
「やぁやぁスカーレット君、これから宜しく頼むよ。この前の栄養サプリはどうだい?」
「おかげ体調も凄くいい感じですよ。流石タキオンさんですね!」
「アハハ、照れるじゃないか。」
スカーレットの曇り無い本心からの褒め言葉に、案外満更なでもなさげにタキオンは回答するが、耳や尻尾は機嫌が良さげに揺れていた。
「おっと、そうだトレーナー君。お目当ての彼女もちゃんと来ているよ。」
タキオンが横に動き、後ろで影に隠れていたジャージ姿の小さなウマ娘が姿を表し挨拶する。
「これからお世話になります、ホワイトグリントです。宜しくお願いいたします。」
「あっ!教室で聞いた名前。」
休憩時間中の教室で、エルコンドルパサーからテスト中以外教室に居ない謎のウマ娘と聞いた名前だと、スペシャルウィークはふと思い出していた。
「すっげぇー!噂のイレギュラーじゃん!?おいトレーナー、どうやって脅したんだ?」
一方前半の驚愕が完全に消え去り、クッソ真面目な顔つきでゴールドシップが沖野トレーナーの襟を掴み尋問しようとするが、沖野トレーナーは慌てて即座に否定した。
「脅してねぇ!条件付きだが、ちゃんと了承は取ってるぞ。」
「おーよかったよかった。危うくトレーナーをペルシャ湾のブイにするところだったぜ!」
「人を海の藻屑にするなよなぁ。」
掴まれてヨレヨレになった襟を直し、沖野トレーナーはホワイトグリントへ声を掛ける。
「ホワイトグリント、急だが一週間後にメイクデビューの予定を入れるつもりだ。行けるな?」
「はい。異論はありません、受諾します。」
あまりに日程が近いメイクデビュー発表に、沖野トレーナーの横に立つスカーレットとウオッカが問いただそうとしたが、それよりも早くホワイトグリントの了承を得た為、出鼻を挫かれた二人は黙認する事に決めた。
ホワイトグリントの回答に一瞬笑みを浮かべた沖野トレーナーは、スペシャルウィークへ真剣な表情で発言した。
「それで次にスペシャルウィーク、お前に聞きたい。メイクデビューに進むに当たって選択肢が二つ存在する。」
「えっと、二つ?」
「そうだ。」
沖野トレーナーが指を二本立て簡潔に説明する。
「ホワイトグリントのメイクデビューと合わせるか、若干日にちをズラして別のレースに出るかだ。」
スペシャルウィークは転入してばかりとは言え、重賞のレースに出るにはメイクデビュー、未勝利戦を一位で突破する必要があるのは知っていた。
つまり、同じレースに出ればホワイトグリントとスペシャルウィークのどちらがしか先に進めないと言う意味でもあった。
「えっと・・・その、ホワイトグリントさんは強いんですか。」
「時期を考えれば正直強すぎると言っていい。それがイレギュラーと呼ばれていた所以だ。現状のスペシャルウィークだと、ほぼ間違いなく一位は取れないものと考えて欲しい。」
スペシャルウィークはホワイトグリントへ目線を動かし、他のウマ娘も同じく視線を集めた。
他のウマ娘なら動揺しそうな視線が集中しても平然としているホワイトグリントの姿は、何故か場数を踏んだウマ娘と同じ雰囲気を感じさせ、沖野トレーナーの言う通り、勝てる見込みがないように思ってしまう。
誰だって負けたくないと言う思いはあり、敗北の苦い味は嫌がる。
それは転入したばかりのスペシャルウィークとて同じだった。
メイクデビューをズラせば、敗北は味わなくても済むかもしれない誘惑が手を差し出す。
しかし彼女は意を決して、沖野トレーナーへ向け一直線に見据えた。
「私、一緒に出たいです!」
「茨の道だ、勝つ見込みは殆ど存在しない。レースの実力差に絶望するかも知れないぞ。」
「それでも!日本一のウマ娘になる為には必要な事だと思うので、お願いしますっ!!」
今まで愛情一杯に育ててくれたお母ちゃんとの約束を守る為に、逃げる意思はスペシャルウィークに存在しなかった。
「そこまで言うなら分かった。同じくメイクデビューの出走登録はしておく。あと、午後からトレーニングだぞ。他の全員もだ。」
「おっと、ホワイトグリント君は計測があるから少し残ってくれたまえ。」
ここでホワイトグリントとタキオン以外は昼食で解散し、その間、ホワイトグリントは手足に計測器を付けられた状態でいくつか指示を出され、実際に軽く運動を行った後、ホワイトグリントはカフェテリアへと向かった。
一方、チームルームで計測器からの数値を期待していたタキオンは、パソコンに表示された予想外の自体に頭を抱えていた。
「アグネスタキオン、何を悩んでいるんだ?」
「私はタキオンで構わないよ。それでこれさ。」
出走書類を作成していた沖野トレーナーが流石に見かねて話を振ると、タキオンはパソコンの画面を見せてくる。
画面のデータは先程ホワイトグリントの走った心拍数や呼吸回数などが記録されてデータだが、沖野トレーナーは一目見て頭を抱える理由を理解した。
「なんだこれ。データの欠落やら数値の上がり下がりが乖離し過ぎだろう。計測器が壊れていたのか?」
「そう思って調べてみたけど、計測器自体は何処も壊れてなかった。このパソコンも同様だね。」
「うーむ。データが欠落している以上、俺としては計測器の壊れたとした考えられないな。」
ホワイトグリントに取り付けた計測器がパソコンへデータを送信しきれてない時点で、どう考えても機械的の故障としか沖野トレーナーは思い浮かばなかった。
最終的にタキオンは別の計測器を用いて、午後にもう一度測定を行うと言う事で方向で一旦の解決策は決定した。
そして午後予定のトレーニングは、タキオンとホワイトグリント、沖野トレーナーとその他全員に分かれて行っていた。
ホワイトグリントがバ場を周回している中、沖野トレーナー側で一番トレーニングのやる気があったスペシャルウィークが行ったトレーニングは・・・
「次、右手青。」
目の前に見えた青い丸に右手を震えさせながら、ウオッカの体の隙間を突きながらスペシャルウィークは手を伸ばす。
「おぉ、良いぞスペシャルウィーク。その調子だ。」
「何・・この・・・トレーニングッ!」
スペシャルウィークがそう呟くのも当然であった。
なにせバ場のど真ん中でやっていたのはツイスターゲームだったからだ。
「これ、意味無いんじゃないの?」
内心呆れていたダイワスカーレットはジト目で沖野トレーナーに言うが、自信満々に回答する。
「意味はある!」
「じゃあ説明しろよぉー!」
沖野トレーナーの返答にウオッカが納得がいかず、声を張り上げて抗議する。
「たく、しょうがねぇな。ツイスターゲームは体幹を鍛えるのにちょうどいいんだ。まだまだお前達には土台が足りないんだよ。」
「だったらグリント先輩もやる必要があるんじゃないのかよぉ!」
「ホワイトグリントには必要無い。QBを行えるだけの体幹があるからな。そこらのウマ娘よりかなり上だぞ。」
突然出できた未知の単語に、スカーレットが疑問に感じて、スペシャルウィークとウオッカから視線を逸らして顔を上げる。
「QBって何なの?」
「ホワイトグリント本人がQB(クイックブースト)と呼んでいる瞬間的な末脚の事だ。ほれ、あれを見てみろ。」
バ場を周回し、QBを使用してこちらへ向かってくるホワイトグリントに沖野トレーナーが指を指し、スカーレットとゴールドシップが観察する。
近くまで走り続け、沖野トレーナーの後方を通り過ぎてホワイトグリントが走り去って行った。
「相変わらずホワイトグリントは、奇妙なフォームで変な加速をしてんな。」
「それはゴルシに同感だ。」
走り去るホワイトグリントにゴールドシップが感じた感想を口に出し、沖野トレーナーも横目で確認した後、賛同する。
横から見て上腕を腰より後ろに決して下げない独特なフォームは、世界を探してもホワイトグリントのみだろう。
腕と脚の動きは連動している為、速く走る場合にはしっかりとした腕振りが必要であるはずだが、そんな事情は関係ないとばかりに洗礼されていた。
「よくあんなフォームで走れるわね。トレーナーは変えさせたりしないの?」
「一応言ってみたが断られた。詳しく聞いてないが、どうにも理由があるらしい。」
「ふぅん。」
「も、もぉ無理ぃ・・・」
呑気に話をしている間、無理な体勢を長時間続けたせいか、体力が尽きてスペシャルウィーク、ウオッカがシートの上に倒れ込む。
「よし、次はスカーレットとゴルシだ。」
「フフッ、まぁ良いわ。例えゲームでも私が一番なんだから!」
「おうおう、このゴルシちゃんにゲームで勝とうなんて、564年早いぜ!」
負けん気を出すスカーレットにゲーム最強のゴールドシップがノリノリで行い、数回交代した後、今日のトレーニングは終える。
そしてチームルームに戻った沖野トレーナーは、部屋に明かりが付いている事に疑問を抱きながらもドアに手を掛けた。
「おっ?やぁやぁトレーナー君!ちょっと来たまえ!」
チームルームの扉を開けた沖野トレーナーを、興奮気味のタキオンが早く来いとばかりに手で指示をする。
複数の計測器が散らばった状態の机へ、近場の椅子を置いてタキオンの隣に座る。
「そんなに興奮してどうしたタキオン?」
「無事にホワイトグリント君のデータが取れたのさ。」
昼前に困っていた内容が解決した事はよかったが、そこまで興奮するものかと沖野トレーナーは疑問に思っていた。
しかしタキオンは生徒でありながら立派な研究者であり、何か参考になる数値でも取れたのかと考えていた。
「そりゃあ良かったな。それで何かしら面白い結果でもあったのか?」
「あぁそれは勿論!こんな事例は世界で最初かもしれない。これを観たまえ。」
パソコン画面が半分に別れ、左が折れ線グラフ、右がホワイトグリントの走る映像だった。
ホワイトグリントが走る間、グラフが微妙に上下し、本人がQBと呼ぶ瞬間的な末脚を行った時にのみ、グラフが大きく上昇した。
「何のグラフか分かるかい?」
「そりゃあ、脚に掛かる負荷とかだろ。」
「残念、不正解。答えは電磁波の強度さ。」
沖野トレーナーは呆気を取られ、口の中に含んでいた棒付き飴が床に落ちる。
「ハッ電磁波?負荷とかじゃなくて電磁波の強さなのか?これ?」
「そうさ。」
ウマ娘と電磁波の因果関係が全く分からない沖野トレーナーは、一瞬脳が理解を止めたが、その後直ぐに我に返ってタキオンの話を聞く。
「私もあり得ないと考えながらもホワイトグリント君に電波計測器を付けてみれば、常に体内から電磁波が発生していると来た。それに電磁波の強度は運動の強度に比例している。」
「まるで意味が分からん。電磁波を発するウマ娘なんて、長年トレーナーをしてきたが始めてだぞ。」
沖野トレーナーの発言を当たり前とばかりにタキオンも肯定する。
「当たり前さ。私もウマ娘はおろか人間でもそんな事例は無い。筋肉や神経伝達の体内電流が存在するが、それとは比較にならない桁違い出力だからね。一回目の計測が失敗するはずだよ。計測器の電波が電磁波で妨害されたらメチャクチャになるのも頷ける。」
言葉は残念そうにしながらも、何処か楽しそうにタキオンは話す。
「彼女の強さの秘訣は電磁波だけでは無いだろうが、恐らく要因の一つだろう。面白いモルモットだよ。」
タ キオンに全て賛同する訳ではなかったが、ただのウマ娘としての枠に入れていけないと直感的に沖野トレーナーも感じていた。