世の中にはいろんな人間がいる。
どう見てもジョークチョコとかそういう類じゃないのに、特級呪物を食べた人間とか。いつの間にか人生をカレーに支配された人間とか。とにかく、お前はどうしてそうなったんだと言いたくなる人間がいる。
本日はその前者が入学してきた。後者は思った。野良の指を食べるくらいだ、きっとお腹を空かせているに違いないと。なので寮時代のカレー部屋から移動と大型のアップデートを経た現在のキッチンで、鍋をかき回していた。
ついでに美味しい美味しいタンドリーチキンも仕込み済み。国産ブランド若鳥の柔らかな肉にスパイシーさマッチし、噛めばうまみたっぷりの肉汁が溢れ出す、最高に美味しいタンドリーチキンだ。勿論お供にラッシーもある。レモンもわざわざ愛媛の専属農家から取り寄せた、無農薬有機栽培された手の込んだ逸品で作られたそれらは、人気過ぎて昼前には品切れになってしまう。今日はどちらも彼のために確保しておいたのだ。鶏肉に至ってはとっておきの名古屋コーチンを、ラッシーのヨーグルトと牛乳も野辺山から取り寄せた。さあ来い、お腹を空かせた若者よ。指を食べるほど飢えているというのなら、私のカレーを食べろ――
その頃の虎杖は、五条に案内されながら校内を歩いていた。とはいえ配置が変わったりするので、中身の動かないところを主にではあるが。
その中で聞かされた話に、虎杖は度肝を抜かされた。
「え、どゆこと?」
「だからね、ここにはカレー屋は入ってるけど、購買はないから、必要なものがあったら休日とか任務帰りに買うか、通販を利用してねって」
「通販は分かるけど、カレー屋……?」
「うん、まぁ。気持ちはとっても分かる」
虎杖はフレーメン現象起こしたネコチャン面を晒した。すごく間抜けなしかめっ面。
「先生、なんで購買ないのにカレー屋はあんの?」
「……なんで、なんだろう?」
「めっちゃ悩む」
目が覆われていても分かるくらい、人生そのものについて試案している顔を五条はした。悩みの深度が読めない。
「元々はインド国籍のおっさんが呪霊に襲われてて……」
「じゃあその人が?」
「僕の同期がやってる」
「おっさんどこいったん?」
「都内のちょっと下町付近でマッサージ屋の店長兼マッサージ師やってるよ。ちなみに大富豪だからそのおっさん」
「なんて?」
虎杖は自分が賢いとは思っていないが、それにしたって暴力的な情報の多さである。
大富豪なインドのおっさんを助けたら先生の同期が校内でカレー屋を開くことになったが、元凶は下町のほうでマッサージ師をしている。全くどうしてそうなったのか理解できないし、経緯が想像つかない。
まさか同期がそんなおっさんに人生相談じみたことをしたせいで、色々なフラグとルートが破壊されつくされたものだということは、五条にも分からなかった。なんなら懇切丁寧に説明されても納得しないだろう。
だってここでの彼はスパイスに恋をし、カレーにすべてを捧げる男こそが親友なのだから。
「わ、マジでカレー屋が……」
「いらっしゃい、君を待っていたよ」
「なんでカレー屋なのにお坊さんの恰好なん?」
「今潜入捜査中なんだ。そこで違和感を持たれないために、こういう恰好をしてるんだ」
夏油は袈裟姿に割烹着を無理矢理着てカレーを調理していた。
これを着るのにもひと悶着あった。袈裟を着るなら日本式ではなく、インドから輸入するといって聞かなかったのだ。結局インド産に満足のいくものが無かったらしく、ネパール産の袈裟を個人輸入して試着していたところを学長に見つかり、もう生徒じゃないのに何回目かも分からない生徒指導室行きとなった。
そこに置かれていたのが現在の袈裟で、衣装は高専側が用意すると伝えてあったのに、勝手に個人輸入したのは夏油である。だいぶイイ空気吸うようになってる。毎日美味しそう。
「コイツがブッディストしてると偽物のサドゥーに見える」
「お、マスタルいるじゃん。今日水曜じゃないのに珍しいね」
五条は慣れたものでマスタルの向かいの席にさっさと着いた。虎杖も五条に倣って彼の隣に腰かけて正面の怪しい風貌の初老の男を見やった。初老というよりも老人のほうが正しいかもしれない。正しい年齢も正体も全く掴めそうにない。
「マスタル?この人?」
「そだよ。アイアムヨーガマスタル。マッサージ受けるか?それともカレーを食べろ」
「それとも?????」
虎杖は慣れないマスタル節に早速やられている。死刑宣告を受けた時より不安になって隣の教師を見てみれば、視線に気が付いた五条がさっきの話の大富豪だと教えてくれた。
その言葉に驚いてついまじまじと見てしまえば、しま●らかどこかのアーケード街の投げ売り品かと言いたくなるペラい生地のだっさいTシャツを着た、パチンコ屋の前で電話代を借りたいと言い出すタイプの駄目な大人にそっくりな表情をした人物がいた。
富豪とは。
「ところでさ。サドゥーってなに?」
虎杖はいいやつなので、マスタルの不審者っぷりにはとりあえずスルーすることにした。たぶんきっと呪術界ってちょっとズレた人しかいない。とても正解を引き当ててはいるが、マスタルはちょっと気配が分かったり分からなかったりする程度しか呪いを認識できない一般の非術師である。勝手に呪術界隈に踏み込んではいるものの、分類的にはとても一般人。
「修行僧。ニセモノが観光客相手に写真撮らせて金取ってる。ゲトゥーもサドゥーも偽物!」
「え、えぇ……??」
「言われてるよ偽僧侶。ストレートに詐欺師って言われてるよ」
言われたほうも言われたほうで、とっても胡散臭い笑みを浮かべたまま酷いなぁと言って銀色で横長の取っ手付きトレーを運んできた。持ち手のところの細工がとっても繊細。
虎杖にはそれが何か分からなかったが、五条にはそれが純銀製の呪具であると分かった。運んでいるものが零れない術式が掛かってる。なにそれめちゃくちゃ面白い。早急に家入に教えなければならない案件である。きっと注射が打てなくなるレベルで笑ってくれるはず。メスを持たせるのもよろしくなくなるだろう。
「はい、カレーとチキンのセット。干からびた指を食べるくらい食に困っているんだろう?沢山食べなさい」
「いや、ちげーから!呪力のために食ったの!」
お腹が空いていた訳ではないと叫ぶ虎杖を祖父母の笑みを持って受け流し、テーブルに並べていく夏油に対し、なんでこの人変な誤解してるんだと言いたげに隣を見て、悟った。
どう見ても滅茶苦茶笑うのを耐えてる。目隠ししててもバレバレ。絶対コイツが主犯。
とんでもない業界に来てしまった。虎杖は改めてそう認識した。いきなり死刑が決定したり、頼りたい人が人のしたことを面白おかしく並べていた事実が発覚したり。先行きに不安を感じるが、とってもいいにおい。我慢するのも面倒だし、きっとゲトゥーさんは悪くない。
「ま、いっか。いっただきまーす!」
「たんと、おあがり」
「昔から思ってたけど、傑のそのキャラなんなの?」
三者三様ではあったが食事が開始された。虎杖は初めて食べる本格インドカレーに感動したし、味も食べ慣れた日本式とは違うがとっても美味しくって無我夢中になった。
「凄い!こういうカレーって初めて食べたけど、めちゃくちゃ美味しい!ありがとう、ゲトゥーさん‼」
「ゲトゥーwwwさんwwwwwおいしいってwwwさwwwwwww」
笑い転げながらもカレーを零さないあたり、五条は幼女時代にだいぶ躾けられたようだった。
最近では大分幼女も抜けて来た。その分ちゃんと成長したが、相変わらず精神年齢は若干幼かった。
仕方がない、幼女時代から十年と少々しか経っていない。
「私はゲトゥーじゃなくって夏油だよ。夏油傑。ね?」
圧のある笑顔で訂正を求める夏油であったが、マスタルの『面倒。ゲトゥーでいいヨ~、マスタルが許す』という言葉に全面降伏をした。
「マスタルが許すならしょうがない。ゲトゥーでいいよ」
「わかった!」
「お前のマスタルへの信頼度が分からないよ、僕」
そう言いながら次のナンを頼み、待っている間にタンドリーチキンを食べる。これも拘りの名古屋コーチンとスパイスその他のお陰でとっても美味しい。このレベルの肉をタンドリーチキンにしてしまうのは勿体ない気もするが、美味しいので放置する。美味しいものは正しい。何よりも。
「あ!」
「ふむ。随分柔らかい肉だな。これは鳥か?山鳥ともキジとも違うな」
「こいつ、勝手に俺のチキン食べやがった!」
「ふん。次を寄こせ」
「全部食うなよ。俺だって食べたいんだから」
うっわ宿儺出てきた、めっちゃ食べるね宿儺。彼もお腹が減っているんだね。掌に口あるとつまみ食いしやすいデショ?
みんな言いたい放題である。
「あのね、両面宿儺。これは鳥ではあるけれど、きちんと管理された貴重な鶏の肉を使った料理なんだ。君の時代ではここまで美味しい肉は無かっただろう?」
「それがどうした?もっと寄こせ。光栄に思うがいい、残さず食ってやる」
「あーもう、折角少年に食べさせたくって仕入れた名古屋コーチンなのに……」
その言葉に虎杖は固まった。名前しか知らないブランド鶏である。滅茶苦茶高い肉だ。知ってる。たっかいやつ。町内会長が酒の席で、昔いい店で食べたことを自慢してたやつ。
そんな肉がこんな、普通の食堂に無理矢理インドモチーフをくっつけた適当すぎる構内の食堂で出てくるなんて、予想できるはずがない。自分だって調理するから、いい肉だってのは分かっていたけれど、まさかそこまでいい肉だったとか、予想外すぎる。確かに美味しいけど、スパイス塗れにするには勿体なさすぎる。
「人生初の名古屋コーチンが、タンドリーチキンだなんて……!」
「旨いから問題なかろう」
「ああ、ああそうだよ!お前の指とは比べもんにならないくらい美味いよ!」
こうなったらやけ食いだ。とことん食ってやる。食べつくしてやる。ゲトゥーさんは虎杖のために用意したと言っていたし、それなら食べつくしても問題ないだろう。
五条も五条で遠慮なくぱくぱく食べているし。皿には山盛りあるし。
「ところでそこのジジイ。この肉に味をつけているものは何なんだ?そっちのドロドロした液体と似ているし、同じ調味料か?」
「なんだオメー、香辛料気にいたか。カレーが好きか?」
「ケヒッ、カレーか。美味いなこれは」
このとき、五条はなにかを予感した。夏油が道を大きく反れていったときのアレに似ている。
このとき、夏油は確信した。自身の人生に大きく影響を与えられたあの出会いと同じだと。
呪いの王が夏油に弟子入りし、カレーの王になるその日まで、あと――日。
おしまい