百竜夜行中、カムラの里の留守を守るイオリが“強さ”を目の当たりにするお話

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A Secret Makes The Boy Brave

 イオリは、オトモ広場へと続く橋の袂で、呆然と立ち尽くしていた。

 何重にも折り重なる怒号や悲鳴。愛する里に広がる騒乱。風に乗って運ばれてくる、木々が焼ける臭いと砂埃、そして怒りと恐怖に満ちた、モンスターの絶叫。耳が、頭が、心臓が潰れそうだ。

 

「ヤバい、もうそこまで来てる!!」

「早くオトモ広場へ!急げ!!」

 

 “百竜夜行から外れた手負いのリオレウスが、里の方角へ向かった”

 

 砦から戻ったフクズクが届けた文は、カムラの里を一瞬で恐怖と混乱に陥れた。

 里の周辺には飛竜が嫌う煙を一時も切らさず焚いているが、情報によれば、そのリオレウスは頭部──特に鼻付近を大きく損傷したために、方向感覚を失って群れから外れたようだった。それはつまり、もし鼻が利かなくなっていたり、理性を失うほどの傷を負っていたりすれば、煙による忌避効果が発揮しない可能性がある、ということを意味している。

 

 残留組の責任者として文を受け取ったコガラシの迅速な判断により、総員で修練場へ避難する事となり、現在はその準備中だ。普段は、里から離れた滝の島にある修練場への足は数人乗れればせいぜいの小船しかないが、リオレウス襲来の報を聞いたロンディーネが、交易船や潜水艇を全て里の民の輸送に提供するとすぐに申し出てくれた。里の民全員を修練場に移動させるには、里が所有する船と合わせ、全ての設備を二往復もさせれば事足りるであろうと言う。大型の船舶を持たないカムラの里は、彼女の厚意に頼る他なかった。

 既に子供達や病人などを乗せた第一便は出航したので、オトモ広場に残りの皆を集めておけば、次もすぐに出られる手筈だ。ある者は年寄りの手を引き、またある者は大荷物を抱え、里の民が次々とイオリの傍らをすり抜けてオトモ広場へと雪崩れ込んでいく。オトモアイルーたちが整列を促す声が広場の方からひっきりなしに聞こえる。

 

 一方のイオリは橋に背を向け、一歩、また一歩と、里の門へと歩を進めようとしていた。しかしまるで足が進まない。頑強な鋼鉄の足枷に縛られているかのようだ。百竜夜行の現場に立ち会った時ですら、こんな重圧を感じたことはない。イオリは困惑していた。

 

 今回の百竜夜行は前例がないほど大規模であり、更にはヌシも含まれているとの事前情報を受けていた。そのため、里長やハンターをはじめ、里の目ぼしい強者や兵器の扱いが可能な者は皆、里守として砦へ遠征している。彼らは今まさに百竜夜行を食い止めるべく、命を張っているはずだ。

 本来ならイオリも、オトモ部隊の長として砦に居る筈だった。しかし前回の百竜夜行で傷付いたオトモが想定以上に多く、彼らの治療や調整が間に合わなかったため、やむ無く今回は里に残っていたのだ。

 

「……さん、イオリさん!!」

 

 自分の名を呼ぶ声でハッと我に返る。気付けば、既にヒナミが固く閉じた門の目前まで来ていた。

 声のした方に視線を下ろすと、里の隅々まで駆けずり回って避難の呼び掛けを済ませてきたアイルーが、息を切らしながらイオリを見上げている。彼はまだハンターへの随行経験のない未熟なオトモ予備生だ。自分もさぞ恐ろしいであろうに、与えられた仕事を気丈に完遂して戻った立派な姿を見て、イオリもようやく少し冷静さを取り戻した。

 

「里の民オトモその他もろもろ、広場への避難完了ニャ!」

「ありがとう、キミの素早い伝令のお陰だよ……あとは、修練場への移動だけだね。間に合うかな」

「そこはロンディーネさんが何とかしてくれるニャ!さあ、イオリさんも早く」

 

 アイルーがイオリの手を引こうとするが、イオリは優しく首を振り、そっとアイルーの手を振り解いた。

 

「イオリさん……?」

「僕は……残らなきゃ」

 

 アイルーが見上げたイオリの表情は、見た事もないほど厳しく、前だけを見つめていた。その視線の先には、里の門。そして更にその向こうには、黒煙と激しい砂埃が高く舞い上がっている。きっと、傷付いて激昂したリオレウスが闇雲に暴れて木々を薙ぎ倒し、焼き払っているのだろう。

 脅威は里のすぐそこまで迫っている。それを、黙ってイオリは見つめていた。イオリの無言の気迫に圧され、アイルーは振り払われた手をおずおずと取り下げる。

 

「僕はまだ、やらなきゃいけない事があるから。キミは先に行って、避難して」

「イヤだと言っても許してはくれないのニャ?」

「……そうだね。お願いだ」

 

 アイルーの瞳が悔しさに揺らぐ。自分にもっと力があれば、ここで敬愛するイオリに背を向けて逃げ出す必要などないのに。しかし、足が震えて最早使い物にならないであろう事は、自分が一番よく自覚していた。この震えの理由が先程走り回った疲れによる物ではない事、そして、イオリにそれを見抜かれている事も。

 これ以上、返せる言葉は見つからない。アイルーは頷き、半ば転がるように脚を縺れさせながら、オトモ広場へと姿を消した。

 

「僕が……やらなきゃ」

 

 背に戴いたチャージアックスを抜く。かつて里で行った合同訓練にて思わぬ才能を開花させたイオリに感服し、ナカゴが特別に拵えてくれた物だ。まだ小柄なイオリの体格に合わせ、一般的なハンターが扱う物より二回りほど小振りにまとめてある。

 今、リオレウス襲来の危機を迎えているこの里において、理論上モンスターに対抗しうる装備と技能を持った人間は、イオリしかいない。

 

 既に人命の無事は確保されている。しかし、先人たちが遥か昔から絶やさず守ってきた里の象徴であるたたら場の焔、皆が憩う集会所、人々の生活が根付く商店や住居、武具に囲まれて祖父が刀を研ぐ背中が常にあった加工屋──カムラの里で生まれ育ち、里の全てを心から愛するイオリには、それらを見捨てて立ち去ることなどできなかった。

 

「ここは、みんなが帰ってくる場所なんだ……守らなきゃ、僕が」

 

 リオレウスが起こしたと思しき黒煙が、門のすぐ裏で大きく吹き上がった。続いて、門を通しても肌を焼く程の、凄まじい熱。

 ついに、災禍が里に到達した。

 

 歯を食い縛る。オトモと共に鍛練を積み、手に馴染んだはずのチャージアックスが、今は何十倍にも重く感じる。否、これは武具の重みではない。里の歴史と人々の暮らし、そして自分自身の命、その全ての重みだ。

 ふと、里長たちと共に砦へ発ったハンターの笑顔が脳裏を過る。憧れていたあの人はいつも、こんな重責をあの背に負いながら、それでも笑っていたのか。自分はとても笑えない──

 

「里を守りたいという貴殿の想い、しかと見た。……それを暫し、私に預けてはくれまいか?」

 

 不意に背後から、凛とした女性の声。振り返るとそこには、船舶による避難を主導していた筈の、ロンディーネの姿があった。

 

「ろ、ロンディーネさん!?どうしてここに……」

「安心したまえ、船の手配はカナリーノとチーニョに任せてきた。里の皆さんは必ず修練場へ送り届けるよ。……まあ、その必要が無くなるのが一番良いのだがね」

 

 リオレウスの猛攻を受けて徐々に歪み始めた門を真っ直ぐに見つめながら、普段通りの堂々とした足取りで歩を進め、イオリの傍らに並ぶ。その歩みには一切の迷いが感じられない。イオリよりも頭一つ背の高いロンディーネの横顔はどこか微笑んでいるようにも見え、イオリの脳裏に焼き付いた里長やハンターのそれと重なった。

 

「……もう里の皆は間違いなく、広場に集まっているのだね?」

 

 周囲をくるりと見回し、ロンディーネが確認する。

 

「はい、その筈です……」

「そうか、それなら良い。……時に、イオリ殿」

 

 チャキ、と金属の音がイオリの耳に障った。ロンディーネの腰には、この里ではあまり見慣れない異国の太刀が携えられている。祖父が言っていた。おそらく彼女はただの商人ではないと。その読みはやはり正しかったようだ。

 

「これは皆には秘密なのだが……私は、太刀の扱いに少々覚えがある。しかし、あの頑強で高い門や防護柵を素早く超える術は持たない。貴殿、翔蟲は使えるかい?」

「は、はい、移動するくらいなら……でも」

「十分だ。では、私をあの門の向こうへ連れて行ってくれたまえ。貴殿は門の上で待機していてくれて構わないから」

 

 困惑するイオリに初めて顔を向け、ロンディーネは不敵に笑った。その目は優しさと自信に満ち溢れている。里を幾度となく救ってきた、あのハンターと同じ目だ。

 この目に見つめられると、心に焔が灯る。ふっと、身体が軽くなった気がした。

 

「自分に出来ることをしろ、と……里長にそう教わったのだろう?今が、その時だよ」

「……分かりました」

 

 信じよう。

 イオリはロンディーネの身体を固く抱き寄せた。ロンディーネも応じてイオリに身を委ねる。

 

「跳びますよ」

 

 翔蟲を取り出して勢い良く跳躍した。ロンディーネが小さくホゥと感嘆の声を漏らす。翔蟲での移動はカムラの里特有の文化だとは聞いていたが、どうやら事実らしい。

 

 刹那の後、門の頂に着地すると、ついにリオレウスの全貌が顕になった。想像していたよりも傷が深い。どうやら頭部の損傷は深刻で、嗅覚だけでなく、視界や平衡感覚すらも殆ど失っているようだ。それ故に彼の怒りは凄まじく、もはや触れる物全てを焼き尽くす破壊の化身となっていた。

 激情のままに目前の障害物を排除せんとする傷付いた空の王者を悼むように一瞥すると、ロンディーネはイオリの耳元へ唇を寄せ、小さく囁いた。

 

「……これから見る事は、二人だけの秘密だよ」

「えっ?」

 

 その言葉の意味を尋ねる間もなく、ロンディーネが納刀した太刀に手をかけた。切れ長の瞳が、刃のように鋭く光る。

 

 一閃、深緑の風が疾った。

 

「……」

 

 イオリの目が次に捉えたのは、断末魔の咆哮を上げながら力無く地に倒れ伏すリオレウス。そしてその傍らで、既に納刀を済ませて涼しい顔で服の土埃を払う、ロンディーネの姿だった。

 

「……」

 

 秘密だとは言われたが、イオリの持つ全ての語彙を総動員しても、今起きた事を他人に説明する事は不可能だ。何故なら、何も見えなかったから。理解を遥かに超える疾さと強さに圧倒され、イオリはついに腰を抜かして門から転げ落ちた。

 

「あっ、あわわっ!!」

「おっと」

 

 ロンディーネが素早く身を寄せ、墜落してきたイオリを抱き止めてストンと地面に下ろす。なおも地べたにへたり込んだまま呆然とするイオリを見て、ロンディーネはクスリと小さく笑った。

 

「ろ、ロンディーネ、さん……つ……つよ……!?」

「シッ」

 

 イオリの眼前に跪き、ロンディーネが細い人差し指で続く言葉を制する。表情は“あの”笑顔のままだ。

 

「私は、貴殿の想いを“預かった”だけさ。つまり、里を守ったのは、カムラの若者の類稀なる勇気と信念。私はカムラの里を愛する、ただのしがない商人だ。……いいね?」

「……」

 

 口調こそ穏やかだが、その声音には『口外無用』という命令にも近い意志が感じられる。優しい笑顔から滲む迫力に気圧され、イオリは思わず口を噤んだ。

 フワリ。その場にそぐわない、花のような心地好い香りがイオリの鼻孔を擽る。異国には香水という物があるのだと、以前ロンディーネが教えてくれた。

 

 世界は広い。“強さ”は果てしなく、凄絶なまでに美しい──

 

「さあ、勇敢なる若者よ。里の災禍は去った。あとは、砦から強者達が無事戻るのを待つだけだ」

 

 ロンディーネはおもむろに立ち上がり、膝をひとつポンと払ってニッコリと笑うと、イオリの手を取って立ち上がらせた。

 まだ身体に力が入らず、膝が笑う。心臓だけが狂ったように暴れている。恐怖や不安の鼓動ではない。これは、高揚だ。

 

「里の皆はまだ怯えているだろう。もう大丈夫だと早く知らせてやりたまえ、貴殿の口から」

 

 イオリの肩を叩き、くるりと踵を返してロンディーネはオトモ広場の方へ歩き出す。普段と変わらず、堂々と、颯爽と。嗚呼、行ってしまう。なんて遠い背中。

 息を吸え。大きく。腹に力を込めて、声を出せ。

 

「あのっ、ろ、ロンディーネさん……ありがとうございました……!」

「ん?」

 

 ロンディーネが振り返る。悪戯っぽく片側の口角をキュッと上げ、不敵に笑う。

 

「はて、何の話だい?」

「……!!」

 

 イオリは拳を潰れるほど握り締め、更に声を張った。

 

「次は大切な物を自分の手で守れるように……ロンディーネさんみたいに……僕、もっと、強くなります!!」

 

 フッと微笑むと、ロンディーネは再びイオリに背を向け、右手を掲げてひらひらと振った。

 

「……それが叶った暁には、共に杯を交わそう。待っているよ」

 

 握り拳にいっそう力が篭る。

 

 ──強くなるんだ。

 

 もう一度そう独り言ち、ロンディーネの後ろ姿を追って、イオリは力強く駆け出した。




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◇◇◇◇

イオリくん、良い男になってね

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