──いつからだろう、彼のことを目で追い始めたのは。
彼との馴れ初めは気の合う他校の友人、それだけだった。学校終わりの夕暮れ、時折河川敷に集まっては何気ない会話をするだけ。
互いの友人の話、美味しいご飯の話、流行りの曲の話。本当によくある会話なのに彼と話せばどんな会話だって楽しくて。
……それこそまだお互いぎこちない時は、私のシェイクスピアの話を必死に覚えようとしてくれていたことが懐かしい。今はそんなこともなくなって、お互いが話したい話をし合っているだけだけど。
「それもまた、儚い……」
「ん? 何? また俺置いてけぼり? 突発的儚い、いつもビビるから儚い予告くらいしてほしいんだけど……」
「そうは言われても儚さは不意にやってくるものだよ。私はいつもその儚い感情を抑えきれなくて、ね?」
「ね? ってなんだよね? って」
でも……そんなこと、恥ずかしくて言えるわけがない。思わずいつもの癖でごまかしてしまうが、彼は呆れたような表情をする。
それからはまたいつものようにたわいもない会話をして。そんな中、お前以外の仲の良い友達はみんな彼女と一緒だから俺はクリぼっち、と嘆きだした彼。
その言葉を聞いて、私はあることを想像するがそんなの心が持ちそうにない、と必死にかぶりを振る。それを見てまた彼が怪訝そうな顔をするが私はそれに構う暇もなくどうしたらいいのか、と頭を回転させる。
──でも、もしこのチャンスを逃したら次があるとは限らない。それなのに、恥ずかしいからといってせっかくのチャンスを手放してもいいものなのか?
「く、くく、クリスマスイブなんだが……よ、良ければ、私と過ごさないかい?」
「……俺が? 瀬田と?」
い、言ってしまった! 私は内心大パニックになりながらも平然を装う。……彼から平気そうに見えているかはさておき。
彼からの返事が怖くて柄にもなくもじもじしてしまう私に、彼は。
「まあ、シングルベルよかはいいか。どこで落ち合う?」
「……いいの?」
「いいですけど……?」
「い、いや、いいのかい? それはとても嬉しいよ。き、君とのクリスマス〜! とっても楽しみだな〜!」
……思わず素で返事をしてしまった。彼に悟られていなければいいのだが、彼は妙なところで鋭いため、慌てて取り繕ってしまう。
……なんだか彼の前ではどうしても理想の私を演じることができないな、と心の中で呟くと携帯のカレンダーを開いて、十二月二十四日と書かれたページに予定を書き込んだ。
〜
「あ、薫……ってお前待ち合わせの時もなんか変なポーズ取るんだな。話しかけにくくなるからやめてくれる? でも顔がいいから絵になるんだよなあ畜生! イケメンめ!」
「おやおや、変なポーズだなんて冗談はよしておくれ。でも私の美しさを理解してくれるのは嬉しいよ、なぜなら瀬田薫はいかなる時も美し……」
「はいはい、瀬田薫節は後から聞くので移動しようね〜」
「分かったよ、子猫ちゃん。……移動? これからどこかへ行くのかい?」
待ち合わせの五分前。彼は私を見つけるなりこちらに駆け寄ってきてくれて。
五分前だぞ?! と言ってくる彼に私が三十分前からここにいた、と話すとそんなに早くから待たなきゃダメなんて王子様は大変だな、と彼は返すが、待ちきれなくて予定よりも早く着いてしまった、なんて言えるはずもなく。
彼についていくように歩いていくと、やがて色鮮やかなライトによって煌めく木々たちが二人を飲み込む。
「……綺麗だね」
「一人で見ると虚しいけど、キラキラ自体は好きなんだよ。俺一人だったら迷わずそこらへんのカップル血祭りにあげてるから! ……瀬田がいてくれて良かった、かも」
「血祭りって……君は優しい人だからそんなことしないだろう? 道ゆく恋人たちから私たちも幸せを分けてもらおうじゃないか」
「そりゃあ瀬田みたいな年がら年中リアルがはっぴっぴな人なら心もぽっかぽかだろうけど俺みたいなリアルが幸せじゃない人だと心が冷えるの! って……写真? さっきの会話聞いた上で写真撮って欲しいんですか? 分かりましたよ撮りますよ!」
……カップルが恨めしい、なんてことを言いながら、道ゆくカップルの写真を嬉しそうに撮ってあげている彼を見ると私は思わず頬が緩んでしまう。
私は彼のそんな優しいところが好きだ。ううん、理由もなしにきっと私は彼が好きなんだろうな。なんてことを考えながら、彼の横に並んでイルミネーションの街を歩いた。
〜
「ところで、君はどんな食べ物が好きなんだい? 好きな動物は? 好きな言葉は? 好きな微生物も知りたいね」
「……瀬田? 瀬田さん? いきなりショッピングモールに連れてきて質問責めは良くないよ? 何が目的かわかんないけどそんな一気に答えられないから……そうそう、俺〜、そういえば探してた雑貨があるんだった〜♪」
「え……」
そう言って、私が彼のことを引き留める暇もないまま、彼はそそくさと近くの店に入っていってしまう。
しつこく聞きすぎてしまったせいか、と落ち込む私に、偶然通りかけたひまりちゃんが話しかけてくる。
「薫先輩? 奇遇ですね! 私もAfterglowでクリスマスパーティーの買い出しに来てたんです! 薫先輩は……ひとり、ですか?」
「あ、ああ、ひとりだよ」
「そうなんですね! あ、そうだ、クリスマスパーティー、ガルパのみんなも誘おうと思ってたんです! 薫先輩も暇だったらいかがですか?」
「暇……そ、そうだね、君のような可憐な子猫ちゃんからの誘いは嬉しいんだが……」
今日私がしていることを何も知らないであろうひまりちゃんからの誘いに私は戸惑ってしまうが、何も答えられず答えを濁していたところに。
……何かを隠すようにやってきた彼が、私たちのもとにやって来てしまった。
「瀬……田? あっ、お取り込み中でしたね失礼しま〜す……」
「……はは〜ん、そういうことですか〜! 薫先輩、そういうところはすっごく分かりやすいんですね、かわいいです♪ 彼氏さーん、隠れなくても大丈夫ですよ〜!」
「俺は彼氏じゃないでーす! 友人でーす!」
「そ、そうだよ、彼と私はただの友人さ……変な探りを入れるのは……」
私がそう言おうとした途端、ひまりちゃんはむすっとした顔をして携帯で何かを調べ出す。
少し経った後、彼女はとあるネットの記事を私たちに見せてくると、むすっとした顔のままこう言った。
「じゃあなんで二人はクリスマス一緒に過ごしてるんですか? クリスマスに一緒に過ごす男女なんて、だいたいカップルさんだと思いますよ?」
「……いや、ね? ピンク髪のお嬢さん? 勘違いしてるようだけど瀬田はクリぼっちな俺のことを哀れに思って一緒にいてくれてるだけで特にそこに恋愛感情とかは……」
「そ、そうさ。彼と私はただ、一緒に過ごしてるだけで、恋人関係になりたいわけでもなんでもないんだ。きっと彼と私とじゃ釣り合わないよ」
──ひまりちゃんの言葉を聞いて、私の口から飛び出したのは思ってもいない言葉で。
……違う、そうじゃない。ハッとした私はさっきの発言を思い出し、後悔に苛まれる。
「……あ、そう。そう……?」
……彼もこの言葉には衝撃を受けたようで、口をぱくぱくとさせながらそうか、そうだな、と繰り返す。
なんで、あんなことを言ってしまったんだろう。優しい彼にきっと私は釣り合わないけれど、あんな言い方だと彼が私に釣り合わない、なんて上から目線で言っているようだ。
動揺する私。別れ際にひまりちゃんはそんな私にこう耳打ちした。
「……私には二人がどんな関係なのか、いつから一緒にいるのか、それは一切わかりません。だけど……これだけは言えます。薫先輩、自分の気持ちに嘘をつくのは良くないですよ。先輩の“好きな人”は気づいてないみたいですけど……言わなくても、先輩の気持ちは私にバレバレですもん!」
「……え、そ、そう……なのか……?」
「薫先輩と話してる時、なんだかそわそわしてたのでなんでだろう、って思ったんですけどあの人が出てきた瞬間分かりましたよ! 薫先輩、彼を見つけるなりキラキラした目で彼のことを見つめるんです。この話、リサ先輩に伝えたらきっと喜ぶだろうな〜♪」
「そ、それだけは勘弁してくれ子猫ちゃん……」
しませんよっ、とひまりちゃんは笑うとこの人は私の憧れの先輩なんですから優しくエスコートしてください、と彼の肩を叩いてどこかへ向かって行った。
彼女のそういう素直さが少しだけ羨ましいな、と思いながら私は彼の目を見て口を開く。
「……その……あの……さっきは心にもないひどいことを……」
「ああ、君は私に釣り合ってない、って話? よく言うよな〜そりゃあ俺はお前に勝るほどイケメンじゃないけどそんな言い方はなくないか〜?」
「……すま……ない……でも、そんなことは全くないよ、君はとても素敵な人だ! むしろ釣り合わないのは──」
「なんて、冗談だよ。なんでか分からんけど瀬田は動揺してたし、どさくさに出てきた言葉だったんだろ。ほら、さっさと悲しい気持ちは水に流してクリスマスデートの続きと洒落込もうぜ!」
ああ、やっぱり、彼は優しい人だ。彼は悲しい顔するな、と私の頬をむにむにと引っ張りせっかくのイケメンフェイスがもったいないな、とか、瀬田のファンが薫様のこんな顔見たらどんな反応するかな、とか、私を元気にするために少しだけ意地悪で優しい言葉をかけてくれる。
でも気のせいだろうか。どうしてか彼もほっとしたような顔をしている気がして。少しの間、二人して笑い合った後、私はふと疑問に思ったことを彼に聞く。
「……ところで、君はデートって……?」
「……男女二人が出かけるのでこれはデートじゃないんでしょうかね。ところで、さっきのひまりちゃんさん……? だっけ。なかなかパワフルな子だったな……でもめっちゃ可愛かった。また会いたい……って瀬田? なんでむすっとしてんの?」
「……君はひまりちゃんみたいな可愛らしい女の子がタイプなんだね」
「急に何そっぽ向いてんだよ……何もお前が可愛くないとは言ってないじゃん。まあ可愛いよりかは綺麗系? だけど瀬田だって……ってそう言った途端すごい嬉しそうな顔するじゃん何なんだよ!」
急に他の女の子のことを褒め出した彼に思わず焼き餅を焼いてしまうものの、私のことを可愛い、と褒めてくれた途端もっと褒めてくれ、と嬉しくなって言ってしまう。
私は嬉しい気持ちでいっぱいの中、ずっと迷ってきた『』をする決意を固めてこう伝える。
「……伝えたいことがあるんだ」
〜
「……さっむ……ってか、瀬田大丈夫? 高所恐怖症じゃなかった?」
「あ、ああ……も、もも、問題ないよ……」
「嘘つけ! 顔はイケメンでも足は超情けないからな! スカートから出てくる長くて細い足がガタガタ……ん? スカート、履いてたの?」
「……むしろ君は今まで気づかなかったのか?」
……彼を連れてやってきた夜景がよく見える山の展望台で、私はその時がやってくるタイミングを今か今かと待っていた。
それよりも、彼はなんと私がスカートを着ていたことに気付いていなかったようで。彼はバツが悪そうに気づかなかった、と話す。彼はそういうファッションには無頓着……なのだろうか。
今度はちゃんと気づいてもらえるように、普段履かないようなスカートを揺らすようにポーズを取ってから、私は彼にこう語りかける。
「本当に、君は乙女心というものを分かっていないね」
「乙女心って……瀬田が言っちゃう?」
「……私だって女の子だよ」
「わかった拗ねるなって……はいはいかわいいねー瀬田ちゃんはレディだねー」
これだけアピールしても、女の子扱いされないのが少しだけ寂しいけれど、フランクに接してくれている、ということにして。
私は大きく息を吸うと、彼の目を真っ直ぐ見て。彼の笑顔。彼の声。彼との思い出を思い返しながら、彼の名前を呼んで。
「──くん」
「どうした、瀬……」
「好きなんだ」
──飾りのない、真っ直ぐな私の言葉で想いを伝えた。
今も心臓がばくばくと音を立て、もしかしたら彼に何か話しかけられただけで破裂してしまうかもしれない。
告白、私らしくなかったかな、少し変だったかな、と悩んでしまうが、今更そんなことを考えたってしょうがない。だって、王子様の仮面を外した私にこんなことを言わせるまで好きにさせたのは彼なのだから。
「へぇ、俺のこと好きなんだー。す、すすす、すす、好き?! 瀬田が?! 俺を?! 好き?! いつどこで?! 何があって俺を?!」
「全く……君は察しが悪い子猫ちゃんだね」
「……すぐいつもの瀬田に戻るじゃん! あ、あのね? もし良ければ……もっかい言える?」
「……恥ずかしいから無理だ」
何が目的なのか、もう一度告白を頼んでくる彼だが、私は恥ずかしくて彼の顔すら見れそうもないのにそんな無理難題できるわけがない。
きっと今頃私の顔は真っ赤に染まっているんだろうな、恥ずかしいけれど、彼にならこんな顔を見られてもいいな、なんて思ったりして。
「見ての通り、私は君のタイプの女の子ではないだろうし、ずっと友達として過ごしてきたから、急に意識することは難しいかもしれない。だけど……いつか、そのいつかが来るなら、私のことを恋人にしてほしい……な」
「意識もなにも……瀬田が恋人だったら、俺も嬉しい……とは思うよ」
「……本当?」
「そんな食い気味に近寄るなって! ま、まあ、本当に瀬田に恋をするまで時間はかかるかもしれないけど……俺だって瀬田とは、恋人には……なってみたいよ」
彼が照れ臭そうにそう言うと、私は思わず彼に抱きついてしまう。
私のことを受け止めてくれた彼の身体は温かかくて。彼にギュッと抱きしめられたら、私も雪みたいに溶けてしまいそうだ。
「すごい抱きつくじゃん」
「恋人だからね」
「いやでもまだ俺たち恋人未満じゃ……っておい! あーもうめっちゃ抱きついてくるじゃん可愛いな! なんだよほっぺ押し付けて!」
怒りながらも私を可愛いと褒める彼。褒めてもらえるのが嬉しくてさらに彼にぎゅっと抱きつくが、彼は苦しそうにしながらも私の頭を撫でてくれる。
恋人未満、と彼が言ったのは少しだけ不服だけど、これから好きになっていってくれると彼が言ってくれたから、少しだけこれからの関係にわくわくしてしまう。
「せっかく恋人……未満になれたんだ。君とは名前で呼び合いたいな。いいかな?」
「いいも何も……瀬……瀬……かお……瀬……かおちゃん」
「か、かおちゃんはやめて……」
彼が意図せず放ったその言葉に私は恥ずかしさがキャパオーバーして俯いてしまう。
誰かにそう呼ばれるだけでも恥ずかしさで穴に入りたくなるのに、大好きな君にそう呼ばれるなんて心臓が持つわけがないよ! と心の中で叫びながら彼を見る。
「……かお……るちゃん。かお……る……、薫。お、これでどう?」
「な、なかなか儚いじゃないか……ああ、それで頼むよ」
「じゃあ、薫は? いつも君とか子猫ちゃんとかばっかで俺の名前呼ぼうとしなかったじゃん。これからはくん付けで呼ぶの?」
「……どっちがいい?」
私の問いかけに、どっちがいいって聞かれてもどっちでもいい、と答える彼。彼は本当に恋人になってくれる気があるのだろうか?
少しだけ不安になりながらも、私は勇気を振り絞りまた彼の名前を呼ぶ。
「これからよろしく、──」
「呼び捨てか……まあどっちでも嬉しいけど! こちらこそよろしく、薫。ところでさ、今日ってクリスマスじゃない? ということで、早めのサンタじゃよ〜、なんて」
「そ、それなら私も用意して来たんだ! その……マフラー、なんだけど……」
「お、俺もって言ったら怒る……?」
お互い気まずそうにメリークリスマス、と渡し合う二つのマフラー。もはやマフラー交換みたいだ、とまた二人で笑い合う。
しかもおかしいのが、彼が選んだマフラーと私が選んだマフラーは、色が違うだけで柄も長さも同じもので。もはやお揃い状態のマフラーを一緒につけて、彼とクリスマスの街を歩く。
その後は、メリークリスマス、とお互い言った後ケーキを食べたり、ゲームセンターでお互いに慣れないプリクラを撮ってみたり。途中、彼が私の手を握ってきたのはびっくりしたけれど。
好きな人の手の温もりを感じながら歩く街は、ひとりで歩くときより一段と綺麗で、冬の寒さも全く気にならない。
──メリークリスマス、私の王子様。来年もまた貴方と素敵な夜を過ごせますように。
……そう小さく呟いて、私はまた彼の手をぎゅっと握りしめた。