言ってしまえば、そんなもの。
案ずるな、ということです。
まあ若い若い。
どうにかなるもんです。

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流れるアオと、行き着くアオと

 家族のような距離感で、でも俺たちは家族ではない。なれるものなら、なりたいとは思うけど。

 千夏先輩と俺は、微妙な感じで今日も過ごしている。

 同じ家にいて、部屋も隣同士。カギさえない、そんな気安い間柄。……とも言えないか。正直俺は、測りかねている。お互いの、立ち位置を。

 俺は先輩が好きで、先輩は――どうだろう。

 憎からず思ってくれているとは思いたい、でもやっぱり分からない。

 とは言え、もし。もし、一歩踏み込んだなら。きっと、きっと上手くいくんだ。

 そう思うのに、踏み込めない。

 嫌われるのが怖い、今の関係を壊すのが怖い。だから現状を維持してしまう、生産性の無い堂々巡りと気づいていても。

 良くないな、これは。先輩はずっと猪股家にいてくれるわけじゃない、期限つきなんだ。

 積極的に動かないと、後悔するだけだ。 

 どうにかしないと、な。

 

 無い頭を振り絞っても、すぐに良い手が浮かぶわけじゃない。俺にできることなんて、動くことだけだから。

 数打ちゃ当たるかもしれない、と信じて進むしかない。

 そう思いながら、風呂が空いたと言いに来た先輩と向き合う。

 何度見ても慣れやしない、湯上がりホコホコ卵肌な先輩。目が眩みそうになるのを、どうにか堪えて口を動かす。

「千夏先輩、ちょっと良いですか」

「ん。構わないけど」

 ちょっと意外そうな顔の先輩、そんな表情も綺麗なんだよな。まあ先輩は、いつだって美人だから。

 そうじゃない、そうじゃないんだ。  

 呼び止めておいて言い出せないなんて、先輩を困らせるだけだ。

 なんとか、言わなくては、なんでもいい、言ってしまえ。

 まず一歩、だ。少しでも良いから、進むんだ。

 とりあえず話す切っ掛けにするんだ、フックになればそれでいい。

 部活の話でもなんでも構わない、とにかくなんか言え俺。

「あの先輩、――好きです」

「え"?」

 絶句した先輩と、そして。自分の有り得ない行動に、俺自身も絶句してしまう。

 何百段すっ飛ばした、俺。それは確かに言いたいけど、今じゃない。いくら期限つきだからって、何の前触れもなくそんなことするバカがいるか。いやいるんだよここに、超弩級のバカが。 

「ぬ。ぬー……ふむー……」

 千夏先輩は口元に手を当てたまま、何やら考え込んでいる。すいませんバカな後輩で。

 しかし何をどう言い訳していいか分からないまま、俺は固まるしかない。

 気まずい空気が充満するなか、先輩が口を開いた。

「えっと、うん。大喜くんは私が、好きだと。聞き違いでなければ、そういう事かな」

 現状を分析した先輩が、人差し指をピッと立てる。なんだろう、このイケメン感。この人なにやってもイケメンだな。

 まあ、キムチでも何でもなく聞いた通りなんですが。改めて言われると、俺バカ過ぎるな。

「とりあえず、立ち話もアレだから。こっちおいで」

 ちょいちょいと先輩に手招きされ、俺は促されるまま付いていく。すぐ隣、先輩の部屋へと。

 

 同じ家の中とは言え、記憶にあるこの部屋は単なる物置だった。間取りが同じだと知ったのは、先輩が越してくる前に片付けていた時だ。俺には兄弟いないし、長いこと誰も使ってなかった部屋だから。

 でも先輩が寝起きしているだけあって、何て言うか空気が全然違う気がする。いや体臭とかじゃなくて、雰囲気的に。どこか居心地が悪いけど、でも先輩の許可は得ているわけで。

「もう一度聞いておくけど、言い間違いとかしてないんだよね? 私の事が好き、ってそう言ったわけですね」

「えっと、はい。間違いありません」

 罪状認否させられている気分だけど、でもそれも間違ってはいないか。

 先輩はさっきから腕組みをしたままで、そのせいかお胸の方が……いや考えるまい。そんな状況じゃない。

 部活以外ではぽややんとした先輩も、さすがに表情が厳しい。そりゃま、そうだろうけど。

 一方的に告白されて、しかも相手は家主の子供。どう断っても立場が悪くなる、とか思っている事だろう。ああ、スゴく情けない。どうせ俺なんて――

「んー……まあ私も、好きではあるけどさ。正直今はちょっとね、色々不味いのよ。せめてインターハイ終わってから付き合い出す、って事に出来ない?」

 

 ……あれ? この人いま、何を言った? 私も好き、と言わなかったか。

 

「あの、先輩。聞き違いでしょうけど、先輩も俺が好きみたいに聞こえました」 

「うん、大喜くん好きだよ。ただね、今付き合い出してあれこれするのは、ちょっと無理です」

 いや。いやいや。いやいやいやいや。

 それは、ちょっと待ってください先輩。

「えーとですね。やっぱりインターハイ直前なんで、メンタルに響くことしたくないです。あと身体のバランス崩れるとプレーに影響するから、暫くはしてもキスまでね。引退したら好きなだけ色々させてあげるから、我慢してください」

 先輩の口からは具体的なプランがすらすらと流れてくるのだが、だからちょっと待って先輩。

 おかしい、明らかにおかしい。

 正しい方向へと狂っている。

 どうなってるんだこれは。

「あの先輩、落ち着きましょう。立て板に水どころの話じゃないです、嬉しいですけど少しだけブレーキ踏んでください」

「そう言えば使用済みナプキンを板に貼る、「六尺のオオイタチ」ってネタがあってね大喜くん」

「関係ない話はもっとしないでください、俺こう見えて真剣ですから!」

 なんなんだこの人、全然分からん。

 とりあえず整理しよう。俺はうっかりと先輩に告白してしまった、先輩は時期さえ待ってくれればOKだと言っている。あと引退まではキスが限度、と。そこまでは分かった。

 ……いや、そこまでもへったくれもないな。全部じゃねえか。全部通ってるじゃないか、俺の話。

 つまり、俺たちは。……そういう関係になれる、という事。待っていれば、そのうち。

 焦って何かする必要はなかったんだ、先輩が落ち着くまで待つだけで良かったんだ。

「あと私ね、進路がスゴく不安なんですよ。猪股家にお嫁入りさせて頂けると、人生設計がとても楽になるんですよ。不束者ですが、御一考ください」

 気が早いな、この人は。

 ホントなんなんだろうこの人、俺の頭じゃ追い付かない。

 なんで俺は悩んでたんだろう、馬鹿馬鹿しい。

 どうにかなるんだな、人生って。

 

 それから月日は、矢のように過ぎていって。

 俺たちの関係も、予定通りとは行かないけど進行していった。

 喧嘩もするし抱き合いもする、多分ずっとこんな感じなんだろうな。

 不思議な気もするし、こんなもんでいいんじゃないかという気もする。

 無い頭使うより、こっちの方が良いんだな。まあ、なるようにはなるさ。


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