「わぁー! すごいっ、見て見てっ、すっごい大きいよ!」
「分かった、分かったから、叫ぶな。目立つから」
多くの人たちが行き交う広場の中央に鎮座している、大きなもみの木。その葉や幹には電飾が施されて、既に陽の落ちた都会の夜を照らしていた。
「そんなに怒んなくてもいいじゃん……」
「あのなぁ……。一応お忍びみたいなもんなんだからな」
俺の隣でまるで子どものようにクリスマスの催しに浮かれる少女、とはいっても、そろそろ18歳を迎える、こいつの名前は丸山彩。アイドルバンド、Pastel✽Palettesでボーカルを務める、大物、のはずなんだが。
「あっ、向こうの屋台の美味しそう!」
「ちょ、だから待てって」
「わわわ」
燥ぎっぷりはそこらの家族連れの小学生たちを凌駕する大層なものだった。詰まるところガキくさい。
「今、ちょっと失礼なこと考えてなかった?」
「うん、ガキだなって」
「ちょっとぐらい隠してくれてもいいじゃん?!」
一々反応も大袈裟だし、あとシンプルに煩い。
「……クリスマスぐらい騒いでもいいでしょ?」
「一応人の目があること忘れんなよ……」
クリスマスで騒ぎたくなる気持ちが分からんでもないのだが、こんな所をファンに見られでもしたら間違いなく炎上待ったなし。だってクリスマスだし、男と2人だし、仲睦まじく手なんか繋いでるし。
「え、なんで手離すの?」
「それぐらい分かれ」
かといって、振り払おうとすると涙目で訴えかけてくる。とても我儘な俺の恋人。
「……不貞腐れるよ?」
「家帰ってから不貞腐れてくれ」
「え?! それって今日家行っても良いってこと?!」
「帰れ」
冷たく扱うとぶーぶー文句を垂れながら、こちらが思わず同情をしてしまいそうな反応を返してくるので、俺はいつとハラハラドキドキさせられている。
「というか、そろそろ帰るぞ。もう時間も遅いし」
「えー、折角のクリスマスだよ? デートなんだよ?!」
「十分クリスマスは堪能しただろ……。デートなんていくらでもできるし」
「むー、そんなこと言われたら、いくら私でも凹むよ?」
「凹むぐらいの元気がありゃ十分だ、ちょうど良いぐらいで」
「……不貞腐れるもん」
肌寒いからか少し赤く色づいた頬を膨らませる彩。俺は今日何度目か分からない光景にため息をつきながら彩の頭へと手を伸ばす。
「……えへへ」
「ちょろいな」
「……大好きだもん」
「……そりゃ、どうも」
「あ、今照れた? 照れたよね?」
「帰るぞ」
「待ってっ、す、スマホ! 写真撮るから!」
当然撮られたくはないので、彩の手を半ば無理やり引きつつ、広場から立ち去ろうとする。
「えへへ、じゃあ失礼しまーすっと」
引っ張られながらも俺の歩幅に追いついた彩はスマホのカメラをこちらに向ける。俺は咄嗟に空いている右手で顔をガードした。
「ふっふっふっ、残念、自撮りでしたー!」
「はー?」
「あっ、隙あり!」
「は?」
パシャリという音が無情にも響く。油断していた俺は完全に彩に撮影を許してしまった。
「……えへへ」
「マジ覚えてろ」
「えー、だってたったの1枚だけだよ?! 写真1枚ぐらい!」
「写真写り悪いから、嫌なんですー」
「……寂しい時、君の写真見たら頑張れるのに」
「……ずっる」
「えへへ」
スマホをポケットに仕舞い込んだ彩はガラ空きの俺の左腕に自らの腕を絡める。少しだけ身長差でやりづらそうだったが、それでも彩は嬉しそうにピンクの髪を跳ねさせた。
「……実はいっぱい写真コレクションしてるんだよ?」
「コレクションて……、てかそれ1枚じゃねーじゃねーか」
ちょっと変態チックな響きのそれを彩は見せてくる。確かにフォルダの名前は俺の名前のついたコレクション。中身は大量の俺の顔。どこで撮ったか分かんないものまである。
「貸してみ?」
「え? うん」
「……削除ってどれだ」
「え、えぇっ?! ダメだよ!!」
すぐさま俺の手からスマートフォンを奪い返した彩はプンスカとまたも頬を大きく膨らませた。
「もー怒ったよ!」
「盗撮された俺の方が怒っても良いと思うんだけど」
「ええー! だって、最愛の彼女が盗撮してくれるんだよ?」
「最愛って自分で言うなよ。てか盗撮してくれるってなんだよ」
別に頼んでもないのに、盗撮されるというのは俺の人権が侵害されていると思うんだ。肖像権ってやつだっけ。しかもなんかコレクトされてるし。
「とにかく! 私は怒ったからね!」
「……はいはい」
そんなわけで俺は怒りのゲージがMAXになってしまったらしい彩を連れて、彩の家の方向へと帰ろうとした。
「はい、ここ右曲がって!」
「は? 彩の家は左じゃ」
「いーから! 怒ってるんだよっ」
「えぇ……」
そんな『怒っている』というだけで全て解決するというわけではないだろうに。彩は頑なに俺が彩を家に送り届けるのを拒むような指図をしてくる。というか、それどころかこれは。
「なぁ、この方角のまま行くと、俺の家なんだけど」
「そうだよっ、よく分かったね?」
「自宅だぞ、分かるわ流石に」
そして歩みは止められるはずもなく、あっという間に俺の家の前まで着いてしまった。
「送ってもらって悪いな」
「じゃあ家入ろっか!」
「はぁ? 上げるつもりはないぞ」
「……女の子をこんな夜道で1人帰らせるんだ?」
「いやいや、俺最初送ろうとしたんだけど?」
「送り狼?!」
「言ってない言ってない、てかどっからそんな言葉学んできた」
「日菜ちゃんから。さて、じゃあ入るよ!」
「ちょ待てって! 全然聞かねぇのなおい」
遂に俺は彩に侵入を許した。彩の屁理屈は普段ならすぐに論破して、今すぐにでもこいつを家まで送り届けるのだが、今日は意地でも帰ろうとしやがらない。流石に無理やり俺も追い出そうとは出来ないのだが、当然家には俺の家族が……。
「お邪魔しまーす!」
「あら、おかえりなさーい」
廊下の奥のリビングからは母さんの声が聞こえる。あー、終わった。彩は気にすることなく普通に廊下を進んでいく。俺は仕方なしに靴を脱いで、適当に靴を脱いでいった彩の靴も揃えて家に上がる。
「……ただいま」
「あらあら。……母さん出かけた方がいいかしら」
「やめろ、やめてくれ、頼むから」
「お父さんと一緒に今夜はどこか泊まりに行こうかしらねぇ」
「なんでノリノリなんだよ……」
「え、えっと、丸山彩ですっ、今日はよろしくお願いしますっ!」
「ふふっ、話は聞いているわ。これからも末永くうちの息子をよろしくね?」
「やめろやめろ……」
なんだか彩は外堀を埋めるが如く、俺の家族を籠絡していきそうで怖い。というか母さんに至っては陥落している。父さんは多分イェスマンだし、この時点で彩の勝利かもしれない。
「……しゃーないから、部屋行くぞ、彩」
「あらあら、避妊はするのよ」
「うるせぇ!」
一言多い母さんに文句を垂れて、俺は気にせず階段を上がる。後ろからは彩もついてきていて、キョロキョロとあたりを見回している。その様子はやはりどこか落ち着きがない。
「……どうぞ」
「お邪魔しまーす。……よーし、ダイブっ」
「は?」
なんと部屋に入るなり、躊躇する暇もなく彩が駆け出した。ジャンプして飛び込んだ先には俺のベッド。
「とうっ」
「何してんだよ……」
彩からの返事はない。寝ているのかと勘違いするぐらいに静かだった。俺は不安になってベッドに近寄った。
「おい、何してんだって」
「……すんすん。……えへへ」
「おい、匂い嗅ぐな。顔がヤバいから」
彩の顔はとても人様にお見せできる表情をしていない。いや、そんなこと言い出したら今日一日中そうかもしんないけど。なんかこう……、もう変態の権化という感じの顔をしていた。普段のステージからは考えられないような、そんな表情。
「……ねぇねぇ、こっちきてよ」
「……はぁ」
「えへへ、良い匂い……」
「本物からも嗅ぐのな」
「当たり前じゃんっ! ……えへへ、ギュッてしよ?」
「……ん」
もう人目はない。この部屋にいるのは俺と彩の2人だけ。だから俺は躊躇うこととかなく、彩の細い体をぎゅっと力強く抱きしめた。……うん、良い匂いがするというのは彩もそうだった。赤ちゃんのような頭皮の初々しい匂いと、それでいて髪から漂う大人の女の薫り。
「……ねぇ、……こっちむーいて?」
「うん?」
「……んっ、ちゅ……」
クリスマスケーキのような甘いキスが交わされる。ケーキを食べるようにお互いの唇を吸い合って、気持ちを高めていく。そうだ、あんな態度を取っていたとしても、俺と彩は恋人で。こうやって一度スイッチが入って仕舞えば、そこにいるのは互いを求め合う1組のカップル。舌が伝える熱の色は伝播するのだ。
「……えへへ。両親公認ってことだよね」
「まぁうちの親はな」
「私の親もOKって言ってるよ?」
「……そっか」
聞こえるか分からないぐらい小さく呟いた俺の顔を隣から見つめる彩。その瞳は不安げに揺れて、まるでこっちの言葉を待っているみたいで。仄かに白い雪明かりが彩の眼差しに溶け込んでいく。
「……俺だって、その」
「うんっ」
「……そんな期待に満ちた反応、恥ずかしいからやめてくれ」
「えっ、ええっ?! だって今のなんか確定演出だったよ?!」
雰囲気だとか全て一気にぶっ壊すほどの彩の態度に思わず笑いが漏れる。こうして一緒の時間を過ごすことの楽しさというか、日常の小さな小さな愉快さがどうにも俺を掴んで離してくれないらしい。
「なぁ、彩」
「えっ、どうかした? んっ」
「んっ……」
快活さの溢れた声を出す口は塞がれて、そこから漏れ出る吐息が2人を溶かす。ドロドロに溶けた理性は聖夜を華々しく彩った。
「……愛してる」
「……えへへ。私も、だよ」
「ちゃんと言えよ」
「……うん。愛してるっ」
「んぅ……」
「……おはよう」
結局眠りに落ちてしまった俺たち。少し部屋が暗くても見えやすい、おろされた彩の髪は枕へと垂れている。まだ眠気の覚めやらぬように目を擦っていた彩は、ふと視線をずらして、大きく目を見開いた。
「……え! この袋はなにっ?!」
「朝から大きいぞ声……。サンタさんじゃないか?」
「えっ! えへへ……開けてもいいかな?」
「さぁなー。俺はサンタさんじゃないから、良いんじゃないか?」
「おぉ……」
幼き日々を思い出すように目を輝かせて、袋の包装を解いていく彩。リボンがシュルシュルと解けて、口の開いた袋の中から彩の手によって取り出されたものは、マフラーだった。
「わぁ……! あったかそう! ありがとう!!」
「……まぁ、クリスマスだしな」
「えへへ。早速巻いてみよう……え?」
違和感に気づいたらしい彩はパチクリと瞬きしながら、自分の指を見つめる。右手の薬指にはめられていたそれは、シルバーの輝きを放つリング。
「え、ええぇぇぇぇぇっ?!」
「もうちょっと声抑えろ。朝イチだぞ」
「え、え、だって、えっ、ゆ、指輪っ?!」
指輪と俺を交互に見る彩。その反応からして可愛らしい。のだが、彩は俺の右手の方へとまたも視線を向けた。まるで、確認するかのように。
「え、え、ええっ?!」
俺の右手の薬指にも、同じ指輪がはめられている。カーテンから差す陽光にシルバーリングは白銀を照らし出した。
「えっ、うそっ、えっ?」
「……まぁその。クリスマスプレゼントだけじゃ、物足りないだろ?」
彩の目には僅かながら涙が浮かんでいた。
「……誕生日、おめでとう彩。その……これからも末永く、よろしく」
「……うっ、ひぐっ、ずるいよぉ〜!」
「わ……、あはは」
堪えきれずに涙を溢れさせながら彩は俺の胸元に飛び込んできた。その抱擁は昨日よりもはるかに強かった。苦しさすら感じるほどの強い抱擁はずっとずっと続く。この指にはめられたリングのように一ミリの隙間もなく続くだろう。それを束縛と呼ぶか、愛と呼ぶかは分からないが、俺にはこの指輪を嵌め続ける以外の選択肢を選ぶつもりはなかった。
なお事務所でイヴちゃんに指輪の存在に早速気付かれて、根掘り葉掘り問い質された模様。