じんせいみてい!   作:湯切

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第五十七話 反芻

 里を離れていたうずまきナルトが帰還したという知らせは、根にも届いていた。

 

 オフの時は資料庫からなかなか出てこないクロ隊長が、その日は珍しく外に出ていたからよく覚えている。ボクやシキは同行を断られてしまったから、隊長がナルトの様子を見に行ったのかどうかは分からない。ただ、屋敷に戻ってきた隊長がどことなく暗い表情をしていたのは確かだ。

 

「…………イロ」

 

 木ノ葉の地下深く。張り巡らされた配管が剥き出しになっているそこは、かつては根のアジトがあり、表向きは無人とされている場所。

 そこにボクはいた。

 

「大蛇丸の元にいる暁のスパイが、草隠れの里の天地橋に現れるそうだ」

 

 地下に鳴り響くのは、皺がれていても老いを感じさせない力強さを内包した声。

 

「お前は天地橋へ向かうカカシ班に配属されることになっている」

 

 目の前に立つ相手が左手に持つ杖が、本来の目的を果たしていないことは知っている。ハンデのように見えるそれが、相手を欺くためだけに存在することも。

 

「今回の任務は第二部隊ではなく、お前一人に与えられるものだ。任務内容は大蛇丸のアジトを突き止めること。……やれるな?」

「はい」

「研究施設の大半は潰したとはいえ、アジトの場所は一度も掴ませなかった男が唯一残した綻びだ。カカシ班の連中に取り入る必要はないが、アジトが見つかるまでは協力し、必ず見つけ出せ」

 

 ボクにとって絶対的な存在であるダンゾウ様が、杖の先をこちらへ向ける。

 

「本日より任務終了まで、お前の名はサイだ」

 

 

 

 屋敷に戻ったボクは、さっそくクロ隊長に新たな任務を授かったことを報告した。

 

〔サイ、か。いい名を貰ったな〕

「いい名前……ですか?」

 

 クロ隊長というより、正確にはツミ隊長に。

 

 里の見回りに出ている本体の代わりに屋敷内に留まっていた影分身は、どうやら資料整理を任されていたようだ。

 

〔真っ白な紙を彩る“サイ”だろう。色彩……イロもそこから来ていたのかもしれないな。そして、お前が組むことになったシキも〕

「ただのコードネームに、ダンゾウ様がそこまで意味を持たせるでしょうか」

(キノエ)(キノト)、白猫面のクロネコ、早贄のモズ、色と彩。根のコードネームの名付けは全てダンゾウ様だ。ただの記号というだけでなく、ある程度は個人を識別しやすくする為だろう〕

 

 クロ隊長のコードネームの由来は、白猫面が黒くなるほど返り血で染め上げる快楽殺人鬼……だったような。モズ隊長のものも、敵を影で縛り上げた時の姿がまるでモズの早贄のようだったから、という理由だと言っていた記憶がある。

 

 ツミ隊長はボクが手渡した資料を眺め、何度かため息をついていた。

 

〔急だな。まさかモズ隊長ではなく、お前が任されるとは思っていなかった〕

「モズ隊長は彼らに顔が割れていますから。それにカカシ班の隊長は、以前根に所属していた人物が推薦されるだろうとダンゾウ様が仰っていました。心当たりはありますか?」

〔……ああ〕

 

 ツミ隊長の目が懐かしげに細まる。

 

〔俺と共に第一に所属していた人だろう。根では、さっき挙げたキノエのコードネームを与えられていた〕

「隊長と同時期に三代目直轄の暗部に転属になったっていう、あの……?」

 

 そちらでのコードネームはテンゾウだったはずだ。今回の表の任務ではまた別の名を与えられているかもしれない。スパイとして三代目の暗部になった隊長とは違い、彼はダンゾウ様を裏切って転属したと聞いている。

 ……どうして隊長は穏やかな雰囲気を纏っているんだろう。その人は根の裏切り者。それ以上でもそれ以下でもないはずなのに。

 

「優秀な人なんですね」

〔あの人が木遁忍術を扱うことは知っているな? 大蛇丸のアジトに味方として侵入する際、あの人と交戦することがなければいいが〕

 

 ツミ隊長は思案するように指で資料を何度か叩いていた。ボクは内心ムッとして身を乗り出す。

 

「そうなっても問題ありません。ダンゾウ様もボクのことを『里の同世代の誰よりも強い』と仰っていました。初めてボク一人に与えられたこの任務、必ず成功させてみせます」

〔お前の実力はよく分かってるつもりだ。だが、テンゾウさんを見縊るな。あの人は根にいた頃から優秀な忍だった。……それに、うずまきナルトも〕

「九尾の人柱力、ですか」

 

 予想外のところから降ってきた名前に面食らってしまった。

 

 うずまきナルト。

 九尾の人柱力で、数年前に行われた中忍選抜試験ではそれなりに活躍したようだけど、それ以前は里一番の落ちこぼれだと言われていた少年。

 彼の体に宿る九尾のせいで頻繁に話題に上がる人物だが、まったく眼中になかった。

 

「九尾について根が掴んでいる情報は全て頭に入っています。厄災と呼ばれた九尾の恐ろしさは理解しているつもりです」

〔…………そうだな〕

 

 どうやら何かを言いかけてやめたようだった。

 目の前にいるのが本体であるクロ隊長であれば、ボクは渋々ながらに引き下がったかもしれない。でも影分身なら、これくらいのお喋りには付き合ってくれるはずだから。

 

「他に何か?」

〔俺は九尾の人柱力だとか関係なく、彼は良い忍だと思ってる〕

 

 隊長が他人をここまで評価しているのを初めて見た。ましてや、ここまでハッキリ言葉にするなんて。

 

〔サイ。お前が不在の間、俺の補佐役はニジに任せる。任務開始までに引き継ぎを済ませておいてくれないか〕

 

 なぜか、無性に予感がした。

 

〔それからシキにも、時間が許す限り第二部隊の独自ルールなどを教えてやってくれ〕

「はい」

 

 一時的に与えられた表の任務でしか使わないコードネーム。

 

 なのに、もう二度とこの人にイロと呼ばれることがないような……そんな予感が。

 

 

 

「別任務?」

「うん。ボクにとって初めての表の任務。正確には表の任務を装ったいつもの任務、だけど」

 

 なんとも言えない顔をしたシキに、ボクは世話役がいなくなることが不安なのだと判断して続ける。

 

「心配しなくていいよ。任務開始まで余裕があるし、第二(うち)に詳しくない君が困らないようにするから。クロ隊長にも頼まれてるしね」

「クロネコ……クロ隊長が?」

 

 今ではボクだけでなくシキのものでもある部屋を見渡し、棚の上にある絵本に手を乗せる。

 

 部屋が共用になった日は別の場所に移していたけれど、今じゃ気にせず置きっぱなしだ。シキはこういった物に興味がないようだし、他人のスペースに無遠慮に踏み込んでくるタイプじゃなさそうだったから。

 

 絵本の背表紙を撫でる。

 

 これは、兄さんの為に描いた本だ。

 

 根の先輩たちにはいい顔をされない代物なのに、ボクは未だに捨てられないでいる。もう渡すべき相手はいないのに。

 本はずっと未完成のまま……ボクはこれをどうしたいんだろう?

 

「シキ。どうしてクロ隊長は君のことを気にかけてるんだろうね」

 

 訝しげな表情をしたシキに笑みを向ける。

 

「君は懸念していたよりボクの足を引っ張っていないし、もしかしたらボクが根に入った時より優秀かもしれない」

 

 それなりに長く隊長と過ごしてきたからこそ分かる。最初はシキに与えられた狐面が隊長の元部下のものだったからだと思ってた。

 これはただの勘にすぎない。でも妙な確信があった。クロ隊長は、シキに何か特別な感情を向けてるんじゃないかって。

 

「ボクは……少し君が羨ましいみたいだ」

 

 すっかり困惑しているシキに肩を竦める。

 こんなところを先輩方に見られでもしたら、絵本を見た時のように顔を顰められるだろう。

 

 指で撫でていた本を懐に隠し、いつも通りの笑みを浮かべる。

 

「今のは忘れて。じゃあ、ボクはニジさんに引き継ぎをしなくちゃいけないから」

 

 絵本の結末は決まってない。どうするべきか、今のボクには思い出せなくなってしまった。

 

 

 

 うずまきナルトという青年は、ボクにとっては完全に期待外れだった。

 

 任務前に実力を確かめようと奇襲をかけたら、ボクの攻撃に気づくのが遅れた上に、純粋な力すらも大したことはない。

 

 ただ、再び顔を合わせた時に少し見直した部分はある。

 ボクがこれからの任務を共にする班員だと知ったら喚き散らすだろうと思っていたのに、なんと渋々ながらに手を差し出してきた。

 

「正直すっっっげームカつくけど、さっき手合わせして実力は分かってっからな」

「タマ無しヤローでも脳ミソはついてるみたいで安心したよ」

「あんだとコラー!!」

 

 やっぱり頭も悪そうで、クロ隊長が彼に一目置く理由はさっぱり分からなかったけれど。

 

 ボクらは天地橋へ向かう道中にあり、さっきからボク以外の三人からの視線を痛いくらいに感じる。

 隊長であるヤマトと名乗った男のものは、こちらにほとんど悟らせない控えめなもので、他の二人からのものは気に留める必要すらない。どうやらボクの雰囲気が同じ班員だったうちはサスケに似ているかどうかで揉めているようだったから。

 

「ぜってぇ似てないってばよ……」

 

 ムスッとした表情で前を歩くうずまきナルトを、隣の春野サクラが「まあまあ」と宥めている。

 

「それにアイツってば、こっちが折角譲歩して仲良くしよーとしてんのにニコリとも笑わねーし……そんなところもサスケにちょっと似て……ねーし!」

「そうねえ……何だか昔のクールさが際立ってた頃のサスケ君に似てるかも」

「だから似てないってばよ!」

 

 ギャンギャン吠えるナルトに、さらに前を歩いていたヤマト隊長が苦笑を受かべながら振り返る。

 

「君たち。これから大蛇丸のアジトを見つけるための重要な任務だって分かってる? サイ、君ももう少しボクらに歩み寄る努力をしてしてくれると嬉しいんだけどね」

「ボクがここで愛想を振り撒くことに何のメリットがあるんでしょうか」

「メリットって……」

 

 サクラが引き気味に呟く。ボクからしたら彼らがボクに歩み寄ろうと無駄な努力をしている方が理解できない。だって、本にはこう書いてあった。《笑顔を手段にして自分の素直な気持ちを相手に伝えることで、その人と親しくなることができる》って。最初は所謂愛想笑いだったそれも随分自然になってきた自負があるし、今ではただの愛想笑いを向けるべき対象も分かる。

 第七班は、ボクにとってただのダンゾウ様の任務を遂行する為の足掛かりにすぎない。

 そんな彼らと親しくなることに何の意味がある?

 ボクと彼らの関係が不仲だろうと、暁のスパイから大蛇丸のアジトを聞き出す任務は必ず遂行される。彼らと息の合った連携が必要だとも思わない。ボクはボク一人だけの力で十分任務を成功させるだけの実力があるんだから。

 

 ヤマト隊長はこのような対応にすっかり慣れている様子で「メリットしかないよ」と答えた。

 

「君はこれまでの環境からチームワークってものを学んでこなかったようだね。確かにボクらの関係が最悪でも任務は成功するよ。でも、それは精々チームが持つ八十パーセントくらいの力しか発揮されていない。つまり任務成功の最低ラインってこと。でもそれじゃあ想定以上の困難が立ちはだかってきた時にどうする? チーム全体で百パーセント以上必要だったら?」

 

 立ち止まり、腕組みしながら続けられる言葉に耳が痛そうな顔をしたのは、何故かボクではなくナルトの方だった。

 

「……チームワークが大切だということは理解していますよ。ただ、ボクには」

 

 仲間というより、相棒。クロ隊長とモズさんの息の合った動きを目にするたびにその二文字が頭に浮かぶ。

 二人一組もしくはスリーマンセル以上で動くことが多い根で過ごしてきたから、誰かと行動を共にすることによって実力以上の力を発揮することがあることも知っている。

 

「今回の任務のためだけに急遽編成されたこのチームに、そんなものが必要だとは思わない。それだけです」

「……やっぱお前。サスケとは全然違うってばよ」

「さっきからサスケ、サスケって。ぼくが自称したならまだしもとんだ言いがかりですね。里を抜けようとして施設送りになってる間抜けヤローと一緒にされるなんて心外です」

 

 ボクが意図的に踏んだ地雷は思ったより効果があったようだ。これまで不満を露骨に表に出しながらも敵意だけは向けてこなかったナルトが、鋭くこちらを睨みつけてくる。

 

「サスケは必ず戻ってくる! 綱手のばーちゃんは『今はまだ里を抜けかねない状態だから外には出せない』って言ってたけど、今回の任務で大蛇丸とっ捕まえてアイツが知りたがってたことを聞き出せたら、そん時はまた前みたいに……!!」

「とんだお花畑ヤローですね、君は」

 

 うちはサスケが里抜けを理由に施設送りにされたのは事実だけど、それは根から守る為でもある。彼が里を抜けようとしていることが里全体に知れ渡ったその時、第一部隊の隊長であるモズさんに下されたのはうちはサスケの抹殺命令だった。

 抹殺命令は想定より早く現場に現れた火影達の存在によって中断され、最終的にうちはサスケは根でも容易には手出しできない施設に送られてしまった。

 

 ヤマト隊長が、ボクとナルトを仲裁するように間に立つ。

 

「ったく。少しは隊長であるボクの顔も立ててほしいよ。ボクも鬼じゃない。これまで後輩や部下にはできる限り優しくしてきたけれど……まあみんな君たちと違って物分かりが良かったからね」

 

 ――後輩。その言葉に思わず動きを止めてしまった。隊長は「おや?」という顔をして、気を取り直すように軽い咳払いをする。

 その直後足元が揺れ、木片が地面を突き破るようにして現れた。ただの木片はあっという間に格子状に組み立てられて牢獄らしき姿に整えられていく。

 

 ……これが初代火影にしか扱えなかったという、木遁忍術。

 

 ヤマト隊長は息を呑むボク達全員の顔を覗き込むように、ぬうっと近づいてくる。……なんだ?

 

「ボクは親切だから不仲のデメリットをもう一つ教えてあげるよ。君ら、ボクのこともなぁんにも知らないだろ」

 

 ヤマト隊長の『無』の表情から放たれる威圧感に、サクラとナルトがズサッと距離を取る。

 ボクは何だか……胸がドキドキしてその場から動けなかった。

 

「ボクはこう見えて恐怖政治も嫌いじゃないんだ。この檻に丸一日ぶち込まれるのと、温泉付きの宿場に仲良く宿泊するのと……どっちがいいかなんて、賢い君達なら考える必要もないと思うけどねぇ…………?」

「…………」

 

 ボクは妙な胸の高鳴りを誤魔化すように、控えめに頷くことしかできなかった。

 

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