両思いなのにお互い勘違いしている令嬢と侯爵様の話   作:霞草。

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皆さん初めまして、霞草。です!
至らぬ点も多々あると思いますが、少しでもお楽しみ頂けると幸いです✨


第一章
第1話


そこは、この国の首都であるセントポーリア都市を見渡せる丘だった。

 

遠くには白が基調の、重厚感漂う城も見える。

 

風が吹けば、草木や花は揺らめいた。

 

かといって人の気配はしない、静かなところ。

 

そんな美しい丘から、美しい風景を眺める。

 

 

─“彼”と一緒に。

 

 

◇◇◇

 

 

「いいか?くれぐれもミスを犯すなよ?

お前が妻として正しく務められれば、我が家は更に領地を広げられる。より大きな力が得られる。

クロッカス家の頭脳を使えば完璧なんだ。」

 

 

それって、私が犠牲になればみんなが潤うってことですよね?

お父様。

 

 

「そうよ。親孝行だと思いなさい。大丈夫、貴女は顔が良いから。向こうでもきっと上手くいくわ。私達の役に立って頂戴。」

 

 

それが、冷酷無慈悲と噂される侯爵様に送る娘への言葉ですか?

お母様。

 

私は嘲笑気味に笑った。

 

ガタガタと揺れる馬車は、クロッカス家へと走っている。

 

私の婚約者となる、クロッカス侯爵。

 

彼には、美しい外見とは裏腹に、冷酷な一面もある…という噂があった。

 

ある戦場で活躍したとしても知られる彼。

 

我が国はその聡明な作戦で勝利を掴んだと言っても過言ではない。

 

でも、その一方で。

 

彼は敵国の兵士をいとも容易く殺した。

 

大量に、残酷に。

 

人を殺すことに何の感情も持たない人。

 

英雄と言われると共に、冷酷とも言われるようになった。

 

そして、冷酷と囁かれるもう1つの理由。

 

それは、5年前、彼の両親が事故死した時。

 

彼は悲しむ素振りすら見せず、淡々と葬式を行い、何なら終始、ほっとしたような表情を見せたから。

 

実の両親が惨めな姿で事故死したというのに。

 

そこから、噂は一気に広まった。

 

この情報は街の人から。

 

平民にすら広がる程の内容だったのだ。

 

彼の両親は生前、彼の妻となる女性を見つけられなかった。

 

確実に将来有望。剣の腕前や聡明さは本物で、家の財産も計り知れない。

 

だけど、その冷酷な性格が令嬢達を遠ざけた。

 

そして彼の両親は事故死し、急遽クロッカス家の主となった彼だが、当主となるにはいい加減妻が必要で。

 

その配偶者に選ばれたのは、アメリアン家の一人娘、アイリス・アメリアン─すなわち、私だった。

 

クロッカス家では婚約したその日から、屋敷での同居生活が始まる。

 

今日からだ。

 

横を見れば、華々しい宝石を身に纏う母と父がいた。

 

何かを考えている様子だったけれど、何を考えているのかは顔で分かる。

 

 

「娘をどのように使うか」

 

 

私の両親は身勝手な人だった。

 

元々は資金がほとんど平民の家だったが、前々から手を出していた事業が成功してからは好き放題だ。

 

すっかり経済力のある家となったアメリアン家は、クロッカス家の“頭脳”を欲しがった。

 

それもそのはず、だって彼らは─

 

 

(強欲なくせに、馬鹿なんだから。)

 

 

こんな家に生まれたことに、私は大きく嘆息した。

 

私もできることならこの結婚をしたくない。

 

誰だって冷酷と噂される男に嫁ぎに行くのは嫌だろう。

 

それに正直、こんな結婚をどうしてクロッカス家が受け入れたのかも分からなかった。

 

勿論、妻の役割をする女性は必要だったのだろう。

 

でも最悪の場合は、生活に困っているような家の令嬢を貰っても問題ではない。

 

残念ながら、この国ではそれはよくあることらしい。

 

なのに、何故。

 

身分の差もある。

 

アメリアン家は子爵家で、クロッカス家は侯爵家。

 

でも何よりの理由は─私の両親は頭が悪いことで知られているから。

 

知識量は皆無、頭の回転も遅い。

 

そのくせ癇癪持ちで、利用できるものはとことん利用しようとし、慈悲もまるでない。

 

その娘は、社交界にも全く出席しない。

 

この歳─既に18歳にも関わらず社交にもほとんど参加しておらず、貴族達の集まりやアカデミー等にも行ってなかった。

 

つまり、私は貴族に一切知られていない。

 

そして親はあんな調子。

 

誰だって私も能無しだと思うだろう。

 

 

(誰が欲しがるのだろう。)

 

 

ちなみに私には、貴族ならほとんどがいる家庭教師もいなかった。

 

私の知識は全て、街の図書館のものだ。

 

“彼”と出会っていない時には、丘に行って、『セントポーリア』という名の図書館で本の虫と化す。

 

平穏な生活だった。

 

なのに。

 

事業が成功して、私は“経済力のある家の令嬢”になった。

 

親は私を利用できる“物”として見始めた。

 

だんだんと、私の日常が規制されていった。

 

そのくせ学はつけさせなかった。

 

母のあの言葉を、今でも覚えている。

 

 

「女は黙って偉い人の話を聞いていれば良いの。何も分からない顔をしながら指を咥えて、ね。」

 

 

私のいる家は、そんなところだった。

 

価値ある物として見ているくせに、女性に学は必要ないという古い概念にとらわれ続ける。

 

今まで放置していたのを家の中に閉じ込めただけ。

 

結局は家の中でも放置だった。

 

両親はきっと、“価値あるもの”を手元に置いておきたかったのだろう。

 

逃がさないように、瓶の中に閉じ込めるように。

 

自らの私欲の為に物を使う。でもやり方は愚かで。

 

自分中心に世界が回っていると、本気で勘違いしていそう。

 

 

(…もういいや。何も考えたくない。)

 

 

吐き気を感じさせる、両親のことを思い出した時。

 

こんな時にいつも思い出すのは、決まって子供の頃の温かい思い出だった。

 

あの頃はまだ事業は成功していなくて、比較的自由だった。

 

何より、“彼”との時間は格別で。

 

 

(死ぬまでに、もう一度だけ彼に会いたいな…)

 

 

私はつい、彼と初めて会った時のことを思い出した。

 

◇◇◇

 

いつものように、この丘へと足を踏み入れた。

 

紛れもなく“美しい”光景。

 

これを見ると、悩んでいることや考えていることが全部ちっぽけに見えて、心が洗われた。

 

私はお母様にもお父様にもメイドにも放置されているから、自由だ。

 

家では、日に日に落ちぶれていくアメリアン家をどうにか立て直そうと奮闘している両親の怒声が飛び交う。

 

こんな家になんて、いたくないに決まってる。

 

 

(ん…?)

 

 

斜面を登って丘の頂に着くと、そこには1つの人影があった。

 

 

(男の子…かな?)

 

 

随分粗末な服を着ている。平民だろうか。

 

それにしても珍しい。普段こんなところに人なんて来ない。

 

それもそのはず、ここまでの道のりが長いからだ。

 

少なくとも、この長い道のりを経てここに辿り着く令嬢は私以外にいないだろう。

 

 

「こんにちは。隣に座っても良い?」

 

 

緊張はしたものの、ここで帰るのは嫌。

 

なるべく家にはいたくないし、単純に、彼への興味もある。

 

そう思って、話し掛けた。

 

声を掛けられた少年は、びくっとして振り向いた。

 

美しい少年だった。

 

まだあどけない可愛らしさも兼ね備えた、随分の美形。

 

でもその頬は、涙で濡れていた。

 

 

「だ、大丈夫…?」

 

 

驚いて思わずそう声を掛けたが、泣いているのに大丈夫な筈がない。

 

 

「ひ、1人になりたい?だ、だったら帰るね。何かごめんね。」

 

 

何も言わずに泣き続ける彼に、私は困惑した。

 

私はあまり人と接して来なかったため、人とのコミュニケーションがどのようなものか、知らなかったから。

 

ここで何かを口にすると、泣いている理由となっているその傷に塩を塗ってしまうかもしれない。

 

変に話さないで放っといた方が良いと思い、そっと帰ろうとした私だったが。

 

 

「え…?」

 

 

安い生地で自分で作った水色が基調の私のワンピースの端を、少年はきゅっと掴んだ。

 

少年は横目に私を見た。

 

何かを訴え掛けているようだった。

 

 

(隣に、いて欲しいのかな…?)

 

 

私は少年の隣にすとんと座った。

 

 

「…貴方、名前は?」

 

 

それでもただ泣いているだけだったから、とりあえず名前だけでも、と思い、そう聞いた。

 

 

「…レオン。」

 

 

凛としていて、でもどこか怯えていて。

 

初めて聞いたレオンの声は、そんな声だった。

 

 

「そっか。…私はアイリス。アイリス・アメリアン。私ね、いっつもここに来ているの。」

 

 

私は泣いているレオンの背中をそっと撫でながら、そう言って微笑んだ。

 

その時、初めて彼が私の顔を真っ直ぐ見た。

 

真正面から見たレオンの目は、今までに見たことがない色だった。

 

 

「綺麗な目…」

 

 

思わずそう言った。

 

レオンの青みがかった黒い目を見て思った、素直な感想だった。

 

 

「…き、綺麗?これが…?」

 

 

だけどレオンは困惑したような顔で私を見た。

 

未知のものに出会ったような顔。

 

 

「うん、綺麗。」

 

 

私は彼の表情の意味は分からなかったが、素直にそう答えた。

 

でも、目を見て惚けている私を、彼は突然睨んだ。

 

弱々しいけど、確実に警戒している目。

 

 

(あれ、私、何か言ったっけ…?)

 

 

何かいけないことをした?

 

まさか、目を褒められるのが嫌だった?

 

でも、私のそれらの考察は全て外れた。

 

 

「…そ、それは、皮肉?…黒い目なんて、この国では不吉…だろ?」

 

 

途切れ途切れで話すレオン。

 

普段口数が少ないのか、話すのに慣れていないようだった。

 

 

「そうなの?」

 

 

私には、“風潮”というものが分からない。

 

街の図書館には最近の流行なんて載っていない。

 

それと同じ。風潮なんて載っていない。

 

 

「…いつも、僕の両親は、そう言う。だから…虐げられるんだ。」

 

 

「な、何それ!?」

 

 

私はつい、大声を上げた。

 

彼は怯えたようにびくっとする。

 

その姿は、まるで肉食動物に出会ってしまって今にも食べられそうな小動物。

 

こちらが苦しくなるほど怯えていた。

 

 

(…いつもこんな風に、虐げられるのかな。)

 

 

─たかが目の色で?

 

 

「ご、ごめんね?急に大きな声出して。

でも、そんなのおかしい!目の色で虐めるなんて、正気じゃないわ。

私ね、黒い目が不吉とか、そういう風習は分からないけれど、綺麗だと思う。」

 

 

「…これが?」

 

 

「うん!青みがかった黒い目なんて初めて見たわ。奥深い感じで、とっても綺麗。」

 

 

彼は私の言葉を聞いて「…ほ、ほんとに?」と、期待と困惑に満ちた目で聞いた。

 

私は勿論、迷うことなく「ほんとに!」と答える。

 

レオンは驚いたような表情をして、そして─笑った。

 

そんな、美しくて儚さもある優しい彼の笑顔に、私は惹かれたのだった。

 




ご覧頂きありがとうございました!
次話もご覧頂けると幸いです(*´꒳`*)

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