両思いなのにお互い勘違いしている令嬢と侯爵様の話   作:霞草。

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第11話

(…ん?)

 

 

今、私は洋服店から馬車で城に帰っている─筈だけど。

 

しばらくは窓を眺めていたが、明らかに城から店に辿り着くまでの時間以上を走っている。

 

そして、全く見たことがない景色が広がっていた。

 

どうして今まで気が付かなかったのか。

 

 

「だ、旦那様!?この馬車はどこに…?」

 

 

慌てる私を見て、旦那様は悪戯な顔でくすっと笑い、人差し指を唇に当てて「秘密。」と言った。

 

 

(秘密!?私、拉致されるとか…ではないか。私がいなくなっても探す人なんていないし。じゃあ何?何をされるの?)

 

 

私はそこまで考え、あることを思い出した。

 

デザイナーを城に呼ばなかったことに疑問を抱いていたことだ。

 

ひょっとしたら─

 

 

(私を街に連れて行くため、だったり。)

 

 

何と、元々計画に含まれていたのだ。

 

疑問が解消されたと同時に、また、どこにい連れていかれるのか分からない不安に襲われた。

 

まさかここまで優しく接していたのが全てこの時のためで、私はここから─

 

考えただけでもぞっとしたが、その答えは予想外過ぎるものだった。

 

馬車はあるところでぴたっと止まる。

 

 

(ここは…)

 

 

2階建ての茶色と赤色で着色されたお洒落な建物が目の前に立つ。

 

看板の文字は─

 

 

「…カフェ!?」

 

 

思わず、子供の頃のように無意識に大きな声で叫んでしまった。

 

慌てて手で口を塞ぐ。

 

旦那様はからかうように笑うが、今はそんなことどうでも良い。

 

 

「旦那様、カフェなんてどうして…?」

 

 

戸惑う私の頭に、旦那様は何故か、ぽんと手を置いた。

 

大きく温かい手が、私の頭を撫でた。

 

私は一気に熱を出す。

 

 

(…!?手っ!?何故!?)

 

 

手を乗せるきっかけなど、どこにあったのだろうか。

 

私が上目遣いに旦那様を見ると、旦那様は変わらずいつもの微笑を浮かべた。

 

 

─愛しい者を見るような目をしながら。

 

 

意味が分からなければ羞恥も混ざり、混乱する私に構わず旦那様は話し続ける。

 

 

「最近人気のカフェだ。安価だが多種の一口サイズのケーキが上品で美味でね。貴族からの評判も良いんだ。いつも賑わっているらしいから、今日は貸し切り。」

 

 

「貸し切り!?」

 

 

(そんな人気のカフェを、私のために貸し切り?)

 

 

莫大な料金が発生することは、平民寄りの私にも分かる。

 

 

(私にお金を掛けて…何になるのかしら。)

 

 

何か別の考えが?他の思惑が?

 

 

(いや…変に詮索するのはやめよう。)

 

 

お婆様に言われたではないか。

 

深く考えなくて良い、と。

 

まあ、“深く”の基準がどこかは分からないけれど。

 

 

「ほら、行こう。」

 

 

いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべ、旦那様は私の手を取った。

 

 

(うわぁ…)

 

 

カフェという場所は本で見たことがある。

 

でもそれはイラストが付いていなくて、文で表現されたものだった。

 

そこのカフェは、風景画が飾ってあるクリーム色の壁に赤色の生地を使った黒い椅子が差し色になっていて、装飾の美しいシャンデリアや鮮やかなステンドグラスも目立っているところだった。

 

大きな窓からは色とりどりの庭園も見える。

 

随分凝っているんだな、と感嘆してしまった。

 

 

「お待たせ致しました。」

 

 

店員は私達を奥の部屋へと案内する。

 

そこには、旦那様が言っていた通り、一口サイズの様々なケーキがずらりと並んだ大きなテーブルがあった。

 

私は色とりどりのお洒落なケーキ達に驚くも、たどたどしく席に座った。

 

 

「えっ、これ…食べて良いのですか?」

 

 

「ああ、勿論。遠慮しないで食べるんだ。」

 

 

そんな優しい言葉に甘えて、目の前に広がるケーキを見て1つずつ食べていく。

 

ビスケットの下敷きに鮮やかな苺を挟んだスポンジを置き、その上には淡い桃色の苺クリーム、そして光輝く大きな苺が自分が主役だとでも言いたそうに乗る、可愛らしいケーキ。

 

きらきらとしたオレンジのゼリーの上にふわふわの淡黄のムース、更にグレープフルーツとライムが綺麗に並ぶ、爽やかなケーキ。

 

薫り高い抹茶と練乳クリームを交互に積み重ねた、程よい苦味と甘味を感じるスポンジに、星のように輝く金箔がふんだんに使われた、美しいケーキ。

 

タルト生地に中が見えない程に沢山の黄蘗(キハダ)のクリームがホイップされ、お洒落で甘過ぎないマロングラッセが数個乗せられた、お洒落なケーキ。

 

 

「…美味しいです!」

 

 

仄かな甘さと最大級の美味しさを噛み締める。

 

私はお菓子を食べる機会なんてほぼ無かった。

 

否、もはや皆無に等しい。

 

だからこんなに甘くて美味しいお菓子を、人生で1度でも食べられるなんて思いもしなかった。

 

でも、旦那様は嬉しい気持ちでいっぱいの私を見つめて微笑んでいるが、肝心のケーキは数口しか食べなかった。

 

 

「旦那様は、召し上がらないのですか?」

 

 

思わずそう問うと、旦那様は一瞬だけ言葉に詰まった。

 

 

「実は…私はそこまで、甘いものに興味はなくてね。嫌いという訳でも無いんだが。」

 

 

言いにくそうに、申し訳なさそうに、小さな声で。

 

旦那様は、私のためにこの場を用意してくださったのだろうか。

 

そんな義理も無ければ、冷たく接しても許される程のことをしている私のために。

 

 

(私のため“だけ”に?)

 

 

店員が持ってきた紅茶に口を付ける旦那様に、私はほとんど無意識で言った。

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

◇◇◇

 

 

出会った初日から、アイリスの服が気に掛かっていた。

 

自分で服を作っていたという昔に比べて、随分と大胆で派手なものを纏っている。

 

彼女から話を聞くと、やはり、彼女の好みではないそうだ。

 

 

(前のような、爽やかな服装が良いかもしれないな。)

 

 

閉じ込められていた間、きっと彼女の中の時間は止まってしまっていただろう。

 

だからまだ、そちらの服の方が良いかもしれない。

 

私は丸1日かけて行う筈だった仕事を半日で済ませ、すぐさま城の若い使用人達に最近の流行りの洋服店やカフェを聞いて回った。

 

一番有力な情報をくれたのはラリアで、いくつかのカフェと洋服店を候補として挙げてくれた。

 

ちなみにリリスにも聞いたのだが─

 

 

『申し訳ありません。生憎、私はこの城からほとんど外出しないので…』

 

 

とのこと。

 

休暇を使って街に出ないのかと聞いても、彼女はそもそも街に興味がないらしい。

 

最低限の日用品を揃えて城に籠っているのだとか…仕事人間にも程がある。

 

私はそんなリリスに呆れながらも、当日を迎えた。

 

最初は洋服店。

 

割とこじんまりとした店だった。

 

そこは既製品を元にして少しアレンジを加えるだけの、どちらかと言えば庶民寄りの店。

 

1からデザインして貰うよりかは、アイリスも着た時のことを想像しやすくて良いだろう。

 

更衣室からは、着替えたアイリスが少しだけ恥ずかしそうに出てきた。

 

 

「い、如何ですか…?」

 

淡い桃色の生地に首周りとスカートの端には白いレースが施された七分袖のワンピース。

 

腰回りには協調的に薔薇色のリボンがぐるりと結ばれている。

 

 

(ガーリーな衣装だが甘過ぎず、アイリスの金髪でより可憐さが際立っている。何よりその可愛らしい服を纏いながらはにかむアイリスは天使のように愛らしくて…)

 

 

「可愛らしい。」

 

 

思っていることの全てを吐き出すと間違いなく引かれるので一言だけ。

 

次にアイリスが着たのは、スカートと袖がふんわりと膨らんだ白色が基調のワンピースで、胸の中心部には深みがあるブルーサファイア。ベルトはシンプルなブラウン。

 

 

(先程とは打って変わって清楚なドレスだ。美しいエメラルドグリーンの瞳と相まって神秘的な美しさ…)

 

 

「よく似合っている。」

 

 

更にアイリスが着たのは、白いリボンが袖についた紺色のワンピース。スカートの上には金色の粒をまぶしたチュールレースが乗り、夜空を連想させる服装。

 

 

(深い紺色に恒星のような明るい金髪と真っ白な肌がよく映えている。夜空がモチーフであることに気が付き、照れ笑いのような仄かな微笑みを浮かべる姿にはもはや神々しさすら感じる…)

 

 

「綺麗だ。」

 

 

正直、思っていることをそのまま伝えたかった。

 

でも、せっかくアイリスとの距離を縮められたのに引かれてしまったら今までの努力が全て水の泡だ。

 

心に思っていることを押し殺し、一言だけで収める。

 

そんなやり取りを幾度となく繰り返し、次に向かったのはカフェだった。

 

道中、アイリスは城に戻っていないことに気が付いていなかったらしく、気が付いた時には『だ、旦那様!?この馬車はどこに…?』とかなり焦っていた。

 

可愛らしい反応なのは勿論だが、アイリスは今の今まで全く疑うことなく上の空で外を眺めていたため、少しだけ緊張感の無さを感じた。

 

 

─それはそれで、庇護欲がそそるが。

 

 

カフェでは、貸し切りにした店内のテーブルに並べられたケーキに目をきらきらさせながら、少しずつ美味しそうに食べていくアイリスが見れた。

 

アイリスは頬を紅潮させながらお洒落なケーキをじっくりと観察し、楽しそうに食していく。

 

控えめに言って、とても可愛いらしい。

 

そんなことを考えていたが、アイリスは私がケーキを食していないことに気が付いたようだ。

 

少しは気に掛けてくれてるのだろうか。

 

私が甘いものが苦手なことを知ると、彼女は申し訳なさそうに下を向いた。

 

自分だけが楽しんでいると勘違いしているのだろうか。

 

私はアイリスが楽しそうに、嬉しそうにしているのを見るだけで癒されるというのに。

 

しかし彼女はもう一度目線を上げて、私の方を見て─

 

 

『ありがとうございます。』

 

 

次の瞬間、私は目を見開いた。

 

蕾が綻ぶように。

 

初夏の眩しい光のように。

 

その感謝と共に添えられた表情は、あの頃のような無垢で麗しく、眩しい笑顔だったから。




ご覧頂きありがとうございました!
次話もご覧頂けると幸いです(*´꒳`*)

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