両思いなのにお互い勘違いしている令嬢と侯爵様の話   作:霞草。

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…さすがに投稿が遅すぎますね、もうこんな作品お忘れでしょうか笑
約一ヶ月(以上)ぶりの更新ですが、第14話、お楽しみ頂けたら幸いです!


第14話

仕立て屋ポットアムのマダムは、旦那様が戻ってきてすぐにやって来た。

 

銀髪に、ここらでは珍しいであろう赤い瞳をしたマダムは、その瞳以外は至って普通の老婆だ。

 

澄んだ瞳で、旦那様の要望通りに描いたデッサンを見つめる。

 

 

「これで如何でしょう?ご確認下さい。」

 

 

「ああ。…デザインは良いが、ここの色はアイリスとの相性があまり良くないな。あと、制作の際にはコルセットをきつく締めないような、出来るだけ着心地が良いようにしてくれ。そしてその首元のパールには、ヴェルリアで採れるものを使って欲しい。」

 

 

一通りデッサンを眺めたあとそう言った旦那様。

 

私も気になってそのスケッチを覗いたが、庶民同然だった私には文句の付け所が全くと言って良いほどなかった。

 

デッサンにあったのは、紺色が基調の夜空のような七分袖のドレス。

 

まだデッサンの状態なのに、美しいドレスになることは明確だと感じさせる。

 

 

「っ!?クロッカス侯爵様、ヴェルリアと仰いましたか!?」

 

 

マダムは目を見開き、若干興奮気味で聞き返した。

 

確か、ヴェルリアはここから数百キロ離れた地域。

 

真珠が名産だなんて聞いたことがない。

 

 

「ラリア、ヴェルリアの真珠はそんなに価値があるの?」

 

 

密やかな声で聞くと、旦那様を前に呆然としていたラリアは、気を取り直したように答えてくれた。

 

 

「はい。ヴェルリアの真珠の別名は人魚の泪(にんぎょのなみだ)とされていて、上級貴族の方々でも中々手に入らない代物でございます。ヴェルリアの真珠は輝きが他のものに比べ大変強いことで知られており、また、奥深い色合いも特徴的です。」

 

 

「ヴェルリアが真珠の名産地だとは聞いたことがないけれど…」

 

 

図書館の本は私にとって一番の情報源だった。

 

だから私は、それに記されていないことになると一気に弱くなってしまう。

 

 

「数も少なく、稀有な存在でございますから。皇族が身に付けるような宝石なので仕方がありません。」

 

 

そうなんだ、と納得する一方で、僅かに情けなさが込み上げてきた。

 

流行や常識というものが分からないのは、私の最大の弱みかもしれない。

 

 

(もっと…ガーベラお婆様に教えて貰わなきゃ。)

 

 

「─リス?アイリス?」

 

 

自分の名を呼ぶ声が聞こえ、思わずはっとする。

 

旦那様だった。

 

 

「も、申し訳ありません、旦那様。」

 

 

「具合が悪いのか?」

 

 

心配そうに私を覗き込み、右手が私の頬に触れた。

 

 

(な…!?)

 

 

「いえ!本当に何でもないです!体調も良いですし!」

 

 

私が思い切り早口でそう言うと、沈黙が室内を包んだ。

 

 

(は、恥ずかしい…何でこんなに焦ったのかしら…)

 

 

すると、旦那様は羞恥で身体が熱い私を見て、その沈黙を破って「ふっ、そんなに焦ってどうしたんだ?」と笑う。

 

そのにんまりとした笑顔を見て、私はようやくからかわれたことに気が付いた。

 

 

「な…!?…何なんですか、もう…」

 

 

呆れて息を吐く私に、また旦那様は笑った。

 

 

「そう恨めしい目で見ないでくれ。体調に問題がないのなら良かった。ほら、アクセサリーはどうする?」

 

 

そう言って旦那様が差し出したのは宝石の商品一覧といくつかのサンプル。

 

でも私はあまり興味が無いし、そもそも私には宝石の価値がよく分からない。

 

正直、全部輝き過ぎて眩しい。

 

でも一つだけ分かるのは、確実に私が手出し出来るような金額ではないということ。

 

…というか、何かをスルーしているような気がする。

 

 

─「あっ!だ、旦那様!」

 

 

突然の大声に「な、何だ?」と驚く旦那様。

 

後から考えると、淑女たるもの云々以前の羞恥が込み上げてくる。

 

 

「ヴェルリアの真珠って何ですか!?皇族が身に付けるものだなんて…!」

 

 

「大丈夫だ、この家には沢山の財産があるから。」

 

 

「そうではなくて…!」

 

 

旦那様は得意気な顔で私を見つめる。

 

私は別に、財産の心配をしている訳ではない。

 

経済力は国内上位で、財産は計りしれないクロッカス家なのだから。

 

 

でも─

 

 

「…私には勿体ないです。前に申し上げたではないですか。想い人がいる、と。」

 

 

メイドにもマダムにも聞こえないような小さな声で、真っ直ぐで優しい旦那様に申し訳なくて少しだけ罪悪感を抱いていたあの一言を、また口にした。

 

旦那様が心優し過ぎる故、私と婚約破棄をして新しい女性にその真珠を渡して欲しいと思ってしまった。

 

そうすれば、私もレオンのことを純粋に想いながら平穏に暮らせる筈。

 

これが旦那様の幸せで、私の幸せで、妥当な判断。

 

 

─なのに。

 

 

(どうして、そんな顔をするのですか…?)

 

 

何故そんなにも、泣きそうなほどに悲しげな顔を。

 

こんな私達を見兼ねて…なのかは分からないが、マダムは私に向かってにっこりと話し掛けた。

 

 

「外部の人間がそんなことを言うのはどうかと思われるかもしれませんが…受け取られては如何ですか?」

 

 

「え…?」

 

 

「クロッカス侯爵様は、ヴェルリアのパールをアイリス様にお渡ししたいのだと存じます。何が起きたのかは分かりかねますが…受け取られては?」

 

 

横を見ると、旦那様と目が合った。

 

私とマダムの会話は聞こえていたらしく、彼は力強く何度も頷く。

 

今度はそばにいたラリアに視線を移したが、彼女もまた、微笑みながら頷く。

 

完全に四面楚歌だ。

 

 

「…わ、分かりました。受け取らせて頂きます。」

 

 

周りの圧半分、何故か悲しげな表情をする旦那様に対する罪悪感半分で根負けした。

 

まるで私が駄々をこねた子供のような雰囲気だっだが、そう言った瞬間、場の空気は温かくなり、他の宝石選びへと話は変わっていった。

 

華やかで美しい宝石達を次々と選んでいく。

 

心の中で小さく嘆息した。

 

彼の気遣いはありがたいが、自分に使われる費用が何とも勿体なくて、申し訳なくて。

 

◇◇◇

 

次の日の午後。

 

いつもの時間に、お婆様兼ガーベラ先生はやって来た。

 

 

「ごきげんよう、アイリス様。」

 

 

その、麗しい礼と微笑。

 

お婆様がしていることはただの辞儀だが、その立ち振舞い一つ一つに優美で華麗な貴婦人の雰囲気が漂う。

 

 

(お婆様は、凄いな…)

 

 

表面上、私は未来の侯爵夫人。

 

私もこの地位に居続ける限りはお婆様のようにならなければいけない。

 

そして、そんな私の“礼儀”の土台は、本と幼い頃にお婆様に教えて貰ったことだけ。

 

もはや平民と言われても言い返せない。

 

だから、建国記念パーティーも近いということもあり、最近はほとんどが作法や各家門についての勉強だ。

 

各家門についてとは、例えばその家門の勢力や歴史、好きなもの、好きな話題…地位の高い方々と親睦を深めるために欠かせないことを学ぶ。

 

幸い私は記憶力は長けている方だから、すらすらと覚えていけた。

 

そう、幼い頃から記憶力はあって─

 

 

『そんなことも覚えているの?助かりはしたけれど、やっぱり気味悪いわね。』

 

 

─(はっ!…ああ。)

 

 

かつて聞いた、母の声。

 

確かあれは、当時の母が半年前に出たパーティーに着ていたドレスについてデザイナーと話していた時だった。

 

当時の集まりと半年前のパーティーでのドレスの色合いが被らないようにしたかったようで、街にも出掛けていなかった頃の幼い私は、役に立ちたい一心で声を掛けた。

 

 

『そのパーティーのお母様のドレスは、水色だったと思います。フリルとレースには、白色と紺色が使われていました。』

 

 

母にしては珍しい装飾が控えめの水色のドレスだったから覚えていたけれど、これを聞いた母は私を気味悪がった。

 

それでも幼い私は、“もしかしたら役に立ったかもしれない”という希望を見い出し、あまつさえそれに喜んでしまった。

 

あの時の状況は洗脳に近かったのかもしれない。

 

 

(随分と苦い記憶が蘇ってしまったわね…)

 

 

今ではお婆様やレオンのお陰で洗脳が解けたが、アメリアン家を思い出した時の嫌悪感と吐き気はいつまでも続く。

 

最近は旦那様と楽しく過ごせていたからか、耐性が弱くなっている気がする。

 

幸せだからこそ、心が脆くなっている。

 

 

─「アイリス様?」

 

 

気付けば、お婆様が心配そうに私を見つめていた。

 

どうやら私は、また自分の世界に入ってしまったようだ。

 

 

「申し訳ありません、ガーベラ先生。」

 

 

「大丈夫ですか?ご気分が優れない際には、すぐさま仰って下さいね。」

 

 

本当に心配そうに紫の瞳で私を見る。

 

でもどうしてだろう。

 

その鋭い瞳は、私の心を透かしているようにも思える。

 

 

「そして、パーティーの主催者、現皇帝に続き次に偉いお方がこのご令嬢です。」

 

 

紙には大きく“ラスティル・ミリア・アシェット”の名前が記され、赤い筆で丸く囲まれた。

 

どうやらこのご令嬢はこの国唯一の大公爵家の方らしい。

 

その桃色の髪が特徴の優しそうな容姿とは裏腹に、一度も笑うところを見られていないと言われるほどに冷血なお方。

 

 

─小さな胸騒ぎを感じるのは、何故だろう。

 

 

◇◇◇

 

皇室からの招待状が来て2週間後。

 

忙しない日々はあっという間に過ぎ、建国記念パーティー当日となってしまった。

 

朝早くから支度を始めていたが、今は既に真っ昼間だ。

 

クロッカス家から皇宮までは少々掛かるが、開催時刻には余裕があるため問題ないと言えるだろう。

 

 

「アイリス様…!とてもお似合いです!」

 

 

「はい!まるで天使が舞い降りてきたかのような麗しさです…」

 

 

支度も終盤に差し掛かった中、メイド達の称賛の声が次々に飛び交った。

 

私が着ているのは先日のポットアムのドレス。

 

紺色が基調の華やかなドレスは、胸元には月のような黄色いオパール、スカートには金箔が散りばめられたチュール素材が使われていて、美しい夜空を連想させる。

 

そして首元には光り輝く例のパール。

 

逆にドレスに“着られている感”がないか心配な程に美しい。

 

 

「あ…あ、ありがとう。」

 

 

メイド達に褒められ、にわかに顔が熱くなる。

 

でもすぐにリリスやラリアを中心とした沢山のメイドにメイクや髪のセットをして貰い、待たせてしまっているであろう旦那様の元に向かった。

 

城の外に出ると、既に馬車が用意されており、使用人の何人かも待っているようだった。

 

支度に時間が掛かり申し訳なく思いながら、馬車へと歩く。

 

 

─私のドレスの色合いと合わせたのだろうか。

 

 

紺色のブラウスとズボンに身を包み、ジャボの中心には私と同じくオパールの宝石が輝いていた。

 

その青みがかった黒い瞳もまた光る。

 

麗しき旦那様だ。

 

少しだけその姿に惚けてしまい、慌てて我に返って旦那様の元へと急ぐ。

 

 

「お、お待たせしてしまい、申し訳ありません…」

 

 

見惚れていたのがバレていないだろうか。

 

そんな自分に動揺したのがバレていないだろうか。

 

そんな私の動揺もよそに、旦那様は朗らかに笑った。

 

 

「さほど待ってない。…その…き、綺麗だ。」

 

 

数秒は旦那様が何を綺麗と言ったのか分からなかったが、やっと私のドレス姿のことだと気が付いた。

 

旦那様に褒めて頂けるとは。

 

 

「あ、ありがとうございます…」

 

 

私はメイド達が褒めてくれた時と同じように顔が熱くなってしまった─けれど、その時とはどこか違う感情のような気もする。

 

でも、どこが違うのかと問われても分からなくて。

 

 

「あ、あの…旦那様もお美しいです…」

 

 

私は思い切ってそう言い旦那様を見上げるが、ばっちりと目が合ったあと、彼は何故か視線を逸らしてしまった。

 

美しいというのは不躾だっただろうか。

 

 

「…では、乗ろうか。」

 

 

たっぷりの沈黙のあと、馬車の扉が開いた。

 

大きくて温かい旦那様の手に引かれ、いつもより広い馬車に乗り込む。

 

クロッカス家では、普段用と遠出用で馬車を分けるらしい。

 

遠出用は初めてだったが、乗り心地は抜群だった。

 

ふかふかの純白なソファーは、座ったままでも熟睡出来そうなくらい座り心地が良い。

 

近くの小窓を覗くと、先ほどとは比べ物にならないほど沢山の使用人や騎士の方々が見送りにきてくれていた。

 

どうやら私は、旦那様と思ったよりも長く黙り合っていたようだ。

 

馬車の一番近くには、リリスを初め特に親しい使用人がにっこりと笑っていた。

 

それに嬉しくなり、思わず窓を開ける。

 

その時ばかりは舞い上がっていたのか、小さく手を振った。

 

 

「みんな、行ってきます…!」

 

 

口々に笑いながら「行ってらっしゃいませ」と答えてくれる使用人達を見て、何とも言えない温かさを感じた。

 

見送りをされたことは、ただの一度も無かったから。

 

馬車の扉は閉まり、ゆっくりと動き出した。

 

段々と城から遠ざかる。

 

思えば、私のとってこの城は既に“居場所”となっていた。

 

私がいても、許される場所。

 

ただ、私には想い人がいるため、実際にはそんなことないのだけれど。

 

 

「寂しいのか?使用人達との一時の別れは。」

 

 

「え…?」

 

 

馬車が動き出して少し経った頃 旦那様は、唐突に口を開いた。

 

 

「顔に出ている。」

 

 

「そ、そうですか?」

 

 

そのくらい分かりやすかったのだろうか。

 

確かに寂しさは感じていたけれど。

 

顔に出やすいというのは良くないと、お婆様にも教えて貰った。

 

社交界で素直さは仇になるから、と。

 

そんな世界にこれから向かわなければいけないと思い出し、少し身震いする。

 

 

「ああ。それより、先ほどは随分とはしゃいでいたな?かなり元気そうで安心した。」

 

 

(か、かなり元気そう…?これはまさか─)

 

 

「また、か、からかっているの、ですか…?」

 

 

「さあ、どうだろうな。」

 

 

涼しい顔をしてとぼける旦那様。

 

これは確実にからかっていたのだろう。

 

またからかわれたのかと、少しむっとする。

 

 

「…くれ。」

 

 

そんな中、旦那様はまた言葉を紡いだ。

 

でも私がぼうっとしていたからか、私の耳に彼の声は届かなかった。

 

申し訳なく思いながらも聞き返す。

 

 

「何と仰いました?」

 

 

「何かあったら呼んでくれ。すぐに駆け付けるから。」

 

 

先ほどまでからかっていた筈なのに、急に真剣な眼差しで。

 

そのギャップが、少しだけ微笑ましく思った。

 

 

「ふふっ…ありがとうございます。」

 

 

出会った当時では考えられなかったが、旦那様と私は目を合わせてにっこりと笑った。

 

 

─さあ、建国パーティーはもうすぐだ。




第1章完結、です。
今考えている構成としては4章で完結、番外編兼5章付きって感じです!
(一体いつになったら完結に辿り着くのか…)
こんな作品ですが、是非最後までお付き合い頂けると幸いです✨

ご覧頂きありがとうございました!
次話もご覧頂けると幸いです(*´꒳`*)

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