両思いなのにお互い勘違いしている令嬢と侯爵様の話   作:霞草。

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お久しぶりです!
大変長い間、更新せずにいましたが…本当に申し訳ございません…
こんな作品なんて誰も覚えていないと思いますので、ぜひ一話からご覧ください()


第二章
第15話


昼下がりの暖かく心地よい初夏の空気が身を包んだ。

 

旦那様に手を引かれ、ゆっくりと馬車から降りる。

 

皇宮は、今まで出会った建物の中で一番と言っていいほど大きかった。

 

重厚感溢れる門、美しく可憐な花々が咲き誇る庭園、その先にある細部に渡って装飾が施された白亜の城、そしてそれを守る礼儀正しく勇敢そうな数えきれないほどの騎士達。

 

皇帝の凄さに驚いた反面、自分は完全なる場違いなんだと思い知らされた。

 

思わず、城から目を背ける。

 

そんな私の考えを見透かしたかのように旦那様は

 

 

「何にも心配はいらない。大丈夫だ。」

 

 

と微笑んだ。

 

いつもの優しくて温かい笑み。

 

…でも、その肩は微かに震えている。

 

“呪われた瞳を持つ冷酷無慈悲な人”

 

私が知っている旦那様の噂と、かつてレオンが話していた黒い瞳の話を統合すると、社交界ではそんなようなことを囁かれているのかもしれない。

 

そんなことを考えると、本当に悔しくなる。

 

 

「旦那様…」

 

 

「うん?」

 

 

苦しそうな表情を懸命に抑えて笑っていた。

 

きっと耐えているのだろう。

 

恐怖と、嫌悪感に。

 

旦那様は口をぎゅっと噤み、私は話し掛けたものの掛ける言葉が見つからず、結局お互いに黙ってしまった。

 

そのまま門から皇宮の扉まで、重い足取りで歩く。

 

扉の前に着いた時、沈黙を破ったのは旦那様だった。

 

 

「あの…アイリス。」

 

 

まさか声を掛けられるとは思っていなくて、私は数回瞬きしてから

 

 

「どうかなさいましたか?」

 

 

と返した。

 

 

「な、名前で…“リアン様”と…呼んでくれるなら、頑張れるから…パーティーの間だけで良いから、そう呼んでくれない、か…?」

 

 

途切れ途切れで、終始目線を逸らしながら。

 

 

(どうして私が旦那様の名前を呼ぶと、頑張れるのだろう…?)

 

 

何の補足もせずに旦那様は黙ってしまうし。

 

私が名前を呼んで良くなることなんて…

 

 

「あっ!確かに名前で呼び合っていた方が、上辺だけの婚約関係だとは気付かれにくいですね。

頑張れる、という表現とは少し違う気がしますが…承知しました!」

 

 

なるほど、そういうことだったのか。

 

私はそう納得できたが、旦那様は少し間を空けてから「そう、そういうことだ。」と言い、なぜか苦笑いをした。

 

◇◇◇

 

扉が開き、私はホールの大きさと人の多さにしばし固まってしまった。

 

見たこともないような大きいシャンデリアや埃一つない壁や床、光輝く豪華な食事が私を圧倒させる。

 

そして、凛々しいスーツ姿の殿方と華々しいドレスを纏う貴婦人達が、一斉に私達を見た。

 

冷たくて鋭い視線だ。

 

 

(うっ、視線が痛い…)

 

 

しかし、ここで耐えなければどうする。

 

少しだけ場の空気が凍ったが、その後すぐに人が集まってきた。

 

 

「クロッカス侯爵様。お目にかかれて光栄です。」

 

 

「ライル伯爵様…お声掛け頂き、ありがとうございます。」

 

 

旦那様に最初に話し掛けたのはライル伯爵と呼ばれた方だった。

 

30代半ばの細身で茶色のつり目を持つ、神経質そうな男性。

 

隣には華々しいドレスを纏う、妻であろう女性がいた。

 

 

「改めて、この度はご婚約おめでとうございます。本当に素敵な婚約者でいらっしゃいますね。」

 

 

私のことをちらりと一瞥し、褒めた。

 

でもこれが社交辞令であることは明白だ。

 

その目が、笑っていない。

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

旦那様は静かに笑い、挨拶回りがあるからとすぐに彼の元から離れた。

 

 

「あの方とは親しいのですか?」

 

 

彼の目がこちらを蔑んだようなものだったからか、会場で最初に話し掛けるほどの仲だとは、どうしても思えなかった。

 

 

「いや、まあ…それなりに、だ。仕事の関係で一時的に連絡を取り合っていた時はあったから。」

 

 

そう言う旦那様の表情は、思ったより柔らかかった。

 

なるほど、仕事上ではあるがそれなりに良い関係はあったようだ。

 

 

(思えば、彼が旦那様を見ている時は特段不快そうだったという訳ではなかったわね。…やっぱり、私…)

 

 

安心した反面、自分ではどうしようもなかった境遇だったのは分かっているけれど小さな自己嫌悪を抱いてしまう。

 

さて、今回の開催者である皇帝が姿を現すまで、私と旦那様は着々と挨拶回りをしていった。

 

相変わらずの“目”で、ひそひそと何かを言われる。

 

気にしたって仕方がないのだろうけど。

 

 

「アイリス」

 

 

そう囁き声で呼ばれ、身体をぴくっと動かす。

 

 

「どうかされましたか?」

 

 

平然を装い、そっと微笑む。

 

 

「挨拶回りも一通り済んだし、殿下がいらっしゃるまで時間があるから─」

 

 

旦那様は、珍しく茶目っ気のある顔で

 

 

「少しだけお茶をしないか?」

 

 

と誘った。

 

そこは外にある皇宮のテラスだった。

 

繊細な彫刻が施された純白の椅子2つと机が佇むようにひっそりとある。

 

本来ここは招待客であれば誰が使っても良いそうだが、上級貴族への配慮と言うか忖度と言えば良いのだろうか、一部の身分が高い方しか使っていないのだそう。

 

しばらく雑談をしていると、皇宮の使用人が紅茶と菓子を持ってきてくれた。

 

アーモンドが乗せられたブラウニーと苺が主役の小さなカップケーキ。

 

食べるや否や、それまでにあった曇りの感情が晴れてしまった。

 

 

「美味しい…!とっても美味しいです!

シェフのアルフィーが作るお菓子とはまた焼き加減や風味が違うのですが、こちらもまた良いですね。」

 

 

さすがは皇宮と言ったところか。

 

私はあっという間に食べ終えてしまった。

 

しかし、そんな私を微笑みながら眺める旦那様の前には、無糖の紅茶しかない。

 

 

「…甘いものは、苦手でいらっしゃいますよね。申し訳ありません、一人で舞い上がってしまって。」

 

 

いくら美味だったとはいえ配慮に欠けていた。

 

旦那様は食べていないのに…

 

 

「いいんだ。十分、楽しんでいるから。」

 

 

─旦那様は静かに私の頭にその手を乗せ、数回撫でた。

 

 

「…っ!」

 

 

(ま、またそういうことを…!)

 

 

旦那様にはもしかしたら、羞恥という言葉がないのかもしれない。

 

第一、こんな私を見て“楽しんでいる”なんて意味が分からない。

 

 

「…もう、夕暮れか。」

 

 

少しの沈黙のあと、旦那様はそう呟いた。

 

 

「あ…本当ですね。もうそんな時間…」

 

 

気づけばずいぶん長い間お茶をしていたようだ。

 

街はオレンジに染まり、賑やかな街の人々がよく映えている。

 

小さな子供達が「またね」と笑顔いっぱいに別れを告げ、男性たちは仕事を終え汗を拭いながら帰路につき、女性たちは子供を迎えに行った後、これから調理するのであろうパンや野菜を忙しなく家に運ぶ。

 

私たちより明らかに大変で、忙しくて、なのに、幸せそうで。

 

 

「…幸せそうだな。」

 

 

旦那様からほろりと溢れた、羨望の一言だったのかもしれない。

 

 

「ふふっ、リアン様も同じことを考えていらしたのですね。」

 

 

気持ちを共有出来るというのは、本当に幸せなことだ。

 

思わず微笑んだ私だったが、対照的に旦那様の顔はみるみるうちに赤面していった。

 

 

「…え、ど、どうかされましたか?」

 

 

とうとう顔を隠してしまった旦那様に向かい、あわあわと困惑してしまう。

 

何かまずいことを言っただろうか。

 

 

「な、何があったのですか…?」

 

 

しびれを切らした私は少しだけ声に芯を持たせ、旦那様に問う。

 

 

「…君が、急に名前を呼ぶから…」

 

 

観念したかのように声を絞り出す旦那様。

 

元々名前で呼ぶように促したのは旦那様のはずなのに。

 

なぜそんなに、顔を赤くするのだろう。

 

否、それだけじゃない。

 

旦那様は、どうして私にここまで気遣ってくれるのだろう。

 

旦那様が優しい方だから…それだけ?

 

手を繋いだり、頭を撫でたり、名前を呼ばれて恥じらったり。

 

旦那様が私に抱いている感情はなんだろう。

 

その時私は、いつか図書館で見た小説を思い出した。

 

旦那様と全く同じことをヒロインの女性にする主人公。

 

それは確か─恋愛小説。

 

 

「…旦那様は、私のことを…」

 

 

─好きなのですか。

 

 

その自分でも分かるほど小さくて拙い声は、旦那様には届かずに皇宮の中にいる何やら騒がしい人の声でかき消された。

 

◇◇◇

 

どうやら、皇帝と皇后が登場するようだった。

 

旦那様は持っていたティーカップを置き、席を立ち「私たちも向かおう」と一言。

 

通りで騒がしいわけだ。

 

私たちが会場に再び足を踏み入れたのと2人が姿を現したのはほとんど同時だった。

 

扉が開かれ、さっきまでそわそわとしていた貴族たちが一瞬で静まる。

 

皇族の証だと古くから伝えられている銀髪と紫の瞳をした、神々しい皇帝と皇后。

 

その姿は圧巻そのもので、この世のものとは思えないほど美しい顔立ちだった。

 

 

「皆さま、よくぞおいでくださいました。本日は、我が国・エストレヤの建国記念日にございます。今日までの国の繁栄を築いた先人達への感謝を捧げると共に、エストレヤの新たなる発展を祈りましょう。」

 

 

皇帝は赤いワイン入りのグラスで乾杯をし、その彫刻のような美しい顔に微笑を浮かばせた。

 

そうしてようやく、開催主のいるパーティーが始まった。

 

皆、先ほどのように談笑をしているが、どこかギクシャクしているような─やはり、これが皇族の力というものなのだろうか。

 

 

「アイリス。立ったままで、疲れていないか?」

 

 

ふと、旦那様が声を掛けてくれた。

 

疲れていない─とは言いきれないが、別に、我慢できないほどでもない。

 

この圧倒的な“場違い感”にも、少しだけ慣れてしまったし。

 

「いいえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 

心配そうな顔をする旦那様は、すぐに安堵して微笑んでくれた。

 

そして、持っていたグラスをくいっと傾けて嗜む。

 

 

「…それは、お酒ですか?」

 

 

少し気になってしまい、思わずそう問う。

 

 

「ああ。…ガーベラは教えてくれなかったのか?」

 

 

恐らく、各家門やマナーレッスンなどに時間がかかり、教えそびれてしまったのだろう。

 

旦那様はグラスを私に近づけ、見せてくれた。

 

黄色とオレンジ色が混ざった淡くて温かみがある色で、小さな泡のようなものがふつふつと弾ける。

 

図書館で読んだ小説で、こんな飲み物があったような─

 

 

「…あっ、シャンパン…ですか?」

 

 

どうやら正解のようで、旦那様は驚いたように笑う。

 

 

「そうだ。よく知っているな。」

 

 

「はい…昔、街の図書館で読みましたから」

 

 

「…街の図書館?」

 

 

不思議そうに首をかしげる。

 

確かに、旦那様のような地位の高い方には街の図書館なんて新鮮だろう。

 

 

「そうです。貴族の方々は国立の図書館や自宅の本棚を使われるのでしょうが、私には生憎そういった手段がなくて…でも、街の図書館にもたくさんの本があるんですよ。リアン様は少し意外に思われるかもしれませんが」

 

 

この時ばかりは自然に笑みが溢れていたかもしれない。

 

この思い出は、本当に温かいものだから。

 

そんな私を見てなのか、旦那様も楽しそうに微笑んだ。

 

 

「そうなのか…私はそういった施設を利用したことがないのだが、楽しそうだな。今度、連れていってくれるか?」

 

 

「わ、私がですか?」

 

 

驚いて、思わず旦那様の方を見た。

 

私なんかが旦那様をそのような場所に案内しても良いのだろうか。

 

でも旦那様は「他に誰がいる?」と笑う。

 

 

「しかし…やっぱり、普段旦那様が利用される図書館には規模も質も負けてしまいそうな気がしますが…」

 

 

「それでも、だ」

 

 

絶対に行きたいという意思があるのだろうか?

 

旦那様はまっすぐに私を見つめる。

 

 

「…ふふっ、分かりましたよ。いつかその日が来たら、旦那様にお楽しみ頂けるように頑張りますね」

 

 

「約束だからな?」

 

 

「はい」

 

 

そんな些細な約束を交わし、そっと微笑み合った。




すみません振り仮名の付け方を忘れてしまいました…笑
ルビで入力することはわかるのですが、なぜかできない…( ; ; )
そして次話ですが、実は既に完成していて、仕上げをしてから11月上旬には投稿しようと思っています。 (詳しい日時は活動報告にて)
今回は平和回でしたが、次話では新しい登場人物も増やしていきます!!
見るしかないですね?()


最後までご覧頂きありがとうございました!
次話もご覧頂けると幸いです(*´꒳`*)
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