両思いなのにお互い勘違いしている令嬢と侯爵様の話 作:霞草。
凍えそうな身体を震わせながら、6歳の私は家を出た。
その日の街は、至るところに灯りがあって、赤や緑に染められた、幻想的な雰囲気に包まれていた。
(この日のこと…何て言うんだっけ。)
私は無知だった。
家を頻繁に一人で出始めたのが丁度今年から。
アメリアン家の再築が上手くいかずに焦って飛び交う両親の罵声から逃げてきた。
街の人とはあまり話したことがないし、知らないことだらけだ。
辛うじてどこからか聞いたことのある今日のことも、既に忘れてしまったようだ。
何かの記念日…だった気がする。
(…羨ましいな。)
周りを見渡すと、そこには至るところに“幸せな家族”があった。
娘や息子達が雪だるまを作るのを両親は温かい目で見守る。
暖炉が付いていて温かそうな家の窓には、弟妹達が責任感が強そうな姉の目を盗んでお肉を食べようとしている姿がある。
自分がこれを体験出来ないのは百も承知。
(でも、夢を見るだけなら良いよね?)
こぢんまりとした温かい家、美味しいご飯、優しい両親。
沢山食べたあとは外に出て雪合戦。
それからお父様がかまくらを作ってくれて、みんなでぬくぬくと温まる。
お母様とは仲良く雪だるまを作って。
─そんな非現実的なことを考えていたからだろうか。
「うっ…」
目が眩んだ。
私の目に映る銀世界はぼやけて歪む。
この寒さでこんな薄着。
こうして雪の中に倒れるのも無理はないだろう。
問題は、助けてくれる人がいるかどうか。
否、きっといない。
(私には…誰もいないんだから。)
助けてくれる人なんて─
─「…お嬢さん!?大丈夫?立てるかしら?」
この声は…?一体誰…?
聞いたことがない声だ。
でも、温かみがある優しい声。
「身体が冷たいわね…今助けるわ。」
そのお婆さんは、家から毛布を持ってくると言って私から離れようとした。
今考えてもその時の自分が何を思ったのかはよく分からないが、私は─
「…ま、待って…隣、にいて欲しい…の。」
寒さで口をガタガタ震わせながら懸命に言葉を吐く私を見て、お婆さんはどう思ったのだろうか。
でもお婆さんは、そんな私に微笑みかけ、そのままぎゅっと抱きしめてくれた。
「分かったわ。とりあえず一緒に、私の家に行きましょう?暖まらなくてはいけません。」
一人暮らしに丁度良いサイズの、レンガ造りの家だった。
家具やカーペットは、暖色が使われていて温かみがあるデザイン。
暖炉の近くで暖まったのはいつぶりだろう。
いつも家の暖炉の近くには両親やメイドがいて、近付けなかったから。
部屋には小さな木があって、きらびやかに飾り付けられていた。
(この木…何て言うんだっけ…?)
駄目だ、思い出せない。
「とりあえず横になりましょう。暖炉の前のソファーで寝るべきよ。ほら…」
お婆さんはそう言って、私をソファーに寝かせた。
そして膝枕をして、私に布団を掛ける。
今はまだ昼間なのに、寝ても良いのだろうか。
でも、身体が限界を迎えていたからか思考が浅く、思いのままに眠ることにした。
「何があったの?あんなところに、1人で。」
両親に見放されていて、何かご飯があればと思ったのと両親の罵声に耐えられなくて、街に出てました。
─とは言えない。
何て言えば良いのか分からず黙りこくっていると
「言わなくても良いわ。でも、辛くなったからまたここに来て良いわよ。」
そう言ってくれた。
私は見ず知らずの他人なのに、何て優しい人なんだろう。
「…聞いても、良いですか?」
もうしばらく誰かと話していなかったが、懸命に口を動かした。
「なぁに?」
「今日は…何の日、ですか?」
私のその質問に、お婆さんが驚き、そして泣きそうに顔を歪めたというのは、私の勘違いだろうか。
真相は分からないが。
「…クリスマスよ。今日はクリスマス。」
ああ、そうか。
どこかで聞いたことがある単語だ。
(今日はクリスマス、かぁ。)
「…この部屋にある、小さな木は?飾りが、付いている。」
「…あれはクリスマスツリーよ。」
「そう、なんだ。ありがとう…ございます。」
(凄く親切な人。会ったばかりの人なのに、助けてくれたばかりではなく、沢山のことをわざわざ教えてくれる。)
「…貴女。」
貴女。それはきっと、私のことだ。
初めて貴女なんて呼ばれたから、妙に緊張してしまった。
「…何ですか?」
「聞きたいことがあったらいつでも聞きなさい。沢山教えてあげるわ。質問が難しいものだったら、2人で図書館に行って調べましょう。私は司書をやっているから、簡単に本を探せるわ。だから、だから─」
勘違い、気のせい…ではないのだろうか。
お婆さんは悲しそうに顔を歪ませている。
「もう大丈夫よ。」
何が“大丈夫”なのか。
─その愛に溢れた言葉を、6歳になったばかりの少女にはまだ、理解できなかった。
でも、これだけは分かった。
お婆さんは優しい。
「貴女の名前は?」
「わ、私は…」
アイリス。
そう言ったら、アメリアン家であることが分かってしまうだろうか。
(あの両親と同じには…見られたくないな。)
「み、ミモザ。ミモザ、です。」
咄嗟に思い付いた、春の花。
今年の春、街に出掛けた際、ある花壇の花が目に止まった。
可憐に咲く、日の光のような黄色い花。
『あっ、あの。お婆さん、この花の名前、教えて頂けませんか?』
勇気を振り絞って八百屋のお婆さんに聞いた。
─ミモザ。春を告げる花。
春のように明るく、そして無邪気でいられるようになりたい。
周りを和ませるような温かい力を持っている人になりたい。
そして、何とかこの冬を乗り越えたい。
また麗らかな春が見たい。
そんな願いが込もった名前が、ミモザだった。
「良い名前ね。」
目を細めて微笑んでくれたお婆さんは、そのまま私を就寝に誘った。
「良い夢を見なさいね。お休みなさい。」
こんな温かい言葉を掛けて貰ったことが、果たしてあっただろうか。
頭を撫でられているうちに、段々と瞼が重くなった。
(人生の中で一度でも、こんなに温かく眠れるなんて…幸せね。)
あれから一年。
今でも私はお婆様にお世話になっている。
とはいえ、八百屋のお婆さんや街の人には、私は家族の面倒を見ている設定なので、お婆様の家に行っていることを知られると怪しまれる。
そもそも私は家族の面倒を見ている設定だから、その設定上だとそう何時間も街にいられない筈だ。
最近では丘に登ることが多くなった。
街にいるだけでも不信感を抱かれるかもしれないから。
だから私は、お婆様とは図書館で会う。
─セントポーリア図書館。
このセントポーリア都市はこの国の首都。
この地域はセントポーリア都市の外れにあるとて、首都の図書館が小さくて良いものか。
図書館全体を回るのに、ざっと2日は掛かりそうなくらい大きな場所。
ここなら街の人と鉢合わせすることも、仮にしたとしても、図書館なら不信感は抱かないだろう。
何より、この図書館には私の知らないことが沢山ある。
お婆様に教えて貰った文字の読み方で、次々に吸収していった。
植物の育て方。
裁縫の仕方、服の作り方。
この国の歴史や特産。
様々な言語や文化。
美味しそうな料理。
一般的な年中行事。
マナー作法に哲学。
楽器やスポーツ。
時には小説を読んだこともある。
推理小説や、自分とは縁がない恋愛小説まで。
本は、他にも沢山のことを私に教えてくれた。
勿論、本を読むことは楽しい。
学ぶことは楽しい。
でもそれ以前に、自分の気を落ち着かせてくれた。
「ガーベラお婆様。」
いつの間にか呼び方が“お婆さん”から“お婆様”になった。
─本当の祖母のような存在だったからかな?
「あら、ミモザ。今日はお手伝い、お休みじゃなかったかしら?」
半年前から私は、お婆様のお手伝いをしている。
それは、返却された本の整理、貸し出し履歴を記すこと、本のポップ作りなど多岐にわたる。
でもこれはほとんど、お金のためにやっている。
自分でお金を貯めて、自分でご飯を食べて、ゆくゆくは自分で家を借りて、暮らす。
そう、生きるために。
さすがにお小遣いをせびるなんていう“恩を仇で返す”もいい所のことを出来はしない。
自立をしなければ。
だから、何とかお婆様に頼み込んで働かせて貰っている。
「いえ。純粋に本を読みに来たんです。何より外は寒くて…」
「ああ、そういうことね。最近は冷え込むものね。今日はクリスマスだし、寒さ凌ぎも無理ないわ。」
─ああ、今日はクリスマスか。
1年前と比べて、充実したクリスマスだ。
“幸せな家族”とまではいかないものの、祖母のような存在の人が居る。
(それだけで、十分幸せ。)
「ガーベラお婆様。」
愛しい人の名を、ゆっくりと呼んだ。
「何?ミモザ。」
お婆様はくるっと振り返り、その一本にまとめられた長いシルバーの髪を揺らす。
宝石のように美しいその吸い込まれるような紫の目で、私をじっと見つめた。
「1年前、助けてくれてありがとうございました。」
私は深々と辞儀をした。
否、本当は1年前のあの日だけではない。
この1年の全てに感謝を込めて。
「お礼を言われるようなこと、していないわ。」
そう微笑むお婆様は、何だか嬉しそうだった。
“セントポーリア都市”の“セントポーリア”という花の花言葉は“小さな愛”です。
アイリスが居た街の人々は、アイリスを心底心配していました。
誰もアイリスの親に会いに行って直談判することやアイリスを養子にすることなんてしなかったけれど、沢山の人がアイリスを気にしていました。
お店でアイリスが買い物をした際に少しだけ安くしてあげたり、街にいるところを見ると何となく気に掛けてあげたり。
アイリスは、クリスマスに倒れてしまった日に“私には誰もいない”と思っていましたが、恐らく、お婆様が居ないところで倒れていたとしても誰かしらには助けられた筈。
アイリスは、“1人”でも“独り”ではなかったのです。
もちろんアイリス本人は気が付いていないのですが。
だから“小さな愛”です。所詮は他人に対する愛。
でも、アイリスが思うより世界は優しそう。
このささやかな愛情を知った時、アイリスはどんな表情をするんでしょうね。
…という裏設定をたった今速攻で作りました笑
あ、最後に!
ここで出てくる図書館は、勿論架空の仕組みです。
現実では子供が図書館でいち司書の私情で働いてお金を稼ぐなんて有り得ないにも程がありますが…まあ現代ではありませんし、そもそもファンタジーですし…((小声
ご覧頂きありがとうございました!
次話もご覧頂けると幸いです(*´꒳`*)