ただ降り積もる、白く白く。
でもいつかは消えて失せる。
それが、どんな想いであろうとも。
雪の日というのは、どうも好きになれない。気が付けば足元を埋めてしまう、音の無い罠に落ちていくようで。
今が年明け、ウインターカップが終わった後だから、余計にそう思ってしまうんだろう。ウインターカップは三年生の大会、先輩たちの最後の花道。私たちの出る幕じゃない。来年は私が、とも思うけど。
これから夏のインターハイまで、私は少しでも先へ進めるんだろうか。
――集中が、乱れていく。私が、乱れていく。
それは私が未熟だから、それ以外の理由なんか無い。大喜くんのせいでも蝶野さんのせいでもない。そのはず、なんだ。なのに私は、強く思ってしまう。あの二人が、と。
大喜くんは居候の子で蝶野さんはその友達、それだけで良かった。でも私は大喜くんを、――好きになっている。だから蝶野さんに、どうもモヤモヤしてしまう。でも蝶野さんは蝶野さんでスゴく良い子だし私を慕ってくれるから、嫌いにもなれない。大喜くんは、どうなんだろう。蝶野を好きそうではあるけど、多少は私の事も見てくれている。
バスケと関係ない事は切り捨てて、とにかく前だけを見て生きてきたのに。最近の私は、どうにも制御できなくなりつつある。
日本に残った切っ掛けも、もしかしたら大喜くんなのかもしれない。あの時大喜くんが背中を押してくれなかったら、私は結局バスケ自体を諦めていたから。あの時点で私にとってバスケは、もう惰性になりつつあったのだろうか。いつの間にか私は、自分の芯を見失っていた。吹雪の夜のように、視界を塞がれていた。
自分の道を失いかけた所で、恋愛という身近な所へと逃げ込んだ。それが私の現状だ。それを誤魔化しながらなんとかバスケを続けてきたものの、既に限界だ。バスケなんかどうなっても良い、とさえ思ってしまいかねない。バスケの為に日本に残り、バスケの為に居候をしている私が、だ。もしそれを周囲に知られれば、もう今の生活自体が破綻する。
だから、なにも言えない。誰にも、伝えられない。苦しくても、辛くても。
だから、大喜くんを突き放した。距離を置けば、気持ちも変わると思った。変わってほしくないのに。
因果なものだ、とは思う。一言言ってしまえば、胸の痛みは消える。でも言ってしまえば、私はすべてを失う。それでも堪えられなくなる日は、必ず来てしまう。
「どうしよう、かな……」
いっそ蝶野さんがもっと強引に大喜くんを奪い去ってくれれば、とさえ思ってしまう。そうすれば私は大喜くんを諦めて、バスケだけの為に生きられるだろう。……それが私にとって、幸福かどうかは知らない。取り繕える、というだけだ。
中途半端な位置にいるから苦しいんだ、捨てるなら潔く捨ててしまえ。どちらも捨てられない未練がましさが、私の醜さだ。どこまで行っても半端な出来損ない、見下げ果てた先輩。こんな私が、好きになって良い筈がない。好きになってもらって良い筈がない。ああ、苦しい。
外は今日も雪空、借り物の部屋の中。私はただ、苦しむだけだ。
「千夏先輩? あの、大丈夫です、か?」
夕飯の後で二階へ上がろうとした時、大喜くんに声をかけられた。大丈夫じゃないけど、心配をかけたくはない。別に何でもないよ、と手を振ろうとしたその、まさに刹那。その手は大喜くんに、捕まれていた。
触れる肌の温もりと、その力強さに思わず息が止まりそうになる。これは、良くないやつだ。
「離して。……大丈夫だから。大喜くんが心配することじゃないから」
なるべく感情を殺してそう言うも、大喜くんは離さない。真剣な眼差しで、私を見詰めて。
「俺は、千夏先輩が好きです。だから、先輩を護りたいんです」
――そう、言った。言ってしまった。取り返しのつかない、一言を。
それだけは言って欲しくなかった、それは最悪の手だ。私はそれを受け入れたい、でも受け入れてしまえば全てが破綻する。拒絶してしまえば、私は生きる意味さえ失う。どっちに転んでも、お仕舞いだ。見えない雪に押し潰されるような、痛みの無い柔らかい致命傷。
「…勝手なこと、言わないで。私がどれだけ――」
紡ごうとした言葉はでも、口から出ていくことが出来なかった。大喜くんの唇に、蓋をされてしまったから。
熱く、長く、強い――初めてのキス。
身体の力が抜け落ち、心臓の鼓動だけが激しい。
そして顔が離れるなり、私は階段に崩れ落ちた。
「すいません、先輩。他に、思い付かなかったんです」
謝罪する大喜くんの声が、遠くなっていく。
視界が暗くなり、そして全てが熔けていった。
意識が戻ったとき、私はベッドの上にいて。そして床では、大喜くんが綺麗な土下座で待機していた。
「――……えーと、うん。とりあえず面をお上げ」
混乱から覚めきっていない私は口調がおかしいし、大喜くんも大喜くんで土下座を崩さない。……一応責任は感じてくれているのだろう。方向が違うけど。
「千夏先輩が苦しんでいるのを、これ以上見ていられませんでした。なんとか先輩の力になれないかと思ったけど、俺バカだからどうして良いかわからなくて」
つまり、追い詰められての行動爆発か。私と変わらない、馬鹿げた事だ。
でも。
「ごめんね。情けない先輩で、さ」
私は、どれだけ愚かなんだろう。一人で悩むだけで、どうにも出来なくて。なのに誰も頼れなくて。
バカは私の方。弱くて愚かで見下げ果てた、情けない先輩。
そんな私を、好きだと言ってくれた。
だから、そう。私は言わなければならない。
私は大喜くんが好き。それが大喜くんにとって重荷になっても、蝶野さんを泣かせる事になっても。……この家に居られなくなろうとも、それを止められない。
覚悟の下、全てを口にしてしまう。許されないと分かっていても、私の本心を。
窓の外では、深々と雪が降り積もっていて。音が消えた部屋の中で大喜くんは、土下座のままそれを聞いていた。
そして、そして――。
明くる日、雪の積もった道を二人。並んで歩く、冬の道。
目指すは蝶野さんの家、しなければならない話があるから。
私たちの間だけで話が終わっては、フェアじゃない。三人が納得いく結末なんてあり得ないけど、それでも。
「どうにか、なるよね」
「まあ、どうにかしましょう」
笑いあいながら、一歩ずつ。
雪に刻んだ足跡は、私たちの道。
でこぼこだけど、確かな道だ。