Fate/Zero IF -もしもカミュ・ペリゴールがウェイバーを追って第四次聖杯戦争に参加したら-   作:己道丸

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どうもです。感想の方は話しましたが、続きの構想ができたので、好評の声にお応えして後編を投稿させていただきました。

いささか独自解釈しているところがあるので、そのあたりご理解の上ご覧ください。


Fate/Zero IF -もしもカミュ・ペリゴールがウェイバーを追って第四次聖杯戦争に参加したら- 後編

 人ならざる者ばかりの戦場だった。

 積み上げられたコンテナがそびえる倉庫街は深夜の中にある。立ち並ぶ街灯に照らされ、少女は願いを果たそうとしていた。

 求め続けた相手にようやく出会えたから。

 

「ウェイバー、やっと会えた」

「カミュ・ペリゴール? どうしてここに?」

 

 少女、カミュの目は彼だけを見ていた。

 ウェイバー・ベルベット。黒髪を切り揃えた痩せぎすの少年だ。問いかけてきた声は、記憶の中にあるそれと数分違わない、彼のものであった。

 ようやく再会できた。

 消えた彼を追って数週間、この冬木市という異郷の地をさまよい、ついに自分は見つけたのだ。

 

「なんだ坊主、知り合いか」

 

 その時、彼の隣に立つ男が声を上げた。

 赤毛の大男だ。

 マントの下に屈強な肉体を覗かせ、腰から剣を下げる時代錯誤な格好をした巨漢である。

 大男は、ウェイバーとともに乗る戦車の手綱を握っている。その先には繋がれた二頭の牡牛は信じられないほど大きく、何より強い神気を放っていた。

 雷とともに空を駆ける異能を見ても、それは十分に理解できる。

 

「時計塔、魔術協会の同期だよ。なんで日本なんかに来てるんだ……?」

「何を言う。当の本人が言っておったではないか、やっと会えた、と。追ってきたのではないか?」

「はぁ?」

「うら若き娘を異郷の地まで後追いさせるとは、案外やるではないか坊主。見直したぞ」

 

 そう言って肩を叩く大男の手を、ウェイバーは噛みつかんばかりに跳ねのけた。

 

「バカ言うなライダー、お前が生きてた時代じゃないんだぞ!」

「いつの世も人は変わらぬものだ。“彼方にこそ栄えあり”、見果てぬ夢こそ人を走らせる」

「聞けよ!! 彼女をお前みたいな無鉄砲と一緒にするな!」

 

 ライダー、それがあの大男の名前か。

 さっきはイスカンダルと名乗っていたが、通称か何かだろうか。まさか、歴史に名だたるあの大王その人とは言うまい。

 よく分からないが、どうやら彼と親しくしているらしい。魔術師には見えないが、彼とその戦車からは並々ならぬ魔術を感じる。

 

(どういう関係なんだろう)

 

 知りたかった。

 彼が、ウェイバーが時計塔を出奔してまで得ようとしたものなのだろうか。この冬木市で行われる“何か”に関わっているのだろうか。

 だからカミュは走り出そうとした。

 近寄り、彼の手をとり、言葉を交わそうとした。

 その瞬間、振り下ろされた杖に阻まれるまで。

 

「駄目だマスター。進んではいけない」

「え……?」

 

 遮ったのは一人の少女だった。

 薄桃色の髪を短く切り揃えた、色白で小柄な風貌だ。一見年若いが、虹色の瞳には超然とした雰囲気があり、とてもではないが似た年頃の相手とは思えない。

 一番の特徴は、背から肩にかけて伸びる大きな翼だ。

 鷹のそれだろうか。先端を黒く染めた細長い羽根をいくつも生やし、まるでケープのように彼女の体を包み込んでいる。

 そんな彼女が、手にした杖でカミュを制する。

 

「どうして」

 

 何のつもりか、問おうとした。

 だがそれより早く答えはやってきた。

 夜陰にも勝る黒い霧が眼前を駆け抜けたのである。

 

「え……?」

「■■■————————!!!」

 

 続くのは叫び。

 およそ人間が出せるものではない。

 まごうことなき獣声である。

 

「ひっ」

 

 咄嗟に耳を塞ぎ、竦んだ体で叫びの主を見た。

 霧を引いて駆け抜けたもの、獣声を轟かせるものの正体は、驚くべきことに人型をしていた。

 と言っても、具体的な姿は分からない。黒い霧で包まれていて仔細が見て取ることができないのだ。分かるのはせいぜい鎧をまとっていることぐらいか。

 そうして走るそれは、やがて大きく跳んだ。

 街灯の上に立つ、黄金の鎧をまとう男を目指して。

 

「■■■■■——————!!」

「我と同じ高みを望むか。……身の程を知れ、狂犬」

 

 その瞬間、黄金の男の背後に無数の波紋が生まれた。

 

「え……!?」

 

 途方もない魔力と魔術の顕在。信じがたいことに、それは異なる空間へ繋がる無数の穴であった。

 そして、波紋の中心からは伸びるもの。

 等しく黄金の輝きを持つ、大量の武器。

 圧倒的な力のそれらが、放たれた。

 

「■■■!!!」

 

 倉庫街の空に爆発の花が咲く。

 飛来する黄金の武器を受け、黒い霧の人影は撃ち落とされた。だが、その体が地に転がることはない。確かに四肢で着地してのける。

 否、三肢だ。

 片腕は、黒く染まった武器を掴んでいたのだから。

 

「奴め、本当にバーサーカーか!?」

「狂化して理性を失っているにしては、えらく芸達者なヤツよな」

 

 最初に叫んだのは緑の美丈夫だった。

 両手に一対の槍をたずさえた彼は、黒い霧の人影を見て瞠目している。

 一方のライダーは顎ひげを撫でつけ、感心するように笑っていた。

 

「……どういうこと? セイバー」

「バーサーカー、あの黒騎士は、飛来するアーチャーの宝具をつかみ取り、二発目以降の攻撃を迎撃したのです。それも、空中で」

 

 そんな言葉を交わしていたのは、銀髪の美女と金髪の少女だ。少女の方は青いドレスの上に鎧をまとい、籠手でもって何かを携えるようにしていた。

 

「生半な技量ではない。ランサーから受けた傷がなかったとしても、私に同じことができるかどうか」

 

 そう言った少女、セイバーの苦虫を噛むような顔は、血を流す自らの左手に向けられる。それから視線を向けるのは、槍を持つ緑の美丈夫だ。

 彼がランサーらしい。

 つい先ほどまで、セイバーと鍔迫り合いを演じていた戦士である。

 

「な、何なの」

 

 ついにカミュは腰を落とし、地面にへたり込んだ。受け入れがたい現実の連続を前にして、足腰の力が入らなくなってしまったのだ。

 ウェイバーが出奔する。それだけで十分驚かされた。

 しかし彼を追って来たこの街で遭遇したのは、そんな驚きをはるかに上回る驚愕の連続であった。

 ライダー。

 バーサーカー。

 セイバー。

 ランサー。

 アーチャーとは、あの黄金の男のことだろうか。

 そのいずれも魔術師とは到底思えない風体で、しかしその実、現代の魔術師では到底及ばない強大な魔力と魔術を振るう異能者だ。

 信じられない。

 今の世に、そんな者たちがいるなんて。

 

「一体、これは何なの……?」

「驚いたかい? マスター」

 

 震えあがるカミュに、声をかけたのは薄桃色の髪をした彼女であった。

 杖を構え直した少女はカミュの傍により、虹色の瞳でもってこちらを見下ろす。

 

「どうやら君は、偶然マスターになった魔術師のようだね。この時期にこの地へ踏み込むなんて、運が良いのか悪いのか」

「あ、貴方は……」

「キャスター。そう呼んでおくれよ。少なくとも、この場ではね」

 

 少女はそう名乗った。

 どうやら彼女は、自分を攻撃する側の存在ではないらしい。ついさっきも、黒ずくめの巨漢を攻撃して自分を守ってくれた。

 しかし分からない。

 そうする理由は何だ。

 

「どうして私を助けてくれるんですか?」

「そうだね、分からないことだらけだろうね。だが、残念だけど今全てを説明する余裕はないんだ」

 

 そう言う彼女、キャスターの目は険しさを緩めない。

 

「何せ、まだ君は助かっていないんだからね!」

 

 その時、風が逆巻いた。

 魔術である。杖を振ったキャスターに呼応し、彼女と自分を中心にした極小の竜巻が吹き上がる。

 その強風は、忍び寄ろうとしていた者どもを宙へと舞い上げた。

 

「え!?」

 

 突如現れた脅威の姿に、カミュは声をあげる。

 竜巻が吹き飛ばしたのは、髑髏の仮面をつけた黒装束の男たちだった。手に短刀を握った彼らは、足音も気配もなく、カミュの背後に迫っていたのである。

 

「アサシン!?」

 

 荒ぶる風の向こうでウェイバーが叫んだ。

 

「どうして! アサシンはさっきぶっ飛ばされたじゃないか!」

「何のことはない。死んだと思わせて、実は生き延びて潜んでいた奴だぞ。——一騎だけではなかったのだよ」

 

 そう言ったライダーまた、抜き放った剣でもって火花を散らした。ウェイバーへと飛びかかった黒装束、アサシンの刃を受け止めたのだ。

 同じことがセイバー、ランサーの周りで起こる。何人ものアサシンが出現し、音もなく襲い掛かってきたのだ。

 否、剣戟の音はこの周りだけではない。

 遠くからも響き渡る。

 

『うおおおお! ランサー、戻れ! アサシンが来るッ、月霊髄液だけでは守り切れん!!』

「主!? 今行きます!」

 

 遠く、魔術によって拡声された悲鳴が響き渡る。

 それに反応したのはランサーだ。鍛え抜かれた体でもって大きく跳んだ彼は、積み上げられたコンテナを蹴って倉庫街の向こうへ奔る。

 主、ということは彼にも守るべき相手がいるのだろうか。

 

「分裂、否、群体として現界する能力。スキルの範疇じゃないな。これがアサシンの宝具か」

 

 そう言ったキャスターは今もなお杖を構え、周囲に風を吹かせ続けている。

 だがその横顔に余裕はない。竜巻の周囲を野犬かなにかのようにうろつくアサシンたちを見て、苦々しく顔をしかめていた。

 

「キャスター、さん……?」

「さんは要らないよ。大丈夫、私と君だけなら守れるし、こいつらを弾き飛ばすのだって簡単さ。私は大魔女だからね」

 

 だが、

 

「他の連中までは、手に負えないな」

「!!」

 

 罪悪感のにじむキャスターの言葉に、はっとなってカミュは風の向こうへ目を凝らした。

 そこでは、戦車の上でウェイバーをかばうライダーが、次第に数を増すアサシンたちを迎え撃ち続けていた。

 だがそれも、次第に手数で押され始める。

 

「ウェイバー!!!」

「駄目だ行くな! 風に引き裂かれるぞ!」

 

 キャスターの制止は、まさしくその通りだ。

 彼女が起こす風は敵を遮るが、だからといって内側から触れるものを傷つけずにいるほど便利ではないらしい。

 自分にはウェイバーの下へ駆けつける術がない。

 やがて、ウェイバーの肩を短刀がかすめる。

 

「あ……!」

 

 苦悶と恐れの張り付いた彼の顔。

 死に直面した者だけが得る感情がそこにはある。

 彼が死ぬ。

 殺される。

 

「やめてぇ!」

 

 止められない声があふれる。

 感情に染め上げられた嗚咽が噴き出す。

 いやだ。

 傷つかないで。

 

「誰か!! ウェイバーを助けて!!!」

 

 その時、光が世界を染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 気がつくと、カミュは大砂漠の只中に立っていた。

 

「な、何これ……?」

 

 深夜であったはずの空は青く澄み渡り、さんさんと輝く太陽が鋭い日差しを降らせ、白雲の陰りすらない。

 周囲もまた同様だ。つい今しがたまでコンテナの壁が立ち並んでいたはずなのに、ここには視界を妨げる物は何一つなく、純粋な地平線があるだけだ。

 自分は転移したのか。

 それにしては違和感がある。

 この魔力に満ち溢れた空気はなんだ。今の世に、これほど濃密な魔力を蓄えた空間があるというのか。

 

(まるで、この景色そのものが魔力で創られているかのような)

「度し難い」

 

 そう言ったのは、一歩前に立つキャスターだった。

 彼女はここがどういうところか分かるらしい。

 その横顔には一筋の汗があり、虹色の瞳は大きく見開かれていた。

 

「固有結界だと? 魔術師ならざる身で、魔導の深奥に手をかけるとは」

「……固有、結界?」

 

 続けられた言葉をカミュは理解できなかった。

 意味は分かる。だがそれが目の前にあるものを指すのだと、知識と現実を結びつけられなかったのだ。

 固有結界。

 心象風景の具現化。

 現実を侵食して形成される術者の心のカタチだ。魔術の上に位置するもの、“魔法”に最も近い術理とされる、文字通り秘中の奥義というべきものだ。

 

(これが、固有結界)

 

 転移にしても一朝一夕には発動できない高等魔術だが、そのはるか上を行く大魔術が起こされたというのか。

 だがそれならこの異様に魔力の濃い空間も納得ができる。空間そのものが魔力で出来ているのだから。

 何より、倉庫街にいた面々の位置取りが変わっていることもまた、納得の一助となった。

 転移の魔術なら、全員の位置関係は保たれたままになるはずだ。しかし今、離れた場所にいたセイバーと銀髪の美女は、自分たちと並ぶような位置にいた。

 

「これは……まさか……」

「下がって、アイリスフィール! まだ何かある!」

 

 セイバーの睨む先に、彼等はいた。

 この大砂漠を生み出した男と、それに並び立つ少年。ライダーとウェイバーだ。

 彼らはカミュたちを背にして、ひとかたまりの集団となったアサシンたちに向き合っていた。

 

「フン。アサシンどもを搔き集めていたら、近くの連中も巻き込んだか。まぁいい、余の威光を示すのならば好都合だ」

「ラ、ライダー、これは……」

「余の宝具だ、小僧。貴様もよくよく見ておれ。——貴様が喚んだものが、何であるかをな」

 

 やがてそれは来た。

 軍靴を鳴らしてそれは来た。

 

「これは」

 

 隣のキャスターが声をあげた。

 けれどカミュにすれば、声をあげられたこと自体が讃えたくなるほどの畏怖に溺れていた。

 地平の果てから男たちがやって来る。武具や鎧で身を固めた屈強な戦士たちが、自分たちを呑み込むほどの軍勢として現れる。

 

「まさか、こいつら全部サーヴァントなのか!?」

「そうとも。彼らの誰もが英霊、死して世界に召し上げられ、しかしてなお余に忠義する勇者たちだ」

 

 ウェイバーの驚愕こそ、ライダーの誇りを際立てる。

 剣を抜き、集った豪傑たちの先に立つ姿は、それこそまさに王の姿。純粋な強さだけではない、猛者たちを惹きつける覇者の風格であった。

 

「——これぞイスカンダルたる余の最強宝具!! “王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)”なり!!!」

 

 彼の名乗りは軍勢の咆哮を呼んだ。

 吼える。この砂塵に集った男たちの誰もが、心からの叫びをあげていた。地の果てまで届きそうな轟きの群れは、カミュを骨の髄まで震え上がらせた。

 サーヴァントとは何か。

 宝具とは何なのか。

 そんなことは関係ない。

 一騎当千の勇者が集っていること。

 彼らがたった一人の男を信じて現れたこと。

 その偉業は、何も分からないカミュをして平服させるほどの、問答無用の説得力なのだから。

 

「さぁて、者どもよ。ここな者どもに、我らの何たるかを知らしめようではないか」

 

 ライダーは軍勢へと振り向いた。

 その顔にあるのは獰猛。

 勇敢にして残酷な意思の表れ。

 これから行うことの業を理解して、しかしそれこそが自分たちの真髄だと理解する者の顔だった。

 剣とともに叫ばれた。

 

 

 

「——蹂躙せよ!!!!」

 

 

 

 進撃は為された。

 

「ひ……!」

 

 息を呑んだカミュの声など、彼等の駆ける足音の前にたやすく搔き消されてしまう。

 雄叫びと軍勢がすべてを呑み込んでいく。

 今この瞬間に蹴散らされないのが不思議でしかない。軍勢の誰もが自分たちを避けていくのは、一重にライダーの意思に沿わないからだ。

 我らの偉業を見せよ。

 ただその一言がなければ、自分たちは踏みつぶされ、携えた武器によって貫かれ、屍を掲げられていたのだと分かる。

 今、目の前でそれが演じられているのだから。

 

「——————————」

 

 悲鳴は聞こえなかった。

 軍勢の声と足音、剣戟の連なりを前にして、アサシンたちの断末魔はあまりにも小さすぎたのだ。

 ある者は槍に貫かれ、ある者は剣に斬り裂かれた。

 数を武器にした彼らは、しかしそれをはるかに上回る数を前にして、たやすく蹂躙されてしまう。

 残酷な光景だった。

 現代に生きる者であればその大部分が見ることができないだろう、原始的な侵略がここにはある。剣と槍と雄叫びによって命を奪う、戦争の原型である。

 それをまざまざと見せつけられた。

 

「う、あ」

 

 言葉にならない。

 震えあがってしまうから。

 カミュ・ペリゴールなどという小娘では到底耐えられない、真正の暴力を間近に突きつけられてしまったのだから。

 次の瞬間、彼らが一様に振り向いたら。

 矛先を自分たちへと変えたら、そう思うと足も腰も力を失い、立つことも考えることもできなくなる。

 恐怖が心を支配する。

 

「あぁ……!」

 

 だが、それでも、

 

「安心しなよ、私のマスター」

 

 彼女は自分の前に立つ。

 翼を広げた少女が先に立つ。

 

「キャスター、さん」

「さんは要らないというのに」

 

 そう言って苦笑するキャスターは、長い杖を砂漠に突き立てた。まるで何かに奉じるように、祭壇の上に立つ神像を讃えるように、彼女は杖に額をつける。

 やがて、彼女を中心にして魔力が渦巻いた。

 

「認めよう、俗世の王」

 

 魔術回路が励起される。

 背を見るからこそ分かる。彼女の翼は、その背中から生えるものではない。なにか装束の類であるらしい。けれど、まるで体の一部のように広げられている。

 キャスターの魔術回路で繋がっているからだ。

 言うなれば義肢のようなものだろう。身の内から伸びるものによって、その意思のままに身に着けたものを動かしている。

 体の外へ広がるほどの魔術回路など、カミュは聞いたこともなかった。

 

「只人の身で、よくぞ魔導の髄を掴み取った。ならば手にしたものが何たるか、この鷹の魔女が教授しよう」

 

 高鳴るそれが彼女の魔術を増幅する。

 やがて、軍勢をなす者どもはそれに気づき始めた。セイバーやライダーもまた異変に気付く。

 

「……何だ、これは」

 

 世界が侵されようとしていた。

 

「貴様の業か、キャスターよ」

「ふふ。我が身の業を誇るのはまさに俗人の性。しかし知ると良い。世に潜む隠者とは業を秘める者であり、……君の業は、隠者の領分にあるものだと」

「まさか」

「魔術師の英霊などというものがいて、まさかその業が自分だけのものとでも思ったかい……?」

 

 空が染まる。

 砂塵が散る。

 空気が香り立つ。

 潮騒の音を誰もが聞いた。

 今、世界が塗りつぶされる。

 

「見よ、我が神髄。歓待の宴が君たちを呑む」

 

 彼女の世界が押し寄せた。

 

 

 

「固有結界。——“禁断の饗宴(メタボ・ピグレッツ)”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海が打ち寄せ、砂漠を砂浜に変えた。

 カミュの周囲を潮の香りが包み込んだ。立つもののなかった砂の平野にはいつの間にか木々と草花が生い茂り、さながら南国の海辺といった風情となった。

 新緑。

 芳醇。

 何よりも、魔力の枠を超えた神気。

 かつてはあったかもしれないが当世において存在しない、神代の景色が形作られていた。

 

「固有結界の上書きか……!」

 

 二色の世界がせめぎ合う。

 片や青天と平野に集う勇者の景色。

 片や神気に満たされた蒼海の景色。

 ライダーとその軍勢は、突如として押し寄せた蒼海と樹林の世界に息を呑んで向き合っていた。

 そんな彼らを、キャスターは微笑んで対峙する。

 

「ようこそ益荒男たち。この海と宴は君たちのためにある」

 

 やがて現れるものがあった。

 ライダーの固有結界が軍勢を招くものであったように、キャスターのそれもまた、数多くあるものを招き寄せる。

 だがそれは意思のあるものではない。人の形をしたものでもない。

 馳走だ。

 皿に乗った果実の山。

 湯気の上がる料理。

 酒の満ちた瓶と杯。

 まさしく歓待の品々が、次々と現れる。

 

「さぁ」

 

 あるものは食卓に乗って空から降る。

 またあるものは突如として地に出でた。

 それらに囲まれて、魔女は軍勢へと諸手を広げる。武具で身を固めた者どもを攻めるでもなく、水平線から覗く神気の陽を背に受けながら。

 果てしない魔性の笑みを浮かべて。

 

「——おいで?」

 

 それは武勇で名を馳せる者にとって、何よりこの結界に集う英霊たちにとって、致命的な毒となって蔓延した。

 

「……おぉ」

「おおおおお」

「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 誰からともなく叫びが上がる。

 だがそれは、先ほどまでのような戦場の猛りではない。それを成し遂げた後の、勝利に酔う歓声でもない。

 喜びだ。

 願望の成就に対するむせび泣きであった。

 

「ここがそうか! これがそうか!!」

「辿り着いたのだ。ついに我らはここへ至った!」

「王を讃えよ、我らを導いた王に喝采を!!」

「我は得たり! 我らは得たり!!!」

 

 狂喜は口々にあがった。

 武具をかかげ、諸手を振り上げ、軍勢の誰もが喜びをもってキャスターの世界に熱中した。

 そして誰もが口をそろえて言った。

 その地の名を。

 

 

 

「此処が!!! ——オケアノス!!!!」

 

 

 

「こ、これは」

 

 そこからは、雪崩打つような瓦解であった。

 強靭な戦士が、むくつけき猛者たちが、我先にと馳走の園へと群がり、歓喜の面持ちでもって貪った。

 誰もが笑っていた。

 歌い、肩を叩き合った。

 幾千万の英霊たちがただ一つの喜色に染められた。

 そして誰もが豚になる。

 

「い、いかん……!」

「どういうことだよ、ライダー!」

 

 宴に興ずる誰も彼もが、その身を畜生に変えた。

 強固な肉体が、丸々と太った豚へと変じていく。渦中にいる誰もが、自分も相手も変わっていくことに気付かぬままに。

 その毒は、宴の外にある者すら侵す。

 

「ぐぬ……!」

「ラ、ライダー!?」

 

 堪えるように口元を抑えてうずくまる大男に、傍らのウェイバーが手を添えた。目の前の男が崩れ落ちる、それが信じられないというように。

 

「我らを英霊たらしめる逸話ゆえだ……!」

 

 そんな彼に、ライダーは苦悶する声で答えた。

 

「我らはオケアノスを目指し、果たせなかったからこそ英雄となった。故に……オケアノスを現す宝具を前に、逆らうことができない!!」

「!!!」

 

 ウェイバーははっとした顔でライダーを見た。

 だというのならば、彼らの先陣を切ってオケアノスを目指したこの男が、最も強く誘惑されているはずだから。

 それをこの男は耐えている。

 鋼の理性。何より、自分が求めた本当の場所ではないという矜持が、彼女の誘いに抗うよすがなのだ。

 

「ふふ」

 

 そんなライダーに、彼女は歩み寄る。

 酒と肉を食らい、次々と豚へ変じる軍勢のあいだを抜けて、どうしようもなく嬉しそうな笑みをこぼしてやってくる。

 その、どうしようもなく純粋で邪悪な顔。

 正しく魔女の立ち振る舞いだった。

 

「さぁおいで、人の王。死しても抱く宿願がここにある」

「お、おおおおおお……!」

 

 キャスターの誘いに、神気が色を増した。

 只人であっても侵されずにはいられない濃密な魅了が、ライダーの心を染め上げていく。

 魔女の誘惑、益荒男の雄叫び。

 砂塵の世界が見る見るうちに領域を狭めていく。

 そして海辺と饗宴の世界がライダーへと届く。

 その時だった。

 

「令呪をもって命ずる!!!」

 

 少年が声をあげた。

 右手の印を輝かせて。

 

「——ライダー!! 宝具を閉じろ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、世界は終わった。

 ウェイバーの周囲は夜の倉庫街に戻ったのである。

 

「ここは」

 

 砂漠はない。海もない。蒼穹も益荒男たちも、馳走も豚も何一つとしてここには残っていない。

 少年の目論見は成功したのだ。

 

(せめぎ合って癒着した固有結界だ。片方が消えれば、つられて片方もまとめて消える)

 

 ともすれば敵方の固有結界だけが残る結果になっていたかもしれない。だが、あの状況で自分たちが誘惑から逃れられる可能性はこれしかなかった。

 その賭けは、どうやら勝ちを引いたらしい。

 

「坊主、貴様」

 

 渋い顔に玉の汗を浮かべたライダーがこちらを見上げる。よほど精神に負荷がかかっていたらしい。浅黒いこの男が青ざめるのをはじめて見た。

 

「やってくれたね、少年……!」

 

 向こう、キャスターがよろめいている。

 固有結界を巻き添えで中断させられた反動か、あるいは宝具を発動させた消耗かもしれない。

 ライダーの読み通りなら彼女は召喚されたばかりなのだ。いくら神代の魔術師とはいえ、固有結界ほどの宝具をいきなり発動して消耗しないはずがない。

 

(早く逃げないと)

 

 ライダーがこの調子では反撃は無理だ。

 自分たちの本来の利点は、ライダーのもう一つの宝具による飛行だ。戦えない以上、この戦車の能力と機動力に賭けるしかない。

 だからライダーに命じようとした。ともすれば二角目の令呪も必要かもしれない。

 そのために息を吸い、声をあげようとして、

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

「痴れ者があああああああああァ————!!!」

 

 

 

 爆砕の雨が降った。

 

「!!!?」

 

 その雨粒はあまりに大きく、光り輝いていた。

 宝具である。黄金の剣や斧や鎌、そういったものが夜陰を引き裂き、上空から飛来したのだ。

 

「これは……!」

 

 アーチャーの宝具だった。

 機敏な動きで跳び回るバーサーカーを追って、広範囲に降り注ぐ宝具の群れがこちらを巻き込んだのだ。

 一瞬にしてアスファルトの大地が粉砕される。

 

「う、うわ……!」

 

 死の恐怖に体をすくむ。

 だが、その体を剛腕が抱え込んだ。

 

「ライダー!?」

「退くぞ坊主!! あれの相手はマズい!!!」

 

 焦燥に駆り立てられた男の声、それが上がるとともに手綱が牡牛たちの体を打ちつけた。

 いななきを上げた牛は雷鳴を轟かせ、射られた弓の速度で空へと走り出す。

 

「わぁ!!?」

 

 あまりの瞬発力に舌を噛みそうになり、肩を押さえるライダーの腕にしがみついてしまった。しかし今はその醜態を恥じる暇もない。

 間一髪、すんでのところでアーチャーの宝具を避けられたのだから。

 

「アイリスフィール、掴まって!!」

「なんて乱暴なんだ! 飛ぶよ、掴まってマスター!」

 

 同じように固有結界から放り出されたセイバーやキャスターもまた、マスターを抱えて宝具の雨を避ける。

 今夜の戦いはここまでだ。

 こうまで戦場を破砕されては留まることもままならない。

 その判断をできなかったのは、今も争い続けるアーチャーとバーサーカーだけ。

 否、あともう一人。

 

「ウェイバー!!!」

 

 声の主は、自分たちとは反対側の空へと飛んでいく。

 背の翼を羽ばたかせて飛ぶキャスター、その腕に抱かれた少女、カミュ・ペリゴールである。

 その細腕がこちらへと伸ばされる。

 

「いかないで……!」

 

 最後に聞こえたのは、そんな声。

 だがその願いもむなしく、ライダーの戦車は全速力で倉庫街を離れてしまった。

 あっという間に周囲は星空、眼下に市街の夜景が広がるところまで戦車は辿り着く。

 

「……すまんな、坊主」

 

 不意に、手綱を握るライダーが口を開いた。

 

「あの娘との逢瀬を妨げたこと」

「おい、そんなこと言ってる場合じゃ……」

「余の真名を明かしたこと」

 

 続けられた謝罪に、ウェイバーは二の句を告げなかった。

 それが彼の本心からの慚愧であったからだ。

 

「よもや余の素性がかような弱点を生み……しかもそれをここまで突いてみせるサーヴァントが召喚されるとは、思ってもみなかったのだ」

 

 ぐ、と歯を噛んだその男をウェイバーは見上げる。

 その目に灯る戦意と、この戦いにおける最大級の危機感をたたえた横顔を。

 

「認めねばなるまい。彼奴こそまさにオケアノスのキャスター。この聖杯戦争における、余の天敵である……!!!」

 

 世界の果てを目指したが故の大英雄は、今、世界の果てに住む者との戦いに直面したのである。

 

 

 

 

 

 

 倉庫街ははるか彼方。

 まばらに星をいただく夜空の下、キャスターは市街地にあるビルの屋上に舞い降りた。魔術で体重を軽減させていたマスターを下ろし、ようやく息をつく。

 だが、当の本人はうずくまってしまい、立つこともできなかった。

 

「やっと、やっと会えたのに」

 

 震える背中を丸め、少女はたどたどしい言葉をもらす。

 それは涙にゆがみ、嗚咽のせいで幾度もつっかえてしまう、どうしようもない悲嘆に沈む声だった。

 

「ウェイバー……!」

 

 それは、ライダーのマスターの名前。

 体躯は貧弱、魔導も凡百以下。だがあの局面で令呪を切った判断力と胆力は認めるしかない。

 あそこで彼が宝具を閉じさせなければ、あの強大なライダーを傀儡とし、彼に代わって従えることができたはずなのだから。

 

「どうして、一緒にいられないの……?」

「………………」

 

 伏して起き上がることのない少女に、キャスターは言葉をかけることができなかった。

 彼女の姿に見覚えがあるからだ。

 よく知る姿だ。何となればその内心の仔細に至るまで、容易に想像することができる。

 何故なら、それはかつての自分自身だからだ。

 

(認めたくないものだね、男を想う心がえにしなど)

 

 サーヴァントの召喚には二通りある。

 一つは、英霊自身と関係のある聖遺物をよすがとして呼び出すやり方。

 もう一つは、召喚する魔術師の精神と似通った英霊を呼び出すやり方だ。

 この少女が自分の聖遺物を持って召喚したとは思えない。であるならば、彼女の思いや生立ちが自分を呼び出す繋がりとなったのだ。

 去り行く男を想い求める心が。

 

(ならば彼女の思いが果たされないかもしれない)

 

 自分に似通ってしまったのなら。

 あの男にすがりつき、しかし結局は送り出すしかなかった自分と通じてしまったというのなら。

 その予感はキャスターに働きかけた。

 胸に一つの決意を固めさせるに至ったのである。

 

「叶えよう、君の悲願」

 

 固めた意思は口をつき、涙する少女へ送られた。

 そうしてうずくまるマスターは、カミュという名の少女は、泣き腫らした顔でもって自分を見上げる。

 すがりつくような色を浮かべた瞳を、キャスターは見限ることができない。

 何故なら、

 

(叶わぬ願いが形作るものこそ、この大魔女キルケーなのだから)

 

 こんな少女にまで自分の後を追わせるなど、どうしても許せない。

 故に誓おう。大魔女の名と、少女の涙に懸けて。

 

「君を寂しくはさせないよ。——この鷹の魔女を呼び招いたのだからね」

 




読んでいただき、ありがとうございます。
こんな感じで、カミュとキルケーの戦いはこれからだ! みたいな終わり方です。

キルケーとイスカンダルで色々と対比や共通項があるなぁ~、と思ったので、こういう話にしましたが、念のため言っておきますと、キルケーが生前住んでいたアイアイエー島が海域としてのオケアノスにあったという明確な言及は原作にはありません。
宝具についても「酒宴空間」とあるだけで、原作中でも背景真っ黒でアイアイエー島の風景を出す固有結界、という訳ではありません。
このへんが本作の独自解釈です。

……いや、だってオケアノスのキャスターが固有結界使えるっていったら、結界内でオケアノスの海を再現できるって思うじゃないですか(言い訳)。

まぁこのへん「思い思われするマスターのサーヴァントに天敵関係があったら」とか「固有結界のせめぎ合いが見てみたい」とか「ぶっちゃけこの方が盛り上がるじゃん?」って感じで、ゆるく受け止めてもらえれば幸いです。





p.s.
他に2作、頑張って同時投稿しました。もし見てやっていただけると、とても嬉しいです。

ONE PIECE小説
https://syosetu.org/novel/196152/23.html

ヒロアカ小説
https://syosetu.org/novel/239029/16.html
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