タンクトップマスターや無免ライダー達の見舞いに行った次の日。
パチュリー達は、自室にて昨晩購入した道着を見ていた。
「なんか、思ったよりも簡単に見つかったな。もうちょっと苦労すると思ってたぜ」
「チャランコ君の言う通り、最初にコスプレショップに行って大正解だったわね。しかも、意外と服の出来もいいみたいだし」
「そうですね。これならば、パッと見はそこらの道着と見分けがつかないかと」
「でも、購入したてなので、まずは一回お洗濯しちゃいましょうね。大会は今日のお昼からですし、今から洗って乾燥機に入れれば、お昼までには余裕で大丈夫だと思いますから」
サイタマから道着を受け取ったこあは、そのまま洗濯機がある場所まで行き、洗濯を開始する。
三人でその背中を見届けながら、さて洗濯が終わるまで何をしようかと思っている…その時。
「あら?」
昨日に引き続き、またもやパチュリーのスマホに着信が。
ヒーローになってから一気に交友関係が増えた彼女だが、それでも基本的にはアポ無しで自宅にやってくる連中が大半なので、こうやって誰かから電話が掛かってくるのは割と珍しい。
そして、こんな時の大半の相手は決まって『あの人物』なのだ。
「どした? 出ないのか?」
「またヒーロー協会からだわ…」
「昨日に引き続き今日もですか? まさか…」
ジェノスと同様に、パチュリーも『まさか』と思いつつも、一応は着信に応じることに。
「…もしもし?」
『あ…パチュリーさんですか? お忙しい中、何度も申し訳ありません…』
「そこら辺はもう諦めたからいいわよ。で、また何かあったの?」
『はい。実は…』
電話の向こうにいるヒーロー協会の人間の話を聞き、またもやパチュリーの目が大きく見開かれた。
「なん…ですって…? それ…本当なの…?」
『はい…間違いありません。昨晩…A級ヒーローの黄金ボールとバネヒゲの二名が…人間怪人ガロウによって倒されました』
彼らの事はパチュリーもよく知っている。
過去に何度も一緒に行動したことがあり、何度か怪人に敗北してから、彼らはその経験を糧に腕を磨き、今では順位こそ変わってないが、その実力は確実にA級上位に匹敵する領域に達している。
そんな二人が、そう簡単に倒されるとは思えなかった。
『しかし…一方的に倒されたと言うわけではないようです。二人とも、かなり善戦したと聞いています』
「そう…」
ここでパチュリーは考える。
恐らく、彼ら二人は街中で襲撃を受けたのだと。
もしも広い場所で戦ったのならば、場合によっては勝っていた可能性すらあるから。
(黄金ボールさんの方はともかく、バネヒゲのおじさまは街中では意図的に力をセーブしている。私は知ってる…力を解放した時のバネヒゲさんは、下手したらS級下位にも匹敵しかねない実力があるから…)
力を制御しなければいけないような状況での奇襲。
それは意図して行われたものなのか。
はたまた単なる偶然だったのか。
『また…お見舞いに参られますか?』
「そうしたいのは山々なんだけどね…」
『やはり、何か御用事が?』
「実は、ウチのサイタマが明日開催される武術大会に出場するのよ。知り合いの代理で」
『そ…そうなのですか!? もしや…例のガロウと関係が…?』
「そうみたい」
『成る程…ガロウは、あのシルバーファングさんの弟子にして凄腕の武術使い…その対策として少しでも武術の事を学ぼうと言うことなのですね…!』
なんかまた都合のいいように解釈してくれているが、別にいいかと思って何も言わないでおく。
ここでまた色々と説明をするのは、流石に面倒くさいから。
「二人には、私から『お大事に』って言ってたって伝えておいて。事がひと段落したら、改めてお見舞いに行くからって」
『了解しました。それと…一応、もう一つだけご報告することがありまして』
「今度は何?」
『ガロウによって、ヒーロー協会の重役であるゼイミート氏が襲われました』
「…誰それ」
知らん。マジで知らん。
顔も知らなければ名前も知らない。
なので、心の底から本気でどうでもよかった。
『そうですよね…そういうリアクションしますよね…』
「分かってるなら話題に出さないでよ…」
正直、パチュリー的には名も知らぬ重役よりも、友人と言っても差し支えない黄金ボールとバネヒゲの方が遥かに心配だった。
『本題はそこじゃないのでご安心を』
「なら早く言って」
『はい。ガロウ襲撃に備え警戒令を出し、ガロウ討伐が完了されるまでの間、幹部や重役は可能な限り外出を控え、もし仮にやむを得ない事情で外出をする際にはS級ヒーローを同行させることになりました』
「何よそれ…私たちにお偉方のボディーガードをしろって? 冗談でしょ?」
『残念ながら冗談ではないのです。つい先ほどの幹部会議にて決定したことですので』
「はぁ…ったく…」
一体何が悲しくて、金持ち連中の護衛をしなくてはいけないのか。
そんなことの為にヒーローになったわけではないのに。
『そして早速、今日…ヒーロー協会の幹部職員のボディーガードを依頼されたので、キングさんにお願いしたのですが…』
「断られたと」
『はい。なんでも、彼は今この瞬間も怪人と戦ってる最中らしくて…』
「そう…」
実際にはゲームのボスとかを倒してるんだろうな~…と察したパチュリーだった。
「それじゃあ、まさか私にその護衛をしろとか言うんじゃ…」
『いえ。その点はもう大丈夫です。護衛の件は、S級ヒーローの金属バットさんが快く引き受けてくれましたので』
「ふーん…彼が…」
意外な人物の名前が出て少し驚いた。
年齢的にはパチュリーよりも年下だがヒーロー歴は長い。
少なくとも、S級なりたての自分よりはマシだろうと思った。
「分かったわ。今日は金属バット君がやってくれたけど、今後は私やジェノス君も引っ張り出される可能性があるって考えてればいいのね?」
『はい。そのように思っていただければ』
「了解よ。後で私から彼にも伝えておく」
『お願いします。では、私は別のS級の方々にも連絡をしなければいけないので、これで失礼します』
「ん。お疲れ~」
長電話になってしまったが、今は通信料とか気にしなくてもいい程に稼いでいるので問題は無い。
なので、特に気にすることなく電話を切った。
「また協会からですか?」
「まぁね。まだ洗濯が終わるまで時間はあるし、その間に今聞いたことを教えておくわ」
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「マジかよ…あの二人までやられたのか…」
「黄金ボール…バネヒゲ…両者とも、状況次第ではA級上位ランカークラスの実力者だった筈…。少なくとも、タンクトップマスターの手下どもである、威勢がいいだけのタンクトッパ―連中よりは遥かに強い実力者…それが倒されたとは…!」
「どうやら、ガロウは実力があるヒーローなら誰でも彼でも手当たり次第に襲ってるみたいね。一応、今後は私達も警戒しておいた方が良いかもしれないわ」
パチュリーやサイタマ達は、この界隈ではかなり活躍しているグループだ。
特にパチュリーは実力だけでなく、今では童帝と同じようにS級ヒーロー達の参謀のような立場になっている。
この中では一番、狙われる可能性が高いだろう。
「念の為、後でバイトに行ってるボロスにも伝えておいた方が良いでしょうね。彼、少しでも気を抜けば一瞬で全身から超強者オーラ出しまくるから」
「それもう殆ど、ガロウ専用の餌じゃねぇか。ま、あいつなら絶対に負けないだろうけど」
ボロスは、本気のサイタマやパチュリーと互角以上に渡りあった唯一無二の存在。
自惚れではないが、自分たち以外に彼が敗北するビジョンが微塵も思い浮かばない。
「今日は私達も外出するけど、外に出る時は私とジェノス君で周囲にアンテナを張っておきましょう。何が起きてもすぐに対処できるように」
「分かりました。こんなこともあろうかと、クセーノ博士に俺の探知機能も強化して貰いましたから」
「それは頼もしいわね」
段々と自体は悪化の一途を辿っていく。
今はまだ若者の暴走程度で済んでいるが、これにもし怪人や星神が絡んできたらどうなるか…パチュリーにも全く予想が出来ない。
この澄み切った青空の下で、どす黒い悪意が蠢いていると思うと、なんとも言えない気分になるパチュリーであった。
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森の中にある隠れ家。
ガロウが密かに拠点としているボロ屋で、雨風さえ防げればいいと思っているので、最初から中にあったソファーとかぐらいしかない簡素な場所となっていた。
「くそ…昨晩の記憶が少し曖昧だ…。俺の身に何があった…?」
ソファーに座りながら首元をさするガロウ。
もう痛みは引きつつあるが、それでもそこには確かなダメージがあった。
「昨夜…俺は確か…」
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一日前。夜
黄金ボールとバネヒゲを倒した後、偶然にも街中で見かけたヒーロー協会幹部を殴り飛ばしたガロウ。
先程までの高揚した気分が一瞬にして台無しになり、鬱屈とした気持ちになっていた。
(黄金ボール…バネヒゲ…結果として勝利することは出来たが…あいつらは本当に強かった。あの目は知ってる…あれは敗北を知っている目…。そして、そこから這い上がってきた奴の目だ。自分の弱点を自覚し、それを努力と技術によって見事に補っていた。タンクトップマスターもそうだったが、本当に強い奴には小細工なんて一切通用しねぇ…。こっちも全身全霊をかけて戦わねぇと…負けるのはこっちだ。そういった点じゃ、狭い街中で戦ったのは、ある意味で大正解だった。特にバネヒゲ…もし奴と広い場所で戦っていたら…負けていたのは…)
その『もしも』を想像し、ガロウは少しだけ手に汗を掻く。
(ったく…あのクソタンクトップ野郎がA級上位で、真の強者である黄金ボールとバネヒゲがA級下位って、どう考えてもおかしいだろうがよ…! あいつらの方が遥かにA級上位にふさわしいぜ…! 協会幹部の連中ってのは、相当に人を見る目がねぇんだろうな。じゃなきゃ、さっきみたいなデブが幹部をやってるわけがねぇ)
まるで、自分が倒した者を、強者と認めた者を侮辱されたような気分になってイラつきが加速する。
その感情がなんなのか、ガロウはまだその答えを知らない。
このまま、またどこかで適当にイキっているヒーローでも狩ろうかと考えていると…。
「む…こんな所に。ようやく見つけたぞ」
「あ?」
いきなり声が聞こえてきたので振り向くと、そこにはピンク色の逆立った髪を持つ青年…地球人に変装しているボロスが立っていた。
因みに、今日の彼はバイトの夜勤で、まだ普通に仕事中である。
「随分と歩き回ってしまったが…これで一安心だな」
「…………」
自分のすぐ真後ろにいるので勘違いをしてしまっているが、ボロスは決してガロウの事など見ていない。
彼の視線の先にあるのは、すぐ近くにあるドラッグストア。
ある意味ではヒーロー協会の関係者ではあるが、現時点ではまだ彼はガロウの事など微塵も知らない。
だが、そんなボロスの事情など、当然だがガロウは全く承知していない。
(ヒーロー協会の追手か…? ということは、こいつもヒーローか…。にしては知らねぇ顔だな…。無名の下っ端か、もしくは、さっきの幹部の護衛とかの可能性も…)
色々と可能性を考えたが、今の彼はそれよりも自分の中にあるイライラを解消させるのが先決だった。
(まぁいい…こいつが誰だろうと関係ない…ここで返り討ちだ!!!)
振り向きながら、ボロスの首元目掛けての全力の手刀!!
だが、そんなものがボロスに通用する筈もなく…。
「ん?」
当然のようにダメージなど皆無。
ただボロスの両脚が地面に埋もれてしまったが、そんなのは些事ですらない。
「いきなり何をする。危ないだろう。俺が言うのもなんだが…街中での暴力沙汰は感心せんな」
「なっ……!!!?」
まるで超合金の塊でも殴ったかのような手応えの無さ。
倒すどころか、攻撃を仕掛けた自分の手の方が痛い始末。
目の前で起きた信じられない現実に、人生で初めてガロウは本気で戦慄し、全身から冷や汗が一気に流れた。
「おしおきだ」
「ぬぁ…!!!??? あ…あぁ…!」
ボロスからしたら、本当に撫でるような一撃。
かつてサイタマやパチュリーにした攻撃の1億分の1にも満たない攻撃。
頑張ってパワーのコントロールが出来るようになった成果だった。
そんなのでも、今のガロウには余りにも強すぎる攻撃だった。
たったの一撃で意識が昏倒し、白目を剥いて道路に倒れる。
薄れゆく意識の中、ガロウは去っていくボロスの後姿を見た。
「あったぞ。特売品のトイレットペーパー。まさか、店にあった筈の予備が切れてしまっているとはな。今後は、こんなことが無いように細目にチェックするようにしなくては。すいません、これください」
「はい。240円になります」
その光景を最後に、ガロウの意識は完全に消えた。
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昨夜のことを思い出そうとすればするほど、何故か背筋がゾクッとして鳥肌が立つ。
こんなことは生まれて初めてだった。
「あの時、俺は…何か凄い目に遭ったような気が…ああぁ~! 思い出せねぇ~!!」
無意識の内に手が震え、足がガタつく。
冷や汗が出て、喉がひりつく。
こうして、お互いの素性を全く知らないまま、ガロウとボロスは人知れず邂逅し、ガロウの心にトラウマを植え付けてしまったボロスであった。