「お菓子の魔女を倒した。あとは基本巴マミは放って置いても大丈夫よ。私が知る以外の原因で死ぬのはもうどうしようもない。それに巴マミは強いわ。だから次の爆弾を処理する。」
「次の爆弾?なんのことだい?」
「美樹さやかよ。キュゥべえは鹿目まどかを魔法少女にしたがってる。だけど今まどかはそれを渋っている。だからキュゥべえは外堀から攻めるつもりよ。具体的には彼女の周りを不幸にしていく。そうすれば優しいまどかは誰かのためにキセキを使うわ。」
「将を射んとすればまず馬を射よ。キュゥべえは凄腕サラリーマンみたいだ。」
「言い得て妙ね。それこそ、的を射てる。」
「そしてまどか契約の布石に使われるのが美樹さやか。美樹さやかの魔法少女契約パターンは基本的に一通り、彼女の好きな友達の動かなくなった腕を治す事。これに尽きるわ。」
「問題がそれだけなら、マスター、解決は、案外と簡単にできるかも知れないね。」
「…どうする気?」
「今ある手が使えないならいっそ切り落として別の新しい手に交換すれば良いのさ。」
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さやかside
私の放課後の日課はだいたい2つ。
CDショップに行くこと、それからーー
「上条くんのお見舞いですか?」
「はい。」
ーー恭介の病室に行くことだ。
三滝原病院受付。
もう顔も覚えた看護婦さんはちょっと困った顔をした。
「ああ、ごめんなさいね。診察の予定が繰り上がっちゃって、今ちょうどリハビリ室なの。」
「いつ頃から始めたんですか?」
「ええと、確か10分前からだったかしら。」
「あ、そうでしたか。…どうも。」
恭介のリハビリは1時間を超える。リハビリしているときの恭介の顔は力がなくて、死んでるみたいでとても見ていられない。
それにその間ずっとここで待ってたら、看護婦さん達に変な気を使わせちゃうかもしない。
少ししょんぼりしながら帰る。
1階へのエレベーターはすぐすこだ。
他に乗った人はいなかった。
スルスルとエレベーターは降りていく。
一人で時間を持て余してしまうと、つい考えてしまう。
「よく来てくれるわねあの子。」
「助かるわ。難しい患者さんだしね。」
「事故に遭うまでは天才少年だったんでしょ?バイオリンの。」
「あの様子じゃ、楽器を弾くのは無理でしょうね。」
「あの子が励ましになるといいんだけど。」
看護婦さんの諦めを含んだ会話を思い出す。
自然と両手に力が入る。
「どうして、恭介だったの?」
「あたしの指ならいくら動いたって何もできないのに…なんで私じゃなくて恭介だったの?」
悔しい。
「キュゥべえだったら、直せるのかな。もしも私が魔法少女になったら、恭介はまたバイオリンが弾けるのかな。」
「それでもしも私が魔法少女になって、恭介の手が治って…それで恭介にありがとうって恭介に言われて私は満足?それとももっと大きな何かを欲しがってるのかな。」
考えていると、段々と自分が嫌になってくる。
「私って嫌な女だなぁ。」
チーンと音がして、エレベーターのドアが開く。
私は慌てて暗い雰囲気をとっぱらって病院を後にした。
▼▲▼▲▼
side 恭介
僕の人生はあの時に全て台無しになった。
交通事故、あれきり僕の体はズタボロ。
それにーー
「くそっ、どうしてなんだよ。」
力を入れようとしても、ピクリとも動かない指。
「…動けよ。動けよ。動けよ!」
怒り、そして脱力と無力感。
僕にはもうバイオリンは弾けないのかも知れない。
そう考えるだけで死にたくなる。
今までずっと好きでバイオリンを弾いてきた。
なのにこんなにも突然に、呆気なく、脆く僕の積み上げてきた物は崩れ去る。
もう一度。
もう一度バイオリンが弾きたい。
でもどうしようもなく。
持て余した感情の行き場がなくて、僕は真っ白な布団に潜り込んだ。
「恭介。きたよ。」
ああ、さやかだ。
さやか。君はいい人だって分かってる。
だけど。だけど、さ……。
「これ、お土産。」
「ごめんね。いつも。」
さやかがCDを僕に渡す。
「今日はこれ持ってきたから聞いてみてよ。」
「亜麻色の髪の乙女…ドビュッシーだね。」
「恭介なら素敵な曲だと思ってくれるかなって…はは。」
ドロリ。
「ねっ、聞いてみてよ。その…感想とか知りたいし。」
ドロドロ、ゴポ。
「ああ、うん。」
断れる雰囲気じゃなかった。CDをカセットにかけて、イヤホンジャックを指す。
ドロドロ、ドロドログツグツ。
「〜♪」
レコードから流れる美しく柔らかく音。
優しい旋律の抒情美溢れる和やかな音楽。
音楽。
少し前までは喜びと共に奏でた親友。
だけど今は。
だけど今は、決して届かない。
辿り着けると思っていた景色は、いまや幻の彼方。
ーー僕はもうバイオリンを弾けないんだから。
美しい旋律を聞くとともに、その事実が僕の胸をつく。
弾いてみたい、そう思うたびに現実が僕を襲う。
キラキラなダイヤモンドを見つけては、目の前でそれがバラバラに崩れていく。
なんで。どうしてこんな。ひどいじゃないか。
ドロリ、ドロドロ、グツグツ、グチァ
真っ黒な感情が胸の真ん中で氾濫する。
「さやかは、さ……。」
「なに?」
「さやかは僕をいじめてるのかい?」
さやかが僕の方を見た。
その動きはゆっくりで、硬い。
「なんで今もまだ音楽なんか聴かせるんだ?嫌がらせのつもりなのか?」
ダメだ、一度切れた堰は元に戻らない。
僕の声は僕が思うよりずっと低く鋭かった。
「だって恭介、音楽が好きだから…。」
まごつくさやか。
「もう聴きたくなんかないんだよ!自分で弾けもしない曲、ただ聞いてるだけなんて……僕は、僕は。」
濁流のように溢れ出す。
全身が沸騰する、思わず振り上げた拳をCDプレイヤーに叩きつける。
血が出る。でも痛みはない。それが一層憎らしい。
「動かないんだ……もう、痛みさえ感じない…こんな手なんて……」
「大丈夫だよ。…きっと何とかなるよ。」
「分かったような事言うなよ!」
思わず声が荒くなる。
「きっとさやかには僕の気持ちが分からないんだ!分かっててたらやるはずがない!!」
叫ぶ。胸の内の泥を掬って投げつけるように叫ぶ。
泣きそうな顔
僕も、さやかも。
「でも諦めなければ、可能性はーー。」
「諦めろって言われたのさ。医者の先生に。僕達よりもずっと詳しい医学のプロに。」
「もう演奏は出来ないんだって。笑っちゃうよ。僕がやって来た事、それはこうもあっさり無かったことになる。理不尽すぎる。理不尽すぎるんだよさやか!」
「僕がバイオリンを弾く日はもう来ない。…来ないんだ。」
「それこそ奇跡か魔法でも起きない限り。」
言ってて笑えてくる。
さやかにこんな事言っても仕方ないのに。
なのに、僕は僕の暴走するこの口を止められなかった。
「あるよ」
--その時のさやかの目は忘れられない。
いつになく真剣で。
抜き身の刀を思わせるような、鋭い一本の芯ある眼差し。
「奇跡も魔法も…あるんだよ!」
僕は思わず言葉を失って、そしてそのままさやかは病室を飛び出した。
「なんだよ。なんだよ……なんなんだよ。」
また自分の感情がぐちゃぐちゃになって。
怒りたいのか、泣きたいのかすら分からない。
「くそっ」
僕は毛布を頭まで被った。