side エルキドゥ
今は数学の授業中のようだ。
早乙女教員が黒板に長々と問題を書いていく。
先程までの問題より何倍も難しい問題だ。
「それでは暁美さ〜ん。この問題解いてみてください。困った時は素直に先生に「教えてください」っていうんですよ!」
「その必要はありません。」
一切の淀みなくスラスラと黒板が埋まる。
さすがマスター。完璧な解答だ。僕は完璧の2文字が大好きなのさ。心地いい。
次の英語の授業で早乙女教員、またしても仕掛けるようだ。なかなかに懲りない性格だ。
「
鼻息が荒くなっている。これは自信があるのだろう。
「wishとhopeは確かに同じ願いという意味ですが、hopeは充分にその願いが叶う見込みがある場合に使い、一方、wishは不可能もしくはその願いが実現する可能性が低い場合に使います。
そして、この英文の文意は「~~出来たらいいなぁ、できないけど。」となっているため従って、叶う見込みのない願いなのでwishが適当です。」
先生としての自信もマスターの前では何の役にも立たないようだ。
『マスターマスター。』
『!!…エルキドゥ。貴方もテレパシーも使えるのを忘れてたわ。』
『おや、マスターの口ぶりだと僕以外にもテレパシーを使える存在がいるようだね。』
『そうね。少し前に貴方に群がってきたタンパク質もテレパシーができるわ。厄介なことに誰かと誰かの会話をテレパシーで繋ぐことまでできる。ちょうど電話と同じ様に。』
『ふむふむなるほどマスター。連携されると厄介という事だね。ところでマスター、さっきのマスターの解説を聞く限り
『we wish your MerryChristmas』
って子供にとって結構残酷な意味合いにならないかい?「貴女方が良いクリスマスを過ごせますように、どうせ無理だろうけど。」さながら戦場のメリークリスマスじゃないか。』
『驚いたわ。貴方ジョークが言えるのね。突然現れたことといい、テレパシーができる事といい何かと私の中で高まった『キュウべぇ=エルキドゥ説』の信憑性が少し下がったわ。』
『マスター…』
『ともかく、今日の放課後は早速仕事よ。』
『道具としての本分を果たすとしようか。』
『内容は単純。あのタンパク質、キュゥべえとまどかの接触を阻む事。
そのためになら力の解放も許可するわ。』
『では早速いきましょうか。』
事前計画の確認を済ませたマスターが放課後になって集まってきた人垣をするりと抜けて学校を後にする。
『お茶会の誘いは良かったのかい?』
「そんなものに割く時間はないわ。今はそれより、一刻も早くキュゥべえを消すわよ。」
『了解だよマスター。』
マスターが手の甲にある紫色の宝石なような物ーーソウルジェムと言う魂を物質化したものだと教えてくれたーーに触れると、一瞬にしてマスターの服装が変わる。
魔術師としての、いや魔法少女としての姿。
「貴方、いえエルキドゥ。敵の所在は掴んでるわ。一匹一匹、確実に潰していきましょう。」
「イエス、マイマスター。僕はエルキドゥ、
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マスターが左手の盾からマシンガンと拳銃を取り出す。
「行くわよ。」
『お好きな時に。』
廃ビルの一角。
マスターの言う通りの所に、白い悪魔こと『キュゥべえ』がいる。
街を見下ろしている。
『何かを探しているかのようだね。』
『魔法少女の素質がある子を、次の魔女を探しているのよ。』
『キュゥべえはエントロピーの減少、つまり宇宙全体のエネルギーが枯渇して滅ぶのを防ぐために人間からエネルギーを集めてるんだったかな。効率的にエネルギーを収集するためにヒトの少女から魔法少女という存在を作り、その魔女化した時のエネルギーを回収して宇宙全体の危機を救う。なるほど、合理的だね。』
『その通りよ。』
音は出さずに素早くキュゥべえに近づく。
マスターの接近に気づいたキュゥべえが振り向いた瞬間、キュゥべえは即座にキュゥべえだった物に変わる。
マスターがアサルトライフルがキュゥべえを一瞬の猶予もなくハチの巣にしたからだ。
「だけど私は止まるつもりはないわ。ご生憎と私は
理性より感情を振りかざす化け物だから。私を救ってくれたまどかを救うためなら、私は宇宙の死すら受け入れる。………軽蔑、したかしら。」
取り出した拳銃で、さらにキュゥべえに発砲する。
『まさか。マスターは紛う事なく人間だとも。人間は昔からそう言うもので、僕はそんな人間のあり方を愛しているとも。』
『それに意思とは無関係に命令されれば、なんでもこなす。それが兵器ってものじゃないかな。』
「そう。ならちゃんとついてきて。使えるうちは使ってあげる。」
『喜んで、マイマスター。』
「次の所に移動するわよ。」
襲撃はまだまだ残っているらしい。
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「ここも終了。もうそろそろまどかに接触しようとする頃合いね。」
『いよいよ僕の出番かな?』
『テレパシーで直接まどかに語りかけて、まどかを誘導してキュゥべえの所に呼び寄せる。キュゥべえのいつもの手口よ。』
まどかを呼んでいると思われる個体のキュゥべえの背後で息を潜める。
『つまり、あんまり早くに実行犯のキュゥべえを消してしまうと集合場所やタイミングが変わって接触を防ぎにくくなるから、ギリギリまでキュゥべえへの襲撃は遅らせる。そういうことかな。』
『その通りよ。そして、今がその時。』
左腕の盾が回転する。
マスターが瞬間移動のようにキュゥべえの背後に現れ、銃を連射する。
ギリギリ生きていたのか、走り出そうとするキュゥべえ。
『逃がさないよ。』
僕の魔力の通ったコンクリートの地面が隆起し、大剣のような形を取って死にかけのキュゥべえを貫く。
「次!」
何度もやったような、迷いなき動きでかけ出す。
既に個体数は減らしてある。付近にはそんなにいないはず。
それがマスターの読みなんだと思う。
『マスター、続々とキュゥべえと思わしき存在が活動を始めているようだよ。』
「なら全部を潰すなんてできないわね。だから、まどかの近くに寄ってくるやつだけ『駆除』する。」
キュゥべえとまどかを合わせない。それが目的だからね。
『でもマスター。キュゥべえがまどかを呼ぶなら、まどかの近くにいても効果は薄いんじゃないかな?』
「確かに私が1人ならその通りよ。だけど今私たちは2人。まどかが向かう先にキュゥべえを潰す私がいて、まどかを監視してレーダーでその進行方向にいるキュゥべえの居場所を伝達する貴方がいれば確実に待ち伏せしているキュゥべえを潰せるはず。」
『承ったよマイマスター。じゃあ、早速始めようか。』
「やるわよ。確実に。」
マスターと僕は動き出した。
▼▲▼▲▼
『やられたわ。』
僕とマスターは再会した。
再会してしまった。
そしてそれは、任務の失敗を意味していた。
この場には
その背後に、霊体化した
『マスター。ごめん。』
『謝らないで。あなたのせいじゃない。』
起こったことを順を追って話すとこんな感じだった。
まず、鹿目まどかと接触しようとしたキュゥべえの位置を鹿目まどかが誘導される方向から割り出して僕がマスターに伝達し、その個体をマスターが撃ち抜いた。
打たれたキュゥべえは吹き飛び暗がりに消え、その暗がりから
『やられたね。』
付け加えると、出てきた別個体は
次に魔が悪く、いやこれもキュゥべえとやらの罠かもしれないが、魔女が出現した。
「…こんな時に!」
歯噛みするマスター。
異常な空間に囚われ怯える美樹さやかに鹿目まどか。
いよいよ僕が顕界しようとした時、それはマスターに止められた。
それは1人の魔法少女、巴マミが降ってきたからだ。
「ティロ・フィナーレ!」
巴マミの構える巨大な銃からエネルギーの奔流がほとばしり魔女にダメージを負わせた。
そうして颯爽と現れた巴マミは一瞬にして魔女を追い払った。
魔女の結界が解け、残されたのがこの面子。
マスター、巴マミ、美樹さやか、鹿目まどか、そしてキュゥべえ。
巴マミが後ろに鹿目まどか、美樹さやか、キュゥべえを
「魔女は消えたわ。仕留めたいならすぐに追いかけなさい。今回は貴方に譲ってあげる。」
巴マミが高圧的に言う。
だけどマスターも黙ってはいられない。
「私が用があるのはーー」
「飲み込みが悪いのね。見逃してあげるって言ってるの。」
マスターの発言を威嚇するような口調で巴マミが遮る。
「お互い余計なトラブルとは無縁でいたいと思わない?」
「後悔するわよ……。」
巴マミは笑顔で答える。
「次はお友達になれそうなタイミングで会いたいわ。お互いのためにも。」
ーー今は手が出せない。
おそらくそう判断したマスターは、無言のまま踵を返す。
ーーギリっ
闇夜に沈むマスターの顔が
初戦は僕らの完敗で終わった。